第11幕 2
「じゃ、自分たちが案内します」
スフェラの屋敷を訪れたアーラとジンは、スフェラの屋敷の使用人――1ヶ月半前に、スフェラがほとんど脅迫して部下にした、元ロイド王国王直属親衛部隊『メイス親衛隊』の中でも、選りすぐりの精鋭隊員だった――アイン・カヤールとサウト・ハムスの2人は、板についてきた屋敷の掃除もそこそこに、ミゲたちが向かった『アカデメイア』内の臨時調理室の案内を申し出た。
アインは元特殊部隊の隊員とは思えない程、男性にしては少々低い身長に、細い体つきをしていた。その辺はクレイとよく似てる。
逆にサウトは骨格からしてしっかりしているだろう、良い体躯をしており、筋肉質の体つきをしていた。こちらは元戦闘員ということが納得できる風貌だった。
この2人は、アインは掃除などが好きで、家事全般を得意としており、サウトは大工仕事などを得意としていることから、屋敷の管理などを主に行っているという。
「あとの連中は、『アトスポロス』としての資質がある奴らは、『護衛役』や『警護役』の訓練を受けてますし、残りは戦闘員としての特殊訓練を受けたあと、『アカデメイア』の職員として働くことになってます。
自分たちの他には、ホートとカフールという奴が、スフェラさんの身近な世話役として残されて…ほら、2週間前にスフェラさんから、皆さんの前で紹介してもらった4人だけですよ。ちなみにホートは料理が得意で、カフールはスフェラさんの執事のような仕事をしてますね」
アインが終始笑顔でアーラとジンに道すがら、説明を施した。
説明を聞いていた、アーラとジンの胸中は複雑だ。
スフェラが手元に残した者は、実用的な連中ばかり――それも皆、それなりに男前。
性格も優しそうで、世話好きそうで――。
但し、皆それなりに『アトスポロス』としての資質は備えているとのことだった。
これに何らかの意図があるのは明白だろう。
「…そう言えば、隊長だった…フェリデリコさんは…どうしたんですか?
2週間前に体調を崩したと言ったっきり……」
ジンがアインとサウトの2人に尋ねると、2人は互いの顔を見合わせた。
ほとんど訓練などを必要としないほど、体術の達人だった元隊長のフェリデリコは、たった1人、スフェラの執事としてしばらくこの屋敷に寝泊りしていた。
ジンとアーラも、対人訓練を何度か付き合ってもらったことがある。
が、日に日になんだかやつれていくフェリデリコを気にしていたが、2週間前にこの4人と入れ替わるように、長期休暇という名目で、この屋敷から出たことを心配していた。
「…突然、祭司になりたいと。今、アテナ神殿で神に仕えてますよ」
今度はサウトがジンに話した。
悟りを開いちゃったかぁ――。アーラとジンは天を仰いだ。
「気にしなくていいですよ。あの人、結構気が小さいところがあったんで。
正直、スフェラさんの実力に一番ビビってたの、あの人ですもん」
アインはどこかお調子者なのだろうか。その笑顔が飄々としており、案外、一番スフェラに馴染んでいるかもしれない様子に見えた。
「今、ホートとカフールもミゲさんとスフェラさんに付いて行ってます。
何かのとき…あっては困るんですが、それなりにお役に立てると思いますよ」
サウトの言葉は、なまじ嘘をついているとは思えなかった。
2週間前にスフェラの屋敷に来たということは、その前は、イロアス協会で何らかの訓練を受けていた――と考えて良いだろう。
「さっきは大変でしたね。こちらにも連絡が来ました。
そのすぐあとにお2人が来たので驚いたんですけどね」
アインが2人を気遣うように言った。
