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17 リシアの怪我 ケント目線

17 リシアの怪我 ケント目線


 訓練の合間にふと訓練場の外を見ると、リシアが珍しくひとりで歩いていた。



 けれど、ひとりでいるリシアに声をかけられる機会など、そうそうない。


(これは、ある意味チャンスだ)


 俺は木剣を構えていたボビーに待つよう合図を送り、所属する第三騎士団の副長へ近づいた。


「副長。少しだけ、訓練を抜けてもよろしいでしょうか」


 俺がリシアのほうへ視線を向けると、副長もそちらを見た。


「リシア嬢がひとり?」


「はい。マントがあるから大丈夫でしょうが」


「そうだな。行ってこい」


「ありがとうございます!」


 許可をもらい、急いでリシアのあとを追った。


 すると、当然のようにボビーもついてきた。


「お前まで、何しに来たんだ?」


「俺もリシアさんに挨拶したいんだよ」


「訓練中だろ」


「お前もだろ」


「俺は許可をもらった」


「副長は俺も含めて許可したんだよ。たぶん」


 ずいぶん都合のよい解釈だったが、気持ちはよくわかるので、それ以上は何も言わなかった。


 ところが、俺たちが追いつく前に、四人の令嬢がリシアを呼び止めた。


 きれいなドレスに身を包み、そろいもそろって偉そうに胸を張っている。


 嫌な予感がした。


「ボビー、少し待て」


 俺たちは植え込みの陰へ回り、話が聞こえるところまで近づいた。


「あなた、少しいい気になりすぎではなくて?」


 最初に口を開いたのは、赤茶色の髪をした令嬢だった。


 リシアは戸惑った様子で四人を見回した。


「申し訳ありません。どなたでしょうか?」


「まあ! わたくしを知らないの?」


 令嬢は大げさに驚いたあと、扇を広げて口元を隠した。


「あなたが余計なことをしたせいで、わたくしたちは綴りの勉強を最初からやり直させられているのよ」


「綴りの勉強、ですか?」


「外務部の研修で、書類の書き間違いを指摘したでしょう。あなたが得意げに間違いを言い立てたせいで、とばっちりを受けたのよ。優秀なわたくしたちに対する侮辱だわ。我が侯爵家に対する侮辱でもあります。どう責任を取るつもり?」


 植え込みの陰で聞いていた俺は、意味がわからずボビーを見た。


 ボビーも眉間にしわを寄せていた。


(自分が綴りを間違えたのなら、自分で勉強し直せばいいだけじゃないのか?)


 俺は学問に詳しくない。


 それでも、そのくらいはわかる。


「あの、侯爵令嬢」


 リシアが慎重に言葉を選びながら答えた。


「私たちは今まで、一度もお会いしたことがないと思うのですが……」


「生意気ね!」


 令嬢が扇を閉じ、リシアへ突きつけた。


「研修中に会っているでしょう。わたくしが書類を拾わせてあげたのに、感謝もしないで、自分の知識をひけらかしたではありませんか。いやしい平民らしい振る舞いですこと」


 どうやら、外務部でわざと書類を落とした女らしい。


(確かに頭が悪そうだ)


 口に出さなかった俺は偉いと思う。


 今にも飛び出しそうなボビーの肩を押さえていると、今度は別の令嬢が前へ出た。


「それだけではありません。ギルバード殿下に媚びを売ったかと思えば、今度はアレクサンダー殿下ですって?」


「媚びを売った覚えはありません」


 リシアは静かに答えた。


 けれど、令嬢たちはそれで納得しなかった。


「平民の分際で、殿下のおそばにいること自体がおかしいのよ」


「銀色の髪が珍しいから、気に入られたとでも思っているの?」


「なんとか言いなさいよ!」


 茶色い髪の令嬢が扇を振り上げた。


「危ない!」


 俺たちは植え込みから飛び出した。


 だが、間に合わなかった。


 閉じた扇がリシアの頬を強く打った。避けようとしたリシアは身体をよろめかせ、そのまま地面へ倒れてしまった。


「リシア!」


 俺が駆け寄ろうとしたとき、茶色い髪の令嬢が、倒れているリシアの手を靴で踏みつけた。


「いい気味だわ。これに懲りて、二度と殿下たちに近づかないことね」


「お前、何をしている!」


 ボビーが令嬢の腕をつかみ、後ろへねじ上げた。


「痛い! 離しなさい! 無礼者!」


「人を殴っておいて、無礼も何もあるか!」


「わたくしを誰だと思っているの!」


「知らん! 俺はお前がリシアさんを殴ったところも、手を踏んだところも見たからな!」


 残りの三人は悲鳴をあげ、逃げ出した。


 俺はそちらに目も向けなかった。


 逃げたいのなら、逃げればいい。目撃者は大勢いる。逃げたぶんだけ罪が重くなるだけだ。


 俺は地面にひざまずき、リシアを抱き起こした。


「リシア、大丈夫か? 俺がわかるか?」


「……ケント?」


 かろうじて返事はあった。


 殴られた頬が切れ、赤い血が流れている。倒れたときに頭を打ったのか、リシアの焦点が合っていなかった。


「大丈夫だ。すぐ医者のところへ連れていく」


「手が……少し、痛いわ」


「無理に動かすな。足は?」


「足も……ひねったみたい」


「間に合わなくて、すまん」


「ケントのせいではないわ」


 そう言ったリシアの身体から、ふっと力が抜けた。


「リシア!」


 俺が叫んでも、返事はなかった。


 リシアの血が銀色の髪につき、抱き上げた俺の手にもついた。


 手のひらについた赤い血を見た瞬間、頭の奥が熱くなった。


 今すぐ、あの女たちを追いかけたかった。


 けれど、腕の中にはリシアがいる。


 俺は怒りを押し殺し、リシアを医務室へ運んだ。


 リシアは、そのまま入院することになった。


 医者は、俺たちの誰ひとりとして病室へ入れなかった。


 頭を打っているうえに、頬の傷と踏まれた手、それから倒れたときにひねった足首の治療が必要だという。大勢で押しかけては、休むこともできないらしい。


 懸命な判断だったと思う。


 そして俺は、あの医者の勇気に心から感服した。


 何しろ、半狂乱になっている叔父と甥を、たったひとりで相手にしたのだから。


「入れてください! 僕はリシアの無事を、この目で確かめるまで帰りません!」


 ギルバード殿下が病室へ入ろうとするのを、医者が身体を張って止めていた。


「俺は騒がない。ただそばにいるだけだ」


 アレク様もそう言って医者を説得しようとしたが、その顔はまるで鬼だった。


 あれを騒がない人間の顔だとは、俺には思えなかった。


「二人とも、よく聞け!」


 医者はアレク様とギルバード殿下をにらみつけた。


「リシアは今、薬で眠っている。邪魔をして回復を遅らせたいのか? 容体は落ち着いている。明日になれば会わせる。だから今日は、おとなしく帰れ!」


 相手が王族でも、まるで遠慮がない。


 俺だったら絶対に言えない。


「しかし……」


 アレク様が病室の扉を見つめたまま動こうとしなかった。


 そのとき、廊下の奥から静かな声が聞こえた。



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