私のやらかしについて。
寝室へ入ると、ベッドの上に見慣れない物が鎮座していた。
「え」
見慣れないが、見覚えはある。
これはあれだ、まさしく元護衛に爆笑された時の。
私の反応を見たメイドが、渋々と……凄く不本意そうに、「覚えてらっしゃいますか」と言うので、頷いた。
「先生の助言です」
こんな子供騙し、お嬢様を幾つだと思って、と言いたそうな口調だった。
「お嫌でしたら捨てますので」
「すっ……てるのはちょっとあの、……可愛いですし嫌ではないです」
メイドはすごくがっかりした口調で「そうですか」と言った。
「ええと助言というのは、睡眠の助けになるということでしょうか」
「そう仰っていました。柔らかいものを——抱きしめると緊張が解けるそうで」
なるほど、セロトニン? オキシトシンだったか? と言っても、子供の頃もしたことないし、この歳で?
「不要でしたら戻しましょうか」
疑問系なのに断定口調で言われてちょっと怖い。
「いえ、あの……折角ですし、このままで大丈夫です」
ものすごく不本意そうな表情をされた。
大抵私は相手の機嫌を伺って相手が思うように動こうとするけど、流石に先生からの頂き物を粗末にするというのは……
「あの、すみません、できたらお茶を……」
「カモミールティーをご用意します」
「お願いします。好きなんですそれ」
ちょっと複雑そうな笑顔になったメイドが一礼して部屋を出ていく。
それを確認してから、ほっと息を吐いた。
元護衛が爆笑したそれに目を移す。
単体なら笑うような物ではない。幼児なら瞳を輝かせて笑顔になるだろうけど。
大人の女性でも好きな人は好きかな。
かくいう私も、これに限っては別に嫌いではない。
見慣れないのは、大切なものほどしまっておきたいと思う性分のせいだ。
扇子や手袋、髪飾りについては、身につけるものだから、気に入ってますよという意思表示のため使って見せるけど、これに関しては飾っておくものという認識だった。
それなら、日焼けしないように、埃っぽくならないように、箱に入れたまましまっておきたい。
抱きしめて眠る、という経験がないせいでベッドに置くという考えが浮かばず、絵本で持ち歩いている子供を見たことはあったが、大抵そうやって扱うと腕が取れたり首がもげたりとなかなか悲惨な状態になる描写があって、それは嫌だった。
それになんというか、私はやっぱりどうしても自分が汚いと思ってしまうので、あんまり触って汚したくなかったのだ。
銀というか白金かもしれない、綺麗な毛並みのくまのぬいぐるみ。
色褪せもなく、記憶にあるまま。テディベアというのだろうか。
あまり見慣れない色合いは、流石貴族が買ったものという特別感がある。
私は実を言うとあんまりこういう、造形物が得意ではなくて、可愛いと思えなかったりする。
くまのぬいぐるみに言うのも変な感じだが、そんな私でも素直に可愛いと思える目鼻立ちをしていると思う。
そんなかなり可愛いぬいぐるみを、先生(成人・男)が持ってるのを見て元護衛は爆笑してたわけだけど、その後、先生からプレゼントされた。
流石にあれだけ笑われたら持って帰るの嫌になったのかな、と私はちょっと思ったのだけど、元々先生曰く辛いこと(擽ったいのに慣れる)を頑張っている私へのプレゼントとして購入したもので、訓練に使うと言う目的もあったけど、ご褒美としてくれるつもりだった、と言うようなことを、元護衛が笑ったせいでと若干恨み節混じりに申し訳なさそうに言われたのを覚えてる。
誕生日でもクリスマスでもないのに贈り物されるなんて思ってもいなかったので、すごく驚いた。
それにこの世界だと、行事でもらえるプレゼントは誕生日だけだ。流石乙女ゲームの世界と言うべきか、ここだとクリスマスは——クリスマス?
