私とヒロインの帰り道について。その1
ヒロインを先に馬車停へ連れて行くよう殿下はセキュアさんに言いつけた。
まだ何か言い足りなかったのかもしれない。
いやうん、殿下の話、終わったかどうかも定かではないのに、ヒロインに呼ばれて私が勝手にこっちへ来ちゃったから……、私の配慮のなさにびっくりしたのかもしれない。普通悪役令嬢が殿下かヒロインに言うような台詞を、私が殿下に言わせちゃってる。本当に申し訳ない。目の前のことで頭がいっぱいになると詰め込んだはずのこの世界の常識が消えてなくなる。
ヒロインはこっちをずっと気にしてて、睨まれるんじゃないかと私はヒヤヒヤする。
セキュアさんがどう促そうとも動かないので、結局先生が付き添い、元護衛がこちらに残った。
……義弟が先生のこと、詭弁でもなんでも使って仕向けることなんか造作もない的なこと言ってたけど、その片鱗を見た気がする。
やっぱ先生が好きなのかな。いやでも殿下のこと気にしてたっぽいし、まあ目移りしても仕方ないか。私の真っ当な情緒はこの世界に来る前に破壊されちゃったけど、それでも性格も見た目も良い人ばかりだとはわかる。何らかの心の傷があってもそうなんだから、きっとヒロインに癒されれば、みんなもっと素敵な人になるんだろう。
出来るならそれを、生きて遠くから見ていたいけど……
ヒロインが見えなくなると、殿下は私のメイドだったろうか、と思うくらい、注意事項をとくとくと私に言い聞かせた。
曰く、無礼な真似をされたら後で王家から注意するから報告すること。
いや王家から忠告って、それ良くて村八分とかの極刑に近くならない? 嫁ぎ先はまずなくなるよね?
曰く、不快な真似をされたらすぐ馬車から下ろすこと。
いやいやいや、この暗いのに下ろせないから! それ置き去りっていうんですよ! 虐待の一種!
他にも理不尽なことが諸々。
守れないなら今からでもやめるんだ、とか言われて、私はなんだか呆気に取られてしまった。
「……あの、でしたら、殿下も同乗されます……?」
うんって言われても困るんだけど、殿下とは馬車乗ったことあるから、殿下単体なら平気だけどヒロインと合わせると平気かどうかがわからない。
「そうしたいのは山々だけど、僕は賢者殿に話がある」
……やっぱ私疲れてるな。なんだか殿下が先生に喧嘩売りそうな感じに聞こえた。
「一つ確認させてくれ」
随分間を置いてからの、殿下にしては弱々しい声に、私は目を見開く。さっきの声と温度差凄いですよどうしました?
「……送っていくのは、キャロル嬢を心配している、だけ?」
だけとは?
「他に何か……?」
「いや、……やきもちとか」
焼き餅? ヤキモチって嫉妬のヤキモチであってる?
「何か……キャロル嬢に言うつもりとか」
ヤキモチでヒロインに言うために送る?
「——あぁ」
なるほど。
ふふ、と笑声が漏れる。
殿下が小さく、え、と溢した。
「やっぱり虐めると思われるんですね」
は、と笑いを収めて、それでも笑い混じりに口にする。
そんなこと信じないと、言ってくれたのに。
結局どう足掻いても、今世も同じか。まだ幕も開いてないはずなのに。
収めたはずの笑いがまた湧いてきそう。
期待していた。今度こそと。どうせ裏切られると思いながら、それでもその言葉はどうしようもなく嬉しくて。この世界の人は約束を守るから、……もしかしたらって、期待するとその分落胆が大きいから、しないようにと思いながら、結局。
「違うんだ。君が虐めるとは思ってない。ただ——」
ただ? いじめという言葉は重いから、そうは言わないけどって?
