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私と休憩時間の終わりについて。

 二人が話しているのを見るともなしに見ていると、頭の中を雑多な思考が過ぎる。


 前の休憩時間、先生におまじないかけてもらった後、メイドめちゃくちゃ不機嫌だったなぁ……

  

 先生とは控え室で別れた後、メイドと二人、メイドの先導で来た道を戻りながら、延々お叱りを受けた。

「未婚の女性がエスコート以外で異性に触れるべきではありません」

「……はい」

「もし触れられた場合は助けを求めるべきです」

「……はい」

 礼儀作法の初歩の初歩、多分教科書で言うなら淑女の振る舞い第1章第一節の前置きが終わったらその次に出てくる。

 そんな基本中の基本をずっと言い聞かされている。

 最初は弁解しようとして「でも」とか「あれは」とか口にしたんだけど、にっこりと——なんだか殿下に通じる圧を感じる笑顔で黙殺され、お説教が続く。

 私に許される発言は「はい」のみになったらしい。

 触ったっていうとちょっと語弊があって、服掴んだだけなんだけどまぁこっちから手を伸ばしたわけだから叱られるのは仕方ない、けど、なんていうか……天真爛漫なヒロインにお説教する堅物令嬢みたいな真似をメイドがしている。私に。

 いやでも、私は人前で先生に自分から触ったりしないし、先生の名前を呼んで特別アピールなんかしないし、ていうかそれはヒロインがやってる、よく考えたら普通に呼ぶなら苗字プラス先生なのでは?

「聞いていますか?」

「……はい」

 私の気が逸れたのを見抜いたらしい。流石私の空気を読むのに長けた敏腕メイド。普段は私の負担にならないよう最大限配慮してくれてるけど、だからこそ敵に回すとたいへん恐ろしい。

「専属の護衛を持たないスクール内において、不測の事態があれば、いついかなる時であろうと声を上げること」

 今度は入学のしおり・風紀について、第5項、学内での護衛騎士の役割の欄にあったような内容。朗読でもしているのかと思えるほど淀みがない。

 そう言われても日前じゃ幼児の泣き喚きに対して暴力で黙らせるような両親に育てられたし、園児の頃も嫌がらせ受けて反応するから悪いって逆に叱られてたし。無抵抗無反応を強制されて、嫌だと口にしてやめてもらえたことも助けてもらえたこともない。

 ていうかヒロインはすごいな、ちゃんと声張れて。守ってあげたくなるような風情も完璧だった。 

 あれを見ても平気だった元護衛はすごい。でも逆に、乙前のヒロイン完全賛美的風潮も納得がいく。ああやって身分も上の人間(私)相手に頑張って戦った(言葉で)後に、護衛の騎士が来たら、安心して涙腺も緩むだろう。私みたいなもういいや的な投げやりな泣き方ではなく、心からほっとしたが故に出た涙を見たら、救ってやらなきゃ男が廃ると言うものだ。

 ——いや別にね? 今世の元護衛が廃ってるというわけではなくて。ほら、元護衛は私が殿下に恋愛感情0というのを知っているので。

 嫉妬して攻撃はもとより口撃するわけがないと信じてくれていた。動機がないんだよね。その点が、大きい。


「お嬢様、聞いていますか」

「はい」

 すぐバレるなまじで。

「繰り返しますが、誤解を受けるような行動は慎むべきです」

 誤解。誤解か。異性と二人きりにならない。みだりに触れない。名前を呼ばない。他にも色々。

 ヒロインは私と違ってメイドがいないから、確かに誤解を受けやすい。

 ……いや、まぁ、私も、たまに、どうしても一人になりたい時っていうのがあって、発作的にメイドを振り切ったりもするけど、別にその時に誰かと二人きりになったりはしてないし……いや、元護衛と会ったな。2回ほど。

