第11幕 『この感情をどうにかしてください!!』 1
最悪の後味の悪さだった。
ヴノはずっと押し黙り、カリディアがヴノを心配していた。
あの出来事のあと。アーラとジンはミゲの様子を見に行くと言い、キートとスフェラの屋敷に向かい、クラッペの申し出から何故かアーラの家に、ヴノたちは戻された。
「…ヴノさん……」
カリディアの声だが、それはすでに涙声。
憮然としていたヴノが、慌ててカリディアを見ると、その瞳には涙が一杯になっており、決壊のときを待っていた。
「ご……ごめんっ!!もう大丈夫だっ!!」
「大丈夫なんですか?!あのとき、何があったんですか?!」
ヴノもクレイも――今は別行動のジンも、一切、ナルの行動を話していない。
それはクラッペも同様で、エペやプリムラは、凄惨な現場だったのだろうことは、察しがついていた。
「…なんでもない。ただ、ナル室長のやったことに、納得がいかなかっただけだ。カリディアが気にすることじゃないんだ。ほんとごめん…」
同じ地属性の力のせいか、ヴノとカリディアは仲が良い。
こちらは完全に兄妹で、アーラたちのような複雑な雰囲気はなく、見ていて微笑ましい。
が、クレイはカリディアがヴノに好意を寄せていることは、なんとなく気が付いている。
それだけに、互いの思いがあからさまになっているアーラたちの方が、その点ではまだ少しは楽なのかもしれない。
いつか――そう遠くない近いうちに、ヴノには教えてやらないといけないと考えていた。
もしかしたら、ヴノも気が付いているのかもしれないが。
「クラッペさん。それで敵の正体はいつわかるの?」
エペの対応は大人だ。
状況を冷静に判断し、的確に情報を得ようとしている。
クレイは自分たちの態度が、幼い子供と変わらないことに嫌気が差した。
「…あなたもさっきから、浮かない顔なのね」
プリムラは人の感情の出やすい表情や、体の動きに敏感だ。
聞けば、プリムラは19歳だという。2歳しか違わないのに、この対応の差。
クレイは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「僕も大丈夫です。ちょっと…僕なりに状況の整理をしていただけなので」
「あなた、王導師を目指しているんですって?」
「はぁ…まだ卵にもなれていないんですけどね…」
プリムラの魅力的な笑顔に、クレイは気持ちのやり場に困ってしまった。
あんな出来事が遭ったあとに、もう女性にどきどきしているとは――。
それだけプリムラが、美しい女性であることも関係しているのだが。
「そうね。あんなことが目の前であったなら…気持ちの整理も必要になるわね」
「……それよりお茶でも飲みませんか?ジンが美味しいレユアンの緑のお茶を用意してくれているんです。淹れ方は教わっているので、今淹れてきますよ」
「それ緑茶でしょ?嬉しいな。あれ、気持ちを落ち着ける沈静効果もあるのよ」
「へぇ。じゃ、ますますいいですね。淹れて…」
クレイがそこまで言いかけると、プリムラも一緒に立ち上がった。
「私も知りたいな。教えてくれる?」
「え…えぇ。いいですよ……」
可愛さ溢れる笑顔に、クレイは顔が熱くなることを実感しながら、プリムラをキッチンに案内した。
「有能な『アトスポロス』がこれだけ直接襲われていますから…早急に結果を出せるはずです」
クラッペがそう説明した。すかさず、エペは次の質問を出した。
「そう。で、この島の警備の方は?」
「入島検査をより厳しくすることはもちろん、島の『カコ』、ニキティス領地、王家直轄地周辺は、人が出入りできない『結界』を張り巡らせることになるでしょう。もちろん、海底までも。それと『アスピダ』の人数も増やす予定です」
エペはクラッペを睨みつけ、クラッペはそこで一旦説明を止めた。
「あ…あの……」
「あなたたちは『カタフ』とは違う…。こういう言い方は語弊があるけど、クラッペさんは、怪我をすれば血は出るし、痛い思いをするのよ。
能力だって、私たちのと何ら変わることはないわ。何も私たちと変わらないの。
もっと自分を大事にして頂戴」
エペの予想外の言葉に、クラッペは一度瞳を大きく見開いて、すぐにそれを細めた。
どこか嬉しそうに。とても悲しそうに――。
「…優しい。優しすぎる……」
「…何?」
キートの言葉を思い出し、クラッペはつい声として出してしまった。
それを聞いていたエペが小首を傾げた。
「…はい。私はいつまでも皆さんと一緒にいたいです。だから、皆さんをお守りすると共に…自分も大事にします」
「そうよ。アーくんたちもきっと同じ気持ちのはずだから…」
「はい」
クラッペの笑顔が、エペには嬉しかった。
カメリアは約束通り、アステの純白の毛を櫛で梳いていた。
出会った当時は情けない程に薄汚れていたが、今は皆が面倒を見てくれるので、アステの毛は光沢さえ生み出されている。
「カメリア…とても上手よ」
「ありがとう」
アステに褒められ、カメリアは嬉しそうに答えた。
「それにしても…あの下僕たち。早く帰ってこないかしら。私を待たせるなんて、躾がなっていないわね」
アステの愚痴にカメリアは微笑みを浮かべたが、どこか寂しげな影を帯びていた。
「…大丈夫よ、カメリア」
「アステ?」
「あの下僕たちは躾はなっていないけど、性根はとても正直よ。あなたのもとにちゃんと帰ってくるわ。安心して構えてればいいのよ」
「…はい」
カメリアの笑みから影が消えた。
◆◆◆
「こんな日までわざわざ……」
ミゲはスフェラに頼み込んで、シェルクが居ることを良いことに、特別に料理実技講義を受けさせてもらうことにした。
スフェラの屋敷には、調理室のような機材や器具は揃っていない――例え揃っていても断っただろうし、実際、揃ってもいないが断った。
スフェラの立会いの下、2刻という条件付で、『アカデメイア』内の臨時調理室――職員用調理室に来ていた。
ミゲの名は、『アカデメイア』内の、実技室管理担当者にはすでに要注意人物として知られており、今回もスフェラの名前を出さなければ、使用許可は下りなかった。
「1ヶ月半で3つの実技調理室を半壊させてるからなぁ。それはそうなるか…」
ぽつりと呟いたスフェラを恨めしそうに睨んだが、悲しいかな、それも事実なので、ミゲは甘んじて聞くしかなかった。
この日はシェルクの提案で、お茶を淹れる講義となった。
ミゲは物足りないと渋ったが、シェルク自身はこれ以上、実技調理室を壊させることができない。ミゲへの建前の理由としては、アーラやジンはお茶が好きなこと。
2人を驚かせて、喜んでもらおうと、この理由にはミゲは納得した。
ほうと胸を撫で下ろし、シェルクが安堵してると、
「お前さんたちも大変だねぇ」
と、シェルクを労いつつ、スフェラが呆れ顔で呟いていた。




