表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/35

第八話 時の迷い子

トモミクの元に、副将の犬田小文吾と江口正吉が報告に上がる。

しかしこの数ヶ月、トモミクは寝所の前に衛兵を立て、誰も中には入れなかった。


戸越しに、トモミクは静かに言葉をかける。


「……出陣の際には、私に代わって軍の指揮をお願いしますね……」

犬田小文吾は、岐阜城のトモミクの寝所の前で跪いていた。

この数ヶ月、トモミクの寝所の前には近衛兵が立っている。

副将の犬田小文吾ですら、トモミクとの対面は許されなかった。


「伊賀の忍びでした」


小文吾が寝所の外から言葉を発した。

微かな足音が寝所の戸に近づく。

戸は開かない。


「……徳川様、ですか……」


微かなトモミクの声が、中から聞こえてきた。


「徳川様より義経様のところに、北条での援軍の使者が遣わされておりました。

時期は一致しております」


しばらく寝所から声は無かった。

寝所の横に立つ近衛兵達も、音一つ立てない。


そこに、もう一人の副将・江口正吉が足早に現れる。

小文吾の横に跪いた。


「義経様より早馬。

“徳川様の軍団の後詰めとして、出陣できる体制を整えよ“

とのこと」


正吉が寝所内のトモミクに向けて報告をした。


トモミクの声が聞こえてきた。


「三河まで軍を進めますか……?」


「……それが、指示があるまで軍を進めぬように、とも言われておりまする」


正吉の言葉に、小文吾が首を傾げる。


「それでは、いざという時に後詰めとはなれぬが……」


寝所の戸が僅かに開いた。

トモミクの姿は見えないが、声が通る。


挿絵(By みてみん)


「小文吾様、忍びの件は念のため義経様に。

正吉様、出陣の準備は抜かりなくお願いいたします……」


トモミクの弱々しい声を耳にして、小文吾も正吉も顔が陰る。


「……ご体調は……トモミク様」


小文吾の沈んだ声だった。


「本当に、どうしたことでしょう……

なかなか治らなくて……


でも、義経様は今大変でしょうから、余計なご心配をおかけしたく無いのです。

……どうかご内密に」


トモミクは自らの言葉で、はっとした様子だった。


「あの、小文吾様……

忍びの件――牛一様のところでお話しを止めておいてください。

義経様には、もう少し状況がはっきりしてからにしましょう……」


「かしこまりました」


「そして、正吉様……

出陣の際には、軍の指揮をお願いしますね。

私は、当分人前には出られなそうですから……」


「……はっ」


小文吾と正吉は立ち上がり、足早にトモミクの寝所から立ち去った。

二人は、言葉も交わさなかった。



トモミクは戸をそっと閉め、寝台に戻ろうとした。

顔の半分が包帯で覆われている。

足も左足が上手く動かずに、引きずるように部屋の奥に向かって行った。


挿絵(By みてみん)


突然、部屋の奥の間の壁を叩く音がした。

誰も知らないはずの隠し扉であった。


慌てて寝台の横に飛び込み、刀を手にした。


すると壁の奥から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「……わしじゃ、早雲じゃ」


「早雲様?」


「失礼いたす」


北条早雲が身体をかがめながら、小さな隠し扉から出てきた。


挿絵(By みてみん)


「岐阜城の修繕は、トモミク殿と一緒に行ったゆえ、この隠し扉を知るのはわしくらいであろう。

しかし、すまぬの……

女子おなごの部屋に忍び込むようなことをして。


だが、こうでもせぬと、トモミク殿は誰とも会わぬと聞いたゆえ」


早雲は、トモミクの包帯を巻いた姿と、不自然な体勢を目にする。


「やはり……そうであったか……」


トモミクは体の力が抜けたように、その場に座り込んだ。

そして、顔に巻いた包帯を取った。


左目が焼けただれたようになり、右目と異なる方向へ、虚に向いていた。


挿絵(By みてみん)


「それは……いかがしたのじゃ……」


トモミクは、包帯を巻き直して左目を隠す。


「……今の時代の皆様には、ご説明が難しいのですが……

私の体は人と同じですが、頭は人が作った知能、私の住んでいた世界では人工知能と呼ばれておりますが、その人工知能と人の頭を組み合わせて作られたのです……」


「そなたが、九州の立花宗茂のはるか先の末裔の元におったと聞いた。

理解はできずとも、驚きはせぬ」


早雲は俯きながら語るトモミクを、静かに見守っていた。


「あまりもの悲しさのせいか、感情をつかさどる右側がおかしくなってしまったようなのです。

左目と左足が思い通りに動かないのです……

左目が開いたままなので、包帯を当てて目を閉じるようにしております……」


流石の早雲も、その話を聞いて目を背けた。


「卑弥呼様も、今やお力を失いましたので、私も主の元には帰れないのです。

いくら休んでも……治らないのです」


しばらく早雲に言葉は無かった。

ただ、包帯のかかっていない、トモミクの右目にうっすら溜まる涙を眺めていた。


「……きっと、義経様は、今お困りです。


私の様に頼朝様を失った悲しみに沈む間もなく、

この先どうやって頼朝様のお心を継ぐべきか考える間もなく、

大きくなった軍団は義経様を休ませません……」


耐えていたトモミクの右目から、一筋、光る雫が溢れた。


「それなのに、もう、義経様のお役に立てそうにも……

頼朝様にも、なんてお詫びをしたら良いやら……」


早雲はゆっくりとトモミクの元に近づいた。

俯きながら身体を震わせるトモミクの肩に、そっと手を置いた。


「そなたは……人じゃ……

人がつくりし知能だか何だかわからぬが、良き心を持った女子おなごじゃ」


挿絵(By みてみん)


そのまま、トモミクの前に腰を落とした。


「人は、休めば治る。

そなたも休むが良い」


「でも、早雲様……」


「良いのじゃ、義経殿は大丈夫じゃ……」


早雲はトモミクの肩を軽く叩いた。


「桜殿も、頼朝殿という偉大な父親を失った悲しみで、骨が無くなった様じゃ。

見ていられぬ。

しかし、そなたも、桜殿も、頼朝殿が全てであったからの……」


早雲もトモミクから目線を外し、大きく息を吐いた。


「わしも、失った――生涯最良の友を……」


「早雲様……」


再び目線をトモミクに戻した。


「阿国殿が、伊豆にてひっそりと暮らしておる。

そなたも、そこに参るが良かろう……」


頼朝の葬儀にも顔を出さず、出雲阿国は姿を消していた。


「やんごとなき事情があっての……

もう阿国殿――いや、卑弥呼殿は我らが前には姿を現せぬのじゃ。


だが、そなたが近くに居れば、阿国殿も心強かろう」


「それでは、義経様が……」


懇願するように早雲に首を垂れる。


「そなたのためであれば、また阿国殿も力を取り戻すかも知れぬ。

元気になったらば、また参られよ」


早雲は立ち上がった。


「……立ち上がれるか、トモミク殿」


力なく頷くトモミクの肩を支え、隠し扉に向かった。



義経の軍団で、その後トモミクを見たものはいなかった……


挿絵(By みてみん)

お読みいただきありがとうございました。


頼朝軍団を立ち上げた立役者・トモミク。

時を超えて家臣たちを導いた出雲阿国。

頼朝の死に続くように、二人もまた、義経の元を去りました……


揺れ動く義経を静かに見下ろすかのように、桜が咲き始めます。


この後の展開も、お付き合いいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