 でも言うて護衛だしな……それに別に部屋に二人きり、とかじゃない。どっちも廊下だ。四阿ですらない。

 まぁ礼儀作法の方も章が進むと、部屋のドアを開け放っておけば二人きりにはならない、みたいな抜け道も出てくるけどね。

 ……えっとあれ、そうか。先生がドアしめて鍵かけてるのがちょっとあれか。

 でもメイドがいるし、ドアを開け放った状態でおまじないをかけてるのを見られる方が遥かにまずいよね。あれ完全に触れてるからな。

 ……いや、うん、あの……あれは、そうだね。誤解されるね。まずいどころの騒ぎではない。

 いつも大抵藁にもすがる気持ちでお願いしてるのでそこに疑問を挟む余地がなかったんだけど、あれは、……そういえば先生は男性なんだよな……私の外側の年齢を考えると、……うん、アウトだね。

「お分かりいただけたようで安心しました」

 ……私本当に顔に出やすいんだな。

 落ち込んだのがわかったからか。

 メイドがそう言ってやっと圧を下げてくれた。


 それから程なく人気のある廊下になったのでお説教は終わりとなったけど、メイドに怒られたのは初めてだったから実を言うとめっちゃ心臓バクバク言ってた。

 しかもその後すぐメイドと離れ離れになる合同授業で、終了時に心配そうな顔したメイドがすぐにきてくれて、ほっとした。

 最後まで見捨てずにいてくれたメイドだけど、だからこそ初めて怒らせたから怖かったんだよね。

 メイドが怒ったところは何度か見たことあるけど、いつも矛先は私じゃなかったから。



 ここまでやらかしたのはそれのせいもあったのかもしれない。

 メイドはいつも私の一番近くにいてくれて、ずっとそばにいてくれるって、言ってくれた唯一の人だ。

 どうしても息苦しくなって一人になりたくなっちゃうのはHSPだからで、メイドに見捨てられるのは一番恐ろしい。想像するだけで肝が冷える。 


 遠目に見える先生は、少し考え事するみたいに口元に手を当ててる。

 っていうか私の食事と睡眠て、先生には何から何までお世話になりっぱなしだな……スクールの教師の業務範囲じゃない。多分元家庭教師の誼でってことなんだろうけど、メンタルケアもしてもらってるし……。


 いつまでも頼りっぱなしってわけにはいかないのはわかってる。

 乙前なら、もう、殿下は私をエスコートしてないはずだった。

 だけど現実は違う。オペラに一緒に行くというイレギュラーも起きてる。

 本来の婚約者としてなら、たまにはそうやって外出もするだろう。私はその尽くを潰してきたわけだけど。


 義弟は殿下の行動を疑問視してたけど、殿下からしたら、私の方が問題行動多いだろうな。


 殿下と接触がある度に先生におまじないをお願いするのは現実的じゃない。

 ヒロインが先生を好きなら、多分あれは看過できない。

 殿下を好きなら早いとこ私が殿下を解放してあげるべきだし、護衛その2を好きでも同じだ。あの人は子供に甘すぎる。私を心配して、二足の草鞋なんてできもしないことを考えるほどだから。

 先生と護衛その2にしたら、私は子供みたいなもの。なまじ子供の頃から面倒見てるからこそ。泣き喚いたり掴んだまま寝たりやってることも5歳児と変わらないし。恋愛には邪魔だ。

 私がもし、虐待フルコースを食らってなかったとしても、手のかかる弟の世話をするのに疲れ切っていて、恋愛をするリソースはやっぱりなかったと思うんだ。

 だから二人は解放してあげないと。

 ……寂しいと、言ってくれた時のことが蘇る。

 今はまだ情が残っていても、単純接触効果だ。減らせばちゃんとヒロインに——


 だから退学したかった。婚約も解消したかった。それが一番良いと思ってたんだ。

 でも義弟が嫌だと言ったからそれはなし。

 

