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清濁の青  作者: 白都アロ
2/10

掴腕定離

 目が、慣れた。

 昼でも暗い、この場所で。

 九月でも、まだ暑い。

 昼間は特に、まだ暑い。

 でも、外の様子は分からないけれど、体の汗は引いてきた。

 どうやらもうすぐ夜みたいだ。

 もう下からは、妹の僕を呼ぶ声も、理由の分かっていない謝罪の声も聞こえない。

 あぁ、手をつなげなくてごめんなさい。

 聞こえてくるのは寝息だけ。

 そろそろ起こさないと、まずいだろう。

 あと少ししたら、起こしてあげよう。

 今日は妹のお気に入りのアニメに間に合えばいいな。

[newpage]


 ジィー、ジィー、ジィー

 目が、覚める。

 ジィー、ジィー、ジィー

 相変わらず止む事を忘れて続く、蝉の声。やかましいことこの上ない。9月も末なのに一体いつまでこの無意味な合唱を続けるのか。

 ・・・この中に、七日を過ぎて存命している蝉は何匹いるのだろうか。声が、五月蝿すぎて、そんなことをぼぅっと考えてみる。

 ジィー、ジィー、ジィー

 鳴り止むことの無い音。答えは、でない。出す気にもなれない。

 そんな中、ぐぅ、っと鳴く私の腹部。・・・朝ごはん、食べよっかな。

 蝉なんて、どうでもいい。たとえ七日を越えたところで、冬には皆死んでしまうのだ。

 ずるずると一人で寝るには大きすぎるベットから這い出る。服・・・は着替えなくていいか。

 下着の上にワイシャツ一枚だけど、どうせ誰に見られるわけでもない。それに、唯一可能性のある夜久斗には、べつに見られてもなんとも思わない。相手も特に何も思わないだろう。文句のひとつぐらいは言われるだろうが。

夜久斗は兄だからだろうが、時々だが私に口うるさく小言を言う。でも、なぜか、その声は不快じゃない。だから、小言を言われたことは改善するように善処はしている。善処は。

 私の部屋にはブラウン管のテレビと小さい冷蔵庫と大きすぎるベットがあるだけ。大きすぎるベットがひとつしかないこと以外は何の変哲も無い元ホテルの一室。

 ガチャっと重いドアを開け、裸足のまま廊下に出る。部屋以上にエアコンで冷やされた空気。

 同じドアが他に5つ程あるが、私以外に人間はこのフロアには誰もいない。まぁ、今はホテルではないのだし当然か。

 階段を下り、昔フロントだった所をぬけ、厨房へ向かう。途中、フロントの端に、かつて私の部屋にあった、枯れた観葉植物の鉢が目に入る。夏だから、熱いだろうと思って、毎日水をあげていたのに枯れてしまった。夜久斗曰く、水の与えすぎが原因らしい。

 綺麗な花が咲くからと、いつだったか仕事でもらったものだ。綺麗な花は見れなくなったが別に良い。惰性で育てていただけだ。そもそも私に植物のちょうど良い水の量、なんて分かるはずがないのだ。何故なら、私は植物ではないからだ。

 厨房にたどり着き、そこにある大きな冷蔵庫を開ける。中には、手作りのスパゲッティと市販のシュークリームが一つずつ。両方を取り出し、足で冷蔵庫の扉を閉めて、私は部屋に戻る。少し悩んで、麺類の方は再び部屋の冷蔵庫に。お腹が空いていないから、朝はシュークリームだけで十分だ。

 テレビの主電源のボタンを押し、ブラウン管のテレビをつける。そういえば、夜久斗が言っていたが、最近は薄いテレビが売っているらしい。まだ、見たことはないが。見たいともあまり思わない。なんとなく、私にはこのほうがしっくりとくる。

 ついた無駄に笑顔ばかりが並ぶワイド番組が映る。何処のチャンネルかは知らないが、リモコンを久しく見ていないため、仕様が無くそれらを眺めながら、袋の口を開け、シュークリームを平らげる。まぁ、どっちにしたって見たいテレビ番組なんて私には無いのだからどうでも良いのだ。

