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第四十二話 京都炎上

軍事の城ならず――

客人を迎えるための二条城に、招かれざる大軍が押し寄せる。


わずか数百の守備兵を率いるのは、太田牛一と、弥助。

かつて、先の世を生きた二人であった。


炎の向こうに、二人は、いつか見た京を思う。

「軍事的な城ではない、と伺っていたが……」


梓の副将を長きにわたり務めていた弥助が、苦笑いをしながら、太田牛一の横で銃口を構えていた。

元来、軍事的な要塞として縄張りがされていなかった二条城、さらに数百の守備兵による緊急の布陣――

三の丸はあっという間に敵の侵入を許した。

しかし、少数の守備兵は太田牛一、弥助を中心によく敵の攻撃をしのいでいた。


「もともと、朝廷を威圧するためだけの城……

そして、客人を出迎えるための城。

招かざる客も……!」


次の瞬間、二の丸の塀を複数の敵兵が乗り越えてきた。

二条城守備兵が応戦し、なんとか撃退する。


しかし、塀の外の敵兵の声、耳をつんざく破裂音は、いよいよ大きくなる。


「本丸だけは、万が一に備え、某も口を出しておったが……

こんなことであれば、二の丸の縄張りにも心血を注いでおくべきであった」


牛一も、弥助に笑いかけた。


「いや、牛一殿。

十分でござる」


弥助はそう言いながらも、火縄のついた鉄砲を並べ、引き金を引き続けた。


挿絵(By みてみん)


「そもそも、このようなことが起きたのが間違いじゃ」


口元だけを綻ばせて、弥助は言った。


「弥助殿……

また京都でこのようなことが……

悔やみきれぬな……」


牛一の言葉を耳にして、弥助は一瞬視線を牛一に向ける。


「それよ……牛一殿。

この時代では本能寺の変を起こさず、信長様は救われた。

それが――梓様をこのような目に遭わせてしまった」


牛一も、鉄砲に火縄をつけ、狙いを定めた。


「まことに……!

先の世から参った我らが、何も学んでおらず、役立たずじゃな!」


そう言いながら牛一は鉄砲を放つ。

塀の上の敵兵が落ちた。


牛一の射撃の腕前に、弥助はあらためて感心する。

弥助も負けじと狙いを定めた敵兵を打ち払った。


「牛一殿の申されるとおりよ!

頼朝殿に……顔向けができぬな……」


苦笑いを浮かべ、弥助が牛一を振り返った。


「牛一殿?」


次の瞬間、牛一は前に倒れ込んだ。

銃弾が牛一を貫通したのか、倒れた牛一の体の下から、赤く血が広がる。


「牛一殿!

誰かある! 本丸に牛一殿を!

急げ!」


敵兵が三の丸の塀の上に陣取り始め、鉄砲を構え始める。

躊躇している間はなかった。


「退け! 本丸にて梓様をお守りせよ!」


間もなく三の丸の城門が大きな破裂音を立て、敵兵の侵入を許すこととなる。


***


「牛一様!」


梓が倒れた牛一の手を握っている。

牛一の意識は微かに残っていた。


「……老体も……ようやく引退ができまする……」


絞り出した言葉とは裏腹に、牛一は苦悶に顔をしかめていた。


「……本来であれば、早くにおいとまをいただきたかったのですが……

……義経様は、繊細でいらっしゃるので……」


「牛一様は……

義経様が人望のなさを嘆かれぬよう、お側にいてくれたのですか……!」


牛一は必死に口角を上げ、首をそっと縦に振った。


「……私は、義経様が大好きでござった……」


牛一が咳き込むように、口から血を吐く。

それでも、梓の袖にしがみつく。


「……そのように……

義経様に……」


目は焦点を失いながらも、最後の力を振り絞る。


「梓様から……お伝えくださ……」


牛一は力を使い果たした。


挿絵(By みてみん)


