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私と殿下の沈黙のお茶会について。

 1週間に一度の約束の日、休憩時間に落ち合った四阿で、私と殿下は、形だけの挨拶を終えテーブルを挟んで座り、それから互いに一言も発せず無為に時間を消費していた。


 ものすごい罪悪感。いや居心地が悪い。違う居た堪れない。


 目の下に隈作ってる、おそらく眠れなかったのであろう殿下の憔悴した顔を前に。

 ぬいぐるみを抱き抱えた直後、すとんと眠りに落ちた自分を思い返してしまい、猛烈に気まずい。

 朝起きた時から後悔の渦に叩き込まれていた。


 メイドの言った通り、ぬいぐるみはしまっておくべきだった。元々箱に仕舞われていたせいか、抱きしめると驚いたことに覚えのある匂いが鼻先を掠めた。あれ、と思ったのも束の間。

 いやきっと安眠効果のあるカモミールティーのおかげ、もしくはお風呂に浮かんでいたラベンダーの束、それに疲れもあるよね、エスコートの手本とかさ! なんて打ち消そうにも、湧き上がる後ろめたさが全てを台無しにしてくる。


 そう、後ろめたさだ。


 寝不足の原因は聞いたわけじゃないからわからない。もしかしたら公務で何かあったのかもしれないし、クラスで何かあったのかもしれない。

 でも、何も言ってこないのは、昨日のことが多分引っかかってるんだと思う。

 殿下はちょっと前まで、私相手に怒ることは日常茶飯事で、こんなに何というか、気にしているように見える、のは珍しい。

 あんなに怒らせたのに謝ってくれた。私も謝ったけど、四阿でちゃんとお詫びして訂正しよう、とその時思ってたのに、先生に対してやらかしたことが酷すぎて、まさかのそれを忘れてた。私の脳みそキャパ少なすぎだろ。

 


 多分乙女ゲームのユーザーもベンダーも、クリスマスと言えば恋人と過ごす特別な日という認識があるのだと思う。おそらくだからこそこの世界はその特色が濃いというか、そこだけ抜き出されたイベント扱いになっている。

 だけど私には現時点までどの人生においても恋人はいなかった。日本におけるクリスマスといえば接客業繁忙期、私は抜ける人の穴埋め要員として毎年貢献していた。

 クリスマスにそう言う面があることをもちろん知ってはいたけれど、ずっと他人事で、クリスマスと言えば弟と露骨に差を付けられ続けた苦い記憶の方に結び付く。

 

「あんたは良い子じゃないからサンタさんがくれなかったのよ」

 親に嗤われながら弟のプレゼント開封を黙って見てるみたいなクリスマスを、子供時代過ごしていた。

 きっと何でも自分が最後に、一つ多くもらわないと気の済まない弟に対する、苦肉の策だったのだろう。

 小学校に上がった頃、祖父が……「サンタが間違えてうちに届いてたぞ」なんて、お正月にこっそりくれた。こっそりなのは、知られればどうなるか祖父は予想がついていたからだろう。なのに子供過ぎて頭の回らなかった私は、嬉しくて家に帰って鞄から取り出したそれを、ずっと眺めていた。当然気付かれて、訊かれて、私は馬鹿正直に話した。私が傷つくようなことをたくさん両親は言った。もったいなくてまだ開けられなかった包装を、開ける前に取り上げられてぐしゃぐしゃに壊された。何が入っていたのかわからないまま、踏みつけられて投げ捨てられた。

 悪い子のお前にサンタがくれるわけないだろ、爺さんが哀れんで仕方なくくれたんだよ、つけあがるのも大概にしろ。

 言いながら聞きながら見ながら嗤っている家族。何が起きているかわからなくて呆然としていた私。屑籠に手を伸ばした私の手を叩いて、ゴミを拾うなんて乞食か、と言った親。結局、何をくれたのかもわからないまま、初めて貰ったクリスマスプレゼントは、私の手を離れた。

 弟が強請る玩具はいつも高価だったし、クリスマスに買ったばかり、来月には誕生日も控えている中で、時期外れの私のクリスマスプレゼントに合わせてもう一度弟のためにプレゼントを買うわけにもいかない、そんなところだ。私はクリスマス当日には貰わず遅れて貰った、という道理は、弟には通じない。何らかの障害があったのだろう弟に理解できるのは、今現在、自分の方が一つ多いかどうかということだけ。