 おまじないなしで殿下のエスコートを受ける。できるだろうか。


 右手の前腕を握る。感触からして多分包帯とガーゼかな。絆創膏ではなさそう。日前で、自分で救急箱から見繕って手当てした時、大袈裟なって嘲笑われた組み合わせ。そう言われて次からは絆創膏にしたら、タダじゃないのにって言われたからそのうち放置するようになったけど。

「……っ」

 だめだ、さっきは先生が目の前にいたから堪えたけど、うっかり涙が滑り落ちた。


 日前の図工の時間に、私はうっかり鋏で掌を切ってしまったことがある。

 アドレナリンのせいか大して痛みは感じかなかったが、結構血が出てたので舐めてたら、隣の席の子がびっくりして「保健室!」と叫んで、担任の先生が連れて行ってくれた。

「どこを怪我したの?」

 と聞かれて、「手」と答えたけど、なんでそんなこと聞くんだろうと思った。

 後で鏡を見るよう促され納得した。結構出血してたらしく、口も小さかったからエラい見た目になってた。隣の子が叫ぶはずだ。

 担任の先生はちゃんと手当てしてくれた。それが私には物珍しくて、ありがたくて、泣きそうになった。すると安心させるように微笑んで、「大丈夫よ、このくらいの怪我なら、すぐに血も止まる」だから泣かないの、というように宥めてくれたけど、なぜそう言われたのかわからなかった。本の中の、まるで怪我して痛がって泣き喚いてる子を宥めるシーンのような科白。私は聞かれたことにしか答えなかったし、そんなに痛くもないし、自分で保健室へ連れて行ってほしいなんて言わなかったのにと。

 今の私ならわかる。口元が真っ赤に染まるほど出血しても、服を汚さなければそれで良いなんて、あまつさえその宥める言葉を非難されたように感じる小学生は滅多にいない。

 普通の親は手当てするか、ちょっと過保護なら病院へ連れて行く。消毒液が沁みて痛い思いをした子は手当て自体嫌がって泣くし、血が苦手な子もいるから僕死んじゃう? なんて不安になる。

 弟がそうだった。

 このくらいの怪我なのに手当てしてくれたのが嬉しくて泣きそうになっていたなんて、思いもしなかったろう。

 私が手当てされることなんてあるんだ、と驚いて嬉しくて、……あの担任の先生にも、ひどく懐いた。

 昔からちょろいんだ私は。


 今回のこれは本当に大袈裟な部類。先生はきっと過保護寄りだ。そういえば前に護衛その2がそんなこと言ってたっけ。

 漫画だと大抵、手当てしてくれる女性キャラに主人公は惹かれて行くけど、わからないでもない。些細な怪我にまで大袈裟なほど丁寧な処置をされると、大切に扱われているようで心が温かくなる。だから看護師さんは白衣の天使って言われるんだろう。

 っていうかどこに包帯とかガーゼとかサージカルテープとか持ってたんだろう。あのローブみたいな服、ポケット多いとか?

 一人で考えて笑ってしまう。


 何度か思ったけど、思ってた以上に懐いてる。

 お別れは嫌だ。でも嫌でもお別れはやってくる。しがみついても無駄。

 子供の頃毎日のように傍にいた人たちが、離れていくのはすごく寂しい。

 ああ、今になって、今生の別れのように泣いていた義弟の気持ちがよくわかる。

 

 私の強すぎる執着心は、アダルトチルドレンの産物。

 でもそれは立証できない。この世界の私の両親はとても優しい良い人たちだから。

 そして私の年齢と性別からすれば、これは他者から恋情と捉えられる。

 

 きっとゲームの開幕は義弟の入学式。

 それを機に3人とも私から離れて行くだろう。義弟も入れれば4人。


 だからそこからは、おまじないのお願いもやめよう。先生から断られるかもしれない。そうなるとエスコート断られた時みたいにショックも大きいだろうから、もう頼まない。

 殿下が私から離れれば、おまじないももう必要ない。


 元護衛との接点は、きっと私が殿下と出かけなければ自然と減らせる。スクール内で偶然会って話す機会は今まで多かったけど、開幕しちゃえばその時間はヒロインとのものになるだろう。