ここへ来る前、屋敷の前まではキートが一緒だったが、屋敷のすぐ近くに居た同じ補佐役の仲間たちと合流していた。名前は確か――フランとキスカと言ったか。アインたちがアーラたちを案内することになってから、キートはアーラの家にその補佐役たちと向かうことになったのだ。
それを改めて考えてみると、この2人はそうとうの実力者とも考えられる。
「『ブルゾス』相手では、アーラくんたちに負けちゃうと思うけど、対人なら…かなり役に立てると思いますよ」
アーラとジンが感じていた疑問を知っていた訳ではないだろうが――。アインがそう言った。
アーラは心の中で納得した。これはジンも同じ感想を持ったようだ。
アインたちは対人の戦闘において、アーラたち以上にスペシャリストだということなのだと。そして如何なるときにもおいて、任務を遂行する目的であれば、冷徹に、相手の命を奪うことも厭わない。そして今の彼らの任務は――アーラとジンの命を護ることだった。
◆◆◆
スフェラがトイレに行くと言って部屋を出てから、シェルクはミゲの淹れてくれた紅茶を一口飲んで――一瞬で顔から血の気が抜け、噴出しそうになっていた。
「また失敗かぁ」
また――?ミゲとシェルクの後ろに控えていたホートとカフールは、うんざりという表情をしていた。
「これで何度目だったっけ?」
とホート。
「13回目だったな」
と、カフール。
「…頑張っているんだよな」
「そうだと思う。私たちも、随分失敗をしながらやってきたな」
なんだかカフールが自分の人生論を語りだしそうだ。ホートはこちらにもうんざりしそうになった。
ホートは麻の服を着くずし、日に焼けた肌と相まって、シャシブルの港町が似合いそうな『ちょい悪』風で、一方のカフールは、普段着さえきっちりと着こなす、生真面目な――神経質そうな面立ちをしている。
こんな2人が、美少女と先生風の女性たちの後ろで、お茶の淹れ方講義にすでに1刻以上はお付き合いをしているのだ。
これも任務と言えば、仕方の無いことだ――が。
ホートが軽く瞳を閉じ、ふぅと小さく息を前の2人に聞こえないように付いたときだった。
「…ホート、構えろ」
カフールの一言で、ホートは瞳を見開くと、一瞬でそのスイッチを切り替えた。
◆◆◆
窓の外。5階にある実技室の窓まで届く木の幹に、男が1人。背中をペタリ張り付いていた。
その距離は窓からほんの1メートル程度。
ミゲもシェルクも、まだ気が付いた様子はない。
「ミゲさん、シェルクさん。そのまま3歩、後ろに下がってください」
カフールの指示に、シェルクがはっとし、ミゲを庇うようにその前に立った。
「…ごきげんよう……」
木の幹に背中を張り付いたまま、男が中の4人に挨拶をした。
「私の名前はコダルド。…オルディネとブーロ。我々の仲間なのだが、その2人がやられたらしくてね。
さすがにこのままじゃ、私も仲間のもとに帰るに帰れないんだ。
君はジン・エクリクスィ・フェンツィの妹でミゲ・ケオ・フィークスだろう?」
不自然に大きい目。毀れそうな程飛び出した目に、ミゲは嫌悪したが、気丈にその男を見据えた。
「そうよ。文句ある?」
「そうか。なら、君には死んでもらって連中への報復としよう。
まぁ、ここには雑魚しか護衛についていないようだしね」
ばりんと窓のガラスを突き破る音が響いたが、そのときはすでに男――コダルドの姿はなく、ミゲの前に立つシェルクに短刀を振り上げていた。
が、それが振り下ろされることはなく、振り上げられたまま静止していた。
よく見れば、その腕が微妙に震えているのがわかる。
シェルクはミゲを連れ、コダルドから離れ、その2人の前にカフールが立った。
「雑魚でごめんよう…。コダルドさん」
