第十章 顔に似合わず
「ねえ、本当にこいつらがディアートなの? 何だか想像していたのと違うんだけど」
「でも、漆黒の髪と瞳。異国の服装。どれも、報告されていたのと同じだよ」
戸惑うルディルに、しかしサリアも同じ気持ちであった。戦禍を生む者として恐れられる漆黒の悪魔が、今、目の前にいる。だが、それを誰が信じられるだろうか。
日はすでに落ち、二つの月も雲に隠れているがゆえに辺りは暗い。温度落差の激しいフミイル大地は、砂を防ぐローブで身を包んでいてもやはり肌寒かった。その砂舞い踊る大地の上に、しかし目の前の三人は旅の荷物もなしに着の身着のまま寄り固まってこちらを睨んでいる。そのどれもがまだ歳幾ばくもない少年少女。顔立ちも異国のそれだが、どう見ても人間だ。
ギルドにて手配された懸賞金付きの悪魔。
百年に一度のディルディアゴイにて生まれるという災い。
手配された当初は、酒の肴の話題に出る程度で誰もが手を出そうとは思わなかった。物語の中の伝説だ。存在を本気にするのは迷信深い田舎の村落ぐらいだろう。
だが、それも情報源のソースが女王直属のものであるということが広まると一変した。
基本的にディアートの話はお伽噺の中にしかない。だが、当然歴史は記録として残されている。市民に閲覧などできるはずもないが、王家にある膨大な著書にはそのディアートに関する記録もあるに違いなかった。当然信憑性も増す。何より、額が相当なものであったところが大きい。生きたまま捕獲したなら8000万ガルド。死体なら1000万ガルド。どちらにしろ、もう働かなくてもいいほどの大金。
ユニコーンを見つけ当てるほどに難しく、ドラゴンを倒すほどに危険な難易度。そのSSSクラスの任務に、しかしルディルは躊躇なく申し込んだ。国家の平和を説くルディルのその熱弁も金に埋め尽くされた目ではどこか空しいものであったが、サリアもそれを反対することはなかった。まさか、見つかるものとは思わなかったからだ。個体数は五十にも満たない、超稀少の悪魔。どうせ思い出話で終わることだと、そう思っていたから。
「どうするの? とりあえず、焼いとく?」
睨み合いが続く中、困ったように尋ねてきたルディルの頭をサリアは迷わず叩く。
「ダメに決まっているでしょ。何でもかんでも燃やせばいいとか思わないの」
「でも、私どうすればいいのか」
「あの」
それは少年の声。幼くももうすでに男を感じさせる張りのある声が、緊迫した空気の中に響く。
二人は驚きのままに振り向いた。ルディルはぽかんと口を開いている。サリアも大きく目を見開いた。
……今、ディアートが言葉を喋った?
三人の内の誰が喋ったのかはわからなかったが、それを特定する必要もなかった。話しかけてきたのはどうやらその三人の中でも先頭にいる少年らしく、さらに言葉を続けている。
「あなたたち、何者ですか?」
「え、えっと。わ、わわ、私たち?」
本来柔和な顔立ちなのだろう。異国の少年はその優しげな相貌を、しかし今は不信を目に携えこちらを見ている。警戒したまま二人を庇うその姿は、まるで自分たちが誘拐犯にでもなった気分である。
当然ディアートが言葉を話すものとは思わず、また話したとしても奇怪な言語なんだろうなと思っていた二人は、まともに会話の通じる相手――どうみても人間の子供相手にどうすればいいかわからず、うろたえた。
「る、ルディルです!」
「さ、サリアです!」
そんなわけで、ルディルもサリアもいいテンパリ具合になった。
しかし笑いで応じる雰囲気ではなかったらしい。その答えに目を細めたのは隣の少年。眉が太く、精悍な顔立ちの少年は、明らかにそんなことを聞いていない、と雄弁にその表情で語った。
「この人たち、私たちを捕まえる気」
ぼそっと呟いた少女の言葉。
二人の少年の背後にいた背丈の低い少女は、無表情のままに言う。
