* 五里霧中 12
「空いてるか」
出会い頭に憂い顔で言われた俺は、軽く息を吐いた。
「空けるさ」
スクールの護衛騎士は書類仕事が多い。今日は合同授業の件もあって尚更だが、こいつをこの顔のまま放っとく方が後々面倒だ。
「お前がそう言うならな。こっちも聞きたかったし丁度いい」
着替えるから待ってろと身振りで示すと、早くしろと唇が動く。
尊大な態度に笑いが漏れる。そうそう、その方がお前にゃ合ってるよ。
「腕は?」
アイザックは首を横に振った。
会った時の表情からしてそうだろうなと思いはしたが……
出された酒肴に手を付ける気分にもなれず、手遊びにグラスを回す。どうにも重苦しい空気だった。
マリー様が利き手を握ってるのを見たのは二度目だ。
一度目は坊ちゃんに扇子を投げた直後。罰するように力の限り握り締めていた。坊ちゃんがすぐに気付いて止めた。
今回は座っていた殿下からは死角になって見えず、立っていた俺も、話が急に飛んだことを不審に思うまで気づけなかった。
マリー様は淑女の見本の如く、膝の上で手を重ねて座る。重ね方がずれているのに気づけば、震えにも気付く。
震えを止めているのか、力が入りすぎて震えているのか。
騎士は応急手当ての講習を受けるが、残念なことに直接命に関わる場合でなけりゃ使えない知識と技術が殆どの上、男が苦手なマリー様じゃ勝手に触るわけにもいかず。
気づかれたくないのか、平気な顔して会話を続けている異様さに背筋が寒くなった。いつからだ?
似てると思いはしたが、そこまで似るもんかね。
自分への腹立たしさと同時に一種の呆れのようなものが浮かんだ。
「会話の内容は?」
「訊かなかったのか?」
意外に思えば、鬱陶しそうに髪を掻き上げながら息を吐く。
おい先生、だいぶ素が出ててんぞ。服装や口調も相俟って普段は女らしく見えちゃいるが、やっぱ男だからな。間違ってもマリー様の前でそれをやるなよ。下手したら距離置かれんぞ。
口にはしなかったが察したらしいアイザックは、居住まいを正した。
「訊かれたくなさそうでしたからね」
会話の内容はわかるが、何が原因かは察しが付かない。理由を直接聞いた方が早いだろうに。
「間違った行いの結果を認識するのは勇気がいるものです」
手の熱が加わったのか、グラスの中で氷が音を立てた。結局口を付けずにテーブルに戻す。
マリー様もこいつも自傷は良くないって認識はあるわけだ。
「腕以外にも唇の裏に噛んだ痕がありました」
「——唇?」
聞き間違いかと思ってグラスからアイザックの顔に視線を戻すと、形の良い唇の下を人差し指で軽く二度ほど突いた。
「この辺りの裏側です。傷からして今日、おそらく同じ頃でしょう。殿下のあの態度の」
「ちょっと待て。それは自己申告か?」
「お嬢様は誰かの不利になるようなことは言いませんよ」
「違ぇよ。口の中が痛いとかなんとかマリー様が言ったのか?」
それの何が問題なのかと言わんばかりに、要はめんどくさそうな顔でアイザックは「いいえ」と端的に答えた。
「そちらは特に処置しませんでしたが」
口の中切った時の塗り薬は冗談抜きで痛かった。その時の痛みを思い出し、疑問も一時置いて腕を擦る。
「骨折した時の痛みの方がマシだってくらい沁みるからなあれ。1回で懲りた」
普通に治るのを待つ方が遥かに良い。その分期間は長くかかるし食事は拷問に近くなるが。お陰で以後顔は死守するようにしたからまぁ何事も経験か。だがそんなのは貴族のご令嬢がする必要はない。
「それに眠っていましたからね。起こしてしまうのも可哀想でしたし」
「——ちょっと待て。眠ってた?」
「ええ。防衛反応だと思います。退行も見られましたから、かなり精神的な負荷が」
「眠ってるお嬢様の口開けさせたのか?」
一瞬ぽかんとした顔をしたアイザックは、やっと危惧が伝わったらしく、少し笑った。
「開けたわけではなく、開いていたんです。見下ろす形になっていたので見えたんですよ」
「どうすりゃそうなるんだよ……」
マリー様は寝付きが悪くて眠りも浅い、昼寝もしない子供だった。一回だけけったいな訓練中に寝落ちしたことはあったが、俺が知るのはそれだけだ。品行方正なこいつを更に優等生にしたような子で、使用人しかいなくても素行不良なんざやらかさない。ましてや学内で寝るなんて信じられなかった。
