第14幕 2
夜遅く、クレイとエペが島に戻った。
エペはそのままアーラの家に泊まり、翌日、共に『アカデメイア』に向かった。
そしてミゲはやはりあの噂のオルドルと出かけたと言う。
ヴノはアーラもジンも何も言わず、ずっと機嫌が悪い状態が続いており、クレイたちが戻ってきてくれた助かったと、昨日は泣きつかれてしまった。
クレイの様子はいつもと変わらず、アーラたちの様子をずっと気にかけていた。
「…エペさん。で、クレイはどうでした?」
ヴノが昨日さりげなく尋ねてきた。
「いつもの通りみたい。会えなかったらしいわ」
「そうかぁ。まぁ、落ち込んだ様子はなかったのが良かったけど…あいつにとっちゃ親父ですもんね」
実はまったく同じことをアーラとジンからも尋ねられていた。
良い仲間を持った。そういうことなのだろう。
クレイのお父様は――少しは安心されたのだろうか?
エペはそんなことを考えていた。
だが――本当のことを言うことは憚られた。
◆◆◆
このところワルドの機嫌が急上昇している。
自分の『神杯』を見つけ、しかもそれが『ペタオ(飛ぶ)』という『名持ち神杯』だったことが余計、ワルドの機嫌上昇に拍車をかけた。
周りの人間からは、一番やってはいけない人間の下に一番危険な代物が渡ってしまった――というのが感想だ。
それだけではない。
シェーヌとフィールまで『名持ち神杯』を手に入れた。
シェーヌは『エフィアルティス(悪夢)』、フィールは『ズィナミ(力)』という名をそれぞれ手に入れた。が、シェーヌがワルドと反対で頗る機嫌が悪い。
「なんで私は『悪夢』なの?」
「一番強そうだけど」
「それでも嫌よ。もっと可愛らしいものなかったの?」
こればかりは選ぶことが出来無い。
アーラたちは苦笑いするしかなかったが、わずか入学して3ヶ月で3人とも『名持ち神杯』を見つけたのだ。当然『アカデメイア』では大きな話題となった。
「今度シェーヌのことを『エフィアルティス様』って呼んでやるよ」
とのたまったワルドは、シェーヌから肘鉄をくらっていた。
◆◆◆
そんな大騒ぎをよそに、アーラは昼休みにミゲ不在の友人たちの輪を抜け、どこかへと向かっていた。
ミゲは誰もいない調理室にいた。
誰のために淹れるわけでもないお茶を淹れる。
料理の腕は今だ壊滅的だが、お茶の淹れ方は、師匠と仰ぐパイクにも引けを取らないほど上手くなった――とアーラは褒めてくれた。
優しいアーラのことだから、私を喜ばそうとしてくれたんだと思う。
オルドルの告白は実のところ――ミゲには結構ショックだった。
オルドルの前では取り繕ったが、ジンとカメリアが2人だけで話し合っていたという事実は恐らく間違いは無い。
なんとなく想像はつく。ミゲにはジンという相談出来る相手がいるが、カメリアにはいない。きっとジンはそんなカメリアを気遣って、相談に乗っていたのだろう。
もしかすると、カメリアが自分の鍛練の相手を買って出てくれたのは、そのためなのか?
色んな想像が頭を駆け巡る。
「ここにいると思った」
座っていた椅子から立ち上がってしまうほど、ミゲは驚いた。
アーラが部屋に入ってきていたのだ。
「……最近…ミゲが居なくて寂しいから」
そう沈んで話すアーラの横顔を、ミゲはじっと見つめた。
「寂しい?」
「あぁ、寂しい」
アーラがミゲが淹れていたお茶に視線を落とした。
「美味しそうだな」
「…飲む?」
「頼む。ミゲの淹れたお茶は本当に美味しいから…」
頬の火照りを感じたが、ミゲはアーラから避けるようにポットへと視線を移した。
「本当に上手い……」
美味しそうにお茶を飲むアーラをミゲはただじっと見つめる。
「お世辞じゃなくて?」
「うん。自分でも思わない?」
「うん…思う」
「自信を持っていい。本当にパイク兄さんと変わらないほど上手い」
「ありがと…」
恥ずかしそうにミゲはアーラにお礼を言った。
「オルドルさんのこと…好きなの?」
えっ、と思った。アーラがこんな質問をしてくるとはまるで考えていなかった。
「……少し前に…告白された」
「そう…で?」
アーラの視線はじっとミゲを捉えてる。
「…考えさせてって言った……」
「……」
アーラは何も言ってこない。
「ミゲ…この後なんだけど……」
「この……あと?」
心臓の鼓動が跳ね上がる。恥ずかしいからではない。アーラに何を言われるかという恐怖で――だ。
