↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/32

15 十年経ってた リシア目線

15 十年経ってた リシア目線


 目を覚ましたとき、最初に見えたのは、見覚えのない木の天井だった。


 「生きてる」と思った。


 身体の下には硬いベッド。そばにアレクの姿はなく、護衛たちの声も聞こえない。


 私は跳ね起きようとして、激しいめまいに襲われた。腕をついて身体を支え、乱れた呼吸を整える。


「冷静であれ。冷静であれ……状況を、状況を把握しなくては」


 自分に言い聞かせるように声に出した。


 最後の記憶は、魔獣と向かい合った場面だった。


アレクを転移させるための魔法陣だったが、間に合わなかった。だから魔獣ごと移転しようとしたのだが……


誰かに話しかけられたような? いや……皆は……アレクは無事なのか?



 私は自分の内側へ意識を向け、魔力を探った。


「……ない」


 わずかな魔力さえ感じられなかった。


 何度確かめても同じだった。まるで魔力を入れる器そのものが空になってしまったようだった。


(転移の魔法陣を無理に発動させたせい? それとも、時間がたてば戻るの?)


 いくら考えても答えは出なかった。


 間もなく、部屋へ入ってきたシスターから、ここが町の教会だと教えられた。私を池のほとりで見つけ、運んでくれたのはケントという青年だった。


「最初に、あなたはアレクという名前を口にしたそうですよ」


 シスターにそう言われ、胸が締めつけられた。


「アレク……」


「お知り合いですか?」


 私はすぐに答えられなかった。


 アレクに会いたい。無事を確かめたい。きっと私を捜している。


 けれど、何が起きたのか分からないうちに、本当のことを話してよいのだろうか。


「分かりません。とても大切な方だったような気はするのですが……」


 私は記憶が曖昧なふりをした。


 助けてくれた人たちを疑いたくはなかった。それでも、状況が分かるまでは用心する必要がある。


 数日後、さらに信じられないことを知った。


 私が知っている年月から、十年が過ぎていた。


「十年……?」


 聞き間違いかと思い、何度も確かめた。けれど、町で使われている暦も、教会に届いた手紙の日付も、十年後であることを示していた。


 鏡に映る私は、十年前とほとんど変わっていなかった。


(アレクは、どうしているのだろう)


 十年もあれば、何もかも変わる。


 アレクが無事なら、今はどこにいるのか。結婚しているかもしれない。私のことなど、過去の出来事として忘れているかもしれない。


 王族であるアレクのもとへ、身元も明かせない私が訪ねていっても、会わせてもらえるとは思えなかった。


 たとえ会えたとしても、この姿を見て私だと信じてくれるだろうか。


(それでも、無事であることだけは知りたい)


