第14幕 『まずこの気持ちをどうにかしてください!!』1
アーラの中に、今までに感じたことのない想いが芽生えたのは3ヶ月前。
ピサ島にやってきた初日のことだ。
目が覚めるような深く紅い色の長い髪。薄紅色の輝く瞳。
じっと自分を見つめる少女に、アーラは魅入られた。
そんなこと、15年の人生の中で――初めてだった。
そのとき感じた想いがどんなことを意味するのか――わからなかった。否。わかろうとしなかった。
『アーラ』としての想いを、アーラ自身が受け入れら無かったからだ。
そして今。再び、その感情が芽生えている。『嫉妬』として。
◆◆◆
「ミゲがもう出かけた?」
またオルドルという青年と。2日連続のことだ。
祭りを前に、あと数日でアカデメイアは夏季長期休暇――ようは夏休みを迎える。
期間は2週間ほど。
試験は終わり、怒涛の課題漬けからも開放された、ようやく一息ついた頃の――大きな変化だった。
「どんな心境の変化かね?」
やっとジンのことでの苛立ちがなくなってきたというのに――。
浮かない表情のアーラを横目で一瞥しながら、ヴノが呟いた。
これにはジンも沈黙している。あれだけブラコンのミゲが、ジンにもオルドルのことを相談していないのだ。何かあったに決まっている。
「オルドルの剣術は、新しく組織される騎士団へ君たちと同じように内定を決めるほどの腕前だから…カタフにも遅れをとることはないだろうって。キートさんのお墨付き」
クラッペもアーラとジンには最大限の配慮を行いながら、手探りで答えを探していく。
「リョダリ家のオルドルさんと言えば、「神風のオルドル」と言われるほどの腕前だったと思います。問題はないでしょう」
そう言ったアーラの声は少し――苛立っていた。
今日は、クレイはエペと一緒にイオの街へ行っている。
こんなとき、一番頼りにしてしまう2人プラス、この2人についてキートも同行していた。
「まぁ、こんなところでうだついてても仕方がない。行こうぜ」
ここはとりあえず年長者であるヴノが皆に声をかける。
無言のまま、アーラもジンもそれに従った。
カリディアが助けを求めるようにヴノに視線を向けたが、ヴノもどうしていいかわからず、肩を竦めてみせた。
とにかく様子を見るしかないだろうな――。そう思いながら、ヴノは頭をかいた。
◆◆◆
「もう1日遅らせればよかったかな…」
クレイが呟く。
ミゲのことが気になり、後ろ髪を引かれる思いでイオの街に来ることになってしまった。
アーラのことも気になる。やっとジンといい感じに戻ってきたというのに――。
「クレイは大変ね」
坂道を登り始めてもう半刻(30分)ほど。
アカデメイアの果てしない階段を登りなれている2人は、少しも疲れた様子は見せていない。
「エペも…僕と同じでは?」
「そうね。でも女の子には…好きな相手に振り向いてもらいたいときがあるから…ミゲもそうなのかもしれないし…本当にオルドルくんに気があるのかもしれない。複雑ね」
(アーくんもほんとは…そうなんだけど)
そう考えてしまうエペは、自分の答えにちょっと複雑な感想を持っていた。
「そういうものかな。僕には女性の心はわからないや」
「人の心は宇宙なんだって…どこかの哲学者が言ってなかった?」
「…そうでしたっけ?だとしたら、謎だらけだ」
「そうね」
クレイとエペの雑談を聞きながら、キートは2人より少し離れた距離を保ちつつ、坂道を上がっていた。
「でもエペ。せっかく実家に帰ってきたのに、ポストに手紙を入れただけで終わりって…わざわざ来た意味がないじゃないかな?」
「うん…家族には私の無事を知らせればいいわ。それはとても贅沢なんだけど…今は、私の考えを貫くまで…会う気になれないって感じかな」
「それは本当に贅沢だ」
「……ごめんなさい」
エペはそっとクレイに謝った。
「人の心は宇宙なら…どんなに遠く離れても、いつかは光となった想いが相手に届いてくれる。僕はそう思いたいな」
自分より少し前を歩くクレイは振り返ることはなかったが、エペはクレイの背中を眩しそうに見つめた。
「あなたは王導師より哲学者が向いているかも。それも飛び切り素敵な哲学者よ」
「目指してみようかな?エペのお墨付きなら自信が持てそうだ」
「…そうね。やってみるといいかも。人にはいつでも無限の可能性があるもの」
「エペもきっと哲学者向きだね。2人で目指してみる?」
「クレイが一緒なら頑張れそうね」
「…あははっ。僕も頑張ろうかな」
クレイの少し沈んだ心が明るさを取り戻した。
エペと来た事をこのときクレイは「よかった」と感じていた。
◆◆◆
その丘の上。
ここに3階建ての木製の館があった。
ただ1件だけ。緑の丘陵に建つその屋敷は、エリュシオンの要人の館だと管理する者たちには伝えられていた。
療養に訪れたその老人がロイド王国からの亡命者だと知ったのは、つい先日のことである。
「……ロイド王国に帰った……」
クレイがこの屋敷を訪れるのは3回目。
先の2回も現在この屋敷住む老齢の貴族は、クレイに会おうとはしなかった。
「また来ます」
そう言って、2回ともクレイは早々に屋敷を後にしていた。
さすがにキートも、この屋敷の現在の主がロイド王国に帰ったとは知らされていなかった。
それをキートが屋敷の管理者に伝えると
「はい。誰にも伝えるなと。共にこの屋敷に来られた方とお二人で今朝でございます。
御発ちになられました。世話になったと。
しかし体はそうとうお悪い様子で…医術師は、何度のロイド王国に戻られることは反対さえれいたのです。そこまで持たないかもしれないと。
でもソイド様は…ロイド王国の最後を見届けるのことが、この老いぼれに与えられた最後の責任だと、ずっとおっしゃられておりました。
あの方はロイド王国のどのようなお役目にあった方なのでしょう?」
管理人はそんなことをキートに訊いてきた。
「重要な役目に居られた方だと聞いています」
とキートは言及を避けた。
「そう。ソイド様より、いつも来る若者に是非に伝えてほしいと」
管理人がそう言ってクレイを見た。
「息子のように接してくれてありがとう。私にとって君は心の支えだった。
君の勇気が私に消えかけていた炎を再び燃え上がらせてくれた。
辛いことが多いかもしれないが、仲間と共に乗り越えてくれ。と。
そうおっしゃっていられました。
そう。出来るならば、来世では仲の良い親子になれると良いな。とも……」
「……そう…ですか」
それ以上言葉が出なかった。
クレイは木造の屋敷を見上げた。
紺碧の空に建つ、塗装が禿げかけたその屋敷にもうその人はいないという。
混迷を深めるロイド王国という名の国の最後を見届けるために、病魔に冒され年老いた最後の王は旅立ったのだ。
「…クレイ……」
「戻りましょう。ピサ島へ……」
エペに向かってクレイは寂しげな笑みを浮かべ、そう言った。