「腕の処置をする前に眠ってしまわれたんです。不安定な姿勢だったので横に移動したのですが、腕を引いたのでそのまま少しこちらに凭れるような姿勢に」
経過を話せって言ったわけじゃなかったんだが、それを聞いた俺は声を荒げた。
「お前寝てるお嬢様の服引っ剥がしたのか!?」
解いた筈の柳眉をまた釣り上げ、物理的に黙らせようとしてくるのをなんとか捌く。
「袖を少し上げただけです」
「だからって寝てる令嬢の——!」
「あなたが腕に怪我としか伝えないからでしょう! 起きるまで待てとでも!?」
「そりゃ悪かったよ! 仕方ないだろ、殿下の足止めしとく必要があったんだ」
「でしたらこちらも仕方ないでしょう? 意識のあるお嬢様はおそらく手当てなどさせてくれませんよ」
「は? ……お前でもか?」
「……ええ。逃げたいと、顔に書いてありましたから」
お嬢様は演技は上手いが、演じてなければ全部顔に出る。
「先に”消毒”をと——“おまじない”の方のですが、言ったら、あからさまにほっとした顔をされました」
あれの方が見てるこっちは心臓に悪いんだが。
「そのまま眠りに落ちたのが防衛反応です。その後を……怪我の手当てを、お嬢様は性格的に断れない。断れないことと許容できるかは別です。その二律背反から逃れるために脳が強制的に意識を落とした」
「……手当てするだけだろ。お前がお嬢様を叱るとも思えんし。それでも嫌なもんか?」
「人でも自分でも同じです。目にするのもされるのも嫌でしょうね」
この辺りは、俺には理解できない感覚だった。
「にしても、よくまぁメイドが許したもんだな」
「不在でしたから」
「……あ?」
「お茶を淹れに行っていたようです」
俺は割と本気で頭をどつこうとした。
「——何ですか」
「お前何やったか分かってんのか。メイド不在の寝てる令嬢に触るな」
反駁しようと口を開けた直後、やっとこちらの言いたいことを理解したらしく顔色が青褪める。
貴族の令嬢にとって貞淑であることは命より重い。
「……下手したら舌噛み切って死んでたぞ」
そこに疑いを持たれただけで、令嬢としての価値は殆どなくなる。社交界では死んだも同然で、寄ってくるのは傷物ならば何でも言うことを聞くだろうと考える輩のみ。
何より殿下の婚約者って立場で、言っちゃ何だが生まれは下から数えた方が早い爵位の男に手を付けられたかもしれない、なんて気位の高い令嬢には耐えられない。生き恥晒すくらいならと死を選んでもおかしくない。
マリー様は立場と外見からすれば考えられないくらいおっとりした性格で、誰に対しても丁寧に接する。爵位の上下で決められた礼儀作法なんかはその通りにこなすが、低い方を高い方と同じように遇するようなところがある。
だから俺も実際そこまで心配したわけじゃないし、俺個人はこいつとマリー様がどんな関係かも知ってる。だが、騎士としては言わないわけにはいかなかった。
「一応聞いとくが、見られてないだろうな?」
「……認識阻害は」
なら他人が見聞きした可能性はない。治療中に人目を遮るのは当然。
項垂れた青白い顔を見れば流石に理解したようだし、あんま思い詰めるとこいつの悪癖がまた出るしなと、俺は頭を掻いた。
こいつも言っていたが、怪我の詳細がわからないから焦ったんだろう。そうでなければ、メイドが戻るまで待つ程度の配慮はこいつだってしたはず。朴念仁だの唐変木だの、学生時代相手にされず喚くのもいたが、そのくらいは貴族として最低限弁えている。
メイドによる化粧のせいで顔色は判断しにくかったが、本来化粧に興味のないらしいマリー様は爪も短い。そこまで酷い怪我になるわけがなかった。詳細を伝えなかった俺も悪い。……昔のこいつと重なって動揺した。
「しかしまぁ、それなら尚更、よく燃やされずに済んだな? それとも治したのか?」
返答までには少し間が空いた。
「……寝ている間に手当てしたとは言わなかったんです。瑣末なことだと……怪我の手当てもせずに”消毒”を先にしたとは思わなかったのでしょう」
