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第五十話 選択肢

伊予も、讃岐も、阿波も。

届く報せは、失われた地の名ばかりであった。


米は七日。弾は三度。


攻めれば得るものなく、守れば干上がる。

――残された道を、義経は探し続ける。

土佐、河後森。


丸串の奪回に向けて順調に進んでいたはずの義経たちは、本陣を河後森城方面まで大きく後退させていた。

物資が限られているなかで、前線への補給を担う輜重隊を、山道で襲われることを恐れてのことである。


その本陣へ、土佐方面からの伝令が、次々と駆け込んでくる。


「来島海峡より上陸せし毛利勢、今治、北伊予を瞬く間に制圧!」


「大除城周辺、国人蜂起!」


「小豆島、塩飽、高松、屋島――讃岐東部、阿波北部、陥落!」


「勝瑞城に攻めかかられた香宗我部親泰様、敗退!」


血の滲むような思いで平らげた四国が、わずかな日数で、あっけなく踏みにじられていく。


自ら率いる最強の一領具足とて、雑賀衆と義経軍の助けがなければ、大友・島津に歯が立たなかった。


――これまで歩んできた薄氷の道のほかに、この事態を避けられる選び方があったのか。


元親は奥歯を噛みしめ、拳を握った。


「毛利は、我らが本拠・岡豊城にも睨みを利かせ、揺さぶっておりまする。


いまや土佐一国で、すべての戦線を賄わねばなりませぬ。

大除城を抜かれては、岡豊も危のうござる」


屈辱に身を震わせながらも、元親の声は冷静であった。


挿絵(By みてみん)


だが――

土佐にどれほどの兵糧が残っているかは、語らない。


これほどの大兵力を賄う兵糧など、ありはしない。

語らぬことが、それを告げていた。


「宝殿。

我が軍には、どれほどの物資が残っておる」


義経の問いに、宝は答えを躊躇した。


だが、その場の諸将が、一斉に宝を見ている。

その視線にも、耐えられなかった。


「米は……七日ほど。


火薬と弾は……

決戦を仕掛けられましたら、三度……戦えるかどうか」


長くはもたぬと踏んではいた。

それでも、想像を超えた数字に、義経は絶句した。


「こうなれば――

目前の敵を討ち倒し、武器弾薬を奪うしかあるまい!」


義経が、憎々しげに声を上げる。


「義経様。

敵は安全なところから、輸送を繰り返しております。


目の前の島津、大友を突き崩したところで……

補給路は、開かないのです」


涙をためながら、宝は必死に訴えた。


「では、いかがする!

このまま座して、飢えるしかないのか!」


これまで幾度も献策してきた宝が、この状況ばかりは、頭を抱えるほかなかった。


攻めた先に、得るものはない。

守っても、干上がるだけである。


しばらく黙り込んでいた宝が、やがて顔を上げた。


「重秀様」


鈴木重秀へ、目を向ける。


「我が源氏の鉄砲隊の一部を、土佐街道沿いに潜む雑賀の部隊へ、組み入れていただけませぬか」


「鎧は外さねば潜めぬが、それでもよろしいか」


腕を組んだままの重秀は、否定こそしなかったが、良策と思っている様子でもない。


「存じております。


源氏の鉄砲隊は、数を頼みに、隙間なく間断なく敵を圧倒する砲術。

雑賀の皆さまは、お一人お一人が、敵を狙って撃たれます。


我が軍も街道沿いに潜み、進む敵を一人ずつ倒さねば――

弾薬は、すぐに尽きまする」


「承知した」


重秀は腕を解き、宝に頷いた。


「……それでも、戦える日数が延びるわけではありませんが。


よろしいですか、義経様」


義経も、頷くほかなかった。


「叔父上!」


そこへ、頼朝の娘・源里が声を上げた。


「私に兵をお割きくださいませ。

勝瑞城を、落として参ります!」


徳川との戦で深手を負い、長く伏せっていた里である。

その身を案じて、義経はすぐには答えられなかった。


だが――この窮状を破るには、それしかない。


「よくぞ申した、里!