 私がヒロインとエンカウントしなければ接点はうまくすればゼロにできるかも。


 クラスが違う今、殿下との時間はゼロ、元護衛ともゼロ、そうだ、先生を元クラスへ戻してくれるようにお父様にもお願いしないと。そうしたら先生ともゼロだ。

 私が話せる相手はメイドと司書の先生だけになる。

 最初のうちは反動ですごく寂しくても、幸い私の記憶は消えないから、楽しかった思い出何度も目を閉じて思い出して追体験すれば良い。好きなものを失った後の方が人生は長い。今までもそうだった。慣れてるよ。大丈夫。


 優しい家族と、友達。話を聞いてくれる、甘やかしてくれる大人。

 一度くらい、どんな形でも愛されてみたかった。

 日前で欲しかったもの全部手に入った。 

 入学式までいっぱい時間もらっておけば良いじゃないか。そうしたら、きっと満たされて終われる。


 婚約者に友情を、家庭教師に母性を、護衛に父性を望むのはおかしいし間違ってる。

 気づけて良かった。



 見つめる先で、先生がこちらを向いた。

 話し合いは終わりかな。メイドもそれからすぐ、やっぱりこっちを見た。

 ——少し、表情が……?


 気付いたら立ち上がって、メイドの方に走ってた。

 メイドが目をまん丸にしてる。

「あの、……何か、……、顔が」

 やばい、思ったより体力落ちてるみたいでたった少しの距離で息が上がった。

 メイドがハッとしたように自身の頬に触れて、それから軽くぱちんと、頬を叩いた。

 は?

