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第十五話 鬼の対面

命を待たず、攻め込むものこそ怪しい――

武田謀叛の真相を、見極めようとする義経たち。


その同じ夜。

家康配下・酒井忠次のもとに、甲斐攻めの偽報が届く。

「それはどういう事じゃ……!」


家康の怒りは頂点に達していた。

怒りの矛先は夜の闇に現れた服部半蔵に対してだった。


「忠次(酒井忠次)には蒲原にて待機を命じていたであろう!」


「……それが、使者が何者かに討たれ、甲斐に攻め込むとの伝令に」


家康の陣に設けられた寝所の机は倒され、筆や硯、書が散乱していた。


「一向宗徒か……」


「おそらく」


「伊賀の忍びが、二度までも一向宗徒に討たれるとは……

そなたらも落ちたものよの、半蔵……!」


「面目次第もございませぬ」


家康は采配を真っ二つに折り、投げ捨てた。

身体の震えを止めようと何度も深く呼吸を繰り返す。


挿絵(By みてみん)


やがて半蔵に静かに口を開く。


「皆を叩き起こせ。

至急集めよ」


「かしこまりました」


早々に半蔵が立ち去ろうとしたが、家康は手で静止した。


「……武田信豊、山縣昌景、穴山梅雪などにも刺客が放たれよう」


「まさに」


「それは捨ておけ……」


さすがの半蔵も返答までに一拍置いた。


「よろしいので……」


「事ここに至っては、致し方あるまい!


それよりも、何としても忠次を止めよ。

忠次が武田信勝を討ってしまえば、某の謀反と疑われることとなるやもしれぬ!

此度もしくじっては、そなたとて容赦はせぬ!」


「かしこまりました」


半蔵の気配が消え、家康は羽織をまとい、今にも消えそうな篝火で輪郭のみを表す陣幕に向かった。


***


「忠勝(本多忠勝)はわしと共に参れ。

川越の軍勢は数正(石川数正)、そなたが総大将となり八王子に陣を移し、甲斐からアリの一匹這い出られぬほどに、守りを固めよ!」


「御意のままに」


石川数正が前に進み出て跪いた。

家康は数正に声を緩めずに指示を続ける。


「ただし、数正……

某が戻るまでは、何があろうと軍を動かすことはまかりならぬ。

何があってもじゃ。

良いか……!」


「肝に銘じておきまする!」


「頼むぞ、数正……」


そして、本多正信に顔を向ける。


「誰かある!

このものを牢に繋いでおけ!

某が戻るまで、誰も近づけてはならぬ」


近衛兵が正信に縄をかける。

正信は俯いたまま、何事もなかったかのごとくに連れられていく。

家康に顔を合わせることも無かった。


挿絵(By みてみん)


家康は下唇をかみながら、陣幕を出た。

本多忠勝が急いで家康の後を追う。


「忠勝、参る!」


家康は本多忠勝とわずかな供回りを連れて、力の限り馬に鞭を打った。

富士川を北上する酒井忠次の部隊に急いだ。


挿絵(By みてみん)


***


その頃の二条城。

太田牛一があわただしく義経の下に駆け込んできた。


「義経様、いよいよ毛利が長宗我部に戦線を布告いたしました」


「今度は毛利か……!

長宗我部は我らが友軍ではないか」


「……長曾我部とは積年の諍いが絶えず、義経様にご理解いただきたいと、毛利から伝えてきておりまする」


「……手出し無用、そのように申したいのか、毛利は……!」


義経が声を張り上げた。


「牛一様、長宗我部からは何か」


義経の傍で書に目を通していた梓だった。


「長宗我部からは援軍の要請を受けておりまする」


牛一が梓に答えるが、面持ちは重い。


「しかし、ここで長宗我部に援軍を出せば、毛利との約定を破棄せねばなりませぬ……」


挿絵(By みてみん)


低く唸る牛一に対して、義経が反応する。


「毛利など、これを機に討ち果たしてくれよう!