そなたに五千の兵を預ける!」


「なりませぬ」


遮ったのは、元親であった。

宝は義経と目を合わせず、俯いている。


「里殿の申されること、まことに道理にござる。

補給を開くには、勝瑞を取り返すよりほかない。


なれど――」


元親は、義経へ向き直る。


挿絵(By みてみん)


「兵を五千お分けになるのなら、五千人分の兵糧も持たせねばなりませぬ」


「……分かっておる」


「火薬も、にござる」


義経は、元親を睨み返した。


「四国の中でも、とりわけ険しき山を越えねばなりませぬ。


この元親とて――

白地城を手に入れてなお、勝瑞を落とすまでに四年を費やし申した。


しかも、動かした兵は二万。

雑賀の衆にも、力を貸していただいてのことにござる」


元親は、義経をまっすぐに見た。


「拠点も、補給も、水軍も揃えて――四年。


それを、五千で。

山を越えて」


義経は、返す言葉がなかった。


「……その白地城に、兵を向けられぬのか」


「白地は、四国の辻にござる。


西に境目峠を越えれば伊予、北に猪ノ鼻峠を越えれば讃岐、東に吉野川を下れば阿波、南にさかのぼれば土佐。

――どこへでも出られる代わりに、どこからでも塞げまする」


元親の声が、低くなった。


「その辻を、いま敵に押さえられておりまする。

白地への道もまた……!」


義経が怒りに身を震わせていることは、その場の誰の目にも明らかであった。


「では――座して死を待てと。

それが、皆の考えと申すのか!」


宝が義経の前へ進み出て、必死の形相で跪く。


「義経様。

ここは、お味方が必ず助けに参ります!」


「京がどうなっておるかも、分からぬのだぞ……!」


言い終えて、義経はふと、口の端を上げた。


「拙者ごときのために……」


誰に聞かせるでもなく、独り言のように、小さく呟いた。


挿絵(By みてみん)


「雑賀に戻りまする」


そこへ、重秀が口を開いた。


「かような時に心苦しく存ずるが――

我が領内でも、根来が本願寺に味方いたした。


残った雑賀の者どもが城に籠り、根来と本願寺を相手に戦うておるとのこと。


……精兵は、宝殿にお預けする」


「え……」


突然に兵を託され、宝は面食らった。


挿絵(By みてみん)


重秀はふっと笑い、義経へ顔を向ける。


「義経殿。

雑賀さえ無事であれば、少しは物資を運べましょう」


義経は、恥じた。


京のことばかりを気にかけ、鈴木家がどうなっているかなど、思いもしなかった己を。


元親が、重秀の肩に手を載せる。


「気をつけられよ、重秀殿。


毛利の水軍は、畿内から紀州にまで船を進めておる。

……我らが不甲斐なきゆえ」


「勝手知ったる航路じゃ。

夜陰に紛れて、雑賀へ戻る」


挿絵(By みてみん)


その時――

土佐街道から、早馬が本陣めがけて疾走してきた。


「敵襲!

此度は、大掛かりな攻めの模様!」


陣所に、緊迫が走る。


「戦うても、戦わずとも滅ぶとはの……」


元親は、土佐街道の先を見据えていた。

お読みいただきありがとうございました。


血の滲む思いで平らげた四国が、わずかな日数で踏みにじられていきます。

元親は、これまで歩んできた道のほかに、この事態を避けられる選択肢があったのかと、自らに問います。


そして、宝が告げた数字。


米は七日。

弾は、決戦を仕掛けられれば三度。


攻めても補給路は開かず、守れば飢える。

里が申し出た勝瑞城の奪回も、山と数字がそれを許しません。


そのうえ、雑賀の重秀までもが、故郷へ戻らねばならなくなります。

根来が本願寺に付き、残された者たちが城に籠って戦っているのです。


――拙者ごときのために。


誰にも聞かせず、義経はそう呟きました。

自らの人望の無さ、捨てられることを、何より恐れてきた男です。


そんな自分のために――

家臣たちは死地を切り開いてくれるか。


この後の展開も、お付き合いいただけたら幸いです。

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