疑問
教室に戻るとすでにホームルームが始まっていた。担任の平沢から、遅刻だぞとお小言をもらったが、スルーして自分の席に戻った。教室に普段と変わった空気はない。俺は、周りを見渡しほっと息をついた。ふと、高山の方をちらっと見たがいつものすました顔で前を向いていた。
ホームルームが終わると、山本が俺の方に近づいてきた。
「なぁ、結局あれはお前のなの?」
俺はどうしようかと思わず高山の方を見る。が、彼女はそれを完全に無視し読書に耽っていた。正直イラっとし、全部お前のやったことだと言ってやろうと思ったがなんとかこらえた。高山のやったことだと言ったところで良い方向に転がるとはとても思えなかった。
「違うよ、そんなわけないだろ。どうせ誰かが俺の机でエロ本読んでたのを持ち帰り忘れたんだよ」
なるべく軽い調子で答えた。山本はなかなか信じてくれず、その後も押し問答が続いたが俺が強引に話を変えとりあえずはなんとかなった。
その後、何かイベントが起きるでもなく瞬く間に時間は過ぎ去っていった。
そして放課後、俺は体育館の更衣室でバスケ部の練習のため制服から練習着に着替えていた。その時制服のポケットから紙が落ちるのを見た。そして、それが何かを確認した瞬間、俺はすぐにそれをバッグに突っ込んだ。高山からもらったエロ漫画だ。返し損ねてポケットにしまっていたのをすっかり忘れていた。誰にも見られてないだろうか。俺は周囲を見回した。が、周囲には、見慣れたロッカーと今度の県大会のトーナメント表、部員のバッグだけで誰もいなかった。ほっと胸を撫でおろした俺は、居てもたってもいられなくなり、このエロ漫画を返しに行くことにした。幸い、今日は顧問が休みで自主練の日だ。俺は、チームメイトに休むことを伝え下駄箱に向かって走った。
下駄箱では、ちょうど高山が靴を履いているところだった。俺は「高山!」と呼びかけ高山のもとへ駆け寄った。
「何?」
高山は怪訝な顔でこちらを見つめる。
「いや、あの一緒に帰らないか」
高山は一瞬戸惑った様子だったが、「別にいいけど」と言ってくれた。人目もある下駄箱でエロ漫画を返すのはさすがにはばかられたので、下校中に折を見て返そうと思ったのだ。俺たちは昇降口を出て、校門へ向かった。途中、俺はなんだか変な気分だった。これまで女子と一緒に帰るなんて経験は初めてだったから。誰かに今の光景を見られてないだろうか、そんなことばかりが気になってしょうがなかった。そんなことを考えているうちに校門までたどり着いてしまった。
「高坂君はどっち方面?」
高山が聞いた。うちの高校は、校門を出ると道路が二手に分かれていて、駅に向かう人とそれ以外の人で帰る方向が真逆なのだ。
「俺は駅の方だよ」
「そう、私もいっしょ」
そう言って、俺たちは歩き始めたのだが、、、気まずい。そう、気まずいのである。道中これまで一切会話がない。よく考えれば、俺たいして高山としゃべったことないじゃん。後悔ばかりが俺を襲った。蝉の音だけがうるさいくらいに聞こえてくる。それがなんかますます自分のみじめさを際立たせてるようで情けなくなった。するとこんな空気に耐えられなくなったのか高山が切り出した。
「今日はどうしたの?」
「え!あ、あぁ」
なんかめっちゃきもくなってしまった。だけどおかげで要件を思い出せた。
「これだよ、これ」
俺は高山からもらったエロ漫画をカバンから引っ張り出して高山に差し出した。
「これを高山に返そうと思ったんだ」
すると高山はすこし不機嫌そうな顔でそれを受け取った。
「別に高坂君が持っててもいいのに」
「いや、困るよ。俺の親厳しいっていうか、まぁ、そんな感じでさ。これが、親に見つかったらやばいんだよ」
実際のとこ、昔ほど親は厳格でも過保護でもないから問題ないのだが、知り合いの作ったエロ漫画を家に置いとくというのがなんとなく嫌だった。
「でも、エロ漫画自体は買ってるわけでしょ。ならいいんじゃないの?」
「う、まぁ、うちにも色々あるんだよ。それに高山が作者なんだから、作者なら自分の作品は自分が持っとくべきだろ」
「まぁ、、、そうだね」
高山は煮え切らない態度で自分の作品をカバンに入れた。そして、俺たちは特段話すこともなく再び歩き始めた。学校から駅までは長い一本道で歩いて15分くらいの距離だ。6月の蒸し暑い空気が俺に執拗に攻撃する。気づいたら、下駄箱では半分くらい残っていた水筒が空になっていた。
駅が近くなり、電車の音も聞こえるようになってきた頃、高山がポツリと話し始めた。
「高坂君って、なんでわざわざ紙で買ってるの?」
「え」
「今時、成人向け雑誌なんてネットでも気軽に買えるでしょ。なのに、どうして人に見られる可能性の高い紙で買うの?」
確かに、なぜだろう。そんなこといままで考えたこともなかった。そういえば、以前はネットでしか買ってなかった。だけど、高校に入ってからか。実物を買うようになったのは。
「うーん、自分でもちょっと分からないかな」
「そう」
「てか、高山はどうしてエロ漫画を描き始めたの?漫画を描くっていったらジャンプみたいなやつが王道だと思うのに、どうしてそんなニッチなのを描くの?」
今朝、高山のやつを読んだ時からずっと疑問だった。どうして、エロ漫画なんだと。確かに、成人向け出身の漫画家さんもいるにはいる。でも決して多数派じゃないはずだ。すると高山はうつむきながら今にも消え入りそうな声で言った。
「つながりが欲しいから」
「つながり?」
「そう、成人漫画にはそれが一番描かれているから」
いったいどういうことだろう。正直、そんな視点でエロ漫画を見たことは今までなかった。俺の頭の中が疑問でいっぱいになっていると、高山はふと何かを思い出したように時計を見た。彼女は、「もうすぐ電車だから先帰るね」と言って走り去ってしまった。