その言葉に場が凍りつき、二人の少年は警戒を敵意へと変えた。
「裕二。『力』を使おう。早くここから逃げないと」
「くそっ。なんでこんなことに……」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私たちは」
「ご、誤解です!」
「生死は問わず。私たちに、莫大な懸賞金がかかっている」
またも呟く少女にルディルもサリアも目を見張った。読心術なの? まさか。それこそ御伽噺の中の力だ。数多ある魔術の中でも、心を読み通す魔術式はない。かつて古代魔術の中には見られたというが……。
ディアート――戦禍を生む者。
そうだ。これは、ただの子供じゃない。
改めて思い出した事実。当たり前のことだが、人にしか見えない彼らを前に、忘れていた。
一人の少年は手の甲に紅の紋章が輝き、もう一人の少年は胸に同じ紅の紋章が輝く。よく見てみれば、背後の少女はその目に蒼の紋章を携えている。
「……イシュティナと、アズイルの力」
「ええ! ちょっと、それって神様の力じゃん! 何? 悪魔じゃないの!?」
「やばいよ、これ。本気出さないと」
先頭の少年の手の平から突如紅の刃が生まれ、腕を薙ぐと同時にそれはルディルに一直線へと向かった。見たこともない魔術。精霊も呪詛も関与していないのに、何? この力は。
目にも止まらぬ凄まじい速さで、圧倒的圧力をもって、迫る。
「え?」
「ルディル!」
くすんだ樫の木のドアを開くと、甲高いベルの音が響きわたった。
心地よい音色からはほど遠く、どれほどの喧騒の中でも聞きわたる音。狩人ギルドは2階に情報交換用のラウンジとして酒場を設けているため、基本的に騒々しい。だから来客を告げる鐘の音も耳障りの良し悪しではなく、確実に届く不快なほどに甲高いベルの音を採用していた。
しかしそれはギルド側の都合であり、客として訪れる狩人からすれば、不快な音を耳元で奏でられるのだからたまったものではない。今日もその名誉あるドア開きの役目を担った裕二は、耳元に耳栓をしたいくらいの超音波をくらった。これに比べたら洞窟にいたアリバスという蝙蝠型の魔物の攻撃なんて可愛いものである。
「何でいつもいつも俺がやらんといかんのですか?」
「あんたがいつもいつも不快なものを私たちに見せつけるからでしょ」
ある程度の間隔を置いて待機していたルディルさんとサリアさん、おまけに透はそのまま開かれたドアを通り、ギルドの中に入っていく。不快なもの、と言われた裕二は憤然と抗議したくなったが、通り過ぎる中で顔を真っ赤に染めてうろたえ始めたサリアさんのあまりの可愛さに押し黙った。サリアさんの冷たい美貌とその純で優しい性格のギャップにはいつもぐっときてしまう。だめだ、だめだ。俺には吉岡さんと心に決めた人が。
「何面白いことしてんの? 早く入りなよ」
首を振って悶えていた裕二にルディルさんはドアから顔を出し白けた眼差しを向ける。往来で奇妙な動きを繰り広げていたことを悟り、人々の視線が痛かったことからすごすごと皆と同じように裕二はギルドの中に入った。
ギルドは少しウエスタンの入った雰囲気のいい場所だ。某テーマパークのアトラクション的雰囲気がある。そこの騒がしさも不快ではなく、多少乱暴な臭いがするのも裕二としては気に入っていた。
「お、今日も稼いでいるね、マリっち。たんまりあるじゃないですか」
うへへへ、とオヤジ臭い笑いとともにルディルさんが向うテーブル卓。そこには無表情のままちんまりと座る園枝真理の姿があった。
「まあ、ぼちぼちでんな」
「ノリがいいな、お前も。顔に似合わず」
空いた席に座ると、そう、と首を傾げる真理。本来おかっぱのような髪型であった黒髪は、今はギャルゲーに出てくるような桃色に変わっている。かく言う裕二は白色だし、透に至っては派手な赤色だ。『イリュージョン』という市販の髪染め魔法アイテムを使った効果である。黒髪のまま行動する危険を説かれた裕二たちは渋々頭皮に悪そうな色にしなくてはいけなかった。
