私と殿下とお茶会について。
「……昨日は、すみませんでした」
「いや、僕の方こそ、……悪かった」
殿下の謝罪に首を振ろうとして、思い止まる。代わりに頷いて、もう一度口を開けた。
「今世でもし、応援するなら、きっと殿下を応援します」
「え?」
何もしない方が良いのは流石にもうわかってる。大体それは余計なお世話で、特に他人の恋愛に首を突っ込むのは馬に蹴られる行為だ。だから実際には応援できないんだけど、気持ち的に。
「以前、私は殿下に、愛も恋もわからないと言いましたよね」
と、言った瞬間、殿下が耳を塞いだ。
え、あの、何、?
「聞きたくない」
「いえあの、ええと、……ど、どうしましょう?」
乙前の殿下が喋らない代わりに私の腕を掴んで意思表示しようとしたのと逆で、私は殿下に触れないので、耳を塞がれて目まで瞑られると私は文字通り手も足も出ないというか、何の意思表示もできない。
困り果てて、殿下の後ろにいるセキュアさんと、私と殿下の間にいる元護衛を交互に見る。
セキュアさんは溜息をついて何故か「申し訳ありません」と謝罪し、元護衛は苦笑いしながら「先に聞きますよ」と言った。
「ええと、その、それは今も同じで、この先も変わりません。なので、思考実験で言ったのはほんの思いつきで、不適切でした。申し訳ありません。反省しています。と、お伝えしたかったのですが、ダメでしょうか……?」
「あー……ダメっつーか、……授業始めのエスコートで好きだなぁって言ってたのは、あれって殿下のことじゃないんすか?」
聞こえてたんかい。
「いえ……あの、殿下の、ことです。ただその、友人として近くにいられたらな、と思ったんです。自分がもし男性だったら、親友は無理でも友人になれたかな、と」
元護衛は殿下が塞いでいる耳を更に自分の手で塞いだ。その瞬間、殿下の表情が更に絶望的な顔になる。
「婚約者じゃなく?」
「……この体質、治ると思いますか」
元護衛は何も言わなかった。
「友人なら、触れられなくても、問題ないじゃないですか。殿下は誰が見てもまともで良い人です。こんな面倒な私にも配慮してくれますし、誰でも好きになるでしょう?」
元護衛は優しそうな顔で笑うと、殿下から手を離した。
「ちょっと前までの殿下のマリー様への態度は、まともでも良くもなかったですよ。褒められたもんじゃありませんって。ね?」
元護衛はセキュアさんの方を向いた。
「婚約者様には我が主の度重なる非礼、お詫びいたします」
セキュアさんが手本みたいな最上級の謝罪を表す礼をした。
私は慌てて席を立った。
「いいえ、そんな、あの、頭を上げてください」
「またテーブルを叩いたとうかがいました。何故こうも学習能力がないのかと」
「ですからあの、それは私の発言があまりに不適当だったせいで」
「婚約者様は殿下の為を思い仰ってくださったのでしょう」
「いえあの保身全開……」
「ですが引き合いに出されるのが平民では少し……侯爵令嬢、せめて伯爵位以上にしていただけると」
何の話ですか?!
「あの、とにかく頭を」
「いかに政局が安定しているとはいえ、平民では後ろ盾もございませんし、殿下の婚約者には不適当かと」
「いえあのでも、大貴族の養女とかにすれば問題ないと殿下が」
「公爵家の掌中の珠を蔑ろにする役目の一端を担うなど、どの貴族も致しかねます」
……お父様が怖いってこと?
「まして平民の上に性格にも問題が、とあっては」
「いえあのでも彼女は優しくて可愛くて」
「私には礼儀も知らず慎みも無いようにしか見えませんが」
「それはその、平民、でしたし、スクールでは身分を越えての交流が奨励されていますから」
「ですが弁えるべきものはあるはずです。キャロル嬢は私の不在を狙うようにして殿下と二人きりになろうとしました。悪意があると思いませんか?」
「……平民と貴族では、婚約者の扱いもきっと違うのでしょう」
私が答えたと同時、セキュアさんが頭を上げた。
ほんの少しだけ、唇の端が上がった、ように見えた。
——何、今私、おかしいこと言っ——た。
しまった。嵌められた。令嬢Aがヒロインだと認めたようなもんだ。
今のは庇うべきじゃなかった。笑ってとぼけるべきだった。キャロル嬢? 架空の令嬢Aのお話ですよね、って。いや架空の存在とするならもっと前、セキュアさんが「私には」と行った時に笑っとくべきだった。
こんな簡単な誘導に引っかかるなんて。
私はやっぱり王子妃も公爵も務まりそうにない。
Bだけはバレないようにしないと。
「ノートンさん。うちのお嬢様に勝手に駆け引き仕掛けないでくれません? 後で怖い先生が出てきますよ?」
「失礼しました。黙認されていたのかと」
「とんでもない。おっかない先生には俺も頭が上がらなくて」
「ではご内密にお願いできますか?」
「それはマリー様次第ですね。俺はマリー様がいるからここの騎士やってるんで、今も心情的にはマリー様の護衛なんですよ」
そう言ってこっちを見る元護衛。
いやなんかそう、あれ? って思うことが多くて頭がおっつかないけれども、私はとりあえず頷くことにした。
「あの……殿下に、その、元々伝えたかったことをどう伝えたら傷つけずにすみますか? それを教えていただければ」
「それと殿下には思考実験? の話は忘れるように言い聞かせてください。その様子じゃどうせ何言われても落ち込むでしょ」
……ほんとこの人、頼りになるなぁ。
この人にとって先生は親友だ。厄介ごとに巻き込まれるのは見過ごせないだろう。あんなに気遣っていたんだから。
殿下の婚約者になってすぐ、護衛になってくれたこの人は、私のそばにずっといた。スクールでも時々会う。だから私の交友関係だって把握してる。Bが先生のことなんて、すぐに察しがついたに違いない。
あの話が全部聞こえていたのなら。
……あの場にいなかったセキュアさんが知ってるってことは、多分殿下から聞いたんだろう。
殿下は、Aには何もしないって言ってたから、Aのことはともかく、Bの詮索されるわけにはいかない。
傍目にどう見えるか、で考えれば、十分疑わしいのだろう。ヒロインのあれは、牽制もあるだろうけど、忠告だったのかもしれない。
セキュアさんは同意してくれて、元護衛は殿下の手を掴んで耳から離させた。割と力技。良いのその扱い?