悔恨の籠る声に苦笑う。こいつだってお嬢様が嫌がらなければ先に手当てしただろう。どう話したかは知らんが、”消毒”している間に寝てしまったが手当てはした、と伝えたのなら、手当後の”消毒”中に眠ってしまったと解釈するだろう。それなりに長くマリー様に付いていた俺でさえ、こいつの手当てを嫌がるマリー様なんて想像できなかった。
「折角だからそのまま伏せとけ。またお前が怪我したらそれこそ事だ」
返事はなかったが、珍しく手の甲に血管が浮いているのが見えた。力の入れ過ぎだ。
二、三度慰めるように軽く叩いてやる。
「……マリー様の、たまに一人になろうとするアレは何なんだろうな?」
握られていた拳が徐々に開く。
「疲れるのでしょう」
「疲れるって…‥マリー様はメイドをかなり気に入ってんだろ?」
顔を上げたアイザックは、自分の眉間に人差し指を当てた。
「いつも眉間に力が入っているでしょう?」
俺はアイザックがそうだったから、マリー様も視力が悪いのかと思った。睨んでるわけじゃなくて見えないんだと、まだ女の子にしか見えない頃に言われたが、マリー様のは視力の問題じゃなかった。
人と話している間や、人を認識すれば眉尻が下がる。だからキツめの顔立ちは随分緩和されるが、たまに見る無表情のマリー様は眉が寄ってるからパッと見気難しそうに見える。見た目で大分損してるんだよな。
「気に入っているからこそ、嫌われないように気を遣う。そのせいでいつも緊張してしまう」
「メイドにか?」
「メイドにも、と言うべきでしょうね。……私にも嫌われると思っているようですから」
そう言って苦く笑った。
——こいつが、お嬢様を? どう考えたって——
「あ」
思わず漏れた声に、アイザックが胡乱気にこちらを見た。
「いや、……お前、あのめぎ——アリス嬢を好きとか、ないよな?」
あの妙な——思考実験、だったか。殿下も気にしちゃいたが、十中八九、Bはこいつだろ。ただどうもわからないのが、Bと殿下はA、つまり平民女狐を好きというあの思い込み。
「は?」
……氷の公爵と血が繋がってるのはマリー様の筈なんだが、一瞬こっちが実子じゃないかと疑いそうなほどの冷たさだった。
あんまりマリー様を可愛がるもんだから、ロリコンかと揶揄ってた時でさえこんな冷たい目と声を向けられたことはなかった。
「いや、俺じゃなくて。なんかマリー様が、思考実験とか何とか」
冷気に晒されたまま言葉を続ける。
「マリー様と仲が良くて、公爵家に出入りしてるがマリー様が相手の家に行ったことはない、休憩時間をたまに一緒にとる、一緒にお茶を飲んだことはあるがランチは摂ってない、平民か下級貴族の家族みたいな関係の男、って言ったら、多分お前しかいないだろ?」
「……仲が良いかはわかりませんが、もう一人いますよ」
「おいおい、そもそも平民の知り合いなんて女狐くらいしかいねーだろ? 尚更下級貴族の男に知り合いなん」
「義理ですが」
「——坊ちゃんか」
「ええ」
現公爵令息ではあるが、男爵家の子息だったってことは変わりない。
「スクールの生徒ってのが引っかかったがそこはフェイクだと思ったんだよな。……まぁ坊ちゃん、って可能性もあるか……来年生徒になるわけだし」
「条件を後出ししないでもらえますか?」
「いや悪かった、からそんな睨むなって。多分なんだが、お前、か坊ちゃんか、と殿下がアリス嬢を好きだと勘違いしてるっぽいんだよ。で、殿下がマリー様を嫌うと。今日してた話はざっくり言やぁそれだ。お前もお前だが、殿下だってぞっこんなのになぁ? そんなわけのわからん話されりゃ、ちょっとくらい荒れたくもなるさ。情状酌量の余地くらいあるだろ?」
アイザックは冷気を綺麗にしまうと、唇を隠すように手を当てて考え込む。
最近の殿下とマリー様は、別に殿下の肩を持つわけじゃないが、随分マシな仲になったように思う。週一会って話すようになっただけでもかなりの進歩だ。
邪魔が入らないように遠目から見張ってる限り、殿下が来た時に見せるマリー様の笑顔も、随分柔らかくなった。俺たちに見せる笑顔に近くなったそれに、見惚れた殿下が挙動不審になるくらいに。