友軍を攻めるなど、毛利は我らを侮っておる!」


「義経様のお気持ちは、良く理解いたしまする。

しかし、今毛利と事を構えるのは少しばかり……」


牛一は義経に頭を下げ、梓は不安げに義経を見る。


「がっはっは!」


そこに黒い鎧の武者が顔を出す。

現れたのは信長だった。


挿絵(By みてみん)


「これは、面白き事となったでは無いか、義経殿」


愉快そうに語る信長。

さらに牛一に目を止めた。


「わしの配下におる牛一が、年老いてここにもおるとはな。

随分と老け込んだものよ、牛一殿!」


牛一はばつが悪そうに信長に頭を下げる。

梓も信長を見て、顔つきがこわばった。


しかし、義経は口の端を上げながら信長を見上げていた。


信長は、そのまま牛一の横に腰をどっかりと落とした。


「なに、色々と騒がしいと聞いたゆえ……

軍神の力になろうと思って、駆けつけて参った」


「耳が良いの、信長殿は……」


明らかに義経の顔色が良くなっていた。


「のう、牛一殿」


信長はニヤリとしながら大田牛一に言葉を投げた。


「軍神殿の勤めとは、日ノ本の半分をおさめ、惣無事令を発布する事であろう。

毛利攻めは絶好の口実――わしはそう思うがの、牛一殿」


「しかし信長様。

大義を守らねば惣無事令は発布されませぬ。

今は東に軍勢も割かれており、すぐに毛利と事は構えられませぬ」


「ほお、牛一殿も歳を取られて慎重になられたか……」


信長は笑みを絶やさず、容赦ない言葉を投げかける。


「控えよ、信長!

牛一様は、我が軍の筆頭参謀なるもの。

軽はずみな暴言は許さぬ」


梓が立ち上がって、信長を嗜めた。


「わっはっは!

これは、失礼仕った。

さすがは、軍神の奥方であらせられる。


つい、我が手下の牛一殿と同じ扱いをしてしまうが、こちらは筆頭参謀であった。

はっはっは!」


牛一は無言で信長に頭を下げていた。


ここで信長は真顔になり、改めて義経に身体を向けた。


「義経殿……いずれにせよ、毛利と戦うか、いっそのこと長宗我部と戦うかでござる。

指をくわえて見ていることだけはできませぬぞ。

そうではござらぬか」


義経は一連の信長の立ち居振る舞いを、心無しか愉快そうに眺めていた。


「長宗我部と戦う……そう申したか」


義経は興味深そうに信長を覗き込んだ。


「さよう。

今毛利と戦うのは、確かに簡単ではない。

だが――」


信長は義経に一歩身体を近づけた。


挿絵(By みてみん)


「毛利が中国、四国まで手に入れたらば、少し面倒となろう。

戦いばかりでは無い……

朝廷の中でも、軍神殿への惣無事令の妨げとなるものが息を吹き返すであろう」


信長は、再び牛一に目をやり、ニヤッとする。

そして再び義経に眼差しを戻した。


「頼朝殿がお好きだったであろう。

“守る“と綺麗な言葉で、滅ぼす事が――

徳川やわしにしたように」


梓が立ち上がる。

しかし、義経が梓を手で制し、信長に語らせた。


信長は梓の姿を目にして、フッと小馬鹿にしたように微かに笑った。

そして、言葉を発した。


「長宗我部であれば、今の京周辺の部隊で滅ぼせますぞ。

……守るために」


信長は義経に向かって、不気味に微笑む。


挿絵(By みてみん)



お読みいただきありがとうございました。


武田の謀叛、毛利の蠢動、渦巻く思惑――

不快な雑音ばかりが続く中で、

信長の言葉だけが、義経の耳に心地よく響きました。


義経のうちに眠るものを、信長は知っている。

それを呼び覚ますことも――


この後の展開も、お付き合いくださいませ。

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