つい最近、クリスマスプレゼントについて口にした記憶が。
——最近じゃねぇ今日だ。
さぁっと、血の気が下がったような気がして、一拍置いて嫌な音が心臓からする。
「あの……」
「はい」
絞り出したような声に、護衛その1はちゃんと反応してくれた。
「ちょっとだけ、休憩してきてくれませんか?」
返事がないので振り返る。
ものすごく驚いたような顔をしていた。
「あの、……せっかくなので、ちょっと……抱きしめてみようかなと思ったのですが、この年齢でぬいぐるみをぎゅってしてるところを見られるのが恥ずかしくて……」
「……かしこまりました。終わりましたらベルで」
「はい」
「エディも足止めしておきます」
「ありがとう」
護衛その1が退出するのを確認してから、私はベッドに上がり、ぬいぐるみではなく頭を抱え、声が漏れないよう枕に顔を押し付け、あまりのやらかしに言葉にならない悲鳴を上げた。
主に殿下と護衛その2とヒロインと先生本人に顔向けできない。
あの約束した時点で誰か私の存在を消してくれないだろうか。開幕後とか悠長なこと言ってないでサクッと。
今ほど時間を巻き戻したいと思ったことはない。
この世界のクリスマスは恋人と過ごすイベント扱いだ。お父様とお母様だってデートに繰り出す。夫婦か婚約者でなければ縁遠い日と言える。日前のクリスマスパーティーみたいに友人や近しい人々でわざわざ集まる機会もないからプレゼントを渡す風習がそもそもない。
……この世界で何十年生きてるんだ私は。日前の常識こっちの非常識だよいくら頭働いてなかったからって何してくれてるんだ。こっちの世界に来てからの方がもう長いだろ!?
何とか約束を反故にできないだろうか、と考えて、レターセット、と頭に浮かんだ私は、先生との約束を反故にするのに先生に相談してどうするんだ馬鹿かお前は脳みそみじんこかスライムか、と最も大好きな小説の主人公が自称保護者を罵る時に使う定型句で自分を罵った。
罵り疲れたその後、ようはバレなきゃ良いんだよその3人——とあとメイドに、と絶対捕まる犯罪者みたいなことを考えて、最終的に先生への責任転嫁みたいな考えまで浮かんできた。
泣き喚いて護衛その2を部屋に引き摺り込んだ翌朝、どうしてあの人は先生のことになると変な噂が立たないように気が回せるのに自分のことには気が回せないのかと他責に走ったように、いくら元教え子が泣きそうだからってそういう約束しちゃダメでしょ私が本当に悪役令嬢だったら何されるかわかんないよ自分を大切にして!? と、やってること完全に悪役の自分そっちのけで頭の中が喚き始めた。
日前で読んだ小説に、気に入らない男性教師を退職に追い込むために呼びつけて自ら服を破いて叫んで濡れ衣を着せた女子学生の話があった。先生あんな綺麗なんだから退職じゃなくて責任取らせるためにされかねなくないか。ちなみにそれを読んで当時気持ち悪くなった私は、やっぱりこの思考の暴走で迫り上がってきた嘔吐感を無理やり押し戻した。ぬいぐるみを汚したくない一心で。
あとは空咳を繰り返す。契機が直接見聞きしたり触られたりしたわけでなければ、これで大抵の吐き気はやり過ごせる。
……どう言い訳しようか。夫婦か婚約者でなければクリスマスと無縁なはずのこの世界で、クリスマスにプレゼントを強請った私の立ち位置ってどうなる?
