本当のはじまり
6月18日。この日は連日の雨とは打って変わって珍しく晴れた日だった。だが、それを素直に喜べるほど今の俺には余裕がなかった。理由は明白、高山美穂のせいだ。同級生と遭遇しないようわざわざ町はずれの書店に出向いたのに、よりによってあの女と会うなんて。しかも、エロ漫画買ってるの言いふらされたくなかったら、自分の漫画づくりに協力しろって、面倒にもほどがある。
そんな憂鬱な気持ちを抱えて学校に向かった。いつも通り校門を抜け、靴を上履きに履き替えたところで空気がいつもと違うことに気が付いた。いつもの朝であれば、友人とおはようと言いあう声であふれる和やかな空気なのだが、今日はそれがない。むしろどこかぴりついたようなぎこちない空気が広がっていた。
誰かが怒られでもしたんかなとか色々考えながら、2年6組の教室に向かった。教室に向かう際中やけに視線を感じたが、昨日あんなことがあったせいで過敏になってると自分を納得させた。
そして、教室のドアを開けると教室中の視線がこちらを向いた。すると、ドアのそばに立っていた山本が声をかけてきた。
「なぁ、お前の机の上にあるやつってお前の?」
いつものでかい声はどうしたと言いたくなるほど小さな声でそう言ってきた。机?と疑問に感じながら目を向けると俺の机の上に紙束がおかれていた。何かが書いてあるようだったが、今の俺の位置からをよく見えなかった。
「なぁ、おい!」
と山本が聞くのを無視して俺は自分の机へと向かった。なんとなく嫌な予感がしたからだ。そこに書かれているのは絵だった。それも、やけに書き込みが多くどこかで見たことがあるような画風だった。俺はそのまま紙をぺらぺらとめくりその正体に気づいた。
「え…」
思わずそうつぶやき、持っていた紙束を落としてしまった。その時ふと、隣の席にすました顔で座っている高山美穂の存在に気が付いた。
「なぁ、これお前がやったのか?」
高山は全く反応しない。
「ちょっと来てくれるか?」
俺は落ちた紙束を拾うと高山の手をとって、教室の外へ出た。そして、人気のない踊り場の方へと向かった。
「なぁ、何であんなことしたんだ」
「あんな事って?」
「いやいやいや。あんなことじゃねーだろ。お前が、俺の机にエロ漫画置いたことを言ってんだよ!マジで何てことしてくれたんだよ。せっかくここまでうまくやって来たっていうのに…」
おそらくもう、クラスの連中には知られてしまっているだろう。いや、下駄箱の雰囲気からそれ以上に知られてしまっているかもしれない。焦燥感が体を駆け巡っていた。
だが、高山は依然として全く表情を変えない。そんな様子にますますイライラして文句を言おうとしたとき、高山は
「漫画」
とつぶやいた。
「漫画?」
「そう、昨日高坂君が私の漫画見てくれるって言ったでしょ。だから見せようと思って。」
「おま、お前それで机の上にあれを置いたのか!?」
「そう」
「そうって…」
俺はその場に立ち尽くしてしまった。何をどう考えたらエロ漫画を人の机に置くのか。まるで意味が分からない。こいつは生まれてからの16年何をしていたんだ。常識知らずにもほどがある。
「それで、どうだったの?」
高山が突然俺に言った。
「どうだったって、何が?」
「だから、私の漫画さっき見てたよね。感想教えてよ」
「はぁ」
正直俺はあっけにとられてしまっていた。理由は簡単、こいつの無神経さが俺のキャパを超えたからだ。昨日も話してて感じたが、この高山美穂という人間は会話の脈絡というかそういった空気を全くと言って読まない。不必要な会話は最小限にして、自分のしてほしいことだけを直球で投げ込んでくる。
だから、こんなに人との会話がへたくそなやつが面白いエロ漫画を描けるわけがないとそう思っていた。
だが俺は、高山の漫画を読んでみることにしたのだ。これ以上色々話しても何も進まないし、何より読まなかったときにこいつなら本当に昨日のことを言いふらしかねないから。
俺は、高山にちょっと待っててと声をかけ漫画を読み始めた。
内容は純愛ではあるが王道ではない、そんな感じだった。話は陽キャそうな男子に焦点を当てて始まる。その男子はみんなの前では明るくふるまっているが、ある秘密を隠していた。しかし同じクラスの女子にその秘密をばれてって感じだった。正直導入を見たときはどうやって本番に持ってくんだと思ってたんだが、まさか、女子が強引に襲って始めるとは思わなかった。だが、読後感は良く、ストーリー展開も自然なものだった。
ただ、問題は絵の方だった。確かによく見ればきれいな絵ではあった。しかし、書き込みが多すぎてあまりにも読みづらい。一見しただけでは、今登場人物が何をしているのか全く理解できなかった。
俺は、高山に良かった点と悪かった点を正直に伝えた。すると高山は満足そうに少し微笑んだ。
「ありがとう」
そう言って、高山は教室に戻っていった。




