第十二話 新しい参謀と天才軍師
太田牛一は、武田家の内情を聞きながらも、
この一連の流れに、どうしても腹落ちせぬものを感じていた。
そこへ、牛一が待ち望んだ男が、二条城に現れる。
かつて室町の世で天下に手をかけながらも、辛酸をなめた男。
時を超え、頼朝軍に武人として馳せた、大内義興であった。
「……上野、甲斐の国人衆や一族、家臣団は、信勝様に従う意思表示をしておりまする。
それに従わぬのは、かつて頼朝様にお助けいただいた仁科信盛様が治める南信濃、馬場信春様が治める深志一帯でござる……」
うなだれながらも、秋山信友は太田牛一に武田の状況を話していた。
「此度の首謀者たち――武田信豊様や穴山梅雪様、山縣昌景は、確かに勝頼様へのご不満はございました。
……さりとて、このような暴挙に出るとは信じられませぬ」
哀しみと無念さが入り乱れている。
「北信濃は、どのように……」
太田牛一は、言葉を丁寧に選びながら信友に声をかけた。
「真田信綱はじめ、小県の国人達は様子を見ております。
あのもの達は、甲斐一国で四面楚歌となる愚かさを、わかっておるのでしょう……」
「信友殿……まさにそこよ。
いくら信玄公の遺言があるとはいえ、信勝様の擁立を大義に、我らに反旗をひるがえすなど……」
牛一の表情もさらに沈む。
「しかも、勝頼様に手をかけたらば、どうなるか――
先ほどご覧いただいた通り……」
怒鳴り散らす義経の声が、牛一、信友、そして池田輝政の耳に残っていた。
気を取り直したように牛一が顔を上げる。
「輝政殿、まずは東美濃の部隊を南信濃に派遣されよ」
「承知いたした!」
牛一は立ち上がり、信友の肩に手を置いた。
「いずれにせよ……仁科様はじめ南信濃が我らに味方いただけたのは、不幸中の幸いでござった。
ご心痛は拙者の想像を絶するが、まずは南信濃をお守りいたす……」
信友は深く頭を下げ立ち上がる。
部屋を出ようとしたところで、振り返った。
「……姫のこと……何卒お願い申し上げる……!」
猛将らしい声を響かせ、信友の足音は遠のいていった。
信友と輝政の退出を待っていたかのように、一人の男が入って来る。
背筋はまっすぐ伸び、武人のような風格がありながらも、ゆっくりとした所作には品格があった。
かつて京の政に倦んで一線を退いていたが、太田牛一の請いを受け、義経のあらたな参謀として迎えられた大内義興である。
義興は、太田牛一の前にゆっくりと座った。
「お聞きになりましたか……義興殿」
義興の口の端が上がる。
「牛一殿も、ご心労が絶えませぬな」
「……某などは、何ほどのこともござらぬが。
しかし、義興殿のお力添えをいただきたく、お願い申し上げる」
牛一は苦笑いを浮かべながらも、義興の登城に肩の荷が軽くなった思いであった。
「京での政など懲り懲りと思うておったが――
牛一殿からの頼みとあらば、老骨に鞭を打つといたそう」
「まことに、かたじけない」
牛一は、応仁の乱の後、京の政の中枢で辛酸を舐めた義興の半生を知る。
自然と、頭が下がった。
それだからこそ、今の義経を支えるには適任だと、牛一は考えていた。
「して、義経様のご様子は」
義興の問いかけに、牛一は返答に窮した。
その様子を、義興はじっと眺めていたが、牛一の態度が答えを物語っていた。
「良い、牛一殿。
那加城のころから、あのまっすぐな武人を見てきたのだ。
そのお人が、急に政に身を投じねばならぬ。
我らが……お支えせねばの」
「まことに、かたじけない」
先ほどと同じ言葉を繰り返す牛一を見て、義興は噴き出した。
「はっはっは!牛一殿、そのような顔をなさるな。
これからは、その重荷を分け合おうではないか!」
義興は牛一の肩を力強く掴んだ。
「心強い限りでござる」
牛一はふたたび義興に頭を下げた。
「牛一殿がそこまでお困りとはの……
して、武田はいかがいたす。