 ただ当時の私に、そこまで理解できる頭はなかった。昨日みたいな処理落ち状態じゃなくて、純粋にまだ私も子供だったのだ。ああ悪い子だから、こんな目に遭うのかと、ただ泣いて諦めるしかなかった。

 私が怒られていれば満足してプレゼントをねだらない弟に味を占めた両親が、それを多用するようになったのも当然だと割り切れるほど大人でもなかった。

 そんな子供時代を経て、大学の学費のためにバイトを始めた私に、親は誕生日とクリスマスに贈り物を要求してきた。そんな要求通るわけもない、と、普通は思う。でもその頃の私は育ててやったんだからそれが普通だと言われ唯々諾々とケーキと要求された物を買って渡した。……親から私へのプレゼントはなかった。対して弟は幾つになっても両親からプレゼントをもらっていたし、両親からプレゼントを要求されることもなく。

 死ぬ間際まで、それをおかしいとはもう思えなかった。それでもずっと悲しかったんだと思う。


 だから、今なら、きっと壊されない、と思って……理想の母親みたいな、先生ならくれるんじゃないか、なんて……そんな思いもどこかにあったのかもしれない。あの時の、様子のおかしい私の頭は。

 


 というわけで、私はあの、……本当に、あの行い自体は殺されても文句言えないんですが心情的には疚しいところは全く無くて、先生の方はあれどう考えても傾聴の基本、否定しちゃいけないが発動してたと思う……。


 寝る前はもし万が一くれたとしてもこっそり隠しておこうとか思ってたけど、やっぱり手紙書いて事情を説明して(前世は伏せて何とかそれっぽい嘘をでっち上げる)、なかったことにしてもらおう。

 絶対内心困ってたと思う。というか私が先生の立場だったらあんな穏やかに対応できない。あの場は傾聴に徹したとしても、絶対どうするか悩む。多分ちょっと(?)怖かったと思う。必死すぎる人って下手に刺激すると後が怖い、とかあるし、その、こう……この世界にストーカーの概念があるかはわからないのだけど、特に私はほら、元々悪役令嬢だしお父様が……先生は公爵家に恩義があるって言ってたから尚更断り難いと思ってそう。いや本当にそんな気は全くなかったし今もない、という申し開きだけはしておくべきかもしれない。もしなんかそれがヒロインとの関係に影響したらと思うと怖すぎる。

 ていうか今日は殿下と会う日だからってこっち優先したけど、先に先生に弁解して謝るべきだった気がしてきて、そろりと殿下に目を向けると、ばっちり目があった。

 途端、無理しているのがありありとわかる笑顔が浮かぶ。殿下にも思考実験のこととか謝るべきことはある。っていうかその、普段の殿下と明らかに違う表情になんかもういっそ全部白状して終わらせたくなってくる。

 後ろめたさに耐えられない。

 罰されるのが私一人ならそうするんだけどていうか一瞬の迷いもなくするけども、キレた殿下の矛先が私一人に向かうかどうかの確証がない。



 恋愛感情抜きでもこれだけ後ろめたいのに、この世界で生まれ育ったループしてないはずの乙前のヒロインは、どうやって心の折り合いをつけていたのだろうか。

 友達のような関係だった時、クリスマスに複数人と会うと話を聞いた覚えがあるし、その所謂デートで買って貰ったのか、予め買ってあったものを渡されたのかは知らないけど、クリスマスプレゼントもたくさん貰ってた、のを後日見せてくれたこともあった。

 平民は、まず婚姻ありきの貴族とは違うし、お試しで付き合うみたいなカジュアルさがクリスマスにも適用されるのかもしれない。それかお相手側としては心底惚れた女の行動なら黙認するしかなかったのかもしれない。


 授業で先生の顔見た時、頭の中で「ごめんなさい」がエンドレスリピート状態だったから私にはあの境地は無理だ。

 いやまぁその、先生への「ごめんなさい」は服掴んで寝たこととか枕にしたこととか下手な芝居に付き合わせたこと無茶なお願いしたこと含め色々あるんであって、ヒロインのとは理由が違うから一緒にするのもどうかと思うけれど。

