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私と、合同授業後の休憩時間について。その2

 四阿のテーブルに行儀悪く頬をつける。

 ここはよく風が通るし半屋外。周囲に花はそれほどないけど、緑が多いから、そのままなら風に運ばれた土でザラザラしたりするはずなのに、全くそんな感じはしない。

 テーブルもベンチもいつもきれいに清掃されている。


 ここを通るのは私か先生くらいのものだった。

 利用者は私と、……稀に殿下とヒロインと先生。そのくらいなのに、用務員さんは仕事に誠実だ。

 潔癖気味な私がここで飲食できるのもそのおかげ。 

 大体の私の休憩時間は、メイドが淹れてくれるお茶を飲みながら本を読む。

 人目も気にならないし、ざわめきも遠く、何より疲れなかった。


 それが、次第に人が来る頻度が増えて、ちょっと嫌になってきて、でもそのうち殿下と週1、待ち遠しくなるような時間もここで迎えるようになった。糾える縄の如しだ。

 もうすぐここには来れなくなる。

 殿下は忙しい人だから、約束しなければきっとここには来ないはずだ。だけど、それでも来てくれるかな、なんて、叶わない期待をずっと持ち続ける来年度の自分が目に見えて笑えてくる。


 最初の人生で幼児の頃、遊園地に行ったことがなかったことをバカにされ、私は気にしなかったが母が逆上して行くと言った。遊園地と公園の違いもわからないような、娯楽と無縁だった私にとって、バカにされることは気にならないが、それでもそこが楽しい場所だということは聞いていたから、とても楽しみだった。

 だけど約束の日に弟が熱を出してそれはなくなり、私が小学生になると、弟だけを連れて、両親は遊園地へ行った。

 

 友達とも家族とも上手くやれなくて、でも期待だけはする。空想して慰めて、惨めさに時々泣く。

 だからルールを作った。

 心は勝手に期待するけど、確認行動はしないように。

 何度もその場所を見るとか、同じことを訊くとか。

 がっかりする頻度を減らすことにした。確認しなければ、その間はどっちかわからない。シュレディンガーの猫と同じ。

 期待は膨らんでその分最後にがっかりするけど、それまでは空想で楽しめるわけだから。


 ここが見えない閲覧ブースに陣取ろう。


 先生もだけど、殿下は——ちゃんと、昔の話を覚えていてくれる。

 私はいつも、一方通行の思い出しか持ってなかった。私の頭は誰かに言われた何気ない言葉をいつまで経っても忘れず、折に触れて思い出す。だけど相手は大抵言ったことも言われたことも忘れてる。普通はイベント——遊園地に行ったとか、映画を見に行ったとか——が大事な思い出として残るのだろうけど、日本で生きてた私に、娯楽に費やす時間はほぼなかったから、共通の思い出なんてない。

 だから嬉しかった。殿下からしたら忘れたい思い出かもしれないけど、ちゃんと覚えててくれて、それが共通の話題になることが。

 だから嬉しくて舞い上がって、失敗した。

 私はいつも大抵こうだ。嬉しくなると大抵いつも調子に乗って失敗する。


 

 遠くから足音が聞こえて、慌てて体を起こす。

 顔をそちらに向ければ、お茶を淹れに行ってもらったメイドではなく、先生が見えた。

 逃げようかどうしようか迷った末、結局逃げても弁解は必要なんだよな、と思い止まったものの。

 珍しく、急いでいるのか歩調が速い。

 護衛はともかくとして、貴族は走ったりしない。緊急時は馬に乗るし、基本走らないように躾けられてるから、メイドを走って撒いた私は異常。多分このスクールで走る生徒は私かヒロインくらいだと思う。


 って言うか普段先生私に合わせてくれてるのか。めちゃくちゃ速いな。ああもうどう言い訳するか結局まとまってないし、どうしようか。


 目が合って、そこから、先生がちょっと速度を緩めた。

 安心したような顔をして、それから、少し恥じたような。

 ——あ。さっきの、私のあの行儀悪い姿勢?

 それで倒れてると思われたのかもしれない。またやらかした。ああもう。



 正直なところ、相手が誰であっても肌を見せるのは嫌だった。

 メイドでさえ嫌なんだから、手当ても本当に要らない。

 とはいえ、私は基本的に目の前にいる人に全力で媚び諂って生きてきたので、相手が先生なら尚更どうしようもない。 

 それに今ならメイドに見られずに済む。今日はもう疲れたとかなんとか言って、正装の夕食は遠慮させて貰えば、上手くすればメイドにバレずに済むかもしれない。手の甲のミミズ腫れもどきの色もまだうっすら残ってる段階で、新たな気苦労の種を加えるのは流石に申し訳なさすぎる。

 経験上、さっき確認した程度の傷なら一晩寝ればそれこそ軽い引っ掻き傷レベルになるし、……いっそ先生にコンシーラーの使い方教わる? 私はメイドみたいに一回見ただけで覚えるとかは無理。勉強ならできる時もあるけど、ほら興味ないと記憶力が微塵子になるので……。


 ぐるぐる考えていると、先に消毒をって言われて、安心して、疲れてたのもあってちょっと目を閉じた。

 そういえばそれも頭からすっぽり抜けてたなって笑えてきた。手紙でお願いしてたのに、色々ありすぎて。

 今日は別にイレギュラーな接触はなかった。触られて気持ち悪いは最小限で済んだ。だからこそ爪痕については弁解もいるのだけど。

 消毒はおまじないと違ってそんな近づく必要もない。メイドがお茶を淹れに行ってるから、移動できないって言うのもあるし、そのまま四阿でしてもらう。


 私は注目されるのが大の苦手だから、最後のエスコートの披露はガチガチに固まりそうになるのを、必死で心の中で私は公爵令嬢、殿下の婚約者、仲は良好って自己暗示かけて凌いだ。

 だから多分、いつも以上に気が張っていて、緊張の糸が切れた、のか。


 先生に手を預けて割とすぐに、眠いな、とちょっと思った。

 ところまでは、覚えてる。

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