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第十三話 巨大埴輪と、特盛のカツ丼

 土煙を上げて立ち上がる三メートルの質量。逃げ惑うゼミ生たちが蹴立てる砂。発掘現場は、制御不能の渦に飲み込まれていた。だが、事態を決定的に詰ませたのは、フェンスの向こうから響いた、近所の住民の甲高い叫び声だった。


「おまわりさん! 撮影か何か知りませんけど、とにかく巨大なモノが歩いてるんです! 怖い、今すぐ来てください!」


 数分後、静寂を切り裂くサイレンが幾重にも重なり合い、数台のパトカーが大学の敷地内に突っ込んできた。視界を埋め尽くしたのは、激しく明滅する赤色回転灯の光だ。舞い上がる砂埃を赤黒く染め上げ、不快な光が網膜を刺す。


「……君か、責任者は」


 屈強な警察官たちに囲まれ、俺の視界に鈍い銀色の光が突き出された。


「待ってくれ! 俺はただの発掘現場の雇われ責任者で、これには深い事情が……っ」


 抗弁も虚しく、両腕を強引に背中へと回される。冷たい鉄が皮膚を噛み、カチリと硬い音が手首に響いた。


「総一郎様……!?」


 聞き慣れた、けれど今の状況にはあまりに不釣り合いな声に顔を上げる。そこにいたのは、制服の襟を正し、目を丸くして立ち尽くす葛城明日香だった。


「な、なぜ貴方がここに……いや、それより、この事態。柳生家・新陰流の末裔として、そして県警の人間として、見過ごすわけにはいきません」


 彼女は一瞬、眉の根を寄せて困惑の色を見せたが、すぐにキリリと唇を結んで、俺の眼前に警察手帳を突きつけてきた。


「……というわけで、はい。確保させていただきますっ!」


「……えええ、俺を!? 普通は『この人は私の知り合いです! 悪い人じゃありません!』とか言って庇うんじゃ……」


 そのまま俺は、パトカーの後部座席へと押し込まれた。閉まる窓硝子越しに、レッカー車のクレーンで吊り上げられていく巨大なハニワ兵の影が、不格好に揺れるのが見えた。


「総一郎は悪くないの……!」


 規制線の向こう、アルシアが喉を震わせ、その隣では結月が警官の腕を振り払おうともがいている。パトカーの分厚いドアの音が、無情にも彼女たちの声を遮断した。


***


 奈良県警・取調室。窓のない灰色の壁に、蛍光灯のブーンという微かなノイズが耳の奥に澱む。古びた換気扇が、油の切れたような音を立てて回っていた。鉄製のテーブルに触れた指先から、ひんやりとした冷たさが伝わり、胃の奥が冷え切っていく。


「土の中から謎の巨大埴輪が出てきて、俺の念動力(思念?)に反応して動き出したんです」


 正直に話せば話すほど、担当刑事の眉間の皺が深くなる。当然だ、数日前の俺なら鼻で笑って一蹴していただろう。疲労で首筋がカチカチに強張った頃、重い防音ドアが静かに開いた。


「総一郎様、お食事をお持ちしました」


 現れた明日香の手には、白い湯気が立ち上る重厚な器。


「……本当に、出るんだ。カツ丼」


「はい。署の近くで一番美味しいお店のものを、特盛にしておきました」


 蓋を開けた瞬間、甘辛いダシの香りが狭い室内に充満する。箸を割り、少しふやけたカツを口に運んだ。衣に染みた濃いめの醤油味が、渇いた喉にじわりと沁みる。


「……明日香ちゃん、大きくなったな。鹿王を投げ飛ばしたニュース、見たよ。凄かったじゃないか」


「お恥ずかしい限りです。気がつくと、身体が勝手に動いてしまって……」


 彼女は小さく笑った。その表情には、幼い頃に俺の後ろを追いかけていた頃の面影が、今の制服の凛々しさと不思議に重なり合う。


「私、あの後、総一郎様に言われたことを思い出したんです。力を持つ者は、誰よりも優しくあれ、と」


 俺がそう言うと、明日香の瞳に取調室の蛍光灯がキラリと反射した。


「……嬉しいです、総一郎様」


「様、はやめてくれよ。……それより、俺、いつ出られるんだ?」


 時計の針が午後九時を回った頃。カツ丼の器が空になり、胃の重みが心地よい眠気を誘い始めたタイミングで、ドアがノックされた。入ってきたのは、顔をしかめた中年刑事だ。


「長屋、釈放だ。身元引受人が、玄関で待ってる。……ただし、明日はまた任意で来てもらうぞ。説明がつかんことばかりだからな」


***


 署の重い自動ドアを抜けると、夜の冷たい風とともに、街灯の下に立つ人影が目に入った。


「総一郎っ!」


 目元を真っ赤に腫らしたアルシアが、俺の姿を認めるなり駆け寄ってきた。彼女はそのままの勢いで俺の胸に飛び込み、ワンピースの薄い生地越しに、その小刻みな震えが掌にじかに伝わってきた。


「無事でよかった……っ! ……どんな未来になっても、私は、貴方の味方です」


 俺のシャツを掴む、細い指の強さ。彼女をどれだけ不安にさせたか、その背中の震えが全てを語っていた。


「……ごめん。心配かけたな」


 俺がその肩を抱き寄せると、彼女は俺の胸に顔を埋めたまま、小さく首を振った。帰る場所がある。手首に残った手錠の、うっすらとした赤みと鈍い痛みを噛み締めながら、俺は、この小さな温もりを何があっても守り抜かなければならないと、改めて腹を括った。

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