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幻想旅遊記  作者: エニシ
20/25

第十八章後  ずれ始めた気持ち


「え?」


 聞き、間違いだろうか。


 透は恭介の言葉の意味を理解できずに、真っ白になった頭のままで呆然と恭介を見詰めた。それに対して、恭介は憐れみすら垣間見える眼で透を見返す。交錯する視線の間に言葉はない。


 再び訪れた沈黙は居心地悪く、それを気づまりに感じたのか、透と同じように呆気にとられていた裕二は慌てたように立ち上がった。


「な、あ、当り前だろうが!」

「何で当たり前なんだよ」

「な、何でって。何でって………」


 口籠る裕二は何度か口を開き、しかし言葉にはできないようで、ぱくぱくと酸素の足りない金魚のようにまた口を閉じた。


 何で。何で帰らなくちゃいけないのか、だって? それを、恭介は本気で言っているのだろうか。

 それは、だって。向こうには。向こうの世界には。


「あなたには、大切な人がいないの?」


 ぽつりと真理が口にした言葉に、皆が振り返った。裕二は「そう、それだよっ」と強く頷く。


 家族。友人。向こうの世界に残してきたかけがえのない人たち。恭介には、いないのだろうか。もう二度と会えないかもしれない。それは、恭介にとってどうでもいいことなのだろうか。


 その問いに、恭介は嘲りのような笑いを潜めて答えた。


「この世界と引き換えに望むほど大切な人は、向こうにはいねぇな」

「何で、だよ。家族に、友達に、会いたいとは思わないのか?」

「いやぁ、別に。むしろ俺がいないほうが、親父のほうはせいせいしていると思うけどな。透くんほど、いい育ちはしていないもんで。友達は、まあお前らでいいよ」


 その言葉に透の眉間に皺が寄った。ゆったりと後ろの岩に体を寄り掛けながら、恭介は皮肉気に肩を竦める。

 険悪な雰囲気が漂う中で、直人はおろおろと困ったように双方の様子を窺った。助けを求めるように、一際冷静そうな真理に困惑と懇願の入り混じった眼差しを送る。直人の気持ちが届いたわけではないだろうが、真理は今にも飛びかかりそうな裕二の袖を引っ張り、落ち着いた声で恭介に尋ねた。 


「………何で?」

「何でって、なぁ? 俺のほうが何でって聞きたいんだけど。ま、そんな大げさになるなよ。あっちの世界は退屈だったし、つまらなかった。ただそれだけだよ。こっちの世界にはスリルがあるし、受験やら就職やら、俺を縛るものが何もない。生きていくにはプレゼントされたこの力があれば生きていける。な? 別に特に帰る必要もないだろう?」


 恭介が傍に佇む樹齢を重ねた太い幹へと手を伸ばす。髪を撫でるように吹いていた心地よい風が一度凪ぐと、空気の流れまでもが時を止めたかのように消えた。


 次の瞬間には打ち砕かれた轟音が清閑な森の中で木霊する。


 翼を休め一日の疲れを癒してたであろう鳥たちは慌ただしく暗い夜空へとまた飛び立ち、音に気づいた盗賊たちは隔たる距離で酒を飲む手を止めながら、音が止むと再び囃すように騒ぎ出した。


「『アギレアの雄叫び』。超圧縮された空気の玉を打ち出すことの出来る、俺のアズイルだ」

「アギレアの雄叫び?」


 襲われたときに見たあの不可思議な力の威力に唾を飲み込みながら、なるべく動揺を声に出さないように透は恭介に尋ねた。


 恭介はその問いに一度訝しげな表情を見せた後、納得のいったようで「ああ」と短く、つまらなそうに呟いた。


「何だ。お前さ、この世界に来ても変わらなかったんだな。何も」

「何のことだよ」

「そのまんまの意味。真名を知らねぇっていうのが何よりの証拠。おい、直人」


 忙しなく視線を二人に向けていた直人は、突然の呼びかけにびくっと肩を震わせた。


「え? な、何?」

「お前が説明しとけ。何か白けちまった。もう寝るから、明日のことも適当に決めといてくれ」

「き、決めといてくれって言われても」


 直人の返事は聞こえなかったのか、聞こえていても無視したのか。後者が有力なことは間違いないが、ひらひらと手を振って、恭介は暗闇を携える穴倉の中へと戻っていった。


 取り残された透たちは、影に飲まれる恭介の背中を見つめるほかない。


「なんなんだよ、あいつ」


 裕二の大きな呟きに答えるものは誰もなく、どこかむなしく響いた。ずっと立ちっぱなしであった裕二は面白くなさそうに腰を下ろし、口を窄める。


「まあ、元からあんなのだったような気もするけどよ」

「え、えっと。どうしようか? 僕は何をすればいいの?」

「ああ。真名って何か、教えてくれる? 知らないことはなるべく消しておきたいんだ」


 透の言葉に、こくこくと直人は頷いた。


「わ、わかった。そんなに渋るようなことでもないんだけど、えっと、真名っていうのはね、その名前の通り、この力の本当の名前なんだ」


 全部恭介くんから聞いた受け売りだけど、と前置きを入れて、直人は喋り始めた。




 僕たちがいつの間にかに手に入れていた、このゲームや漫画に出てくるような力。これはどうやら、アズイル・イシュティナという二つの月の神様の力らしいんだ。うん、僕も驚いたよ。まさか神様の力が僕たちにあるなんて。え? あ、ああ、知っていたの。サリアさんっていう人に教えられた? へぇ、博識なんだね。僕は、恭介くんに教えられたんだけど。じゃ、じゃあ、先に話を進めようか。それで、この力にはね、生まれたときに名付けられた真名というものがあるらしくて、その名前を知るか知らないかで力の威力も変わってくるらしいんだ。で、その真名を知る条件っていうのが、深い心の揺さぶり、っていう話。自分の何かが塗り替わるほどの感情を経験すると、世界が変わるんだって。ほら、僕たちが月を見た時のような。あれをもう一回経験するような感じじゃない? いや、詳しく聞かれてもわからないよ。僕もここまでのことしか。




