第十二章 紫紺の騎士団
今回は少しばかり短いです。
アイヴァリウス王国、紫紺の騎士団。それは王家に永遠の忠誠を誓った者のみが入団可能の、身分を問わぬ実力主義の騎士団である。
永遠の忠誠、という言葉は、言葉の通り軽々しいものではない。紫紺の騎士団の入団条件は、家族、友人、恋人、それらの絆という絆を捨て去り、王家のためにのみ尽し、王家のためにのみ死んでいくこと。それが、この騎士団の入団条件であり、鉄の掟である。ゆえに例え平民上がりだとしても、王家の色たる紫を名乗ることが許されるのだ。
最強と名高い紫紺の騎士団。しかし身分を問わぬところから、当然他の騎士団からのやっかみも少なくはない。傭兵崩れなどと馬鹿にされるのも、この騎士団に入るものの宿命だろう。だが、国の民はこの紫紺の騎士団こそが真の国の英雄だと知っていた。幼い子供たちは皆、この紫紺の騎士団に憧憬を抱き、いずれは自分もと夢を馳せる。
そんな紫紺の騎士団の任務は当然過酷なものが多い。だが、今回紫紺の騎士団に与えられた任務は非常に容易く、また不鮮明なものだった。騎士団長が首を捻るも、これは女王オルフィアレス陛下の勅命。侮るわけにもいかず、有能な騎士を五人ほど呼び集めた。そして騎士団長が下した任務はやはり五人の騎士の首を捻らすものであったが、任務とあれば従わぬわけにもいかず、五人とも儀礼通りの礼を施したあと、任務先へと向かった。
その任務先である、ヴェールの村。東の大国と呼ばれるアイヴァリウスのさらに東の果てにある辺境の村は、王都からブルドンを休みなく走らせても、二週間はかかる道程である。だが任務絶対遵守の紫紺の騎士団はそのヴェールの村に十日ばかりで辿り着き、そして四日ばかり早い絶望を味わった。
任務内容はヴェールの村の調査。詳細は不明。辺境にある村を管轄している町役人からの伝達だ。例え、齟齬があろうと可笑しなことではない。だが、騎士たちはその不明瞭な報告の理由をその村を見ることで初めて知った。この現状を、役人などが説明付けることなどできはしないだろう。
村は顕在であった。家はあり、ブルドンは牧を食べ、家畜の鳴き声はけたたましい。けれど、村にあるはずの人の気配はどこにもなかった。村という形を残したままで、村人は全員姿を消している。
村人が村を捨てたのか、と考えた騎士たちは、しかしすぐにその考えがまったくの見当はずれであることを知った。ペンキのように家々にかかった赤い色が、その証明であった。
べっとりと壁に張り付いたそれはすでに黒味を帯びて固まっている。爪でひっかくと剥がれるそれ。戦を幾度も経験し、戦後の悲惨な現状を見てきた彼らは即座に理解した。これは、血の色だ。
「どういうことですかね。これだけの血を残しながら、死体がないだなんて」
「カラスが群がってない、ってことは死体が食い荒らされたわけでもなさそうだな」
「うへ。嫌なこと言わないでくださいよ」
「何言ってやがる。そんなもの、もう数えきれないほど見てきただろうが」
そうですけど、と、この紫紺の騎士団に入ってからまだ日の浅い新人騎士のナスタは頭を掻いた。確かに何度も見てきたけど、人として慣れてはいけないものじゃないのか。
そんなナスタの甘い考えを読んだのか、年配の騎士ダイアンは鋭い鷹のような目でナスタを睨む。
「まともな神経じゃ、この騎士団は務まらないぞ」
「………わかっていますよ」
肩を竦めナスタは辺りを見回す。人の声も息遣いもない村がここまで不気味だとは思いもしなかった。これならまだ凄惨な死体の一つでもあったほうがマシだよな、と不謹慎なことを考えるナスタは、悪霊の悲鳴のように響いた甲高い音に心臓が飛び上がった。
何だよ、と内心怯えながら振り向くと、錆びついたドアが風に揺られ開いているだけである。ほっとナスタは息を吐くが、妙にそのドアが気になった。いや、気になるのはそのドアの先。手を招くように見えるドアの隙間の暗闇だ。
背中が汗ばむのを感じながら、ナスタはドアへと歩き、さらに家の中へと入って行った。
ガランと開かれた何もない家。やはり人は誰もいない。ただ古時計の時を刻む音が無気味な静けさの中で響いている。気のせいか、と自分の勘が外れたことに安堵しているのかがっかりしているのかわからぬままナスタがその家に背を向けたとき、ガタン、と何かが外れる大きな音が耳に入った。
心臓が止まる。
死んだ。自分は死んだ、とナスタは思った。俺は一瞬死んだ。
何だようもう、と涙目のまままた振り返る。だがその目の先に映るものに、ナスタはあんぐりと大きな口を開けた。そして、その開かれた口のままで大きく声を上げる。
「ダイアンさん! ハイゼルさん! ちょっと、来てください! 生存者です! 少女と子供が!」
古時計の扉が開かれ、そこから倒れこむように一人の少女と一人の子供が床に伏していた。なぜこのタイミングで古時計の扉が開いたのか。人の気配に気づいた少女か子供が扉を開いたのだろう。生きている。まだ生きている。喜び上がるナスタはその少女と子供に近づいた。子供を庇うように抱いている少女。子供のほうは目を瞑ったまま開かない。だが、子供の胸は静かに上下していた。寝ているだけなのだろう。涙もろいナスタは恐怖ではない涙に目が潤む。
だが、そのとき初めて喜びに隠れた違和感が浮き上がった。その正体を考えたとき、その少女の頭に目が行く。
少女は、闇よりもなお濃い漆黒の髪を持っていた。
ふと思いいたる伝承。それが言葉となって形を作る前に、ナスタの意識は少女がこぼれ出る呻き声へと移った。
「あ、大丈夫!? もうすぐ人が来るからね。安心して」
「……………で…………して」
「え?」
「…………………どう、して」
開かれた少女の瞳。髪と同じ黒色。
それにはっと息を呑むナスタ。だがその目の色よりも、瞳から溢れる涙にナスタは胸を撃たれた。まだ幼い少女のその涙は、耐えきれない心の悲しみがあふれ出したような、そんな涙だった。
「何が、あったんだ。この村で」
ナスタの問いに答えられる少女は、再びその目を閉じる。きつく、その胸に抱える子供を抱きすくめながら。




