第四章 浮かび上がる疑問
「ルイス。どうしたの、そんなところで」
「あ、お母さん」
異世界なんていう、物語の中にあるような言葉が現実となった衝撃のあまりに立ち尽くす他ない礼二と霧島。その前に、目の前の少年――ルイスというらしい――の色合いを投影した髪と瞳を持つ細身の女性が現れた。まだ二十を半ば越えた程度の年のように見受けられるが、どうやらルイスの母親であるようで、ルイスは幾分ほっとした声でその女性のもとに駆け寄る。
「何か、異人さんが来ているよ」
「……あ、どうも」
混乱したままではあったものの、しかし挨拶をしないのは失礼だろうと判断する礼二。ようやく人を見つけたのだから、好印象をもって面倒を見てもらわなくてはいけない。礼二は基本的に年上のお姉さんが大好きであった。
視線を落としたまま反応がない霧島のことを気にしつつ、礼二はそういったわけで心持笑顔で頭を下げておいた。いつものキラースマイルは標準装備。ルイスと同じように驚いた様子であるその女性も、戸惑いながらお辞儀を返してくれた。ふうん、この世界にもお辞儀の文化はあるのか。
だが、何だか様子がおかしかった。
視線を忙しなく動かすそのぎこちない態度は、礼二たちの容姿や格好(記念にと旅行は制服参加だったのだが)がおかしいからという理由では、何となく収まりつかないものであるような気がする。端的に言えば、怯えている。
え? そんな危険人物に見えますかね、僕たち。
礼二は客観的事実を知りたくなった。
これはこの世界の外人に対して普通の反応なのかどうか。
女性は戸惑いのままルイスを自分の背後に押しやる。その手は震えているようにも見えた。
「えっと、旅人さんですか?」
「そうですね、はい。他の仲間と逸れてしまって。遠くの国から来たんですが」
おい、と礼二は霧島の肩を突くがやっぱり反応がない。霧島は唇を噛み締めて、むう、と唸っていた。
「その、失礼ですが、随分変わったお姿ですね。どこからお出でに?」
「日本です。遠い果ての海に浮かぶ島国です」
「ニホン……。聞いたことがないわ。本当に遠くからいらっしゃったのですね」
ますます驚いたような表情の女性は、それからやや強張った笑顔で礼二たちに労わりの言葉をかけてくれた。
「よく遠くからお越し頂きました。寂れた私たちの村では大した労いもできませんけれど、歓迎しますよ、異国のお方たち」
ありがとうございます、と頭を下げて、ついでに動かない霧島の頭も下げさせて、礼二はにっこりと笑った。
きな臭いな、と笑顔の下で考えた。
村の中を案内されていると、その家々からちらほらと顔を出す村人たちの姿が伺えた。皆が皆物珍しそうにこちらを見ながら、しかし礼二たち一行に近寄ることはせずに遠巻きに様子を伺っている。そんな礼二たちの後ろを付いて歩くルイスは何だか得意顔だ。
ちなみに村の人たちの服は皆ルイスと同じような粗末な麻の服で、その髪は茶髪に赤味が帯びたり青味が帯びたりと、礼二たちの世界の街中でも割合良く見かける色合いだった。瞳は大体青の系統らしく、金だったり銀だったり赤だったりするような派手な瞳の色は見当たらない。
「ごめんなさいね。小さな村ですので、やっぱり異国の方は珍しくて」
軽くパンダにでもなった気分の礼二たちに、ルイスの母親――マレットと名乗ったその女性は恐縮そうに謝った。
どうもこのマレットさんは現村長の娘さんらしく、じゃあ偉い人じゃないかと思うのだが、何だか礼二たちに対してやたらと腰が低い。
「おいらも異人さんなんて初めて見たや。ねえねえ、何でそんなに髪が真っ黒なの」
