第十八章前 ずれ始めた気持ち
鬱蒼とした森の中を恭介率いる盗賊団の先導で奥深く進んでいくと、木々のカーテンの先にはそこだけぽっかりと開けた場所があった。木の代りに生えたかのような三角テント、そしてアリの巣のように崖に掘られた穴倉が、この盗賊団たちの拠点らしい。寝泊まりのみを考えたような原始的な隠れ家に案内された透たちは、その中でも一際大きな穴倉の中へと招待された。
まるで洞窟のように広く深いそれは、恭介が説明することには自然にできたものらしく、見渡せばなるほどと納得するほどに人の手を加えた形跡がない。屈まねば進めぬところ、逆に手を伸ばしても届かぬ岩の天井。不便と思うところも多いが、手に触れた壁の感触はひんやりとして心地よかった。
「直人。いるか、直人!」
恭介の大きな叫び声が穴倉の中を錯綜し、木霊のように轟いた。思わず耳を塞いで抗議の視線を送る透たち一行には一目もくれず、恭介は再び声を上げる。穴倉に立てかけられた燭台の上の蝋燭の明かりも届かぬ奥深くから、それに対して返事が返ってきた。
「わ、わわ。いるってば、恭介くん」
慌てた声で返事を返し、穴倉の暗闇からぬうっと出てきた人影に、透と裕二は二人同時に喜びの声を上げた。
「「直人!」」
「ほへ?」
間の抜けた返事。暗闇から出てきたずれた眼鏡を直すそのどこか頼りない少年は、眼鏡を拭いて鼻にもう一度掛けると、そのクリアになった視界に映る見知った人相にぽかんと口を開け、それから喜色満面の笑みを見せた。
「透くん!? 裕二くん!? それに真理ちゃんも!」
わーっと駆け寄る直人。呼ばれた三人も手を広げて駆け寄る。
まさに感動の対面――――になるはずのそれは、洞窟の窪みに足を取られブチュウと大地に熱い口づけを交わす直人を前に、喜劇へと変わった。
「……」
「……」
「……」
「……うう。痛い」
ふと90年代初版のマンガを思い出す透たち。なんてベタさ。恭介はどこか疲れたような溜息を吐いて(きっと慣れているのだろう)、直人の手を引っ張り、無理やり体を起させた。
「ありがとう、恭介くん」
「どうくせぇな、てめぇは」
転んだせいでへんにねじ曲がった眼鏡をまた掛け直し、直人はくるりと透たちに向き直る。再び笑顔で駆け寄る直人。やや感激が薄れたものの、透と裕二はそんな直人を抱きしめた。
「よかったよ〜。無事だったんだね〜、三人とも」
「ああ。つーか、お前が無事だったことのほうが驚きだけどよ」
「今まで、どうしていたの?」
透の言葉ににっこりと直人は返す。
「あはは。あっちこっち一人で彷徨っていたんだけどね、偶々この森で迷子になっていた僕を、恭介くんが見つけてくれたんだ」
「見つけたっつーか、網にかかったつーか」
肩を竦める恭介に、あは、と直人は屈託のない笑みを溢す。何となく想像できる光景に、透は苦笑した。
夜も更けた時刻。欠けた蒼と紅の月が昇る群青色の世界の下、気をつかったルディルさんとサリアさんがダールトンさんたちと飲み比べをしている傍らで、ディアートの五人は大きな蓮のような葉に盛られた雑多な料理を食べながら、再会の感動を味わっていた。
「しかし、何で恭介は盗賊団の頭なんてやってんだ?」
「成り行きだっつーの、成り行き」
裕二の疑問に面倒臭そうに手を振る恭介。肉に齧りつきながらぼそぼそと恭介は喋った。
「こっちに来る途中であいつらに会って、お前らみたいな状況になったわけよ。で、お前達と同じようにぼこってやったら、頭になってくれって騒がしく頼まれてな。ま、どうせやることがなかったから、暇つぶしにやってみただけだけどよ」
「暇つぶしかよ」
呆れた裕二の声。直人は「はは」と楽しそうに笑った。
「僕はそんな余裕なかったけどね。盗賊団頭の恭介くんに会って助けられて、参謀、なんて言われるまでは、もう毎日ひぃひぃ言ってたよ」