「僕も、別に真名を知っているわけじゃないし。ごめんね、力になれなくて」

「いや、そんなことないよ。俺たちは、そんな存在についても知らなかったし」

「真名、ねぇ。よくわからねぇけど……このイシュティナがもっと進化するってことか?」


 信じられないなぁ、と腕を組む裕二。真理がふと気づいたように顔を上げて、そんな裕二をじっと見つめた。


「うん? 何、惚れた?」

「全然違う。もしかして、私のアズイルで見れるかも」


 見てもいい? と首を傾げて聞く真理に、うう、と裕二は唸った。助けを求めて透を見るが、透もそれができるものか知りたい。透たちを圧倒した恭介の力が、頭から離れられなかった。それに、嘲るような恭介の態度も。


 じっと見る二人の眼差しの強さに耐えきれず、裕二は両手を上げた。


「わーった。わーったよ。どうぞ、お好きなように。丸裸にしてください」

「えっと、何をするの?」

「いいから見てて」


 直人の質問は置いておく。真理はそっと瞼を閉じて、ゆっくりとその瞳を開いた。開かれたその瞳にあるのは蒼の紋章。黒に上書きされた蒼が裕二の心層を覗く。


 心が触手に侵されているような居心地悪さに身悶えする裕二だが、真理の眼はそんなことはお構いなしに裕二の心奥深くに入っていった。

 それは螺旋階段。心象風景。壁に掛けられた大小様々な絵画は裕二の記憶。

 通り過ぎていく数え切れぬ景色の奥、心層第三階に紅色の箱があった。厳かな台座の上に置かれた、異質なそれ。煌びやかな装飾はなく、けれど触れてはいけない禁忌の香りがする。イシュティナだ。間違いない。

 真理がその箱の中身を覗こうとしたとき、その箱の蓋がガタンっと蠢き、僅かに開いた。




 箱の中から二つの紅い双眸が、獲物を見つけた獣のように―――。




「あ、ああああああ」

「真理!?」


 突然崩れ落ちた真理に慌てて透は駆け寄る。手を掛けたその細い肩は、小刻みに揺れていた。自分で自分の肩を抱く真理は、何かに脅えるように、かたかたと歯を打ち鳴らしている。いつもの落ち着いた人形のような真理からは考えられない状態だった。


「ど、どうしたんだよ」

「わからない。迂闊だったんだ。……くそっ。何が起こるかもわからなかったなら、何もすべきじゃなかった!」


 サリアさんのところに連れていく、と透は小さな真理の体をその背に抱いて駈け出して行った。胸にはただ後悔が渦巻いている。


 馬鹿だ、俺は。恭介の言葉にむきになって、それで、それで! 何か知りたいと思った。自分は無知じゃないって、何も知らないわけじゃないんだって、何も変わってないだなんて、そんなことを否定したかったんだ。そんなつまらないことを。俺は、強くなったって。力を手に入れて、変ったんだって。ああ、なんて馬鹿な子供の反抗心だったんだろう。そんなもので、真理を。真理を!


 真理、無事でいてくれ。


 透の視界には、驚いたようにこちらを見るサリアさんの顔が映った。









「おい、何で掴むんだよ!」

「え、あ、ごめんなさい」


 透と一緒に真理の安否を確かめようとした裕二だが、突如掴まれた腕にそれは遮られた。掴んだ犯人は、申し訳なさそうに頭を下げている。


「ちょっと、確かめたいことがあって」

「何だよ」


 むすっと裕二は答えるが、視線の先の透の背中はもうすでに遠く、サリアさんも気づいたようで透たちへと慌てて駆け寄っている。それなら、その場に自分が居ても仕方がないし、役にも立たないだろう。つまり、居てもいなくても同じ、と。

 何だか、最近自分の存在意義について悩みたくなる。俺はみんなの役に立っているんだろうか。

 でも、役に立とうが立ちまいが、真理が心配なのはどうしようもない。

 早く話を片付けようと直人を見るが、直人は深刻そうに俯いたままだった。


「あの、真理ちゃんのアズイルって、もしかして、心の中を見るような力?」

「そうだけど。それが何だよ」


 そう裕二が答えると、直人はまた俯いた。何だこいつ、と首を捻るが、用が終わったなら早く真理の様子を知りたい。お前も来いよ、と直人の腕を逆に掴もうとするが、その伸ばした手は再び直人に掴まれた。


「今までどうしようかと思っていたけど、ちょうどいいし、言うよ。真理ちゃんの力が本当なら、真実がわかるしね」

「何なんだよ、だから」

「僕、ヴェールの村が消えた日に、あの村に居たんだ」


 木々のざわめきが耳にうるさい。


 透とサリアさんの慌てた声が聞こえてきた。だけど、それはまるでテレビの中の声のように距離を感じ、現実感がなかった。今の直人の言葉と同じように。意味がわからずに、ただ裕二は直人へ振り返った。直人は真剣な眼差しで裕二を見返す。


「僕、見たんだ。あの村を滅ぼしたのは、礼二くんだよ。宍倉礼二くんだ」




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