 すべて食べ終えた後に、今やっている番組からして既に昼を過ぎていたことに気がつく。だったら、昼ごはんも、食べるか。晩御飯を独りで食べることになるのは避けたいし。

 ガチャっと開きパタンっと閉まる冷蔵庫。同じくスパゲッティも胃に収めていく。相変わらず夜久斗の料理はおいしい。しかし、先にシュークリームを食べたことを知られると、怒られるだろう。まぁ、不幸な事故だ、仕方ない。

 すべてを平らげ、誰にも会わずに再び厨房に行き、汚れた皿を流しに置く。夜久斗は3階の自室兼事務所にいるみたいだ。これも、いつも道理。

 部屋に戻り、よく分からないワイドショーを眺め、30分ほど過ぎた頃。

 じりりりりりり

 部屋の電話が、鳴る。夜久斗からだ。でなくとも、分かる。

 都市伝説特集とやらを始めようとしていたテレビの電源を落とし、電話にでる。

「もしもし、おはよう、夜久雨。それから、こんにちは。」

 電話から流れる双子の兄の声。あれ、もしかして起きたばかりだとばれているのだろうか。

 それにしても、毎回思うけど、下に来て直接話せばいいのに。変なとこで怠惰だなぁ。

 がっちゃん

 電話を、切る。内容は、仕事について。街に、行く事になった。ワイシャツのボタンをはずし、床に脱ぎ捨てる。

 流石に街に行くのにワイシャツだけってのはありえない。それ位、私でも分かる。

 ガチャッと、クローゼットを開け、いつもの青い服と白いスカートと青いポンチョをいつもの様に身に纏う。そして、愛用の鉄パイプの入った藍色の細長い布袋を取り出す。靴下と、編み上げブーツを履き、部屋を出て、階段を下り、フロントへ。先ほどとは90度違うほうに曲がり、自動ドアをくぐり、3階建ての廃ホテルから出る。

 そこには少し傾いた太陽と、よりクリアに聞こえてきてしまう蝉の、蝉達の合唱。

 空気が、熱い。体が、溶けそうだ。

 あぁ、さてと、いきますか。

[newpage]



2

 ガッタンゴットン

 電車の音が響く、夕暮れの電車の車内。今日の仕事は、街中に現れた氷柱の破壊。何でも、昨日は無かったのに一晩経ったら急にできていたらしい。あんな道路の真ん中に作られたらそりゃあ迷惑だろう。作ったんなら責任もって作った張本人が壊していってほしい。

 まぁ、業者に頼むよりは安いからって理由でこっちに仕事が来たのだからあまり文句は言えないのではあるが。

 一応まだ夏なんだしほっといても溶けたのでは・・・?あぁ、でもそれじゃその間車が通行できないか。そもそも業者って、この場合どこに頼むのだろうか・・・。うーん。

 それにしてもなんで夜久斗はこんな仕事ばっかりもらってくるのか。一応ただの便利屋のはずなのに微妙にアブノーマルな仕事が多すぎる。

 ・・・それにしても、この仕事を続けていればいつかは「アカ」に辿り着けると夜久斗は言っていたが本当なのだろうか。本当だとしても、今日みたいな仕事はあまり意味が無いではないのだろうか。こんなのが「アカ」につながっているとは到底思えないし。

 ガッタンゴットン

 4両編成のこの電車、私のいる一番後ろの車両には客が8人。私を、抜いて。

 騒ぐ子供を連れた母子一組に、意味の分からない言葉で五月蝿く会話する女子高生2人、いびきをたて眠る中年男性が一人、厚化粧をして、どうでもいいと思われる話をしている主婦が3人。本当に、五月蝿い。静かになればいいのに。

 ガッタンゴットン

 そういえば、今日は休日なのだろうか。・・・昼のワイドショーからして違う気がする。じゃぁ、今日は祝日?そもそも、9月に祝日なんてあったっけ?こんな生活だと、それすらも分からなくなる。

 べつにそれで困るわけではないのでいいんだけど。ただ、世間とのズレが生じるだけ。それすらも、べつにいい。いや、べつにどうでも良いのだ。

 ガッタンゴットン

 子供を連れた母親が、歌を歌い始めた子供に向かって、静かにしなさいと注意をした。しかし、子供は歌うのをやめない。そんな子供の手には黄色い首の長い怪生物の絵柄の袋。どうやら新しいおもちゃを買ってもらってはしゃいでいるようだ。