梓の赤い着物が、牛一の血で、さらに赤く染まる。

それでも梓は、力のかぎり牛一を抱きしめ、慟哭していた。


義興は、その姿を、じっと目に焼き付けている。


やがて、窓の外へ目をやった。

頼朝が京へ入って以来、源氏の兵は街や御所の修繕に力を注ぎ、都は見違えるほどに栄えた。

その京が、いま、一日にして炎に呑まれている。


「壊すのは、たやすきことよ。

……街も、命も」


ひとり呟き、義興は部屋の出口へ足を向けた。

そして、自らも刀を抜いた。


挿絵(By みてみん)


***


その頃、東国のとある場所。


薄暗い牢の前に、家康が立っていた。


「頬がこけたな」


本多正信は家康の存在に気がつくと、目を開けた。

言葉はない。


「正信……

わしの心は決まった」


正信の視線が家康を捉える。


「義経様について参る。

正信が申した“踏み絵”のことも、わからぬでもない。

だからこそ、わしは義経様を支えて参る……」


「殿がお戻りになり、安堵いたしました。

――今頃、京は」


正信は、そこで言葉を切った。


「……何?」


家康は、正信が賛同するとは思っていなかった。

それにしても、此度も予想だにせぬ反応であった。


「京が、どうしたというのじゃ」


「武田のことで、慌てて京へ向かわれたそうですな。

奥方が、ご案じでございましたか」


つい、家康の言葉に怒気がこもった。


「誰のせいで――

わしが軍団内の皆から疑いの目を向けられ、窮地に陥ったと思うておる……」


しかし正信は、“安堵した”と言ったときの表情から、微塵も変わらなかった。


「京からのお戻りが、いま少し遅ければ。

――殿が、二度と、お市様にお会いになれなんだやもしれませぬ」


「どういうことじゃ、京がどうしたというのじゃ」


正信は立ち上がり、ゆっくりと家康のもとに歩み寄る。


「殿は、頼朝の甘さが、何を生んだかお考えになられたことはございませぬか……」


「正信、甘いと言われることと、高き理想とは、常に紙一重じゃ……!」


「では、ここまでに何が起きていたか。

殿は、拙者一人が武田を動かしたとお考えか。


一度は袂を分かつこととなった一向宗徒が、なぜ拙者に近づいてきたか――

殿はお考えになりませんでしたか」


家康はしばらく正信を訝しげに眺めていた。

しかし、断片的な正信の言葉が、家康の中でつながった。


「……まさか……

義経様を四国に閉じ込め、京を……!」


否定せぬ正信を見て、家康の目がさらに見開く。


「そして、京を……

狙いは初めから……梓様か!」


正信は家康から目を離さず、口の端を上げる。

家康の顔からは、怒気が失せ、青ざめていた。


挿絵(By みてみん)


「……本願寺……

顕如……」


家康は、座り込みこそしなかった。

だが、脳天を撃ち抜かれたようであった。


すべてが、繋がっていく。


――わしは、何を見ておった。

己への疑いを晴らすことにばかり躍起となり、その裏で回り続けていた大きな歯車に、まるで気づかなんだ。


正信を睨むその目に、行き場のない怒りが滲む。

それは半ば、己へ向けられたものであった。

お読みいただきありがとうございました。


二条城は、炎に包まれました。

守り抜くにはあまりに脆いその城で、太田牛一は、最後まで鉄砲を手放しませんでした。


かつて先の世で、本能寺に主君を喪った二人。

その悔いを胸に、牛一と弥助は、今度こそ守ろうとします。

なれど――牛一は、力尽きました。


引退を望みながら、義経が「人に見放された」と嘆かぬよう、老骨に鞭打って傍らに在り続けた牛一。

その最期の言葉を、梓は、確かに受け取りました。

いつか、義経へ届けるために。


そして東国の牢では。

心の清算に訪れたはずの家康が、正信の一言で、すべてを悟ります。


四国も、京も、東も。

その糸を引いていた、一人の男の名を。


家康は、これから、どうするのか。

牢の対話は、まだ終わりません。


この後の展開も、お付き合いいただけたら幸いです。

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