この様な事をして、降伏などせぬであろう」
義興は本題に入った。
牛一の顔つきが変わる。
「気になる点がござる……」
「ほう、お聞かせいただけぬか」
牛一がにじり寄った。
「義興殿が街道沿いで見つけられた忍び……
やはり徳川の忍びであった」
「それが、武田と何か」
「いや、わからぬ。
だが、同じ領内に忍びがいたこと、
我らの忍びでない手練れが、それを討ち果たしたこと、
それも、謀反の前という時期じゃ……」
「まさか、家康殿が、関わっていると……」
「わからぬのだが……気になって仕方がないのだ」
義興は、はっと思い出す。
「そういえば、牛一殿……その頃、徳川の使者が参っておったか」
「まさに……家康様の使者が、義経様のところに来ておった」
「ではわしが見た、あの手練れのような男は……」
「義興殿がすれ違ったのは、きっと家康様の腹心・本多正信殿であろう」
義興の目が見開かれる。
「わしがすれ違ったのが本多正信という男であれば、並の手練れでは無かった。
しかし、徳川同士で殺し合うなど、考えられぬ」
牛一も額に手を当てながら、義興に言葉を返す。
「すべてがつながらぬ。
だが、何かが引っ掛かり、捨て置くこともできぬ」
しばし、二人の間に沈黙が流れた。
先に口を開いたのは義興だった。
「牛一殿、確か家康殿が北条領からと、蒲原からと、武田に睨みを利かせておったな」
「その通りで」
牛一の言葉を聞いて、義興は立ち上がった。
「梓殿には気の毒とは思うが、ここは我らが甲斐を攻める――
我らが自ら、首謀者たちを生け捕りとせねばならぬ。
南信濃からは我らの軍が攻め込む。
家康殿の軍にも、我らの軍勢を合流させるのじゃ」
義興の声が、低く重くなった。
「単なる武田の旧臣たちの愚行であればそれで良し。
だが――牛一殿が引っ掛かるように、確かめねばなるまい」
「義興殿の仰せの通りでござるな。
至急、その方向で進めましょう……!」
義興は静かに頷くが、表情は厳しいままだった。
「急がれよ。
仮に家康殿が何かをしかけていたらば、必ず動くであろう」
そこに、もう一人、小さな女性が飛び込んできた。
「あ、あの……!」
「これは、宝殿」
太田牛一が反応した。
源宝は、見たことの無い大男が目に入り一瞬たじろぐが、急いで牛一の前に走り寄った。
「上杉様の家老、直江様が自らいらっしゃいました!」
太田牛一は急いで立ち上がる。
「それはありがたい。
こちらも急いでおったから好都合。
宝殿、急ぎ義経様にお伝えを」
「え、あの、私がですか……?」
「そうじゃ、そなたは、わが軍の筆頭参謀の一人。
急がれよ!」
「は、はい!」
入ってきた時と同様に、慌てて走り去ろうとする。
部屋を出ようとしたところで、思い出したように後ろを振り向いた。
「み、源宝と申します!」
頭をぺこりと下げて、また慌てて走って行った。
義興は、一連の様子を唖然と見ていたが、牛一に尋ねた。
「あれが、宝殿か……」
牛一がにっこりとする。
「そうでござる。
家康様の強い軍を散々に撃ち破り、家康様の帰順にも一役も二役も買った、わが軍の天才参謀でござる」
義興は、先ほどの厳しい顔が嘘のように、吹き出した。
「はっはっはっ!
これは、愉快じゃ!
風に聞く宝殿が、あのような可笑しき女子であったとはの!
京に参った楽しみが、一つ増えたというものじゃ!」
太田牛一も顔が緩んでいた。
「さて……参るか……」
義興は牛一に合図をして、二人は上杉家家老・直江兼続が控える部屋に向かった。
お読みいただきありがとうございました。
義経が乱れ、義経を支えた者たちが次々と去り、
全てを一人で背負ってきた太田牛一。
その牛一のもとに、心強い男が合流しました。
義経が背負う重荷を、牛一、義興、そして宝が、
どのように支えていくのか。
この後の展開も、是非お付き合いいただけたら幸いです。