同じことじゃないか。
「……信じる信じないは個人の自由ですし、私の今までの振る舞いが疑わしかったのであれば謝罪いたします」
殿下から息を呑むような音が聞こえた。
元々俯いていた上、謝罪のため頭を下げた私からは表情は見えない。思った以上に応えてしまって、顔を上げる気力が湧かない。
「ただ、虐めるような人間だと思われるのであればせめて、……殿下の従者の目と耳がある前でそのような行動に及ぶほど愚かではないと」
嫌味になってしまった。しかも人目がなきゃやるみたいに聞こえる? また墓穴掘った。
「だから違う! 君のことだから、言うにしても賢者殿と踊らないでほしいと……それすら言えないかもしれないが、ただそれはキャロル嬢に言っ」
「えっ、先生彼女と踊るんですか?」
パッと顔を上げると、しまった、みたいな顔をした殿下がいた。
「……知らなかったのか」
そうなるんじゃないのか、みたいな話を殿下としたのは覚えてるけど、実際そうなったのは知らなかった。
「……スクール側の都合だ。賢者殿の意向じゃない。二曲目は君を」
私がヒロインに送りますって言った時みたいな声してる。と言うことは多分私の表情もこんなだったのか。
「いえ、私は良いです」
「え?」
「私はその……ダンスは苦手で」
殿下がまたしまった、みたいな顔したので、本当にこの人優しい人だよな、と思った。同時に、言い方がまずかったと気づく。
殿下は接触過敏のせいだと思ってる。私が努力してもどうにもならないことを口にさせたと思って後悔してるっぽい。本当に理想の王子様ってやつだ。思いやりがあって優しい。申し訳なくなってくる。
「あの、注目を集めるのがちょっと……いえかなり、苦手なんです。焦って舞い上がってしまうので、……殿下と踊っていた時の記憶もないくらいで」
「え」
「すみません、殿下の御御足を踏んだりはしなかったはずですが、その……なのであの、踊りたいわけではなく、見たかったんです」
「見たかった?」
「はい。お二人が踊るのを見たかったんです」
殿下が全く理解できない、みたいな顔をした。
「殿下が踊るところも。あんな状態の私でも、お叱りを受けなかったのは殿下がお上手だったからでしょう? だから客観的に見てみたくて」
「君も上手だった」
「え? あ……その、ありがとう、ございます……?」
この世界、スマホなんてないから、自分のダンスが客観的にどうなのかを録画して判断するのは出来なくて、何せ私の立場上、褒められてもお世辞なのか判断つかない。でも殿下が言うんならそうなんだろう。
疑問形になったのは、私的にいきなり褒められたタイミングが謎だったのと、嬉しかったのとでちょっと混乱した。
それから殿下は赤い顔して黙り込んでしまい、私も何だか気恥ずかしくなってしまって、元護衛に促されて馬車停に向かった。
そこでは、セキュアさんと護衛その1&御者が何やら言い合い? をしていた。
「あ、マリー様!」
ヒロインが振り返り、護衛その1と先生とセキュアさんの視線もこっちに向く。
一瞬心臓が嫌な音を立てるが、溜息一つでなんとか平静を取り繕う。
「……お待たせしました」
セキュアさんが事情を説明してくれたところによると、御者と護衛その1がヒロインを乗車させることに断固反対していたらしい。
やっぱこの世界、平民の扱いがかなりアレなのかもしれない。
見れば確かに、何も言わないものの、護衛その1の表情がちょっと不快寄りだ。御者はあからさまに困惑の表情を浮かべている。
「あの……間違いなく、私の自由意志で、彼女をお送りしたいと思ったんです。ダメでしょうか……?」
とりあえずとっぷり日の暮れた今、ヒロインを見捨てるのは私にはとても無理なので、使えるものはなんでも使う。
胸の前で両手を組んで、祈るように御者と護衛その1に視線を送る。何ならちょっと瞳を潤ませるまでやった。正直逃げ出したくて仕方ないので、涙は簡単に生成できた。零れ落ちないように耐える方がちょっと大変。
悪役令嬢のこれに効果なんてあるわけないのだが、我が家の家族と使用人相手なら効くはずだ。我儘言ってもらえりゃ嬉しいもんだと、他ならぬ元護衛が言っていたのだし信用する。
果たして二人とも簡単に折れてくれた。
ただ護衛その1はヒロインに手を貸さなかった。ヒロインは一人で馬車に乗ろうとしたけど、やっぱちょっとまだマナーとかも完璧ではないので、あらぬ所が見えそうな感じになってしまい、動揺した私の口から潰された蛙みたいな声が出て、殿下が「ノートン!」と嘆息の割合が多い声を上げ、セキュアさんが不承不承感の滲み出る様子で手を差し出した。
メイドが獄卒もかくやと言った表情で、要約するとお嬢様(私)の前で見苦しい真似をするんじゃないこの平民、みたいな前置きの後、馬車の乗り降りをレクチャーし始めた。
ちょっとあの、結構暴言なので、言い方を、と思って止めようとした私を、先生が苦笑しながら止めた。
その際、肩に手を置かれて、まだちょっと今日まともに先生を見てなかった私は、思ったよりビクッとしてしまった。
振り仰いだ先生の、眼鏡の奥の目は優しくて力が抜ける。
「大丈夫ですか」
「ええと……女の子をこんな暗い中一人で歩かせる方が心臓に悪いので、平気です」
先生的に、大丈夫って返すと寂しいらしいので、本音を答える。
「すみません。早く帰らせたかったのですが、中々……」
ああ……子供は大抵、憧れの先生には質問攻撃繰り出すからなぁ……。
申し訳なさそうな表情の先生を前に、日前の接客業時代を思い出して苦笑する。
「これを」
先生が取り出したのは丸くて平たい……なんだこれ? チェーン付いてるけど、ええと、コンパクトじゃないだろうし、懐中時計?