「合同授業の初めにマリー様がちょっとうっかり殿下から逃げるみたいな真似してたから、そこで殿下は既にちょっと落ち込んでだな」
合同授業の間の二人のやり取りを話し始めて割とすぐ、「正確に話せ」とお達しがあった。そうは言っても俺はお前やマリー様じゃないんだぞと胸の内でぼやく。騎士にとって正確な報告は確かに必要な技術の一つだが、求められるのは要点を押さえた簡潔な報告であって、微妙なニュアンスだの語尾は割愛される。
だがまぁこいつが言うなら必要なんだろうとできる範囲で努力はした。
一通り話し終わっても、何やら考え込んだままのアイザックに、聞こえても独り言になってもどちらでも良いと思いながら口を開けた。
「そういや、マリー様は俺に嫌われるのも凄く怖いって言ってたな」
ふ、と長い睫毛を震わせ、アイザックは手を下ろした。
「いつの話ですか」
「殿下とオペラ行った日の夜。そん時、お前にも嫌われたくないって泣いてた」
初めて見るくらいの大泣き。そして何かどうしても取れないものがそこにあるかのように、何回も手の甲を引っ掻いていた。
殿下が気になってたのは家族関係の方だ。だからその辺伏せて話したが、こいつにはそこら辺も伝えた。
あの泣きようじゃ下手したら一日明けても目が赤いかもしれないし、手の甲はあの調子で引っ掻いてたらどのみちアイザックはすぐ気付く。手の甲に関しては殿下のせいっちゃせいだが、マリー様のためだったと言うのを事前に言っときたかった。あと泣いたのは殿下のせいじゃないからなと釘を刺しとく意味も込めて。
お前が怪我したせいで散々だった、二度とするなよ、と。ただ、どう言う話をしたかまでの詳しいことは話さなかった。
「正確には?」
「……俺の記憶力はお前らとは違うんだが」
「努力くらいなさい」
「へいへい。あ〜、何だったかな。確か——」
嫌われたくないのに、と言っていた。
なのに思うようにならない、そう——
「怒ったらメイドに嫌われて、怒らなかったら俺とお前に嫌われる」
「嫌われる、と言ったんですね?」
「ああ。みんなに嫌われたくない。メイドにも護衛にも先生にも嫌われたくないのに。って言った後だな。いくら嫌わないって言っても聞かねーんだよ」
「同じですね。否定しても聞き入れてもらえませんでした」
「お前相手にもそうなのか。なんかこんがらがってんだろうなって思ってさ。結構長く喋ってたんだが、流石に時間切れだった」
「……それででしたか」
「あ?」
「眠そうでしたから。不寝番でもしたのかと思いましたが」
「……俺? 顔出てたか? やっぱもう俺も若くないかね」
目の下に隈でも出てたか。俺はこいつみたいに色も白くないから目立たない筈だが。
「あなたは顔というより態度に出ます」
「態度?」
「育ちの良さが隠せなくなるんですよ」
——……
「……お前も」
眼鏡かけたところで、誰もが見惚れる美貌は隠せてないんだよ。不意打ちで喰らったせいか、見慣れたはずの、揶揄いに隠した泣きそうな笑顔で顔が赤らんだ。
「何です?」
「……何でもねーよ。それよか」
話を戻すと、断定はできませんが、と前置きした上で、メイドがマリー様を叱ったと聞いて、俺は驚いて目を剥いた。
「あのメイドがか!?」
同感だったようで、アイザックも苦笑した。
「あれほど表出するということは、相当の精神的負荷がかかったということです。殿下との外出、付き添いのない状態での長時間の会話、尚且つ殿下の態度、……私の怪我も相応の負荷でしょうが、他にもあるのではと」
「で、聞いたらビンゴだったってわけか」
「キャロル嬢との会話もありましたし」
「まさかマリー様の方から行くとは思わなかったからな」
マリー様は自覚ないが、元のクラスじゃ人気が高い。殿下の片思いぶりは周知の事実で、それなりに付き合いのある高位貴族の令嬢令息が、たまにもう少し態度を何とかされませんとと、貴族らしい迂遠な言い回しで諫言している。
その中の一人が、キャロル嬢がマリー様を連れてったと殿下に使いを出したせいで、俺は殿下の足止めに回る羽目になった。
殿下は元から好感度カンスト、マリー様も時と共に上がったわけだから、初手で殿下に色目使ってた女狐の好感度は下がる。
