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第五十一話 継ぐ者たち

但馬、竹田城。


篠のもとへ、源氏の援軍が到着した。

率いるのは、前田利家。


だが利家が携えてきたのは、京からの報せでもあった。


――京は、守られた。

なれど、失われたものがある。

「利家様……よくぞ、駆けつけてくださいました……」


気丈に振る舞っていた篠であったが、竹田城に源氏の援軍が到着し、前田利家の顔を見た途端、身体から力が抜けていった。


利家は、深々と頭を下げる。


「御父上のこと、まことに無念でござる。


……なれど、ここまで持ちこたえられたのは、間違いなく秀長殿のお力。

誇らしき御父上でござった」


篠は薄く涙をためながら、それでも微笑んでいた。


「父は……死に場所を、得たのです。


義経様のお役に立てぬ日々に、忸怩じくじたる思いを抱えておりました。

せめて頼朝様の遺されたお二人をお守りできたのは、父にとって誉れであったと存じます」


挿絵(By みてみん)


そして――

利家の横に、涙を流す小柄な武将がいた。


「叔父上……」


「大きゅうなったのう、篠!」


大声を張り上げながら、涙が止まらない。

人目もはばからず泣く姿が、篠の幼い頃の記憶を呼び起こす。


そこへ、頼家と実朝が入ってきた。

頼家は戦場ですでに顔を合わせていたらしく、秀吉に会釈をして、篠の横に座る。


「頼朝様のご子息、頼家様と実朝様でございます。


頼朝様がお亡くなりになる間際に、鎌倉の世より、この戦国の世へ参られました」


篠が二人を紹介すると、利家が声を上げた。


「話には聞いておったが、ご立派な若武者よ!」


「まこと、まことに!」


秀吉も、涙ながらに続く。


だが篠は、その叔父へ冷たい目を向けた。


「叔父上。

調子のよろしいところは、相変わらずでございますね。


頼朝様にお会いしたこともなければ、つい先日まで、父の誘いにも一切応じてくださらなかったではありませぬか」


「いやいや、篠……!

戦で刃を交えた者同士は、心で繋がるものよ!」


大粒の涙を流しながら、秀吉は笑い泣きをしている。

篠も、つい微笑んだ。


「ところで利家様。

京や、義経様のご様子は……」


「京は、信長殿が敵を追い払われたと、早馬が届いた」


「では、梓様は……」


利家は静かに頷いた。

だが、表情は晴れない。


「梓様も、お腹のお子もご無事じゃ。


……なれど、牛一殿がお亡くなりになった。

長らく梓様をお守りしてきた弥助殿も、生死の境をさまよっておられるとのこと」


「牛一様が……」


篠の脳裏に、ある光景が甦る。


頼朝の入京より、父と牛一は、来る日も来る日も同じ部屋で膝を突き合わせていた。

政も、兵糧も、諸家や朝廷との折衝も。

二人が並んで書付を睨んでいる姿を、篠は毎日のように見てきた。


その二人が、ひと月と経たぬうちに、どちらもいなくなった。


軍団でも指折りの慧眼を持つ牛一が、こうもあっけなく命を落とすものなのか――

篠は、しばらく言葉が出なかった。


「何よりの案じは、義経様にござる」


利家が続ける。


「四国の奥地へ大軍を進められた後に、補給路を断たれた。

早々に救援へ向かわねば、武器も弾も尽き、兵たちは飢えましょう」


「……それも、敵の謀略なのでしょうか」


「おそらくは」


利家は、項垂うなだれた。


「なれど、この但馬も丹波も、油断はできませぬ。

毛利はまだ健在。


……京の方々に、なんとかしていただくほかござらぬ」


篠の目は、まだ涙で濡れていた。

それを忘れるほどに、置かれた状況に愕然としていた。


しばらく俯く。

場にも、沈黙が流れた。


やがて――篠が、顔を上げた。


「実朝様。

京へ、お行きなさいませ」


実朝が、驚いて篠を見返す。


「私が、でございますか」


篠は、そっと頷いた。


挿絵(By みてみん)


「実朝様が戦をお嫌いなのは、この篠もよう存じております。


なれど、此度の竹田城の戦において――

実朝様の兵の配りよう、輜重の差配は、まことに見事でございました。


竹田城の普請を自ら手がけておられたことも、存じておりますよ」


「しかし……私ごときが、国難の役に立てるとは」


そこへ、利家が口を挟んだ。


「それは良きお考えにござる、篠様。


義経様も離れ、秀長殿も牛一殿も亡くなり……梓様も、心細かろう。

義興殿お一人では、さすがに荷が重かろうと存ずる」


利家は、実朝へ向き直った。


「実朝様。

拙者からも、お願い申し上げる。


何卒、二条城へ駆けつけ、梓様を――

いや、この軍団を、お支えくださいませ」


頭を下げる利家と、篠の眼差し。

その二つに困惑しながらも、実朝はふっと息を吐いた。


「母上。利家殿。


ご期待に添えるかは分かりませぬが……

それほどまでに梓様がお困りであれば、最善を尽くしまする」


篠は、満足げに微笑んだ。

そして、頼家へ顔を向ける。


「頼家様は、利家様の軍勢とともに、この但馬から毛利を追い出してくださいませ」


「お任せを、母上!」


頼家は快活に答え、利家に頭を下げた。


「立派になったものじゃ、篠……!」


秀吉が、また大粒の涙を流して声を上げる。


その大げさな叔父を見ながら、篠の目からも、一筋の涙がこぼれた。


挿絵(By みてみん)