どう考えても、殿下はかつてないほどキレるだろうし、ヒロインはもう絶対敵に回るし、……護衛その2はどうだろう。っていうか考えたくない。殺されそう。
あと間違いなくメイドは先生を燃やそうとする。多分同意したところがもうダメなんよ。いや本当に。そこは諭してくれないだろうか。
……ああでも、……あの時、明らかに私、頭働いてなかったよな。自覚できるくらい様子がおかしかったんだから、間近で見てた先生からしたら相当やばかったのかもしれない。
私が3食摂ってないことも自覚ない頃に体重がかなり落ちてたことも先生は見抜いてたし、倒れた時も、目が覚めて何処も痛くなかったし痣もなかったから、多分先生が予見して対処してくれたんだろう。気を失った経験はなかったけど、文字通り倒された経験はある。予測できずに殴られたり蹴られたりして倒れた場合、受け身が取れなくて直接痛めつけられた箇所以外にもどこかしら痛めたりするものだ。だからきっと先生が受け止めるなりなんなりしてくれたんだろう。紅茶のこともそうだけど、先生は医師に必要な知識と多分観察眼も持ってる。
あの時の私には、諭されてもそれを理解する頭がなかったのかもしれない。その場で言い聞かせるのは難しいと判断されたんだろう。
確かに、あの時私はこっちの世界のクリスマスの意味を完全に失念してた。あの場で断られても、食い下がったかもしれない。そもそも自分から贈り物を強請るとか明らかに普段の私ならしないことをしてる。しかもあの時うっすら頭にあったのは、普段我儘言わずに我慢してるんだから、一回くらいお願い聞いてくれても良いでしょう、と言う日前の親に向かって何度も喉元まで出かかった本音だ。明らか正気じゃない。
先生の想定ならメイドが戻ってくるのは実際より早かったはずだ。もし万一、断って私が食い下がった場合、最悪な場面をメイドに目撃というか耳撃というかされる羽目になってた。
しかもあれだ。姿勢が。まずい。先生の服を掴んでいた指が開いた後も、先生は手を動かさなかった。だから多分、遠目には、私が先生の腕を掴んで取り縋ってるのを先生がやめさせようとしてるように見えた、かもしれない。それで喋ってる内容がアレだったら目も当てられない。言い寄ってるようにしか見えない。
お説教じゃ済まない。絶対お父様とお母様に話が行く。
イエローカードじゃなくてレッドカードだ。
更に救いようがないのは、見た目はともかく、口説いているようにしか聞こえない内容を口走ったのが事実という点。胃が痛くなってきた。
そりゃ驚くはずだよ。びっくりしたような顔してるなとは思ったけど、そこで気付け。繋がれよシナプス。
思考が堂々巡りに陥ったことに気づいた私は、体を起こしてベッドから降りた。
そろそろメイドがハーブティーを持ってきてくれる頃合いだ。
とりあえず一時思考放棄。ベルを鳴らすと待ちかねていたかのように、すぐに護衛その1がノックをして部屋に入ってきた。
ドアを開けたままにしているところを見ると、メイドがすぐ先にいるのだろう。
カモミールティーはナイトキャップと言われるほど安眠効果があるって日前で読んだことがある。
日前でも不眠気味だった私は、勿論それも試したことがある。眠れるCDとかヨガとかアプリとか丹田呼吸とかやれる範囲で全部やって、どうにかこうにか喧しい頭を黙らせていた。
この世界には手軽なアプリもCDもない。さっきは口実に使っただけで試さなかったけど、どうせこの分じゃ眠れそうにないから、あのぬいぐるみも抱きしめてみよう。
お礼を言ってカモミールティーを一口含むと、独特な甘い香りが広がる。
頭はやっぱりやらかしについて考え始めてしまうけれど、それでも少しだけ笑える方向に向く。
せめてもの救いは——先生に婚約者がいないことだろうか。先生の婚約者になる人は大変だろうなぁ……あの見た目だからめちゃくちゃ苦労しそう。ヒロインがそうなるのかもしれないけど、ヒロインでさえ私を殺したわけだから、他の人なら尚殺すよね。
本当に扇子をくれるのなら、箱に閉まって誰にも見られないように鍵のかかる引き出しに入れておこう。生憎私は手先が器用じゃないので、有名な漫画の主人公のように引き出しに二段構えの内部構造なんか作れないけども。
ブックマークありがとうございます。嬉しいです。お陰様で久しぶりにランクインしました。