一週間飲み食いもできなかったよー、と笑い声を上げる直人に、笑うとこか、と裕二は首を傾げた。透はふと疑問に思ったことを口にしてみる。
「そう言えば、ここってアイオンの森って呼ばれる場所なんでしょ? 今の恭介や直人の様子を見れば大丈夫だったことはわかるけど、魔物とかどうしてたわけ?」
「ああ。それはこいつの能力で何とかなった」
くい、と恭介が親指で指した人物――直人は照れ臭そうに頬を掻いた。透たちは驚きに目を丸くする。困ったように直人は説明した。
「僕の力はね、何か魔物に懐かれるとかそういう系統の力らしくて」
「へー。そんな力もあるんだな」
神妙に頷く裕二を前に、恭介は悪戯を仕出かす子供のような眼を向けた。
「まあ、化け物に変化できる力もあるんだし、珍しくはねぇってこったな」
「どういう意味だ、こら」
「そのままの意味だ、ワンコロ」
楽しげな笑いが五人の中で上がる。その中で未だ沈黙を保っていた真理が、ちらりと透に視線を向けた。その視線に気づいた透は笑顔で見返す。
「どうしたの、真理?」
「あ? どうした、マリ公。トイレか」
「……違う。そろそろ、意見交換。現状把握を」
今までのことは置いといて、と手で表す真理に、ああそっか、と頷く透。今までの和やかな笑いを収めて、透は真剣な表情で恭介たちの顔を見た。
「じゃあさ、そろそろ楽しいだけの話は終わりにしよう。これまでどうしてきたかじゃなくて、これからどうするっていうか、そういうことについて、話してみない?」
「話してみないかって言われてもな。お前たちは、ここがそもそもどこかわかってんの?」
「異世界って、ことぐらいしか」
苦虫を潰したような顔をする透。裕二も真理も、それ以上のことはわかっていない。二人で顔を見合し、肩を竦めた。
「まあ、それはな。あれみりゃわかるか」
そう言って恭介は首をだらんと後ろに倒す。同じように視線を夜空に向けた透たちの目に映るのは、日本にはなかった蒼い月と紅い月。金色の月はどこにも見えない。
「はぁ。一体どうしたら、帰れるのかね」
ため息を吐いた裕二に、透は視線を逸らした。
俺も帰りたい。地球に。日本に。だけど、方法、なんて果たしてあるのだろうか。
バスが落ちて気づいたら、ここにいた。異世界なんて冗談みたいな場所に。ほんと、漫画かゲームみたいな話。でも、そんな物語にあるような召喚には必ず意味があった。そして意味があれば目的があった。
魔王を倒すために召喚された勇者。
世界の救いを背負った救世主。
勇者は魔王を倒せば帰れるし、救世主は世界を救えばもう用はない。
だけど俺たちがここに来た意味って、本当にあるんだろうか。
勇者でもなく、救世主でもなく、むしろ災厄として恐れられる存在。
もしも、俺たちがここに来た意味なんてまったくなくて。もしも、俺たちがここにいる理由が、ただの神様とやらの余興に過ぎないと言うのなら。
帰れる方法なんて、本当にあるんだろうか。
透は思考を追い出すように首を振った。帰るということを考えると、どうしても悪いことばかりが思い浮かんでしまう。『もしかして』という最悪の想像。
止めよう。考えたって、仕方がない。
『透ってさ、すごいネガティブだよね。もっと前向きに生きようよ、世界はずーっと明るいぞ』
ふと、晴れ渡るような笑顔で笑う少女の顔が、透の濃霧に閉ざされた頭の中に浮かんだ。
いつも明るくて、元気で、お調子者で、俺の、大好きな子。
杏奈のことを考えると、胸が苦しくなる。傍にいれば温かくて、嬉しくて、何もかもが輝いて見えるのに。そんな高揚も、傍にいないと、たちまちに不安に塗り替わってしまうんだ。しかもそれが、誰にも守られないこんな世界なら尚更で。
何しているかな、杏奈。
無事でいるかな、杏奈。
瞼を閉じて感傷に浸る透。知らず皆が黙り静けさが横たわる場で、何でもないように口にした恭介の言葉が、そんな透たちを現実の世界へと引き戻した。
「何? お前ら元の世界に戻りたいの?」