 それから、笑顔になる。

「すみませんお嬢様。私は大丈夫です」

 そういう時は大丈夫じゃないんですよ。

「何、が」

 問い詰めようとすると、後ろからそっと肩に手を置かれた。

「お嬢様、息を」

 耳元で先生の声。

 息? いや私のことは放っておいて良いので、メイドに何があったのか知りた、い。

 肩に置かれていた手が、背中を撫で、胸郭、肺の裏側で止まる。

 ——過呼吸起こしかけてる。

 体力が落ちたんじゃない。いやそれもあるかもしれないけど、待て待て待て。

 何だこれは今日はどうした。

「大丈夫です。お嬢様のために用意していたお食事が、お嬢様の体質と少しだけずれていたんです。それでご自身を責めていらっしゃって」


 ——ああ。そうか、前にもあった。

 元々メイドが淹れてくれる紅茶はストレートで、注いだ瞬間からマスカテルフレーバーが立ち昇って、それもすごく好きだった。

 ただこの体はあんまりカフェイン耐性がなかったらしくて、時々、くらりとして血が下がるような感覚があった。

 先生が家庭教師として来始めて、まだ護衛が一人だけで、休憩時間に一緒にお茶してた時、それに先生が気づいて助言してくれた。

 それから、私のためにメイドが淹れてくれる紅茶は薄めで、たっぷりのミルクと、弱まった香気を補うように香り付けされたシロップが入るようになった。

 その助言を受けた時もメイドは、さっきみたいな顔してた。


 何だ、それでか。

「改善点をお伝えしたので、もう大丈夫ですよ」

「私の、……体、面倒ですみません」

「そんなこと!」

 メイドが慌てたように首と手を振って否定する。

 深呼吸の合間に、どうにかこうにか、自分を責めないでほしいとお願いして、多分先生も言葉を添えてくれてそれで何とか頷いてもらった。

 多分なのは、耳が聞こえにくくなってて、何か言ってるけど聞き取れない。特有の呼吸音が邪魔なのと、いつものちょっと追い詰められた時の不具合。

 ああもう苦しい。ええと、どうすれば良いんだっけ。一呼吸で喋れば良いんだ。

 何を、ああそうだ、どうせなら。

 先生の方を向くと、私を落ち着かせるために屈んでいてくれたようで思ったより近くに顔があってちょっとびっくりした。そのまま内緒話させてもらう。

「先生にお願いがあります。いつもお願いばかりしていて申し訳ないんですが、どうかこのお願いだけは叶えていただけないでしょうか」

 先生は少しだけ目を見張って(いや距離の近さに驚いてたのかもしれないけど)、それからゆるゆると目を細めて笑顔になると、頷きながら口を動かした。多分良いですよとか言ってくれたと思うんだけど、まだ聴覚野だか言語野だかが死んでて聞き取れない。でもOKってことで良いはず。

「ありがとうございます。この先私が先生にすごく嫌われたとしても、私が人倫に悖る行為をしたように思えても、私の使用人と家族には非がないことをわかっていてほしいんです。私のしたことの責任は全部私だけにあって、家族にも使用人にも責任はないんです。だから家族にも使用人にも責任を問わないでほしいんです。もし責任を問われそうになっていたら、どうか、口添えしえていただけませんか。それが無理でもせめて、先生だけはみんなを非難しないでいただけないでしょうか」

 先生の頭の良さならきっと家族と使用人を助けるための抜け道を見つけてくれる。私の頭じゃダメなんだ。私には発想力がない。即席の物語を作って弟を落ち着かせたり、替え歌作って笑わせたりはできたけど、いくら勉強しても頭に知識を詰め込んでも、肝心の打開策を、そこから新しいものを見つけたり組み合わせて編み出したりすることができない。

 先生は多分、いっぱい疑問もあったろうし口を挟みたいところだらけだったと思うんだけど、私が言い切ってしまうまで、つまり息を吐き切ってしまうまで、黙って聞いていてくれた。

 それから先生は「わかりました」と穏やかな声で言った。

 良かった聞き取れた。息苦しさもマシになってる。もう多分大丈夫。

「お約束します。ただ私はお嬢様の先生なので——お嬢様だけの責任にはしません。私も一緒に責任を取りますよ」

 宥めるように微笑んでそういう先生に、私は嘘吐きと言った。心の中でそう叫んだ。

 それと同時にもし本当にそうされたらどうしようと怖くなった。

 先生だって私は使用人に含めたつもりだったのだ。私のヒロインへの暴言についても、殿下に勉強が足らないと指摘された時も、先生は自分の責任だと言った。先生は何にも悪くない。悪いのは私だ。いつもそう。

 それにこの世界では、責任を取らされる時、私はいつも死を以て償わされてきた。

 それに先生を巻き込むなんて冗談じゃない。

 さっきのメイドみたいに頭を振って否定を表す。

「……お嬢様は、私に感謝している、と前に言ってくださいましたね」

 うん。

「私も同じです。お嬢様と、公爵家の方々がいたからこそ、今の私があります」

 公爵家の力は、もしかしたら何か先生の役に立ったかもしれないけど、私は別に何の役にも立ってない。

「お嬢様を嫌うのは私には難しいです」

 そんなことはない。いつもそうだった。だから簡単だよ。先生が優しいのと義理堅すぎるだけだ。あと子供の頃から見てたから情が移って、嫌ったらダメだとか思い込んでるんじゃ? 日前の私みたいに。育ててくれてるんだからって親を嫌えなかった。そのまま行くと予後が悪いから無理しない方がいいですよ先生。

「公爵家には恩義があります。滅多なことはないと思いますが、もし窮地に陥るようなことがあれば、微力ではありますが、私の力の及ぶ限り必ず」

「お願いします」

「はい」

「私を嫌っても、絶対、ですよ?」

 先生はそれに苦笑した。

「誓って、嫌えませんから」

「家族と使用人のことは誓ってほしいですけど私のことは誓わなくて良いです」

 嫌わないとか誓われたら誓いが安っぽくなるじゃないか。今まで何遍も嫌われてるんだから。それじゃ困る。私がほしいのは家族と使用人に累が及ばないという保証。

 先生はやっぱり苦笑したまま、私の頭を撫でた。

 ……今日2回目だ。

 先生はやっぱ誠実だ。面倒だからとその場凌ぎの嘘ばっかり言うような大人もいるのに。

 