「手に持っていてくださいね」
と言われたので掌を上にして差し出すと、そっと置かれた。
金属製のヒヤリとした感触。でも金属なら、触れた瞬間、いつも滲んでくる妙な汗と独特の不快感がない。
あ、ハンドクーラー? 昔好きだった作家さんの小説で読んだことある。
デビュタントが、緊張による手汗を抑えるために使ったっていう、掌を冷やしてくれるもの。
「”おまじない”の代わりです」
……ああ、お披露目会の時ならともかく、今のこの……年齢で、人前しかも殿下の前でおまじないとか消毒とかやってもらう勇気は私にもなかった。
言いながら、先生はチェーンを私の手首に通してくれた。このチェーンも金属じゃなさそう? 先生のサイズに合わせてあるのか、元から手首用じゃないからか、随分大きめで余るけど。
先生も長すぎると思ったのか、いつもおまじないの時に掛けてくれる言葉を小さく言いながら、くるくると二重? 三重? にして巻いてくれた。……違うな、これ私が細くなってるんだ。……下手したらこれ骨と皮って表現されるアレでは? 男女差や身長差を考慮しても、先生どっちかっていうと細身だし、ブレスレットみたいになったチェーンを見て、食事はもう増やせないから間食を増やすべきかとちょっと悩む。制服の袖がずり落ちて、手首より結構下まで見えていた。
とりあえず預かり物だし、落とさないように壊さないようにしないと。
力の込め具合に躊躇していると、先生がそっと手を添えて握らせてくれた。
なるほど、このくらいの力加減ね。
「本当にすみません。私が送っていけたら良かったのですが」
「いえ、その……後でお手紙書きます」
心苦しそうな表情に胸が痛む。そうだよね、よく考えたら、たった一回送っただけで、婚約者決められちゃうってのも、……そういえば、先生は婚約者いないけど、何か理由があるのかもしれない。
「ええ、お待ちしています。ただ、ご無理されないでくださいね。スクール内は警備の都合で辻馬車を呼べませんが……」
あ、そうか。外に出れば、呼んでも良いんだ。
思い付くと、先生は肯定するように頷いた。
「公爵家のお迎えはお嬢様の専属以外にも護衛が付いていますよね」
公爵家の馬車は周りに騎馬がつく。その人に言えば、辻馬車呼んで来てくれるってことか。なるほど、マジで無理そうだったらそうしよう。
「……ありがとうございます」
全然思い付かなかった。逃げ道ができて、ちょっと泣きそうになる。かなり気負ってたらしい。
「体調不良と言えば、角も立ちませんから」
……乙前じゃ、私の仮病、一応叱ってたのになぁ……。
ちょっとおかしくなって笑ってしまった。
「はい」
笑いながら答えると、先生も安心したように微笑んだ。
「わ、意外に広~い!」
ヒロインの声が馬車の中から聞こえてきて、そちらを向く。
先生と話しながら漏れ聞こえていた内容から察するに、セキュアさんとメイドが一生懸命、馬車の乗降とマナーを懇々と言い聞かせていたようで、今やっと乗ったらしい。
ヒロインのエスコートは大変そうだ。思わず同情を乗せた目で先生を見てしまうと、先生はまたちょっと苦笑して、片手を離して、顔の前で人差し指を立てた。
家庭教師してもらってた頃、特に重要なことを言う時の合図だ。良いですか、っていう前置きの後。
「キャロル嬢はお嬢様に聞きたいことがあるようですが——すべての質問に答える必要はありません」
転生について、だろうな。でも答えなかったら答えるまで聞かれるのでは?
