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幻想旅遊記  作者: エニシ
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第十一章  一か月前の出来事

 アズイル。それは蒼い月の神様。

 イシュティナ。それは紅い月の神様。

 私たちの中には、その神様の力がある。



 こちらに来てからもう幾度重ねた夜の刻。今日もこの街の寝床となっている宿を借りて、部屋の中で黙々と本を読む真理。静かな夜に頁を捲る音ばかりが響く。

 窓から差し込む蒼と紅の月の光は、しかし混じることなく明るく世界を照らしていた。街頭など存在しないこの世界でも、月が二つもあるせいか、夜でもそこまで暗くはない。小さなランプと差し込む月の光だけで書物も不便なく読むことができた。


 その読書には快適な空間のおかげで読み物に没頭することができた真理は、カチャカチャ、と鍵が動く音で古びた羊皮紙の書物から顔を上げた。その開かれたドアのほうへと顔を向けると、入ってきたのはお風呂上がりのルディルさん。現在異世界でお世話になっている魔法使いさんである。本人曰く、魔法使いなのではなく、魔導師らしいのだけど。違いはまだよくわからない。


 上気した頬のまま橙色の濡れた長い髪をタオルで乾かし、寝巻きに着替えたその姿は、女性の真理の目から見ても色っぽかった。薄い寝間着はくっきりとルディルさんのスタイルの良さを表しているし、正直、ほんのちょっぴり、羨ましくもある。


 少しばかり目線を落とす。まっ平らな自分の胸。いや、気にはすまい。お得なことだってある。背の低さも相成って、中学生料金で映画館も利用できたりするのだ。バスだって何も言わずとも小学生料金にされたこともある。


 ふい、とまた真理が視線を本へと戻すと、人が近づいてくる気配が感じた。この部屋には真理以外にはルディルさんしかいない。


「はー、いいお湯加減でした。で、マリっちは何しているの?」


 ニコニコ顔で尋ねてくるルディルさん。特別隠す理由もないので、真理は今読んでいた書物を掲げた。題名は『神々と魔術の関係』。昼間、裕二や透がルディルさんやサリアさんたちとギルドの仕事をしているときに、真理が本屋で買ってきたものだ。お金はちゃんと自分で稼いでいるので、後ろめたさはない。


「ふーん。私も読んだな、これ。初等魔術学校で。でも、マリっちたちって、こっちの世界の文字読めないんじゃなかったっけ?」

「読めなかった。でも、読める」

「………えっと、ごめん。わかんない」


 首を傾げるルディルさん。真理はため息を吐いた。正直、人と話をするのはめんどい。あまり好きではない真理である。だけど、ルディルさんは何かと面倒を見てもらっている人で。だから、無視するのは良くないだろう。本当は本の続きを読みたいのだけど。


「教えてもらった。サリアさんに」

「サリアに? なんだ、もう。水臭いなぁ。私だって言ってくれたら教えてあげたよ?」

「……適正を考えてみた」

「え? 何か言った?」

「別に」


 真理は本の続きを捲る。しかし、ルディルさんの話の続きは終わっていなかったようで、興味深そうに真理をじーっと見ていた。何となく、視線がこそばゆい。ちらっと上目でルディルさんの様子を窺うと、それを待っていたのか、にかーとルディルさんは笑う。


「マリっちは頭いいねー。文字を教わって何日ぐらい? よくそんな本を読めるまでに文字が覚えられたよねー」

「……一週間。だけど、文字の形態と文法は英語と似ていたから」

「エイゴ? よくわからないんだけど、えっと、マリっちの世界では、マリっちたちは学生さんだったんだよね?」

「一応」


 始めて会った時にちょっといざこざがあったけれど、その後仲良くなって面倒を見てもらうようになってから、ルディルさんとサリアさんには真理たちの事情を説明していた。信じてもらえないかと思った『異世界』という事情も、案外すんなり納得されてしまっている。それも魔法の中に召喚術という別の世界の魔物を連れてきて使役する魔法があるからだとか。やはり文化が違う、というやつなのだろう。


 異世界、というよりも、ただの学生であった、というところがルディルさんたちには納得できないところだったらしい。それも、わからなくもない。


「うーん、学生かぁ。不思議だな。あのディアートの正体が、異世界の学生さんだなんて」

「ディアート。よく聞く言葉だけど」


 真理は本を手元のテーブルに置く。たぶん、今日はもう読めないだろうから。


「信じられない? 自分たちが戦禍を生む者だなんて、大層な存在であることが」


 こくりと頷く真理に、ルディルさんは少し困った顔をした。


「えっとね、気を悪くしないで欲しいんだけど、ちょっとわかる気がするの、私。透や裕二と一緒に仕事しているとね、どん臭いなあ、って思うところが多々あるのよ。やっぱり素人なんだなぁ、って。でもね、でも。思わずはっとするほどの、そんな力を発揮することも、あるんだ」


 顔を背けたルディルさんの横顔が、ランプの光で陰りを見せる。何だか真剣に聞かなくてはいけない雰囲気。思わず真理は、ベッドの上に正座。


「この間、洞窟の罠に引っ掛かって私とサリアが足止めくらっているときにね、あの二人、五百はいると思うゴブリンのほとんどを倒しちゃったの。見せたかったなぁ、あのゴブリンの死体の山。私が来た時には、やられる一歩手前みたいだったらしいんだけど、でも、どうだったんだろう。ちょっと甘えがあったような気がする、あの二人。もし、本当に崖っぷちで、私たちが助けに来られない状況だったら、ゴブリン全部、倒しちゃったんじゃないかな」


