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第十四話 軍師の推測

武田信豊の、“話が違う”という一言。

それは、この謀反の裏に、何者かがいることを示していた。


自らが信じるものが限られる武人、義経。

その義経が、信じたいものを、疑わねばならぬ時が来る。


軍師・宝の智謀が、誰も触れたくなかった名に、静かに迫る。

「どういう事か、宝殿」


義経は身を乗り出した。

一斉に視線を浴び、宝は戸惑う顔をするが、すぐに言葉を発する。


「此の度の悲しい出来事……

勝頼様との諍いによる突発的なものか、周到に企てられた謀反か……

ずっと、考えておりました」


「して、宝殿はどう思うのだ」


「……確証は、ございませぬが」


怯えた戸惑いが、すうと和らいでいく。

宝の目が、一点を見つめて動かなくなった。

自らの考えに没頭すると、宝はかえって落ち着く。

このような時に宝が発する言葉に、義経は何度も唸らされてきた。


「これは――武田家の外に、大きな後ろ盾を持つ謀反かと存じまする」


宝は、おそるおそる武田梓に目を向ける。

梓は静かに頷き返した。

それを見て、宝は迷いを飲み込み、顔を上げる。


挿絵(By みてみん)


「理由は、二つ。


ひとつ。信濃、上野の重臣の皆様が、揃って寝耳に水であったこと。

これが武田家の総意であれば、あり得ませぬ。


ふたつ。兼続様が伝えられた、武田信豊様の“話が違う”という言葉。

誰かと、何かの約束があった。

その約束と、違うことが起きた――という事になりまする」


宝は、ひとつ息を継ぐ。


「武田家の中だけで企てられたのであれば、“話が違う”とは申しませぬ。

話の相手は、武田家の外におります」


義経は顔をしかめたまま、宝に耳を傾けていた。


「……では、その後ろ盾とは誰じゃ。

武田家は、友軍と我が領土に囲まれておる。

甲斐を独立させて得をするものなど、おるまい」


宝は指を口に当て、しばし黙る。


「義経様。

誰が、と問う前に――誰が損をするかを、考えてみました。


上杉様も、北条様も、佐竹も伊達も……

この乱で武田が割れても、得るものがございませぬ。

むしろ、国境が乱れ、要らぬ火種を抱えるだけ。


上杉様は、現にこうして甲斐を攻めぬとお伝えに来られました。

北条様は、今まさに義経様にお縋りしている身。

西国や朝廷には、わざわざ甲斐を乱す謂れもございませぬ」


宝は、義経の目をまっすぐに見る。

怯えはあるが、声は揺れない。


「では――この乱で得をするのは、誰か。

武田が消えて得をし、なおかつ、武田の内に手を伸ばせるほど近くにいるもの……」


宝は、そこで言葉を止めた。

その先を、口にすることをためらった。


部屋が、静まり返る。


牛一が、低く声を発した。


「……我が軍団の、内、ということか」


宝は答えず、ただ深く頭を下げた。


「例えば――家康様、と」


牛一の言葉に、義経の顔が強張る。


挿絵(By みてみん)


「牛一殿、家康殿に限って、その様なことはあるまい。

家康殿こそ、誰よりも、兄上のお気持ちを理解されておる」


「義経様の仰せの通りかと存じます。

……ただ」


牛一は引かなかった。


「岐阜城下にてわが軍が忍びの骸を回収したのは、本多正信様が京を発って数日後。

その骸は、徳川の忍び。

そして此度の謀叛は、その直後でございました」


「だが、それが叛心の証とはなるまい」


「証ではございませぬ。

ただ……何か、引っかかるのでございます」


抑えきれぬものが、義経の声に滲んでいた。

その怒気が、牛一に向きかけたとき――


「義経様」


大内義興の、低い声が部屋に響いた。


義経の目が、義興に移る。


「義経様は、信をおけるものを大事にされる。

上杉殿を、家康殿を、信じておられる。

それは、誠に結構なことにございます」


義興は、義経から目を逸らさない。


「されど――古より、外敵を寄せ付けぬ大国は、内からの歪みで滅びまする」


牛一に向きかけた義経の怒気が、そのまま義興へ向けられる。

それでも、義興の眼差しは微塵も揺るがなかった。


挿絵(By みてみん)