***


京では、急ぎ軍議が開かれた。


四国への道筋を開くには、何よりまず岸和田を落とすほかない――

満場一致であった。


臨戦の構えのまま、信長軍が真っ先に岸和田へ向かう。

安土城の源桜隊、音羽城の里見伏隊も、支度が整い次第、出陣する手はずとなった。


「気を落とされませぬように」


梓に声をかけたのは、長浜城代の赤井輝子であった。


太田牛一を失った輝子の悲しみは、察するに余りある。


牛一は、頼朝が入京して直参となるまで、輝子隊の副将を務めていた。

輝子隊が全滅の危機に瀕したとき、死線を切り開いて彼女を救い出したのも、牛一である。


「何としても、義経様をお救いに参ります」


力強い言葉であったが、輝子の顔が、わずかに曇った。


「鶴姫。船の手配はいかがか」


かつて瀬戸内の戦乙女と呼ばれ、大内の水軍と渡り合った大三島の姫・大祝鶴もまた、時を超えて頼朝軍団に加わっていた。


「鉄砲を載せられる船は、手配できております。


なれど――

小早川隆景率いる水軍。

焙烙火矢を操るあの者たちを突き破るのは、容易ではございませぬ」


挿絵(By みてみん)


鶴が大三島で戦った相手は、大内の水軍であった。


その水軍を育て上げたのが、いま鶴の前で腕を組んでいる大内義興である。


もっとも、鶴が薙刀を振るった戦は、義興がこの世を去った後のこと。

その頃、大内を率いていたのは、義興の子・義隆であった。


そして――

その大内の水軍を厳島で打ち砕いたのが毛利元就であり、いま瀬戸内を押さえているのは、その子・隆景。


義興が育てた海の力は、義興の知らぬところで娘のような姫を苦しめ、やがて他家の手に渡って、いま自らの前に立ちはだかっている。


その義興が、口を開いた。


「岸和田を抜いたならば、長距離の大砲を高台に据え、毛利の水軍を追い払う。


……なれど、淡路までは砲は届かぬ。

何としても、淡路に上がらねばならぬ」


鶴が、微笑みながら義興と目を合わせた。


「この軍団で、水軍を操れる者は少のうございます。


義興様も、ともに戦うてはくださいませぬか」


「そうしたいのは山々なれど……。


わしが前線へ出れば、梓様のお近くでお支えする者が――」


その時、部屋の外から、若武者の声が響いた。


「御心配には、及びませぬ」


一同の前に、見慣れぬ若者が入ってくる。

そのまま梓の前まで進み、跪いた。


「私、源実朝と申す者。

母の命を受け、参上いたしました」


「あなたが、実朝様……」


実朝は、あらためて梓に頭を下げる。


挿絵(By みてみん)


「おお――よくぞ参られた。


実朝様のお噂は、秀長殿より伺っておった。

……して、秀長殿は、いかがしておられる」


義興の問いに、実朝は首を横に振った。


「見事な、最期でございました。


爺のお力で、毛利の襲来から、城は守られました」


「……そうであったか」


義興は、しばし目を伏せた。


「なれど――秀長殿は、実朝様こそ我が一番弟子と申されておった。

よくぞ、参られた……!」


万感の思いを込めて、義興は実朝に頭を下げた。


梓は静かに微笑んでいたが、すぐに神妙な顔つきになる。


「義興様。

鶴姫とともに、何としても淡路から四国への道を、開いてくださいませ」


そう言って、梓は頭を下げた。


「はっ!

この義興、力を尽くしまする」


因縁の、大内義興と大祝鶴。


軍船の手配のため、二人は並んで、部屋を出ていった。


挿絵(By みてみん)

お読みいただきありがとうございました。


義経編から読んでくださっている方には、聞き慣れぬ名が続いたかもしれません。

前作の頼朝戦記から、二人の縁をご紹介させてください。


まず、赤井輝子と太田牛一。


安土城攻略の折、柳生一族の奇襲を受け、輝子の率いる鉄砲隊はあわや全滅というところまで追い詰められました。

それでも退くことを拒む輝子を、馬上に抱えて戦場から離脱したのが、太田牛一です。


やがて京を支配した後、秀長が牛一を参謀本部へ推挙します。

輝子は涙ながらに、牛一を送り出しました。


誰よりも牛一を悼んでいるはずの人が、本編では、こう言うだけでした。


「気を落とされませぬように」


父を失い、側近を喪い、夫の危機に耐えている梓を前にして。

輝子は、自分の悲しみを口にしませんでした。


そして、大祝鶴と大内義興。


鶴は、瀬戸内の大三島に伝わる姫です。

寡兵で大内の水軍を幾度も退け、最後は愛に殉じたと語られる、瀬戸内のジャンヌ・ダルク。


その大内水軍を最盛期に育て上げたのが、義興でした。

もっとも、鶴が薙刀を振るった戦は、義興の死後のこと。

当時の大内を率いていたのは、義興の子・義隆です。


そして、その大内水軍を厳島で打ち砕いたのが、毛利元就。

いまその毛利の水軍を率い、四国への道を阻んでいるのが、元就の三男・小早川隆景です。


義興が育てた海の力は、義興の知らぬところで一人の姫を苦しめ、

やがて他家の手に渡り、いま行く手に立ちはだかっています。


因縁を抱えた者たちが、並んで海へ向かいます。


この後の展開も、お付き合いいただけたら幸いです。

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