ちょこまかとついてくるルイスはもう礼二たちに慣れたのか、あまり物怖じせずに声をかけてくる。子供特有の好奇心丸出しのその姿に、礼二の心の奥に潜むイケナイ悪戯心が蛇の頭のように鎌首をのっそりと持ち上げるのを感じた。礼二はお姉さんばかりではなく、子供も大好きだ。もちろん、からかうのが。
「それはね、闇夜に紛れて獲物を狩るためだよ」
にたあ、とホラー風な感じに笑う礼二。え? と固まったルイスはじゃ、じゃあ、とどもりながらもめげずに聞いてくる。
「な、何でそんなにお目目は真っ黒なの」
「それはね、夜でも獲物を逃がさないためさぁ」
人間の子供のねぇ、とぼそっと付け加えると、ぎゃあああああああと叫んで母親のマレットさんの後ろに隠れるルイス。ぼかっと後ろから殴られる礼二。
「何してんのかなぁ、もう」
「いや、ちょっとした悪戯心だよ。うん」
それから霧島に窘められる礼二は懇切丁寧に極端に怯えだした親子に謝った。そんなに怖がらなくても、とちょっとばかり傷ついた。
「じょ、冗談でしたの」
「当たり前じゃないですか、いやだなぁ」
笑顔のまま手を振って、礼二は霧島に顔を寄せる。
「何だろうね。何だか僕たちって怖がられている?」
「………宍倉のせいでしょ」
それからはぁ、とため息をつく霧島。何だ、元気ないな。
「…………何だか楽しそうだよね、宍倉は。妙にはしゃいでいるよね」
「うん? そう?」
「こんな訳の分からない現状だって言うのに、暢気だなぁ」
またもため息を吐く霧島に、何だか馬鹿にされている気がするのは気のせいだろうか。というか、こんな滅多にない体験をしているのに、何で霧島はそんなにめっきり落ち込んでいるのよ? 礼二は不思議になった。
「そう言う霧島も何だか、おかしいじゃん。暗いよ。もっとサバサバしてんのが、霧島の真骨頂じゃないの?」
「何それ。勝手に決めないでよ」
何だかへそを曲げてしまったらしい。ぷいっと顔を逸らして、翳りを帯びた表情のまま俯いてしまう。
何だよこいつ、と思うが、礼二は気にしても仕方がないかと顔を戻した。
別に僕はこいつの彼氏でもなければ、友達という間柄でもない。まだ三ヶ月を一緒に過ごしただけのただのクラスメートだ。そこまで気に掛けてやる義理もないよな、うん。
言い訳を並び立ててから、霧島を放っておいて異世界の村事情を落ち着きなく観察していると、他の家よりもやや大きな家を前にして、マレットさんは立ち止まった。看板らしき立て札にはミミズののたくったような文字が書いてあるが、どうにも読めない。異世界の言語か。そりゃ読めないわ。
あれ? そういえば、何で僕たちって普通に会話できているんだろう?
日本語には聞こえないマレットさんの言葉を、いつの間にか頭の中で翻訳していることに礼二は気付く。そして今自分が話している言葉が、まず間違いなく日本語じゃないことを今更ながら知り、愕然とした。
「あ」と声を発すると、口の形は全く別の形をしている。「あいうえお」と頭の中で理解する言葉と、発する音はまったく違った。
どういうこと? 礼二は首を捻っていると、マレットさんはそんな思考を打ち消すような笑顔でにこやかに告げる。
「ここが私の家です。もう日も暮れるお時間ですね。夜になりましたら歓迎の宴を開きますので、どうかゆるりとおくつろぎください。できれば異国の話などをお聞かせ頂けると、皆も喜ぶと思います。大した娯楽もない村ですので」
「よし、爺ちゃんにはオイラが紹介してやる。早く行こう!」
ぐいぐいと腕を引っ張るルイスに着いていきながら、一先ず疑問は置いておくことにした。
今考えてもどうしようもない、か。