 五月蝿いながらも、見ていて懐かしい気持ちになる。昔、私たちもあんなんだったっけ。そんな昔日のことを思い出しながら見ていると、何度注意しても五月蝿い子供に母親が、遂にヒステリーを起こす。

 キーキーと狂ったように騒ぎ、子の頭を、二度、拳で殴る。これは、叱るのと、怒るのと、どっちなのだろうか。子供の歌も五月蝿かったが、こちらもかなり五月蝿い。

 殴られた子供は頭を押さえ、泣く。母親は泣き止め、と子に言うも、子供は泣き止まない。もう一度、手があがる。子供は、泣き止まないなりにも、嗚咽を抑えようと必死になっているのに。

 母親は、周囲の目に今更気づき、下を向く。

 今日一日、幸せな一日で終わるはずだった子供の世界は、それを叶えられなくなった。悪かったのは己の行いか、母の凶行か。私にはわからない。あの子にも、分からないだろう。

 気分が、悪い。

 車内には、一時、ただ電車の音のみが、響いていた。

 ガッタンゴットン、ガッタンゴットン

 無人駅に止まり、男が1人、この車両に乗り込む。おぼつかない足取りで、多少の間をあけ、中年の男の乗客の隣に座る。私を抜いて、九人目のこの車両の乗客だ。

 自動で閉まるドア。一呼吸置いて、

 ピィィィィイィィィィィ

 笛の音。出発する電車。

 ガッタンゴットンガッタンゴットン

 車内に戻る、五月蝿い音達。

 そういえば、今日の晩御飯は何だろう。麺類じゃないことだけは確かだ。だって、何を考えてメニューを決めているかは不明だが、いまだかつて、昼食と夕食の種類が同じ事はなかった。私は、別に被っても良いのだが。そこらへんが細かく、手を抜かないことが、夜久斗らしい。

 急に、車内に耳障りな女子高生の悲鳴が響く。そちらに目をやると、先ほど乗り込んだ男が隣の男の首を掻っ切っていた。

 日常生活で使うには大きすぎる鋏で。猟奇犯罪、って言ったっけ。こういうのは。実際に日常の中で起こるのは初めて見た。

 もう一度、鋏男は被害者の首を裁断にかける。その結果、ごとり、と、首が床に転がる。 

 車内が一部、深紅に染まる。

 それを見た少ない乗客が我先に、と前の車両に向かって逃げていく。・・・譲りあい精神がないから、非効率。必要以上に時間がかかっている。

 さて、鋏男が紅い雨を啜ってるうちに、私も逃げようか。仕事じゃないから、アレを壊す必要も無い。

 大体異端者、でも異端物でもないただの異常者は専門外だし。法で裁かれるのだけは、ごめんだ。早く自分の部屋に帰りたい。

 車内のドアを開け、前方車両に入り、ドアを閉めようと後ろを振り向く。鋏男は男の子に目をつけたみたいだった。まだ、私以外に、人がいたのか。

 それに気がついた母親は子をかかえて、守る。母親は必死で抵抗し、鋏男の凶器を手に持っていたバックを振り回し、払いのけたりしている。

 なんで、目が離せないんだろう。今は、あの場に私は関与していないのに。

 なんで、思い出してしまうんだろう。今は、あの時に似ているわけでもないというのに。

 自分の指がかばんと共に飛び、絶叫する母親。

 やがて、その車両にはそんな音すら小さくなりすぎて、電車自身の音に消されてしまう。

 仕事じゃないから、これは私の知ったことではない。多分、後は子供がグズグズにされて、終わるだけ。そんなのは、知ったことか。

 ・・・しかし、思いとは裏腹に、無意識に、私は、最後尾の車両に戻っていた。

 十年近く前に、こんな光景を見た気がする。

 こんな、不快な、場面を見るのは、一度きりで十分だ。鉄パイプを袋から取り出す。

 そのまま一気に距離をつめ、後ろを向いている鋏男の頭部に「力」を込めた鉄パイプを上段から振り下ろす。

 ドカッ

 吹っ飛ぶ私と腹部に走る痛み。蹴られた、のか。「力」のこもった鉄パイプが床に当り、穴が開く。

 カホゥッ、カホゥッ。咳が出る。

 どうやらコイツは背後から壊しにかかっていった私に気がついていたみたいだ。

 紅い、うつろな目で私を視る。前言、撤回。コイツは異端者だ。こんな目の色、異常者には、まして人間には、だせやしない。

 あぁ、どうやら後ろでへたっている子供には興味をなくしたみたいだ。母親は、かすかに呼吸をして生きているみたいだ。助けに入った私が言うことでもないけど、捻りがない展開だ。

