第十二話 修羅場の発掘リストと、謎の巨像
数日後の午前。大学の研究室には、埃っぽい紙の匂いと古びたPCの排熱が微かに澱んでいた。俺は平城京発掘プロジェクトの最終チェックに没頭する。今年の調査地点は、過去のデータから見ても遺構密集地と目される最重要エリアだ。指先に付着したチョークの粉を払いながら、モニターのメンバーリストをスクロールする。
「さて……バイトと関係者のリスト、確認っと……」
文字を目で追った瞬間、肺の空気が凍りついた。橿原結月。五條ツバキ。山添クリス。桜井ヒバナ。
「……っ、おい、嘘だろ……」
椅子の背もたれがギィと悲鳴を上げる。俺は天井を仰ぎ、こめかみを指で押さえた。奥歯の裏がジリジリと軋む。元教え子にして、今や恋の暴走特急と化した結月。そして、未来から俺を消しに来た刺客三人衆。文化財の調査というアカデミックな名目の下に、人類の未来を左右する爆弾たちが集結していた。モニターのバックライトが、俺の強張った顔を青白く照らし出す。
「……マジでどうすんだ、これ……」
その時、背後からカタ、と陶器が触れ合う音が届いた。
「へいっ、彼氏。お茶、しない?」
振り返ると、マグカップを両手で包んだアルシアが立っていた。あの夜以来、彼女の瞳には霧が晴れたような輝きがある。エプロンから覗く細い手首と、ほんのりと朱に染まった頬。その破壊的な愛らしさに、俺の心拍数が跳ね上がる。
「……なにそれ反則だろ……」
ぼそっと漏らすと、アルシアは悪戯っぽく笑って俺の隣に腰を下ろした。手渡されたマグカップからは、蜂蜜を溶かしたような甘い香りが立ち上る。
「大丈夫だよ、総一郎」
アルシアの囁きが耳朶を打つ。その声には、砂漠の夜を鎮めるような不思議な力強さがあった。不意に、彼女の体温が近づいた。柔らかい感触が唇に触れ、耳の奥で自分の心音がうるさく跳ねる。
「好きよ、総一郎。……私を頼っていいのよ」
心臓が肋骨の内側を激しく叩き、首筋まで熱が駆け上がっていくのが分かった。
***
翌日――ついに発掘が始まった。夏の日差しが、塩を噴いた俺の背中を容赦なく焼く。重いスコップを土に突き立てるたびに、手のひらの皮が擦れる鈍い痛みが走った。
(……頼む。せめて何か、成果を出させてくれ)
大学での立場も、考古学者としての未来も、この現場の成果に懸かっている。
だが、不穏な予感は別の形となって地中から湧き上がった。
「総一郎先生! なんか出ましたぁ~!」
結月の明るい声が広場に響く。駆け寄った俺の足元で、突然、大地が唸りを上げた。ゴゴゴゴゴ……!
「えっ……ゴーレム? いや、これ……」
乾いた土を四方に弾き飛ばし、三メートルを超える赤褐色の巨躯が姿を現した。それは、一見すれば巨大な人型の武人形埴輪。だが、その表面を覆う土器の質感は、指先で叩けば金属音が返ってきそうなほど、滑らかな光沢を放っている。俺が近づいた瞬間、埴輪の虚ろな眼窩に、淡い燐光が宿った。
ゴゴゴゴゴゴ……!
その顔が、こちらの網膜を捉えてミリ単位で角度を変える。そいつは明確に、俺の内の力を感知していた。
***
「出たわ……!」
地鳴りに紛れ、ツバキの悲鳴のような叫びが鼓膜を叩いた。彼女は顔面蒼白で、震える指をその巨人に向けた。
「大奈良帝国の主力兵器、埴輪兵だ!」
「なにそのセンス……『大奈良帝国』って俺がつけたのか? 中二病か!?」
あまりのネーミングセンスに、こめかみが引きつる。だが、ハニワ兵は意に介さず、巨大な掌を俺に向けてゆっくりと振り上げた。
「みんな、避難よ!!」
ヒバナの鋭い指示に、バイトメンバーが四方へと逃げ惑う。
「こ、こわいぃぃぃ!!」と俺の背にしがみつく結月と、「笑えないよ……」と乾いた笑いをもらすクリス。その混乱の中、アルシアが凛とした足取りで一歩前へ出た。
「総一郎。この子、あなたの力に反応して目覚めたの。……あなたの言葉なら届くはず」
俺は喉の奥を鳴らし、全身の力を込めて怒鳴った。
「ステイ(待て)!!」
ドォォン! 空気を震わせる衝撃音とともに、ハニワ兵がピタリと動きを止めた。
「シット(座れ)!!」
ゴゴゴ……。巨人は、その重厚な膝を従順に地面へついた。……効いた。マジで効いてしまった。
《……ふむ。だがな総一郎……》
神棚の奥から、ヒヒイロカネの呆れたような念話が届く。
《相手は犬ではないのだ。もう少し、命令の威厳というものを考えた方がよかろう》
「いやその前に、帝国とかのネーミング……絶対見直すべきだろこれ……」
俺の未来が、致命的にダサくて恐ろしい。
《……あとな。命令ひとつで理をねじ伏せる者は、もう人間の域にはおらぬのだぞ》
神の如き力を振るう。それは、かつて憧れた考古学とはあまりにかけ離れた、孤独な覇道への入り口だった。