 特にノンブレス話法で言ったことはもう支離滅裂だった。余裕がなかったせいで前置き全部端折ったからな。いきなり将来犯罪者になります宣言ぶちかまされたような感じではなかろうか。

 毎回そうなるとはいえそんなつもりは毛頭なくて、私はできる限り波風立てず、平穏無事に過ごしたい。

 ……のに、なんてことしてくれてるんだろうか昨日の私は。本当にありえない。全方位に申し訳が立たない。

 婚姻契約の何かの条項に抵触したりしないと良いんだけども……民法よりだいぶ厳しめなんだよね、家名だの血統だのが重要視される世界のトップだから当然なんだけども、ちょっとこう、ふわっとしてる部分もあって。


 掴んで寝たのは多分大丈夫、……いや人前で寝たのは令嬢としてはありえないんだけど、っていうかあれメイド以外に見られてないよね? これ以上評判を落とすような……いや女神扱いされてたんだっけ? そっちの方が私には似つかわしくないし、評判を上げるのは大変だけど、落とすのは簡単で一瞬なんだよね……

 何より殿下的にはアウトに決まってる。エスコートで怒る人だから、もう絶対怒る。ただあの、少なくとも意識のある私がやったことじゃないということで情状酌量をいただけないでしょうか。

 それに前世を引き合いに出すのはアレかもしれないけど、少なくとも乙前で攻略対象の何人かはヒロインの膝枕で寝てる。なんでか私のいく先々でやってるから何回か見たし友人のような関係だった時は、ヒロインから何回か聞いた。見た時は見られたくないだろうなと思ったのですぐに回れ右したし、聞いた時は疲れてるんだろうなと思ったけど、うち数回は殿下だったから、外聞はともかく、契約面はきっと大丈夫。


 ……いや、あれ? 殿下、ヒロインにクリスマスプレゼント贈ってたよな? じゃあそれもセーフ?


 ヒロインが見せてくれた、攻略対象たちからの贈り物。貴族が贈答用に購入するものだけあって、どれも細工の凝った立派なもの。私のファッションに興味がないは宝飾品に至るまで適応されるので、売ったら生活楽になるんじゃないかな、とさもしい考えが一瞬過ぎった。

 ただ、興味のない私でも、かなりの想いが籠っていることは察せる。

 ヒロインの珍しい色合いの髪に映えるような髪飾りも、健康的な肌色に合う耳飾りやネックレスも。

 彼女には似合っていたけど、制服には合わない。普段使いのものじゃなく、……例えば、ダンスパーティー用のドレスに、合わせるような。

 パートナーを務めたいという意思表示じゃないかなって、疎い私でもわかった。平民のヒロインがそう言ったドレスを着る機会なんて、殆どない。

 ドレスを贈らせて欲しい、エスコートしたい、一曲を。そんなヒロインのことを思って飲み込んだ声がそれでも聞こえてくるような。


 その中には勿論、先生からヒロインへの物もあった。

 あれを見てきたから言えるけど、先生はちゃんとヒロイン以外には一線引いてる。


 すぐ表情に出るから隠すために扇子を。擽ったがり克服の特訓のために必要だったぬいぐるみ。人に触るのも触られるのも苦手だから正装用の手袋を。

 私の誕生日に贈り物をくれるし、いつか言ってくれたように、私のことを考えて選んでくれてる。だけどちゃんと経費で落ちるような物だ。

 それに、……なんかこう、……うん、昨日も思ったけど、私かなり先生の中で多分小さいんだよな……基本実用品なのに、なんて言うかこう、どちらかというと可愛らしいものが多かった気がする。仮に宝飾品だったら、私には似合わなくて付けられないような。今年貰った物も、……日前じゃ、好きだとは口にできなかったような。

 もしかしたらクリスマスプレゼントのあれも、先生の中だと小さな子供の大きくなったらパパママと結婚すると同じレベルの微笑ましさで受け止められたんじゃなかろうか。

 ああうん、……そう、あの驚きの後の顔はそれだ。きっとそう。それならその後の自然さも頷ける。


 王宮での閨房についての王子妃教育も今は受けてない。多分止めてくれたんだろう。現状でも手の甲引っ掻いたり過呼吸起こしたりやらかしてるし。日前の保健の授業プラスアルファな内容を教わるんだが……だめだ思い出すと気分が悪くなってくるからやめよう。

 私が読む本も基本的に冒険譚ばかりで恋愛小説も読んでない。

 だから現状、私は多分箱入り娘すぎて意味をわかってないと思われてる。その方が私にも都合がいい。

 ええと誰かから、クリスマスは実はって話を聞いたって態でお詫びの手紙書けば不自然じゃない。よし行ける! クリスマスプレゼントはなんかの翻訳本で読んでなんかそんな勘違いをしたと! 大丈夫! ペーパーバッグ法もそれで乗り切った実績あるんだから行ける!