「ヴノとクレイ…ジンも大図書館に用事があるらしい。オレは家に帰るつもりだけど…来る?」
「えっ…!?」
「俺1人だけど…」
「……行く」
考える間もなく、ミゲはそうアーラに返事をした。
◆◆◆
アーラは、補佐役たちには黙って家にミゲを連れて帰った。
アステもクレイたちに預けて、たった2人。アーラはミゲを護るつもりでの決意だった。
「……久しぶり」
「そっか。何時振りだっけ?」
「う…んと。2週間振りぐらい?」
「そっか」
カタフとのことや、アーラたちは課題漬けにされたのだ。そしてミゲはひたすら鍛練に臨んだ。今も剣は具現化している。
2~3日は具現化していても苦にならなくなった。
すごい進歩だと、スフェラ師匠も驚いてくれた。
そんな日々の中、こうしたアーラとの時間なんて――いや。2人だけの時間なんてほとんどなかった。 いつもいつもカメリアや兄さんたちと一緒で――。
「オレの部屋…行く?」
「え…う、うん」
なんだろう。今日のアーラは何か変。
ミゲはどこか怪訝な表情で、それでもアーラに従った。
アーラの雰囲気はいつもと変わらないのに――。
階段を上がり、アーラの部屋に着く。
ドアを開け、中へと誘われる。
「どこでもいいよ。座って」
「う…うん」
こうして改めて――アーラと2人きりになるのは初めてかもしれない。
出会って3ヶ月経つのに。いつも誰かが一緒にいて――。
ミゲはベットの端に遠慮がちに座る。とても緊張していた。
「なんかミゲらしくないな」
アーラの笑顔はいつもの――でもどこかいつもより凛々しく感じる。
ミゲはじっとアーラの笑顔に魅入られていた。
「何?オレの顔になんかついてる?」
「ち…違う。ただ見てただけ……」
アーラはミゲの隣に座った。
「…オルドルさんにはなんて返事するの?」
突然激しく脈打つ心臓が苦しくなった。アーラの顔がまともに見られず俯いてしまい、それでもミゲは耐え切れず、体が微かに震えてきた。
「…オレが…嫌い?!」
「ち……ちが……っ!!」
瞬間的にそう言い返して――顔を上げるとアーラの顔が目の前にあった。
塞がれる唇。驚く間もなく、一度離れてもう一度。
「もう一度訊く。オレのことが嫌い?」
「……好き」
「…していい?」
何も言い返させず、アーラの唇はミゲの口を塞ぎ続ける。
ミゲの力が序々に抜けていく。何も考えられなくなって――。
初めてミゲはアーラのベットに横たわり、アーラの体の重みを知ることになった。
◆◆◆
「そろそろジンたちが帰ってくるな」
「……うん」
アーラが起き上がる。ミゲは気だるそうに、まだベットに横たわっていた。
「寝てていいよ。あいつらには上手く言っておくから」
「ううん、起きる」
「汗かいたね」
「……うん」
まだ呆然としているミゲの頬に、アーラの唇が優しく触れた。
「ねぇ…アーラ」
「うん?何、ミゲ」
「……私のことどう思ってる?」
「好きだよ。初めて会ったときから」
起き上がったアーラの背にミゲはしがみ付いて尋ねた。
アーラからは想像していたような返事。ミゲの心の隙間はそれだけでは埋まらない。
今の行為の答えがほしい――。
「……初めてオレの前に立ったミゲを見たときから…オレはミゲは好きだったんだと思う。
一目ぼれって初めてだったから…よくわからなかったんだと思う。
自分のことで精一杯って考えながら、心のどっかでいつもミゲのこと考えてた」
「……カメリアはっ…どう思ってる?!」
「好きだよ……妹として……」
ぎゅっとミゲはアーラの背中を抱きしめた。
そんなに広い背中ではない。男としては華奢な体つきなのだろう。
それでも無駄な筋肉なはない。引き締まった美しい体のライン。
今――自分はこの男性を受け入れた。
アーラへの愛しさがミゲの体を駆け巡った。
「愛してる…ミゲ」
「……オルドルさんには」
「……ミゲ?」
「オルドルさんは……断るつもりでいたの。でも、私アーラや兄さん以外の男の人を知らなかったから…どうなんだろうって思った……」
「浮気したんだ?!」
「……ごめんなさい」
「嘘だよ……オレがミゲをずっとほっといたんだから……」
アーラがミゲを優しく抱きしめた。
「大好きだよ、アーラっ。愛してるっ!!」
「オレも……」
アーラはミゲを抱く手に力を込めて、ミゲもアーラの体にぎゅっとしがみ付いた。