 どうにか呼吸も戻って、流石に長い休憩時間ももうすぐ終わりというところで、教室へ向かって歩きながら、私はまた思いつきの軽い気持ちで先生に質問した。

「あの、スクールの行事で質問が」

「ええ、なんでしょう?」

「剣術大会とダンスって何か関係がありますか?」

「……ある、と言えばありますね」

 何その謎かけみたいな答え。

「優勝者に与えられる権利として」

 す、と先生が視線を外した。

 何ですかその思わせぶりな。え、なに、そんな言い難いこと?

「卒業パーティーのダンスを、誰にでも申し込める、というものが」

 ありまして、の時に私の喉がひゅっと鳴った。

 先生はその音に反応してかもう一回私を見たけど、かなりの困り顔になってた。なんか初めて護衛その2と対面した時と似てる。

「その申し出は基本的に断らないという伝統なんです」

 なんだそれは。

 先生が私の手を取った。多分顔色悪くなったからかもしれない。

「お嬢様は、そのお話をどこから?」

「……殿下が優勝すると……ダンスの話の時に」

 先生はなるほど、と言って頷いた。

「あの、先生、殿下って強いんですか?」

「私は実技は担当していないので聞いた話になりますが、お強いですよ。在学生の中では敵なしでしょうね」

 それに私は深い息を吐いた。

 さすがヒーロー。その権利を使ってヒロインに申し込むのか。マジで殿下が強くて助かった。

 いや私に申し込むような変わり者はいないと思うんだけど、今の義弟はなんか下手すると踊——在学生?

「……あの、先生は……私の義弟の腕前なんてご存知ないですよ、ね?」

 先生はちょっと笑って、それから。

「そうですね。すみません、私が言いたかったのは——マルクスには敵わないでしょうが、ということです」

 え、殿下そんな強いの? 実質No.2ってことでは? 文武両道過ぎるだろ。若いのに出来過ぎでしょ。二物どころか何物も与えられてるの流石としか。

「殿下は——いえ、努力もされる方ですし、才能にも恵まれていらっしゃいますから、殿下の在学中はおそらくどなたも敵わないでしょうね」

 そっか、うん、そうだよね。才能もそうだけど努力も大事。そんな全方向頑張ってたら疲れていつか折れちゃいそうだけど、まぁヒロインがその辺のケアするんだろう。

 ありがとう殿下マジでありがとう。

 義弟は良い子だと今は思ってるよでもごめんだからこそお前とは踊れないごめん傷つけたくないから。絶対吐く自信がある。

 なので殿下には是非優勝し続けていただいて、ダンスの申し込み権利を独占したまま卒業まで突き進んでほしい。

 拒否権ないのは詰むって。殿下と踊るの嫌がる女子はいないだろうし、どのみち殿下が選ぶのはヒロインだ。今世で誰を選ぶかわからないけど、少なくとも殿下を嫌ってはいないだろうし。

 高嶺の花とのチャンスを奪って男子生徒には申し訳ないかもだけど、そこは潔く普通に申し込んでいただいて……

 私は義弟の入学後も何とか……って、よく考えたら断罪を免れるには殿下との1曲は死守しないとダメなのでは? でないとまた乙前みたいに騎士に連行されて引き摺り出されてジ・エンドになる。あれ、そうなると今年みたいにエスコートも頼まないとダメでは? どこに逃げても必ず騎士に見つかって連行されたんだから。

 いや一人で入場はしたことあったっけ? あったような……ダメだいっぺん帰ったらノート見てみよう。

リアクションありがとうございます。いつも更新する気力をいただいてます。

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