「立て続けに色々ありすぎたのかもな」
「お嬢様は予定を詰め込み過ぎるようです。休日を使って使用人の子供をもてなしたりも」
「は? それ聞いてねーぞ。いつだ?」
「泣いた次の日だそうですよ」
「何やらせてんだ……ついときゃ良かったな」
「……やらせたかどうかは……私も時間が……手紙で、聞いておきます」
文通も殿下が嫌がりそうだが——
「明日も」
「あー、週一のあれか」
「付いていてくださいね。もし——お嬢様の言動が急に幼くなったような印象があれば、いつでも構いません。私の元へ連れてきてください」
「幼く? つっても、俺が会った時にゃもうお嬢様はあの喋り方だったぞ」
「お嬢様は私が初めて会った時も既にあの話し方でしたよ。一般的な意味での『幼く』です」
「……敬語が抜けるとかか?」
「それもあるかもしれませんが、通常より早口になることがあったでしょう?」
「ああ」
「常時との差で言えば同程度、遅くなります。それから選ぶ語彙に変化が」
「……それ俺でもわかるか?」
「わかると思いますが……あなたなら口調に限定しなくとも何某か違和感を抱くはずです。すぐに連れてきてください。様子見はせずに」
「殿下に憎まれそうなんだが」
「口実は任せます」
丸投げかよ。
「退行時は本意でない言動が表に出やすいんです。私ならともかく、殿下では問題になることもありますから」
幼くなるのが退行なら、問題になるってのは——
「それ逆に本音が出るんじゃないのか?」
「本音と本意は違うでしょう?」
あー……最近は良い感じだったが、子供時代の殿下の態度は確かにアレだったしな……その頃の本音が出るなら……虫も殺さないマリー様なら決して言わないような、殿下を傷つけるようなことを言うかもしれない。そして多分、それを後悔するだろう。
「あの年齢の男に分別など期待できませんから」
……こいつ一応自分も男だって自覚あるんだろうな?
まぁ学生時代のこいつはその分別のない男のせいで嫌な目に遭いすぎたから同情の余地は有り余るほどある。
「わかったよ。お前は女狐の相手頑張んな」
露骨に顔を顰めるのを見て、これでどうして嫌われると思うかね、と内心独りごちた。
多分、大丈夫かと聞いたあの時、マリー様が頷きさえしなければ、こいつはマリー様と、女狐は殿下とペアになってたろう。
マリー様は擽ったがりなせいで、ダンスの練習は遅々として進まなかった。講師は呆れていたし、俺も見ていてまたかと苦笑を禁じ得ないくらいだったのに、こいつはそれでも楽しそうにしていた。
雲泥の差だ。
平民にダンスの心得はない。踊る文化自体はあるが、貴族のものとは大違いだ。否応にも婚姻にある程度の政治が絡む貴族にとって礼節を損なうダンスなんて考えられないが、平民のそれはどんちゃん騒ぎの一種に近い。
ましてやあの性格だ。型を覚えさせても必要以上に密着しようとする様が目に浮かぶ。
殿下には悪いが、マリー様が無理する性格じゃなかったらな。
ダンスの実技では例年、伯爵位の夫人が女生徒の指導に招かれる。実践形式で難点を指摘する形で進めるが、そもそも全く踊れない生徒の指導は普通、家庭教師がする。どうしたって落ちこぼれるのが目に見えてるわけだから、休憩時間を使ってその辺どうするかを詰める必要が出てきた。
放課後を使えりゃ良いが、家の手伝いと馬車ではなく徒歩通学ということもあって、休憩時間を潰す羽目になったらしい。
その辺の話を、実技講師とあいつとであのお嬢ちゃんにするんだろうが、担任にさせろよと思わなくもない。
エスコートした時は担任だったから仕方ないが、やっぱこういうのは一回やっちまうとなぁ……。
入学式じゃ、苛立つメイドを宥め賺す側だった俺も、今じゃ掌返しといきたい気分だ。
どうせなら爵位授与ももっと大っぴらにやっときゃ良かったんだ。
あいつに平民のパートナー押し付けた現担任、ダンスパーティーの入場アナウンスで吠え面かくぞ。
リアクションありがとうございます。嬉しいです。お陰様で更新続けられます。リアクションが2種類横に並んでいるのを初めて見ました。とっても嬉しいです。