ホートがすでに右手にはめたグローブに仕込んだ特殊な糸を、コダルドの腕に何本も巻きつけ、体にもその糸は絡みつき、ミゲへの接触を背後から糸を引っ張ることで阻止していた。
直後、カフールがコダルドに隠し持っていた細身の剣で切りかかる。
コダルドが何か言いかけたときは、すでにその四肢はカフールによって切り落とされていた。
「ほう…見事。雑魚だと言ったことは、失礼だったようだな。だが…所詮は普通の人間だということか」
カフールとホートがコダルドの言葉から、何かに気が付き、ミゲとシェルクを見ると、2人の背後に壁と同化した人影が、剣を振り上げているところだった。
「シェルクっ!!」
カフールが叫ぶ。
「…がっ」
壁色の――男は、その背後の壁を貫いた剣先に突き刺されており、それに気が付いたシェルクが、その男から奪った剣で、胴を二つに切り裂き、そして四肢を切り落とした。
「元親衛隊がやるじゃないか」
調理室の扉を開けて入ってきたのは、パイクとスフェラだった。
「ブレウラ門で騒ぎがあったあと、お前が来てると聞いて駆けつけたんだが…とりあえず役には立てたようだな」
「パイク師匠っ!!」
剣を鞘に収めながら、ミゲに笑顔で言ったパイクに、ミゲは嬉しそうに駆け寄った。
パイクの言いつけにより、ミゲが呼ぶパイクの呼び名が「お兄様」から「師匠」へと変わっている。
「…よかった」
パイクはミゲを躊躇なく片手で抱きしめた。
ミゲの頬は一気に紅潮し、いつもの騒ぎはどこへやら、黙ってパイクに抱きしめられたままだった。
「すみません、スフェラさん」
カフールが代表して、スフェラに頭を下げた。
「いいや、初陣で『カタフ』相手にあれだけ出来れば上出来だろうよ。
私も途中で『意地悪した』からね。
それでもこれは収穫と言っていいだろうな」
スフェラの笑顔に、とりあえずの合格点は出たらしく、カフール、ホート、シェルクの3人はそれぞれの顔を見合わせ、ふぅと肩の力を抜いた。
「で…こいつらの……」
ホートがスフェラに確認をとる。
「…ナルがやったように…か。ヴノたちが相当をショック受けたらしいよ」
スフェラがパイクに目配せをする。パイクは横目で見ると、ミゲと一緒に廊下に出た。
「…では」
カフールとホートが、それぞれの武器で、『カタフ』たちの頭部を切り落とした。
「布袋に入れて、表からは見えないようにいたします」
「…そうしてくれ。可愛い教え子たちは、まだ多感な年頃なんでな」
「はい」
スフェラの弟子たちを思いやる言葉に、カフールが小さく頷いた。
パイクに連れられ廊下に出たミゲは、パイクに直角にお辞儀をした。
「ありがとうございました、師匠っ!!」
「…なんでもない。可愛い弟子を助けるためだからな」
そんなミゲに、パイクは今にも笑い出しそうな程の笑顔を作った。
パイクの笑みに、ミゲは一瞬、全ての時間が停止したかのように――魅入られていた。
「どうした?」
「あ…いいえ、何でもないですっ!!」
ミゲは顔を真っ赤にしながら、全力で否定した。
なんてことっ!!アーラという恋人がありながら、そのお兄様に――お兄様に――でもなんだったのだろう。あの気持ちは――。
ミゲの頭の中が真っ白になった。そんなとき、パイクの小さな笑い声が聞こえた。
「な…なんですか?」
「いや…ミゲは可愛いな。とね。アーラの小さいころによく似ているよ」
「そ…そうなんですか」
少し嬉しいかも。照れるミゲに、パイクの再びの笑い声が聞こえた。
「なんですかぁ?!」
「すまない…でも、ジンのやつ。きっと、ミゲを見てると飽きないんだろうな」
「…よく兄さんに言われます……」
「だろうな」
なんだかパイク師匠って、兄さんによく似てる。