「嫌だってば、ユニウス!」
……ああそういえば、まだ……高校生、くらいなんだ、私達。
「大丈夫ですって。マリー様はこの先も変わらないって言いたかったそうですよ」
「え?」
殿下が目を開けてこっちを見た。
頷いて見せると、ぱちくりと瞬きした。
「婚約者様は今もどなたにも恋はされていないと。その上で、殿下のことは親友と思ってらっしゃるそうです」
違う違う違う! 男だったら親友は無理でも友人にって言った! 親友なんて厚かましいこと思ってない!
慌てて見た殿下の顔が赤くなる。
怒りましたけど!?
「マリー様友達いないですからねぇ。一番好感度高いの殿下ってことですよ。良かったですね」
さりげなく私に一撃入れないでくれます? 真実は時として人を傷つけるんですよ?
恨みがましい視線に気づいた殿下が、ごめん殿下、そうそう元護衛を睨んでたの——元護衛に視線を送り、それを逆に辿った元護衛が私の表情に気付き、あ、やべ、みたいな顔してからヘラっと笑って謝ってきた。
「……事実なので良いんですけど」
まだ顔は赤いものの、戸惑いの表情を浮かべた殿下が再度こちらを向く。
「友人はいるだろう?」
……ええと、やっぱあれかな、婚約者が友達一人もいないとかあまりにも外聞が悪い?
「侯爵令嬢と、伯爵令嬢、辺境伯令嬢は友人、じゃないのか? 君に家族のことで相談をされたと、嬉しそうに話していたが……。侯爵令嬢は一昨日も君のことを心配して、僕に使いを送ってくれた」
あの時の陽キャの集団?
「あの、殿下、その方々のお顔ってわかりますか?」
「3人とも我が国にとって重要な家門の令嬢だからな」
「マリー様のことでマウント取られりゃ嫌でも覚えますよねぇ?」
「ユニウス!」
……マウントって、山? じゃ、ないよね? 周辺機器の接続状態の方が馴染みあったけど、この世界パソコンないもんな……。
「……あの、その方々にお礼を言いたかったので、もしよろしければ、その、一緒に」
顔の判別殿下にやってもらおう。あれこれ厚かましいか?
「お茶会?」
「……はい。私、あの、殿下以外の方とお茶をしたことがなくて」
殿下の顔がまた赤くなった。やっぱダメか。殿下忙しい人だし。
「すみません、やっぱり」
「出る」
「え?」
「いや、僕が開くから君が来て。メイドも女性の護衛も許可を出す」
「……いえあの、お忙しい殿下のお手をそこまで煩わせるわけには」
「初めてだと何かと不安だろう。主催するよりは招待客の立場の方が良いと思う」
「……私では、高位貴族の方々のおもてなしは」
授業じゃ満点近くても、実戦となるとまた違うしね。
「いや違う、そういう意味じゃなくて!」
「どっちが上かわからせる絶好の機会ですもんね」
「ユニウスはちょっと黙ってて!」
「失礼致します。婚約者様はこれまでどなたのお茶会にも参加されておりません。また、主催されたこともなかったと記憶しております」
「……はい」
さっき殿下が言ったことを丁寧に言ってるだけだけど、一応なんか意味があるんだろうと思ってセキュアさんの言葉に頷く。
「初めてのお茶会となりますと、貴族にとって最大の関心事です。本来の招待客のみならず、どうにか参加資格を得たい方々が婚約者様の元へ詰め掛けるのではと殿下は危惧されています」
う。……そうだ私は筆頭公爵令嬢。私の性格は脇に置いて、どうにかお近づきになろうとする人がいてもおかしくない。この前囲まれただけでだいぶしんどかったからもう嫌だ。
「おそらく当主の方々が熱心に唆し——失礼、参加資格を得るようにと御息女御子息へ言い含められるかと」
そ、それは言い含められるお子さんたちが可哀想。私みたいな根暗と何話せば良いかなんてわかんないだろうし、でも親の命令じゃ逆らえないしってなるよね。
「ですが、殿下主催となれば」
なるほど。流石に王家にそんなことしないってわけか。私は言いくるめやすそうに見えるかもしれないけど、殿下はフレンドリーなキャラではあるが、罷り間違っても王族である。
「……何から何までお気遣いありがとうございます」
「良いんだ、僕が心配なだけだから」
本当に良い人だよなぁ……
「そうそう。社交は殿下の特技ですからね。ここは甘えた方が良いですよ」
にっこり笑った元護衛に私も頷いて、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「うん。任せて。ありがとう」
……なぜ殿下がお礼を?
疑問に思う私がおかしかったのか、やっぱり殿下の発言が不思議だったのか、元護衛が吹き出した。
殿下がちょっと恥ずかしそうに元護衛を軽く睨むと、元護衛は片目を瞑って笑いながら殿下に言った。
「あいつは社交経験浅くてこの分野じゃ役立たずです。男を見せる絶好の機会ですよ」
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