 よし一個解決! と、一人で意気込んで視線を上げれば、とっくに湯気の消えた茶器を見つめている殿下の憂い顔が目に入り、途端にまた後ろめたさが襲いかかる。


 ……そうだ。ここにいるのは、私の前じゃ無表情か作り笑顔の二択しかない口も利かない殿下じゃない。

 いくら前の殿下がヒロインに膝枕してもらってるからって、殿下がヒロインにクリスマスプレゼント贈ったからって、そんな正当化に何の意味がある?

 今の殿下は、……私が誰かと仲良くするのは見たくないから自分もしないと言った、その約束を律儀に守って、私の見える範囲でヒロインと二人になることもない。合同授業のパートナーとして私をエスコートして、ヒロインの「私もオペラ観に行きたい」と言うリクエストを受け入れなかった。

 それにヒロインは、誰の婚約者でもなかった。誰と付き合うかも自由に選べる状態だから、この何とも言い難い押し潰されそうな感情とも無縁だったのかもしれない。ヒロインはいつだって清く正しく美しいと相場が決まってる。後ろ暗いところなんてあるわけない。


 そんなつもりはなかったなんて、大抵言うのは悪役だ。つもりがなくても、嫌なものは嫌だろう。人の嫌がることはしないようにしてきたのに、だから後ろめたい。


 とん、と何かが落ちたような音がして、そちらを向く。特に何も落ちてはいないようだった。気のせいだろうか。

 四阿の床に先を付けた棍に寄りかかるように姿勢を崩した護衛がいるだけ。口調は砕けてるけどいつもは流石騎士という姿勢の良さなので、ちょっと珍しいな、と思い、床から視線を上げれば、目が合う。棍を持った腕を2回、手で叩く。何かの合図のように。

 ——あ。

 自分の手を見ると、無意識に右腕を掴んでいた。

 扇子を右手から左手へ持ち替え、こっそりゆっくり息を吐く。

 掴むなら服か扇子をと約束したのに。ああ、今壊して仕舞えば、贈られる時期は繰り上がる。言い訳も必要ない、か。

 ……だからって、わざと壊したりできない。

 目礼すれば、口の端が少し上がった。


 沈黙のお茶会というのは初めてのお茶会以来な気がする。乙前は私が一方的にとにかく威嚇していたし、今世では殿下が割合ずっと喋ってくれてたし、クラス替え後は私の物語の語り聞かせが始まった。

 だからこんなに長いこと沈黙してるのは久々かもしれない。居た堪れない空気が流れると大抵いつも話を振ってくれる護衛その2、元護衛すら、何故か口を挟まず、今の今まで、気配を消していた。

 セキュアさんは基本的に殿下の代弁? くらいしか口を挟まない人なので、殿下が沈黙している以上、やっぱり何も言わずに控えている。

 私のメイドに至っては、冷め切った紅茶が気になったらしく、紅茶を多分淹れに行ってくれた。殿下のメイドは冷めて香りの弱くなった焼き菓子と手付かずの茶器を回収し始めた。


 このままずっと黙ってるわけにもいかない。

 なのに後ろめた過ぎて謝罪を切り出すのにも適切な言葉が浮かんでこない。

 誰か私の脳みそにデフラグかけてくれないだろうか。

 流石に現実逃避も長すぎてこれ以上続けると絶対に殿下は悪くないのに体調不良起こしそう。

 とりあえず下手な考え休むに似たりだ。後ろめたさの解消は後で考えるとして、先に謝ろうにも適当な謝罪が思い浮かばないから先に要求だけ突きつける。

 人として最低なのはわかってるけどごめんね! 所詮悪役令嬢なので! 人間性はヒロインに求めてください!


 開き直った私は、意を決して殿下の顔を正面から見つめ、口を開けた。

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