第三章 そして現実を知る
「いないみたいだね」
「そうみたいだね」
それからちょっと二人ばかりの緊急会議が入り、携帯という便利な道具があったことに気付いて小躍りをした後、圏外という案の定のぬか喜びに嵌り、やっぱり離れるのは危険だろうということで二人してあっちこっちを散策した結果、この付近にクラスメートがいないことが判明した。ちゃんちゃん。
「で、どうする?」
「どうするって。ここにずっといるわけにもいかないでしょ」
そりゃそうだ、と納得する礼二。
もはや時計としてしか意味をなさない携帯も、時刻は午後の三時を指している。今はまだいいが、夜になったら危険も増すだろう。ここには何が潜んでいるかもわからない。現実的な問題で言えば、腹も減る。
どっか人のいるとこまで歩くしかない、か。人という生命体がここにいればの話だけど。何となく、過去に見たB級映画を思い出す礼二。でっかいミミズが出てこないかどうか不安だ。
「じゃあ、どこに行くかだけど。どうする? 方角は360度フリーダムですよ」
「宍倉に任せるよ。うん、頼りにしている」
実に爽やかな笑顔だったが、普段から笑顔を使い分ける礼二だからこそ、その笑顔の裏の心理をものの見事に読み取った。
「責任丸投げジャーマンスープレックスは止めるべきだと思うけど?」
「こういうときこそ男が率先して引っ張っていくものじゃん」
「僕、そういうセクハラは嫌いなんだ」
「うわ。モテナイっしょ、あんた」
「ふん。知らないから言える言葉だね」
それから男と女の醜い争いが勃発。過去の付き合いの長さや大人の階段の進み具合をネタにぎゃーぎゃーと騒ぎあい、二人して終わる事なき闘争を繰り広げていたが、礼二は目の端に一直線に伸びる砂埃を捉えると、押し黙った。
打ち負かしたとばかりにさらに威勢よく騒ぎ出す霧島の頭を礼二は押さえて、目を凝らす。荒地に生える木々の隙間から見える一筋の気配は、そこまで遠いわけでもない。それは何かが通っているような、そんな感じの砂埃。
「ねえ、あれ何だろ?」
指差すと、礼二の手の下で未だにぎゃあぎゃあ騒いでいた霧島もようやく黙って同じように目を凝らした。
「え? 何だろ。車、じゃなさそうだけど」
「馬車? いや、馬じゃないよね。何か角が生えているし」
「目いいね。視力いくつ?」
「1.2。いや、そんなこと言っている場合じゃないし。人がいるのは間違いないんだ」
何でそんな馬車もどきが現代にあるんだよ、という疑問も頭の片隅に浮かんだが、そんなことはわりとどうでもいいことと礼二の脳内で処理された。とりあえず、人に会うことが先決である。
「走ろうか。レッツゴー」
「ええー。めんどー。って、ちょっと! 早いよ、待ってって!」
走るのは五分も持たなかった。
いや、別に体力が持たなかったわけではない。そうじゃないんだ。礼二は動かぬ体の代わりに頭を懸命に働かした。そう、走力の問題だった。僕たちの頭脳が冷静に判断を下したまでのこと。これは追いつけない、とね。言い訳がましく聞こえるかもしれないが、そもそも四速歩行の走ることに特化した動物が数匹で運ぶ荷台に、二足歩行の人間が追いつこうと考えること事態傲慢なのだ。ぜえぜえと息を乱しているのは、決して疲れきっているわけではないことをここに追記しておこう。
手にした木の棒を杖に礼二はそう結論付けた。
「現代っ子だしね。私たち」
「ま、跡がついているしね。慌てることはないよ」
二人で這這の体で荷台の跡を追っていくと、何だか村っぽい過疎地域に辿り着いた。町じゃない。村であった。でもわーい、人がいるー。うれぴー、と喜ぶのはまだ早い。なぜならその村には所々不審な点がいくつも見受けられたからだ。
まず、門がある。門と言っても丸太みたいなものを二つ地面に立てたような粗末なものだが、村に門? あるのか? あったけ? 少なくとも、僕のじいちゃんの田舎にはない。礼二が思い出す田舎の五平餅は美味しいのだ。
さらに門の隅には荷台があった。礼二たちが追いかけてきたものである。それは別にいい。だが、その荷台に繋がれた動物は、牛に酷似しながらシマウマ模様の身体で馬の足を持ちつつも羊の角が生えている、そんな奇妙な動物だった。二匹だ。草をムシャムシャ食べている。牧場?
さらにさらに言えば、その村の中の家は全部ログハウスだった。いや、そんな大それたものでもなく、くたびれた木造の家。しかし日本風の昔ながらの家屋なのかと言えば、そうでもない。何となく、某RPGを思い出すような、そんな感じだった。
「日本じゃないよね」
「日本じゃないね」
改めてそう確認する礼二と霧島。門の前で二人して呆然と佇んでいると、何だかきょとんとした顔で礼二たちを見る十くらいの小さな子供がいた。
ざっくらばんに切られた栗色の髪に、絵の具を溶かしたような藍色の瞳。彫りは西洋人のように深くはないが、日本人のようにはまったく見えない。おまけに服はどこかの映画で見るような、粗末な麻でできた服だった。
「日本じゃないよね」
「日本じゃないね」
「…………お兄さんたち、誰?」
ここにいる不審者は何奴だ! というびっくりした面持ちで、その少年は大きく目を開いていた。誰って言われても、誰なんだろう。礼二は困った。宍倉礼二と申します、と名刺を渡そうと相手は納得しないだろう。
霧島と目を合わせる。霧島も困ったように眉を寄せていたので、仕方がなく礼二は即興で説明してやった。
「いや、何だろう? 迷子、なのかな。事故にあったんだけど、それからの記憶が曖昧なんだ。ちょっと聞きたいんだけど、ここがどこかわかる? 日本じゃないよね?」
優しく尋ねて一歩近づくと、少年は一歩下がった。ああ、警戒されている。何だか切ない気持ちが礼二の胸を襲った。
くいくい、と霧島にも学ランを引っ張られ、礼二は大人しく両手を上げる。万国共通の敵意はありませんのポーズであった。ほら、怖くないよー。危険じゃないよー。と礼二はお姉さんキラーの笑顔で念じる。
お姉さんではない少年にはそれがまったく効かなかったが、見慣れぬ格好をしているだろう礼二たちに対する好奇心には勝てないのか、逃げるわけでもなく答えてくれた。
「ニホン? よくわからないけど、ここはヴェールの村だよ。東の大国アイヴァリウスから、すっごくすっごく東に行った先にある、辺境の村だもの」
…………ヴェールの村。東の大国、アイヴァリウス?
聞き慣れない言葉だ。というか、初めて聞きました。
受験において世界史専攻の礼二には、自信を持って言えた。そんな国は、地球にはありません。
「…………ああ、なるほどね」
それは色んな事態を想定する中で、一つの可能性としてあった事実である。
もしも、この少年が嘘を言ってないのだとしたら。そうなのだとしたら、ここは――
「異世界」
ぽつり、と呟いた霧島の言葉が、全てだった。
ずっとずっと、『ここ』じゃない場所に行きたかった。『ここ』じゃないどこかに行きたかった。
今までの自分を捨てられる、そんな場所に行ってみたかった。
それが、今、叶ったみたいです。




