19 リシアのひとりごと
19 リシアのひとりごと
王宮で、おかしな令嬢たちに絡まれた。
私が綴りの間違いを指摘したせいで勉強をやり直すことになったとか、侯爵家を侮辱したとか、どうにも理解しがたいことを言われた。
その騒ぎにケントやボビー、それから周囲の皆さんまで巻き込んでしまったのが申し訳ない。
もっとも、私がいちばん驚いたのは、四人の令嬢の中に異母妹がいたことだった。
十年前、たしか九歳だったはずだから、今は十九歳くらいだろうか。
すっかり大人になっていた。けれど、中身はあまり変わっていなかったらしい。
(相変わらず、愚かなことをするのね)
ほんとに昔から愚かだった。
私がまだ城で暮らしていた頃、彼女は母親とともに――義母も愚かってことね――訪ねてきたことがある。
「お姉様。アレク様との婚約を譲ってください」
挨拶を済ませるなり、妹はそう言った。
「譲るとは、どういう意味ですか? それに私は婚約者ではありませんよ」
「そうですか。とにかく誰が婚約者でも私のほうがアレク様にふさわしいという意味です。お母様もそう思いますよね?」
「ええ。あなたほど、育ちの良い娘はいませんもの」
義母は当然のことのように言った。
「私は婚約者ではない。アレクサンダー様に婚約者はいない」たったこれだけのことを理解させられなかった。
最後には、私がアレクを独占していると泣き出し、その声を聞いた侍女や護衛が駆け込んでくる騒ぎになった。
昔から、思い切り迷惑を掛けられてきたのだ。
そして今回も、彼女は私に気づいていなかった。
十年前に亡くなったと思われている異母姉が、目の前にいるなど考えもしなかったのだろう。あの実家にいるころからあまり顔を合わせることもなかったしね。
私としても、名乗るつもりはなかった。
今の私はリシアだ。あの家とは、もう関係がない。
そう思っていたのに、まさか直接傷を負わせられるとは思わなかった。押されたときに転び、昔痛めた足首をひねってしまった。
魔術師団に喧嘩を売ったのだ。当然、重い処分が下されるらしい。
「処分の内容を知りたいですか?」
宰相閣下に尋ねられたが、私は首を横に振った。
「いいえ。もう無関係ですから」
「そうですか」
宰相閣下はそれ以上なにも言わなかった。
ただ、アレクを見たときだけ、少し困ったような顔をしていた。
今、私はそのアレクと一緒に馬に乗り、王都の外にある温泉へ向かっている。
「痛くありませんか?」
後ろから私を抱えるように手綱を握り、アレクがもう何度目か分からない質問をした。
「大丈夫です。少しひねっただけですから」
「その少しが信用できません。リシアは、かなり痛くても大丈夫だと言うでしょう」
「そんなことはありません」
「あります。以前も、足首が痛むことを黙っていたそうですね」
誰から聞いたのだろう。
ケントだろうか。それとも神父様だろうか。
「昔の怪我です。普段は痛みません」
「だからこそ、きちんと治しましょう。温泉は足の古傷にもよいと聞きました」
アレクの腕に、少しだけ力がこもった。
どうやら私に拒否権はないらしい。
もっとも、今回の療養には、アレクをしばらく王宮から離しておきたいという宰相閣下の思惑もあるような気がする。
事件のあと、アレクは穏やかに笑っていた。
そして、その笑顔を見た宰相閣下は、すぐに温泉行きの手配を始めたのだ。
(きっと、気のせいではないわね)
温泉は素晴らしい場所だった。
湯にゆっくりつかり、足を温めてもらう。それから女性の施術師に足首や肩を丁寧にほぐされると、体から力が抜けていった。
「お疲れのようですね」
「そうでしょうか」
「ええ。眠ってしまわれても大丈夫ですよ」
「でも、自分の部屋へ戻れなくなります」
私がそう答えると、施術師は何故か楽しそうに笑った。
「その心配はございません」
どういう意味か分からなかったが、気がついたときには自室のベッドで眠っていた。
翌日も、その次の日も同じだった。
温泉に入り、施術を受け、いつの間にか眠ってしまう。そして目覚めると、寝間着姿で自室のベッドにいる。
三日目の朝、私はアレクを問い詰めた。
「アレク。毎晩、私を部屋まで運んでいるのですか?」
「はい」
アレクは悪びれもせず答えた。
「施術師に起こしてもらえば、自分で歩けます」
「足を治すためにきた人を歩かせるわけにはいきません」
「ですが……重いでしょう?」
「まったく」
アレクは真面目な顔で否定したあと、私の膝裏へ腕を入れ、軽々と抱き上げた。
「ほら」
「下ろしてください!」
「これで分かりましたか?」
「分かりましたから、下ろしてください!」
昔は、私の手を握り、見上げながら笑っていた可愛いアレクだった。
もう、あの頃の可愛いだけのアレクではない。
背は私よりずっと高く、腕はたくましく、抱き上げられれば逃げることなどできない。
それなのに、私を見る目は、昔よりもずっと優しかった。
「リシア。自分で言うのもなんですが、俺は誰にも遠慮する必要のない立場です」
夕暮れの庭を歩いていたとき、アレクが突然そんなことを言った。
「どうしたのですか、急に」
「ですから、あなたを思い切り口説きます」
私は足を止めた。
「口説く……?」
「俺が無骨なのは自覚しています。ですが、リシアを怖がらせたり、おびえさせたりするつもりはありません。その……」
そこで言葉に詰まったアレクは、私を抱きしめた。
大きな手が、銀色の髪をゆっくりとなでる。
「俺はもう、大人です。おままごとのような恋愛をするつもりはありません」