「どれどれ、うーむ。5800ガルド、か。もう少し稼げたんじゃないの? お前の力なら」
「加減が難しい。あまり勝ちすぎると、相手がいなくなる」
「ああ、そういうことも考えなくちゃいけないわけね」
「………というより、俺は真理がこんなことをするのは反対だ」
うんうんと裕二が頷いていると、固い表情のまま透が言った。その言葉に、裕二とルディルさんは顔を見合わせ、そのまま二人で苦笑する。サリアさんはちょっとおろおろしていた。
「真理、無理してやらなくていいんだよ。賭けゲームなんて危ないし、こんな場所だと何があるかわからないんだから」
「こんな場所って、失礼ね。狩人ギルドは一応の節度は持っているわよ」
「一応、でしょ。それは皆いい人だってことはわかっているけど、そうじゃない荒っぽい人もいますよね、ここ。何より、お酒が入るとどうなるかわかったものじゃない。それなのに賭けなんてそんな危ないものを、一人の女の子にやらせてお金を稼がせるのは」
「すとっぷ、すっとぷ。いや、透の言いたいことはわかるよ、うん。でも、まず真理の意見を聞こう」
ほい、とマイクを渡す感じで真理へとバトンタッチする裕二。案外ノリのいい真理もマイクを受け取った手の形のまま答えた。
「いいの。私も、何かの力になりたいから」
「でも……」
まだ渋る透の肩に、サリアさんが手を置いた。困ったように顔を上げる透に、サリアさんは首を振る。
「確かに、私も反対です。やっぱりお金の絡んだ賭けとなると危ないこともあると思いますから。でも、それはあなたたちも一緒のはず。いえ、魔物と戦うあなたたちのほうがもっと危険なことをやっているんです。それをただ待っているだけというのは、やっぱり真理さんだって辛いことなんじゃないでしょうか」
「辛いです」
無表情のまま頷く真理が色々台無しにしかけたが、何とかサリアさんは立て直した。
「生きるためには、何かしらの覚悟を背負わなければならない。この世界は、そういうところ。透さんでも、人の覚悟を踏み握る権利はないんですよ」
「そんなつもりは……」
「ああ、もう、固い! お前は、固い!」
立ち上がり、奮起するルディルさんは「え?」と固まる透の腕をガシリと掴むと、ぐいぐいと階段の方向へ引っ張っていく。うろたえる透が抗議するが何のその、哀れ透は2階の酒場へと消えていった。酒豪と名高いルディルさんと共に。
それを最後まで見届けると、裕二は顔を真理とサリアさんに戻して苦笑した。
「はあ。もう何回目だよ、って感じだよな」
「透さんは、根が真面目だから」
同じく苦笑するサリアさんを、真理はじっと見て、一言。
「でも、そんなところが素敵」
一瞬で固まった裕二とサリアさん。え? とお互い顔を見合せて二人同時に真理に向けると、さらに追加の一言。
「バイ、サリア」
「ええええええええええええええええええええええええ!!」
「え、う、え、ち、違うよ! そんなこと思ってないよ!」
ぶんぶん、と手を振るサリアさん。羞恥のせいか顔を真赤にして、いつも使っている敬語も吹っ飛んでいた。衝撃の事実に裕二の眼からはしょっぱい涙が。ああ、いいんだ。俺には、俺には吉岡さんがいるから。
「目が、ほら、真理さんの眼が光ってないでしょ! 嘘、嘘だから!」
「最近、目が光らなくても読めるようになったんだ、てへ」
「サリアさああああああああああああああああああああああああああん!!」
「う、うええええええええええええん」
何だかやっぱりお馴染みとなってしまったその騒がしい光景にも、ギルドの方たちは生暖かい眼差しで裕二たちを見守ってくれていた。
ああ、またやってる。
ちなみに二日酔いでルディルと透が苦しみ、翌日の仕事がおじゃんになったのはまた別の話。




