13 強引だけどこれでいい アレクサンダー目線
13 強引だけどこれでいい アレクサンダー目線
見習いの資料を読みこんだ俺はすぐに行動した。
まず会ったのは、ケントという騎士団志望の青年だ。
聞けば、エリシアを助け、教会まで連れていってくれたのは彼らしい。
勝手にエリシアの誕生日を決めるとは、なかなか不届きなやつだ。
そう思ったものの、よくよく考えれば、俺もエリシアの誕生日を知らない。
プレゼントを贈りたくて何度も尋ねたのに、彼女はそのたびに笑ってはぐらかした。
『誕生日でなくても、贈り物はできますよ』
そう言っていたが、俺は誕生日という特別な日に贈りたかったのだ。
もっとも、これからは誕生日など関係なく、いつでも好きなだけ贈ればいい。
だからケントの件は、まあ見逃してやろう。
領主の息子については現在調査中だ。もしエリシアに何かしたとわかれば、そのときは相応の責任を取ってもらう。
そして、もう一つ確認しなければならないものがあった。
教会に保管しているという、ドレスだ。
クリーム色の生地に、紫の小花が散った可愛らしいドレス。
あの日、エリシアが着ていたものに間違いない。紫色の瞳と、額にひと房だけある紫色の髪をよく引き立てていた。
庭で再会したときから、彼女がエリシアだと確信していた。
声も、話し方も、俺を見る目も同じだった。
それでも、動かぬ証拠が見つかったことに安堵した。
あとで教会までドレスを取りに行き、神父とも話をしよう。エリシアを守ってくれた礼も言わなければならない。
エリシアがいなくなったのは、彼女が18歳、俺が11歳の時だった。
必死になって彼女のことを調べた。なにか手掛かりがないかと……
そこで初めて、彼女が実家でどのように暮らしていたのかを知った。
伯爵家の長女として生まれながら、三歳で実母を亡くし、後妻としてやってきた義母に冷遇された。
学院を飛び級で卒業し、王宮の文官として働き始めたのも、家から離れたかったからかもしれない。
その後、魔力を持っていることがわかり、魔術師団で訓練を受けるようになった。そして俺の学友になった。
まあ、それについては、俺が強く希望したからだが。
エリシアは頭がよかった。
一度教えればすぐに覚え、難しい術式も軽々と理解した。その中には、万一の事態に備えて学んだ転移魔術もあった。
使える者がほとんどいない、希少な魔術だ。
だが、その転移魔術を使った結果、エリシアはどこかへ消えてしまった。
十年間、行方はまったくわからなかった。
それが今、俺のところへ戻ってきた。
いや、正確には、俺のそばまで戻ってきたくせに、俺のところへは来なかった。
その理由を、きちんと問いたださなければならない。
もちろん、怖がらせないように優しく。
だが、今度こそ決して逃がさずに。
気がはやった俺は、使いを出すことさえ待てず、自らエリシアを迎えに行った。
彼女はギルバードと遊んで――いや、勉強をしているところだった。
「リシア、話がある」
「アレク……殿下」
俺の姿を見たエリシアは目を見開いた。
彼女が立ち上がると、ギルバードも当然のようについてこようとした。
「僕も行きます」
「殿下は、これから別のお勉強がございます」
「リシアがいないと嫌です」
「お気持ちはわかりますが、どうかこちらへ」
オークリーが必死になってギルバードを引き止めている。
エリシアは何度も後ろを振り返り、今にも泣きそうな顔をしていた。
「ギルバード様……」
「リシア!」
その様子を見ていると、胸の中が面白くない感情で満たされた。
十年ぶりに再会した俺よりも、ギルバードと離れるほうが悲しいのか。
いや、落ち着け。
ギルバードは子どもだ。しかも、エリシアは教育係として世話をしていただけだ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は彼女を部屋へ案内した。
「どうぞ、座って」
「はい」
エリシアがソファに腰を下ろすと、侍女がお茶を運んできた。
まずは当たり障りのない会話をしようと思っていた。
体調はどうか。王宮で不自由はないか。ギルバードの教育係の仕事には慣れたか。
そうした話をしながら、少しずつ十年間のことを聞くつもりだった。
だが、侍女が部屋から出て扉が閉まった途端、我慢できなくなった。
「エリシア」
「はい?」
俺は立ち上がると、エリシアの両肩をつかんでソファへ押し倒した。
「ア、アレク!?」
「どうして、すぐに僕のところへ来なかったの?」
エリシアが目を見開く。
「僕って、そんなに頼りない?」
「ちょっと待ってください。殿下、これはいったい――」
逃れようと身をよじるが、力で俺にかなうはずがない。
もちろん、怪我をさせるつもりはなかった。腕に痣が残らないよう加減しながら、それでも逃げられない程度にはしっかり押さえる。
「僕って頼りない?」
「いえ、そのようなことは……」
「それなら、どうしてそんな呼び方をするの?」
「呼び方?」
「殿下なんて呼ばないで。昔みたいにアレクと呼んでよ」
「ですが、今は――」
「エリシア。ああ、今はリシアだったね」
俺は彼女の顔をのぞき込んだ。
「どうして、すぐに僕のところへ来なかったの? 僕が頼りないから?」
「違います」
「だったら、どうして?」
エリシアの唇がかすかに震えた。
言いたいことがあるのに、うまく言葉にできないらしい。
そんな彼女を見つめながら、俺は静かに息を吸った。
「リシア。僕はずっと……」
そこでわざと言葉を止める。
エリシアの紫色の瞳が揺れた。
「待っていたのに……」
「アレク……その……」
俺は身体を起こし、彼女も抱き起こして座らせた。
そしてエリシアの前に膝をつき、その膝にすがるようにして彼女を見上げる。
「リシア、会いたかった」
「アレク……」
「僕、リシアがいなくても頑張ったんだよ。魔術も学んだし、魔術師団も率いている。討伐にも行けるようになった。リシアが戻ってきたとき、頼りない子どものままだと思われないように、ずっと頑張ってきたんだ」
エリシアの顔がくしゃりとゆがんだ。
「それなのに、リシアは戻ってきても僕に会いに来てくれなかった」
「ごめんね、アレク」
とうとうエリシアは身をかがめ、俺の頭を抱くようにして抱きしめてくれた。
「ひとりにして、ごめんね」
懐かしい声が耳元で囁く。
その声を聞いた瞬間、胸の奥に積もっていた十年分の寂しさが、ようやく溶け始めた気がした。




