第二十二話 神鳴る空、裂ける地、帝釈天の覚醒
風が死に、時が凍結する。その不気味な静寂を、黄の戦士ツバキの号令が粉砕した。
「――埴輪兵は任せろ! 空の的なんざ、片っ端から瓦礫にしてやる!」
彼女が放つ高周波弾が、鉛色の空で次々と白く開花した。不可視の衝撃波に制御核を焼かれた埴輪兵たちが、断末魔の金属音を立てて地表へと墜落していく。火薬の焦げた臭いが鼻腔を突いた。
一方、夜叉・結月の前に立ちはだかったのは、赤の戦士ヒバナだった。
「愛姫結月、いくぞっ! 手加減は無しだっ!」
彼女の赤い強化スーツが、限界を超えた出力を受けて、耳を劈く甲高い駆動音を鳴らす。
「高出力ビーム、照射ッ!!」
収束した熱線が、真紅の一閃となってまっすぐに放たれた。だが、結月は儚げな微笑を崩さない。彼女が細い指先を流せば、幾何学模様の理力バリアが物理法則を撥ね退け、熱線の奔流を無力な火花へと散らした。――そして。
「明日香ちゃんっ! こっちよ! 貴女の相手は――わたしだよ!」
クリスが、大気を引き裂く速度で西の空へと飛翔する。刹那、羅刹・明日香の瞳に黒い稲妻が走った。
「逃がしません……」
重力を無視した踏み込み。彼女の姿もまた光の尾を引き、瞬き一つの間に追撃へと転じた。空が裂け、地が鳴る。それぞれの執念が、三輪の空を戦場に変えていく。
***
「うわあああああああ!! マジ無理マジ無理ぃ!!」
青の戦士クリスは、高度数千メートルの上空で絶叫していた。背後には、光すら吸い込む暗黒の静寂を纏った明日香が、音もなく距離を詰めてくる。
「あの子、本気で殺る気よね!? このままじゃ私、瀬戸内海の藻屑になっちゃう!」
その時、クリスの腕のブレスレットが警告色に点滅した。
「――ワープレンジ、確保! ツバキ、転送を!!」
空間が歪み、光が炸裂する。次の瞬間、クリスが降り立ったのは、強烈な潮風の吹き荒れる瀬戸大橋の主塔の上だった。だが、安堵の暇はない。バシュッ、と空間を切り裂く音と共に、明日香が影のようにその場に現れた。彼女は空中に固定された念動力の足場に音もなく着地し、黒い刀身を静かに正眼に構える。
「柳生新陰流奥義――兜割り!!!」
天を割り、地を断つ一撃。振り下ろされた一太刀は、光速を錯覚させるほどの不可視の重圧となってクリスを襲った。
「無理無理無理無理無理ッ!!」
クリスが文字通り、死に物狂いで身を翻した直後。
ドォォォンッ!!
凄まじい衝撃波が、瀬戸大橋の中央部を真っ二つに叩き斬っていた。巨大な橋桁が悲鳴を上げ、数万トンのコンクリートと鉄骨が、自重でねじ切れる金属の断末魔とともに海へと崩落していく。
「……わ、わわわ、今……とんでもないものを見たよぉ……」
「次は――避けさせません」
明日香の瞳には、かつての優しい少女の面影はない。彼女は、破壊そのものとなった刃として、再び空を翔けた。
***
「ヒバナ、出力最大! 焼き尽くせ!」
「もうやってる! これ以上はスーツが保たない!!」
赤の戦士ヒバナの放射する高熱線が、空間をドロドロに溶かし、周囲の酸素を奪い去る。だが、夜叉・結月のバリアは微動だにしない。彼女は虚ろな瞳で、どこか遠くを見るように微笑んでいた。
「……やっぱ、通じないか」
ヒバナが奥歯を噛み締めた、その時。結月の背後に、歪な形をした漆黒の埴輪兵が数体、静かに出現した。通常の個体とは違う、内部から溢れ出す不吉な紅い脈動。
「見たことないタイプ……いや、違う……!」
ツバキの顔が蒼白に染まる。
「あれは……自爆型埴輪兵よ!」
頭部の発光が強まるたびに、周囲の空間が不安定に歪む。未来の戦場で、数多の拠点を消し飛ばしてきた悪夢の特攻兵器。
「攻撃を止めたら、あれが突っ頃んでくる。……私たち、瞬時にミンチコースじゃないの」
「……くそ、総一郎、間に合って……!!」
結月は、自らの足元で蠢く死の装置を慈しむように、薄い笑みを湛えたまま宙に浮いていた。
***
舞台は、雲海すら遥か下に見下ろす大気圏の縁。呼吸の届かない極薄の空気の中で、超能力と超能力が正面から激突し、宇宙の胎動のような重低音を響かせていた。俺――長屋総一郎の七支刀と、闇一郎の蛇行剣。ぶつかり合うたびに、白と黒のプラズマが四方へと飛び散り、薄い大気がパチパチと音を立ててひび割れていく。
背後では、二人のアルシアがそれぞれの総一郎へ力を送り続けていた。俺のアルシアの力は、春の陽光のような温かな温もり。偽アルシアのそれは、精密機械のように冷徹で、完璧すぎるほどに無機質なエネルギー。
――そして、奴が卑劣に笑った。
「ハハハ、楽しいなぁ総一郎……。ああ、そうだ。いいことを教えてやろう」
剣が重なり、火花が散る至近距離で、奴は毒の入った言葉を俺の耳元で囁いた。
「この数日、俺は毎晩アルシアを存分に楽しんだぞ? 最高の悦楽だった……ふふ、お前のアルシアも、すぐに俺が寝取ってやるさ」
ドクン、とこめかみの血管が破裂しそうなほど強く脈打った。視界が一瞬、熱を帯びて赤く染まりかける。だが――。
「総一郎、聞いちゃダメ!」
アルシアの声が、闇を裂いて届いた。
「これは、あなたの心を揺らすための嘘! 闇一郎には余裕がないの。追い詰められているから、そんな卑劣な手段しか残っていないんだわ!」
俺は剣を握る指先に、さらに肉が強張るほどの力を込めた。
「……ああ、わかってる。あの写しは、俺の愛するアルシアじゃない」
《その通りだ、総一郎……。正に、魂が欠けておるのじゃ》
ヒヒイロカネの力強い言葉が、俺の迷いを完全に断ち切った。右手の刀身が、わしを信じろとばかりに激しく明滅する。魂のない人形に、本当の愛など宿るはずがない。
「行くぞ、アルシア!」
「はい、総一郎!」
二人の魂が完全に同期した瞬間、七支刀から溢れ出した白金の光が、俺の姿を帝釈天へと進化させる。背中に輝く巨大な光輪。俺は、偽りの覇王の醜悪な輪郭を見据え、一気にその胸元へと踏み込んだ!




