第十七話 地下神殿の審判、あるいは記憶の侵食
翌朝。発掘現場は平穏を取り戻したかに見えたが、その実態は、一歩踏み外せば全てが破綻する綱渡りの状態だった。作業服に身を包んだ見慣れた学生たちの合間に、明らかに視線の鋭すぎる連中が紛れ込んでいる。
「総一郎様! 潜入内偵業務、本日も全力で遂行いたします!」
奈良県警から派遣(という建前のバイト登録)された明日香が、俺の目の前でブンと空気を切る音を立てて拳を握った。腰のベルトには、不自然な膨らみがある。(拳銃!?)発掘区画を囲む紅いのプラスチックコーンの隙間を見渡せば、地層よりも作業員の顔色を伺っているスーツ姿の男たち――公安。さらに離れた遮光ネットの影では、不自然なほど高精細な望遠レンズをこちらに向ける外人記者風の女性――おそらくはCIA辺りの息がかかった手先だ。
(……うちの現場、いつから国際スパイの博覧会になったんだよ)
だが、最大の頭痛の種は足元にあった。
「えいっ、やぁっ!」
明日香がスコップを振り下ろすたびに、繊細な粘土層が無残に爆ぜる。
「やめてくれ明日香ちゃん! 考古学は時間を一ミリずつ巻き戻す作業なんだってば!」
「はい! 巻き戻します!」(ドカッ)
崩落していく土の層。俺のこめかみの青筋が、彼女のスコップと一緒にピキピキと突っ張る。だがその時、無慈悲に抉られた地層の奥に、吸い込まれるような黒い隙間が姿を現した。横穴。人工的に整えられた、精密な石積み。石壁の隙間から這い出してきた、腐った植物と鉄錆の混ざった冷たい風が、俺の首筋を撫でた。俺はスコップを置き、喉の奥を鳴らして地下へと続く闇を見つめた。
***
俺たちは即席の潜入班を編成し、未知の領域へと足を踏み入れた。背後に寄り添うアルシアの、金髪から香る甘い蜜の匂い。服の袖を強く握りしめる結月の、指先の小刻みな震え。そして柳生新陰流の身構えで、懐中電灯を片手に先導する明日香。
「おい、私らを面子から外すんじゃないわよ」
ツバキが口を尖らせ、未来型タブレットの冷たいバックライトで足元を切り裂く。
「……言っとくけどさ。あんたが暴走して覇王にならないよう、しっかり首輪は持っておくから」
「わかってるよ、信号機トリオ」
俺は、脳内に響くヒヒイロカネの『わしも行くぞ』という暢気な声を合図に、湿った石段を降り始めた。地下へ、さらに下へ。
「……罠です。笑えないなぁ、もう」
無線のノイズに混じり、クリスの声が入る。ツバキが瞬時に未来装置(何かの探知器?)を起動した。闇の中に浮かび上がったのは、無数の赤い格子状の光線だ。
「赤外線センサー型の圧力起動式。千年以上前の構造に、どうして光学的回路が混ざってるんだ……?」
「面倒。潰す!」
ヒバナが鋼鉄の重厚なブーツで床の石板を粉砕し、物理的に配線を断ち切った。石壁が軋む音と、パチパチと弾ける電子的な火花。
「……やっぱ、未来戦士ってすげえな。……よく見りゃ、みんな華奢なのに」
俺がぽかんと呟くと、隣のアルシアから無言の圧が飛んできた。彼女の碧い瞳が夕闇のように濁る。
「す、すまん」
やがて階段を降りきった先で、俺たちの足が止まった。
「……これが……玄室……?」
天井は星空を模した幾何学模様が淡く発光し、巨大な神殿を思わせる空間が広がっていた。左右には、三メートルを超える赤褐色の埴輪兵たちが、親衛隊のように整然と並んでいる。耳の奥がキーンと冷えるような圧迫感。この場所が、あの三人娘の言う大奈良帝国の起源そのものだという事実が、背筋を硬く強張らせた。
「アルシア……これは、なんだと思う?」
「……わかりません。でも、肌がざわつくのです。誰かの強い、渇望に呼ばれているような……」
その瞬間、中心に鎮座する巨大な石棺が、重厚な石の擦れる音を立てて開き始めた。中から立ち上ったのは、実体のない黒い霧だ。じわりと広がるその気配は、ヒヒイロカネの放つ金属光沢とは根本的に異なり、光も温度も一切を拒絶する異質なエネルギーの塊だった。
「よく来てくれた。……お前を待っていたぞ、“選ばれし者”よ」
脳の髄を直接冷たい指でなぞられるような、寒気が走った。
「……我が力を欲するか?」
「いらねえ。そんなもん、願い下げだ」
俺は即座に吐き捨てた。
「……なぜだ? 我を手にすれば、世界など容易く掌に落ちよう」
「知るかよ。俺はこんな地下から世界を見下ろすような、寂しい王様になる気はない」
異形の霧が、怒りとも哀れみともつかぬ振動を見せ、さらに禍々しい漆黒へと染まった。
「おかしいな……なぜ我になびかぬ? ……ならば、欲しいものは力で奪おう。貴様の記憶、覗かせてもらうぞ」
「やめろッ!!」
叫びは、物理的な音となる前に遮られた。異形の意識が、鋭い楔となって俺の額を真っ直ぐに貫いた。