 ま、私には敵わないだろうけどね! と胸を張るルディルさん。だけどその空元気はどこかに行ってしまったのか、視線を伏せて、真理を見る。


「力って、怖いよ。揮われるほうも、揮うほうも。持っていると、怖くなっちゃう。自分が自分でなくなるようで。もしも、普通の学生やっていた子供が突然巨大な力を手にしたら、戦禍と呼ばれる存在にもなれちゃうよ。力って、色んなものを巻き込んでいくんだ」


 だから、マリっちは臆病でいてね。


 そっと真理の手に覆いかぶされた手が、真理にはとても熱く感じられた。真剣な言葉で返さなくてはと思っても、言葉が出ない。だから、こくこく、と頷くだけ。うまい言葉が思いつかない。そんな自分が、もどかしかった。


「あはは。ちょっと臭かったかな。ま、いいや。たまにはね、シリアスなお姉さんでいかないと。ルディルさんだって、やるときは大人の女なのですよ」

「頼りにしています」

「お、可愛いこと言うな、こいつ」


 肩を組まれ、そのままベッドに押し倒される。ゴロンと二人で仰向けに寝転がるベッドは狭かったけど、窮屈には感じなかった。


「マリっちの力もね、使いようによっては凄い力だから。ちゃんと、注意しないとね」

「……うん。………いや、はい」

「うん、でいいよ。そんなに固くなくて。もう、一か月になるでしょうが」


 一か月。もう、そんなになるのか。真理は、心の片隅でちょっとばかり驚いた。


 ついこの前、こっちに来た気もするのに。


 それから心地よい沈黙が降りて、ルディルさんも真理も何をするでもなく、それぞれがぼんやりと物思いに耽っていた。すると、トタトタ、と聞こえてくる足音。小走り気味に近くなる足音はこの部屋の前で止まると、鍵が回す音がして、またドアが開いた。


「あ、いた。ルディル。それに、真理さん」


 ちょっと慌てた感じのサリアさんが部屋の中へと入ってきた。普段とは違うサリアさんの様子にどうしたのだろうと真理は上半身を起こす。ルディルさんも面倒臭そうに体を起こした。


「何よ、いい雰囲気だったのにー。空気読めよー」

「何言っているの。いいから、ちょっとこれ見て。真理さんも、見てください」


 そしてサリアさんが差し出したのは一枚の羊皮紙。まだ慣れない異世界文字で書かれた文章も、隣のルディルさんが呟いたことで内容はわかった。


「ヴェールの村が、陥落?」

「ヴェールの村?」


 首を傾げた真理に、サリアさんは頷く。


「今私たちがいる国、東の大国アイヴァリウスのさらに東にある小さな村です。辺境にある村ですから、おかげでそれに気づくのにも大分時間が掛ったみたい」

「でも陥落って、どういうこと? リヴァーニア辺りが攻めてきたってこと?」

「違うみたい。まだ四大国は睨み合いの状態が続いているもの。それより、ここ。ここを見て。ヴェールの村が、事実上地図から消えた日付。土の記憶を辿ったはずだから、まず間違いはないみたいなんだけど」


 サリアさんが指し示した箇所。そこには真理が文字を習い始めて一番初めに覚えた数字が書いてあった。まだ暦はよくわからないけど、その文字の羅列には記憶がある。


 だって、それは私たちがこの世界に初めて来た日付だから。


「………一か月前」


 呆然と呟く真理に、ルディルさんは息を呑んだ。サリアさんは悲しそうに首を振る。


「まだ、決まってないですよ。だけど、ずっとあなたたちは他のディアートの行方を捜していたみたいだから、一応、伝えないと。そう、思って」

「だからって、それ。で、でも、嘘でしょ? 何かの間違いじゃない? 小さくたって、村なのよ。いくらなんでも、そんな」

「わからない。だけど、偶然にしては」

「出来すぎている」


 サリアさんの言葉を、真理が引き継ぐ。真理は親の敵でも見るようにその羊皮紙を睨んでいた。わからない。だけど、多分、可能性は高い。

 透や裕二はこれを知ったらどう思うのだろう。私は、今何を思っているのだろう。

 真理が考えていることがわかったのか、サリアさんは真理が気にしていたことを口にした。


「まだ、透さんや裕二さんには伝えてないんだけど」

「伝えたほうがいいよね。でも、明日にしよう」

「え、どうして?」


 困惑したサリアさんに、ルディルさんは大きく頷いて、両手を伸ばした。


「私、寝巻き」

「じゃあ、連れてきますね」

「ちょっと、ちょっと! サリアには乙女の恥じらいがわからんのか!」

「乙女って年じゃないでしょ、あなた!」

「乙女ですー! まだピチピチの二十代ですー!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎ出す二人に、何だか真剣に悩んでいた自分が馬鹿らしくなってきた真理。ふ、とその真理の表情が緩んだ。


「明日にしよう。私も、ちょっと考えたい」

「……………」

「……………」


 取っ組みあったまま固まる二人。固定された視線上にある真理は、ちょっとばかり戸惑った。何か、変なこと言ったかな、私。


「あの」

「い、い、今、今マリっちが笑った!?」

「う、嘘! 真理さん、笑うんですか!? え、もう一回! もう一回!」

「…………寝ます」

「あ、寝ないで! 寝る前に笑って!」

「お願いします! 一生のお願いです!」


 布団にしがみつく二人の声を遮断するように、真理はベッドの中に潜る。不覚だった、と真理はちょっとばかり反省した。すでに真理の顔には鉄面皮が装着されている。


 今日も変わらず、静かな夜は静かなままには終わらない。





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