 ちょっと、苦笑してしまう。どうせなら、捻りがあればよかった。

 男が、こちらに向かって走ってくる。こんなの相手にいきなり頭を狙うとか、ぼーっとしすぎだ、私。

 しゃがんだままの私は、鉄パイプに「力」を込める。

 私の頭にのびる手。頭にそれが届くより早く、男の手を鉄パイプで弾き飛ばし、その足を刈り取る。

 ごきゅ

 とんでもないカタチに曲がる足。勢いあまって鉄パイプが壁に当たり、また穴をあけてしまう。

 これだから、狭いところで戦うのは好きじゃない。立ち上がる私と転がる男。攻守が交代する。次に、残っている方の手を破壊することにした。

 頭に向かって再度鉄パイプを振り下ろす。ガードしようとした男の片手を、奇形にしてやる。

 勢いをそのまま、男の頭には当らず、鉄パイプは床に当り、またしても穴をあける。四肢が人の形でなくなってしまった男が、最初にここに入ってきたドアのほうに這っていく。

 そのまま頭突きをドアにする。そんなに、頭を自分で壊そうとしなくても、私が壊してあげるのに。抵抗しなきゃ、もっと早く壊してあげれたのに。

 「力」を込めて、頭に落とす鉄パイプ。思っていたよりはショボイ音を立てて破裂する頭。

 血にまみれて赤くなる私。3度目の正直ってこういうことなのだろうか。

 ガッタンゴットン

 親子のほうに振り返る。そこには死にかけの母親と、その血にまみれた子供がいる、はずだった。

 しかし、実際にいたのは子供だけ。母親が、いない。子供の周りに、いくつか肉片はあるが。おそらくそれが、母親だったモノ。どうやら、母親はわが子の血肉になったらしい。そんなことを、呆然と、やや時間をかけて確認しつつ、子供のほうを見る。

 床に転がるおもちゃの入った袋と、口元から滴る赤い液体。その口元は、うれしそうに歪んでいる。・・・どうした、もんか。ここで子供を殺す理由は、ない。

 当初の目的、あの景色を壊すことはもうできたから。どうした、もんか。ぼぅっと子供のほうを見る。

 急に、こっちに向かって、四肢を使い飛び掛ってくる。

「っ!」

 鉄パイプで、自衛戦をする覚悟を決め、構える。あれは、もう子供でも異常者でも異端者でもない。異端物だ。

 きっと、あの異端者の影響を受けたのだろう。子供は純粋で染まりやすいから。前にそう教えられた。夜久斗に。

 だから、殺すしかない。だから、殺しても罪じゃない。異端は人でなしなんだから。もう二度と、人には戻れないんだから。

 しかし、子供はそのまま私を通り過ぎ、私がさっき開けた壁の穴から外に逃げていく。

 電車の中に、母親の一部と、新品のおもちゃを残して。・・・アレは、家に帰るのだろうか。

 母親を殺したアレに、帰る場所はあるのだろうか。否、まだ父親が残っているなら家にはなるだろう。それがまともな人間なら。

 しかし、アレは異端のモノに成ってしまった。化物には、帰る場所なんて、存在しない。帰りを待ってくれる、場所なんかない。帰りを待ってくれる、人なんかいない。

 それでも、人間だったときに持っていた帰巣本能に基づいて、かつての居場所に帰るのだろう。

 ・・・何にせよ、これで、誰もここにいなくなり、静かになった。

 ・・・もうすぐ次の駅に着いてしまう。そうなったら、ここにいると色々面倒だ。

 ガツン

 ガツン

 ガツン

 車両の接合部位を鉄パイプで殴り、壊す。走り去る前方車両と残されるこの後方車両。

 次に、懐からマッチを取り出す。念のため今日の仕事のために買っていったものだ。結局仕事では使わなかったが。

「火は、燃やすものだ」

 そう呟いて、マッチに火をつけ、床に落とす。一気に車内に火が広がり、燃える。

 異端に染まった車両が焼ける。炎が、ここであった全てを無かったことにしていく。

 あぁ、そろそろ私も、家に帰りますか。

                   了。


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