ミゲはじっとパイクを見つめた。言動がジンによく似ている。そう感じたのだ。
「…ん?」
「いいえ…すみません」
「ここで笑っていてもきりがない。続きは休憩室でやろう。うまい茶の淹れ方を教えてやるよ」
「はいっ!!」
ミゲは嬉しそうに、気合の入った返事をし、パイクはそれに満足そうに頷いた。
◆◆◆
ミゲとパイクがいない。
駆けつけたアーラとジンは、騒動の顛末を聞き、アインたちも一緒になって建物中全部を探し回る羽目になった。
2人が休憩室でのんびり紅茶を飲んでいるところを、全身汗を噴出しながら探し回ってようやく探し当てたアーラたちは、面目ないと珍しく頭を下げるパイクの姿を見ることとなった。
「本当だ。すごく美味しいっ」
ミゲがこの日、17回目に淹れたお茶に、アーラが感動した様子で言った。
ミゲはアーラにそう言ってもらえることが一番嬉しいと、このとき実感した。
「私では駄目なんですね…」
シェルクがしょんぼりと呟いた。
「ち、違いますっ!!」
ミゲがシェルクに駆け寄った。
「シェルクは優しすぎるんだ。俺はびしびしやるからな…」
「…うーん…やっぱりびしびしやらないと駄目かぁ…」
苦笑するパイクの言葉に、シェルクは唸っていた。
「ミゲ。お前のためにこれだけの人が、色々やってくれているんだ。忘れるなよ」
「うん。そうだよね。簡単に泣いてなんかいられない。頑張んなきゃ」
「…そうだな。でもこのお茶は本当にうまい。俺はお前に教えることを諦めてしまったからな。パイクさんに感謝しないといけない。お前の命の恩人でもある」
「そうだぞぉー。感謝しろ、感謝」
ジンとミゲの会話を聞いていたパイクが、ジンに向かって声を上げた。
「はい。本当にありがとうございます……」
ジンは立ち上がると、パイクに深々と頭を下げた。
「ミゲの方が、もっと頭を下げてたな」
「ほ…本当ですか?!」
「パイク兄さん…いい加減にしてください。オレもジンやミゲには、色々世話になってるんですよ」
慌てるジンに、アーラがパイクに睨みを効かせた。
「それよりアーラ。…お前、家に一度帰ってこないか?」
パイクの突然の話に、アーラが一瞬声を失った。
「アーラ…家に帰るって……」
ミゲが不安そうにアーラの顔を見つめた。
それ以上に――心配そうに、ジンがじっとアーラを見つめている。
「ずっと戻れとは言わない。それは俺も約束する。ただこれ程お前たちが狙われているとわかれば、敵の動きを分散する意味でも有効な策と言える。
お前が近くにいれば、俺もお前を護ってやれる…。
父さんたちも安心するだろう……どうだ?」
パイクの心配は最もだ。ミゲも本心を隠し、それ以上アーラとパイクに口出しすることは止めた。そんな妹の姿を思いやりつつ――ジンは喉まで出かかった言葉を飲み込むことに必死だった。「行くな」と言う言葉を。
「…帰りません。オレはここにいて、仲間と一緒に戦います」
兄の説得にも、アーラは決意を込めた力の入った口調で、はっきりと否定した。
それを聞いた苦渋の表情のパイクに対して、ミゲとジンの顔には明るさが一気に増した。
「だろ、パイク。こいつならそう言うだろうって。ここはお前の『弟』に任せてみろ。クーゼが言っていたぞ。アーラを軟に育てた覚えは無い…とね」
「…スフェラ師匠」
スフェラの言葉に、パイクはふぅぅと長く息をつき、「わかりました」と呟いた。
「でもアーラ。これは覚えていてくれ。俺は…お前をこの腕に抱きしめて…ずっと護っていたいと考えてる…いつも……いつもだ」
「…ありがとう、兄さん」
アーラは周りに見ている人の目を気にすることなく、パイクを抱きしめ、パイクも力を込めてアーラを抱きとめた。




