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幻想旅遊記  作者: エニシ
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第十三章  冥福を祈りましょう

 東の大国アイヴァリウスの気候は、その地方によって大きく異なる。

 東の地域では荒れた大地と温度差の激しい、厳しい土地柄なのに対し、西の地域では比較的温暖湿潤、緑豊かな土地柄の様相を呈している。北の大国と国境を接する地域では寒波による雪が降り、南の大国付近では熱砂が激しい。アイヴァリウスの国土を巡れば世界の全ての気候を味わえる、と言われるほどに変化の激しい気候であるのは、偏にアイヴァリウスが四大国の中で最も巨大な国土を有している事実に他ならなかった。



 今まで温暖な西の地域に寝泊まりしていた透たちは、現在この世界に来た当初いた東の厳しい土地へと移動中である。それというのも、昨日真理たちが透と裕二に見せた一枚の羊皮紙の内容が原因であるのだが。


「俺は信じませんよ、それ。俺たちがそんなことするわけありません」

「断言するわね、あんた」


 ブルドン、と呼ばれる牛だか馬だか羊だかよくわからない動物に運ばれる荷台の中、透はそっぽを向きながら道中何度も公言してきた意見を言った。その断定的な透の口調に呆れながらルディルさんは裕二を見るも、裕二は裕二で肩を竦めるばかり。


「ま、俺のほうは何とも。確かに、俺たちクラスメートの誰かがやったていうのはちょっと信じられないな。でも、偶然として片づけるのはおかしい、っていうのもわかるし」

「確かに、偶然じゃないかもしれない。だけどそれが、俺たちの誰かがやった、という理由にはならないだろ」


 どういうことだよ? と腕を組んで首を傾げる裕二に、透は説明する。


「えっと、確認したいんですけど。この国は今戦争中なんですよね。それで、俺達ディアートの存在はどの国中にも知れ渡っている。間違いないですか?」

「戦争中、というのはちょっと違いますね。今現在は休止中、といったところですか。終わったわけではありませんけど、小康状態が続いて束の間の平和が保たれているわけです。透さんたちの存在に関しては、間違いありませんよ。百年前の事件も有名だし、二神の儀が行われましたから」


 荷台の前からブルドンに指示を下すサリアさんの声が透の言葉に返事を返した。もしかして話に入れなくて寂しいのかな、と透はちょっと思ったりもしたのだが、とりあえず話を進める。

「二神の儀って何?」という裕二の疑問には、「月の重なる日」とルディルさんが短く答えた。


「それなら例えばどこかの国がこの国に侵略行為をしたとしても、俺たちのせいにできるわけじゃないですか。証拠を残さないように気をつければ。小康状態というなら尚更、大っぴらに宣戦布告をしたくない国もあるわけでしょう?」

「ああ、なるほど」

「うーん。確かにそれは考えなかった」


 むむむ、と悩み始めるルディルさんと裕二。荷台の隅でこちらの世界の本を読んでいた真理は、そのとき顔を上げた。


「そう思うなら、何で村に行くの?」

「あ、そうだよ。お前だって村に行くのを賛成したじゃん。やっぱり、心の片隅ではもしかして、って思っているんだろ?」


 にやり、と相手の思うところがわかった優越感に嫌らしい笑みを浮かべる裕二に対し、透は「違うって」と手を振る。


「裕二はさ、この事件がディアート――つまり俺たちの誰かがやったとちらっとでも思ったわけでしょ? なら、クラスメートの他の誰かがそう思ってその村に行こうとすることもあり得るじゃないか。もしくは、俺と同じ考えで村に行こうとする人もいるかもしれない。つまり、そのヴェールの村が俺達3−Dの集合場所になるわけだよ」

「うん? あ、ああ。そうか。そういう」


 なるへそ、と手を打ち合わせた裕二はしばらく、うんうん、と神妙に頷いていたが、突如大げさに仰け反った。


「え、えええええええええええ! ちょ、すごいじゃん! 何で、お前はそんな大事なことを淡々と言うんだよ! え、会えるの? うそ、マジ!? よっしゃあ! 元気でやっているかな、他の連中!」

「いや、でもまだ決まったわけじゃ」

「うおおおおおおおおおおおおお。盛り上がってきましたあああああああああ!」


 戸惑いながら宥めようとする透の言葉を無視して立ち上がった裕二は、周り(100%ルディルさん仕様)の冷めた視線も解さず、後ろの荷台の仕切りを開くと大声でその閑散とした道路を前に叫んだ。