 私は身を寄せた教会で、手伝いを始めた。


 掃除や洗濯をし、食事の支度を手伝った。文字を読めない子どもたちに本を読み聞かせているうちに、文字や計算も教えるようになった。


「リシア先生、ここが分からない!」


「私も!」


「順番に聞きます。一度に話されても答えられませんよ」


 子どもたちに囲まれている時間は穏やかだった。


 ケントも、ときどき子どもたちに交じって勉強した。


「ケント、この前に教えた文字は覚えていますか?」


「もちろんだ。これだろ?」


「それは隣の文字です」


「似ているじゃないか」


「似ていますが、違う文字です」


「……もう一度教えてくれ」


「はい。何度でも教えます」


 そんな生活が続けばよいと思い始めた頃、領主の息子が教会へ現れた。


 彼は私に、屋敷で働かないかと何度も持ちかけた。


「妹の家庭教師になってほしい。教会にいるより、よい暮らしをさせてやれる」


「ありがたいお話ですが、お断りいたします。私はこの教会に恩がありますので」


 断っても、彼は諦めなかった。


 すると王都へ行って文官の試験を受けることを神父に勧められた。


 ケントもちょうど、騎士団の試験を受けるというので誘ってくれた。


「リシアも一緒にこないか?」


「私も?」


「ああ。王宮では下級文官を募集しているらしい。リシアなら、きっと受かる。ここに残れば、あいつがまたくるぞ」


 王都と聞いた瞬間、私は息をのんだ。


 アレクがいるかもしれない場所。


「分かりました。私も王都へいきます」


 逃げるためだった。教会を守るためでもあった。


 そして、アレクの消息を確かめるためでもあった。


 幸い、ケントは騎士団の見習いに、私は文官の見習いに採用された。そこで知り合ったのが、魔術師を目指しているダグラスだった。


 ダグラスには豊かな魔力があった。けれど、力の扱い方をほとんど知らない。


「ダグラス。魔力を一度に流しすぎています。もっと細く、一定に保ってください」


「細くって、どうやるんだ?」


「水差しから少しずつ水を注ぐように考えてみてください」


「分かった。やってみる」


 やがて、ダグラスの手のひらに小さな光が浮かんだ。


「できた!」


「はい。今の感覚を忘れないでください。きちんと学べば、あなたは重要な戦力になれます」


 一方のケントは、剣の扱いには慣れていたが、自分にも魔力があることに気づいていなかった。


「ケント。剣を振るとき、身体が軽くなることはありませんか?」


「ある。調子がいい日はな」


「それは体調ではなく、身体強化を使っているのだと思います」


「俺が魔術を?」


「ほんの少しですが、魔力があります。意識して使えるようになれば、今よりも強くなれますよ」


「本当か?」


 ケントの顔が輝いた。


 私自身には、もう魔力がない。それでも、二人に教えることはできた。


(使えないことと、知っていることは別だもの)


 研修で学ぶのは、王宮で働くための礼儀や作法が中心だった。私には知っていることが多かったので、戸惑うケントとダグラスを手伝った。


「歩くときは、前の人との間を空けすぎないようにしてください」


「このくらいか?」


「ケントは近すぎます。ダグラスは離れすぎです」


「難しいな、王宮って」


「歩くだけなのに、どうしてこんなに決まりがあるんだ?」


 二人がそろって首を傾げるので、私は思わず笑ってしまった。


 その後、図書館で偶然お会いしたギルバード殿下から、ミルフォーク語の本を読んでほしいと頼まれた。


 ギルバード殿下は、王太子殿下の第一王子。そして、アレクの甥にあたる方だった。


 私は殿下の語学教師として、おそばに仕えることになった。


(この方のおそばにいれば、いつかアレクに会えるかもしれない)


 そう考えなかったといえば、嘘になる。


 けれど、実際に会うのが怖くもあった。


 アレクは私を覚えているだろうか。


 十年の間に別の大切な方ができていたら、私はどうすればよいのだろう。


 その日は、ギルバード殿下と庭でお茶を飲みながら、ミルフォーク語で話していた。


「西の棟のいちばん高い部屋から見ると、町の屋根まで金色に見えるんだ」


 ギルバード殿下が、覚えたばかりの言葉を使って説明なさった。


「それは、きっと美しいでしょうね」


「今度、一緒に見にいこう。いつか馬に乗って、夕日に向かって走るのもいいね」


「夕日に追いつくおつもりですか?」


「追いつけるところまでだよ」


 あまりにも楽しそうにおっしゃるので、私は笑った。


「では、日が沈むまで競争ですね」


 そのとき、背後から声が聞こえた。


「楽しそうだね。お邪魔するよ」


 十年たっても、聞き間違えるはずのない声だった。


 振り向くと、そこにアレクが立っていた。


 十年前よりも大人びていた。背も伸び、顔つきも精悍になっている。それでも、私にはひと目で分かった。


 生きていた。


 アレクが、生きている。


 立ち上がろうとしたが、身体に力が入らなかった。手にしていたカップが傾き、受け皿に触れて音を立てる。


「……アレク?」


 声が震えた。


 アレクは目を見開き、私を見つめていた。


「エリシア……」


 彼が私の名を呼んだ。


 忘れられていなかった。


 そう分かった瞬間、張りつめていたものが切れた。



(やっと会えた)


 そう思ったところで、私の意識は途切れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。