「叛心を抱くものとは……君主の信があってこそ、内に寄生し、力を蓄えるもの。

信じておられるからこそ、足元で何が育っておるか、見えぬのでございます」


義経の耳元が、熱を帯びていく。

梓が、義経の震える手をそっと包み、静かに首を横に振った。


義経は、こぶしを握りしめたまま、何も言えずにいた。


「あ、あの……!」


意を決して声を上げたのは、宝であった。


「だ、だからこそ……攻め込むものがあれば、そのものこそ怪しいと、申し上げたのです……」


宝は声を震わせながらも、引かなかった。


「此度の謀りごとは……失敗でございます。

信濃も上野も、信勝様に従わなかった。

首謀者の信豊様や梅雪様が、このまま追い詰められ、降伏なされば――


困るのは、後ろ盾のはず。

証人を、生かしてはおけませぬゆえ……」


宝は、ためらいながらも、最後まで言い切った。


「遠くに布陣しておられる家康様であれば……

義経様の伝令が届く前に、信豊様などの口を、塞ぐことも……


攻め込まずとも、刺客を放つことも、できるのです……」


挿絵(By みてみん)


言い終えて、宝は急に怖くなったように身を縮めた。


「し、しかし……私の短慮かもしれませぬ……」


宝は義経から目を逸らし、深く俯いた。


義経は、力なく言葉を返す。


「……いや、宝殿。

そなたの言には、常に理がある」


そして、牛一と義興を見渡した。


「皆は、どう考える」


牛一が、一歩前に出る。


「某も……家康様が、そのようなことをなさるお人とは、とうてい思えませぬ。

兼続殿に二心があるとも思えませぬ。


なれど――備えは、せねばなりませぬ」


義経は、義興に目を向けた。


「義興殿は」


「わしは、家康殿に会うたことがござらぬ。

ゆえに、忍びの骸を見て、ただ怪しいと思うただけ。

宝殿ほどの、深き読みはござらぬ」


義興は、静かに、しかし重く続けた。


「ただ――自ら甲斐に攻め込み、首謀者を生け捕りにして、口を割らせる。

それしか、真を知る道はございますまい」


義経は、大きく息を吐いた。

力なく傍らに座る梓に、顔を向ける。


「誰かの謀りごとで、義父上が犠牲となったのであれば……無念じゃ」


梓は、何も言わず、ただ義経を見上げた。


義経は、思いを断ち切るように立ち上がった。


「……牛一殿の申す通りじゃ。

信じたくはないが、あらゆる事に備えるしかあるまい。


南信濃、駿河、武蔵より甲斐を囲み次第――

南信濃から源頼光殿、駿河から太田道灌殿の軍勢で攻め込む。

必ず、首謀者を生け捕りとする。

信勝殿は……梓の弟でもある。


家康殿にも、兼続殿にも、包囲に徹するよう、急ぎ伝えよ」


挿絵(By みてみん)


そして義経は、宝に顔を向けた。


「我らが体勢を整える前に、動き出すものがあれば……

その時は、宝殿の申す通り。

見極めるしかあるまい」


一同が、義経に頭を下げた。


義経は、うつむく梓の手を取り、静かに退出した。



残された宝は、梓の去った方を、心配そうに見つめていた。

その傍らに、大内義興が近づく。


「これから、ご一緒できて嬉しく思う。

よろしくお願い申し上げる」


「は、はい……こ、こちらこそ、よろしくお願いいたしまする……!」


慌てて頭を下げる宝に、義興は目を細めた。

微笑む牛一とともに、老将は持ち場へと急いだ。


挿絵(By みてみん)


お読みいただきありがとうございました。


源宝の智謀が、深い闇の入り口を照らしました。

されど――その闇が、何のために口を開けたのか。

真実は、まだ遠いままです。


この後の展開も、是非おつきあいいただけたら幸いです。

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