「待っていてねーーーーーー! よーーーしおーーーーかさーーーーーーん! 今、あなたのナイトが行きます!!」

「うるさい、狼」


 げし、とその裕二の尻を蹴るルディルさん。危うく荷台から落ちそうになる裕二は必死に荷台の縁に捕まるが、荷台を掴んだその裕二の手さえも無慈悲にルディルさんは踏みにじる。

 踵の尖ったその靴で指を踏むのは反則じゃないかな、と思いながらも透は傍観を決め込んだ。正直、裕二の声に鼓膜が潰れるのではないかと思った透である。助けを求める声がどこからか聞こえるが、生憎受付は一分前に終了していた。


 のほほん、と裕二とルディルさんのその紛争を透が見物していると、ふと隣から感じるぬくもり。何だろうと見てみれば、真理が体育座りで隣に座っていた。いつの間に。透は思わずさきほど真理がいた場所と隣に視線を幾度と交わす。


「冷静だね」

「え?」

「あなた。あんまり、嬉しくなさそう」


 そしてその真理の小さな手が指さす方向。裕二は涙と鼻水を垂らしながらルディルさんの蹴りを今度は顔面に受けている。ルディルさんがちょっと楽しそうなのは見なかったことにした。


「あれぐらい、喜ぶのが普通」

「えっと。それには激しく返答に困るんだけど。まあ、素直には喜べないかな。もし、誰もいなかった時のことを考えると」


 少しの間黙った真理は、徐に口を開いた。


「つまり、私たち以外誰も――」

「ストップ。止めよう。例えでも、あまり口に出したくない」


 真理はじっとその透の横顔を見て、それから視線を逸らした。少し俯かせた顔を膝に沈ませる。


「一か月。私たちがこの世界に来てからの月日」

「はは、長いよね。もうそんなか。あーあ、どうしよう受験。一浪覚悟は絶対だよなあ。全然勉強してないし」

「いいんちょは、こっちに来てもやってそう」

「うわ。リアルに想像出来る、それ」


 あははは、と笑う透。真理がまったくの無言だったため、少しばかり空しくなった。気まずい沈黙に透は言葉を探す。


「そ、そういえばさ。学校では真理とこうして話をすることもなかったよね、今まで」

「そう?」

「そうだよ。真理、あんまり人と話さなかったし」

「あなたは、クラスの皆と話していた」

「そうだっけ?」


 こくり、と頷く真理。


 確かに、比較的多くの人間と言葉を交わしていたかもしれない。せっかく出会えたのだから、それも高校最後のクラスなのだから、とそう思って透が行動した結果だった。それが煙たがれることもあったが、比較的クラスのみんなとは誰とも仲良くなれたと思う。

 透が思い返すかつての自分。ちょっと照れ臭くなっていると、言い辛そうに真理は口を開いた。


「…………苦手、だし。好きじゃない」

「え?」

「人と、話すの。あんまり、得意じゃないの」

「そうなの? でも、こうして俺とは話せているじゃん」

「……あなたは、特別」


 まさに瞬間冷凍。ピシッ、と固まった透。


 特別? それは、どういう意味? ちらりと横目で窺う真理の頬は、心なしか赤い。だ、だだだ、だめだよ、俺には杏奈という恋人がいるのに。ああ、でも早とちりなのか。早とちりなのか。真理は基本的に天然に計算を加えた性格だと最近わかり始めた。と、とにかく。返事、返事を返さないと。できるだけ、恥をかかせず、恥をかかない返事を。


 動揺をなるべく隠して、落ち着いて、冷静に、透は聞いた。つもりだった。


「そ、そそ、それはど、どどどどういう意味?」

「憧れ」

「へ?」


 間抜けな声が透の喉から出る。真理はもう一度、「憧れ」と繰り返した。


「どういう、こと?」

「…………あ、裕二」

「裕二?」


 またもその小さな人差指で指された先。やっちまったみたいな顔をしたルディルさん。と、荷台の縁に掴んでいたはずの裕二の姿。は、ない。


「ゆ、裕二!?」

「あ、あはははは。ちょっと、調子に乗っちゃった、てへ」

「可愛らしく舌を出してもダメですよ!? ちょっと、向こうで米粒なみに小さくなっているのって裕二じゃないですか!!」


 とうとう堪え切れず手を離してしまったらしい裕二は後ほど厳かに荷台の中へと搬送された。

 白目を向いて痙攣する姿は痛ましく、ルディルさんはサリアさんに本気で叱られ、珍しくしょんぼりと反省。真理は棒で裕二を突き、透は静かに黙祷を捧げた。


 村までは、あと五日。




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