「答えたくない時は、ただ微笑むだけで充分です」
そんな簡単なことで躱せる?
「殆どの方はそれで察します。そうでなくとも、殿下の従者もお嬢様のメイドも護衛もいますから」
「あ……」
「答えたくない、もしくは答えられないと感じたら、頼ってください。お嬢様はいつもお一人ですべて答えようとされますが、貴人の上級使用人は、主人の意を汲み答えることも職能の一つです」
そう、か。そうだ。セキュアさんもよく殿下の代弁っぽいのしてるし。王子妃教育でも習ったのに。殿下としか交流をしてこなかったから……元々、高位貴族は、下位貴族や平民と、直接言葉を交わすことのほうが少ない。
微笑を浮かべて一定の時間黙していれば、侍女や従僕が代わりに答える。主がどう考えるかを察することができるように、幼い頃から付き従う。
やっぱどうしても、生まれがド庶民なもので、抵抗があるしうっかり忘れやすい。
こっそり落ち込みながら「はい」と答えると、先生は苦笑から柔らかい笑顔に変えてくれた。
「お嬢様の誠実さは長所です。使用人が心から敬愛する主人となる恵まれた素質」
……正直ものはバカを見るとか、融通が効かないとか、散々言われてきたのに。どうしていつも先生は、私のダメな所をこんなふうに言ってくれるんだろう。魔法使いみたいだ。
「ただ、貴人としての振る舞いを覚えても良いかもしれません。もし、王子妃になるのであれば」
先生が私の後ろへ視線をやった。多分、殿下がいる方。
「練習してみてくださいね」
「はい」
私は内心苦笑しつつそう答えた。先生がさっきまでと違ってちょっと声を大きくしたのは、殿下に聞こえるように言うためか。ならそう答えるしかない。練習と言われてだいぶ気が楽になったのも事実。
「……お気を付けてお帰りください」
囁くような声でそう言って、先生はもう片方の手をゆっくり離した。少し肌寒さを感じる。
「はい。先生も」
「ええ。——お待たせしました、殿下」
先生が下がり、殿下が何か言いたそうな顔でこっちを見ている。元護衛が若干殿下をこう、なんだろう、もしかしてさっきまで羽交い締めにしてた? と思えるような位置に手があるけども……私ちゃんとさっきはいって言ったよね? 小さかった?
「また明後日、合同授業で」
……そうだ明後日、合同授業二日目だ。
「絶対だぞ。約束してくれ。……倒れるような無理はしないと」
ああ私、結構殿下にトラウマ作ったのかもしれない。急に倒れて、お見舞いに来てくれたのに、その時何も言わず、急に退学して婚約解消なんて話になったから。あれどっちも私の意志じゃなかったし、私も元護衛に聞いてびっくりだったけどね。
それならこうまで殿下が食い下がるのも仕方ない。……ヒロインのこともあるし。
「はい。約束します」
どの辺りに住んでるかはわからないが、少なくとも城下町ではあるはずだ。片道くらいなら耐えて見せる。
「良いか、何かあったらすぐ降ろすんだぞ」
今度は頷く。降ろして辻馬車呼ぶ。
それからまた、さっきの注意事項を全部言い出しそうだった殿下は、元護衛に後ろから口を塞がれた。
「キリないんで行ってください。ルディに言えばなんとかしてくれますから、迷ったら言うんですよ?」
ヒロインは危険物か何かなのだろうか。ちょっと過った考えに私は笑うと、元護衛に返事して、お仕事気をつけてと言って手を振った。
笑顔で手を振り返してくれたのを見て、ハッとして手を下ろし、辞去の礼を取って失礼に当たらない範囲で速やかに回れ右して馬車に乗り込んだ。
気を抜きすぎた。完全に子供みたいな真似をしてしまった。恥ずかしすぎて泣きそう。
馬車の中から引き上げるように私を乗せてくれた護衛その1に、情けない声でわがままいって「すみません」頼むからヒロインが近づかないように「お願いします」と告げれば、しっかり頷いてくれた。
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