第11幕 3
それではテミスがどうなったのか。
ナルたちが半覚醒状態のテミスを引き取り、イロアス協会で洗脳があったのかどうかを調べ、無事なら『アカデメイア』に引き渡すと言う形になるという。
プリムラの能力で、少し記憶を操作したということだった。
イサリは敵に操られていて、最後はテミスを護って亡くなった――ということに。
まったく都合の良い話なのだろうが、それでテミスの心が少しでも救われてくれれば。
プリムラはそう語っていた。
◆◆◆
翌日。
「…あいつは不死鳥かっ?!」
ヴノが声を荒げた。
テミスはブレウラ門の前で、腕組した状態でアーラたちを待ち構えていた。
「おはよう、ダーリンっ」
何も変わってねぇじゃねーかっ!!もしかして、これは『デジャヴュ』なのかっ!?
昨日起きたことが、今日また起きるとかっ!?
うんざりとか、呆れるとか。最早そういう境地は越えてしまった気がする。
「ダーリンの好きなものを教えてもらいに来たわ」
何も言いたくない。昨日とは違い、ジンは貝のように口を閉ざし、何も語ろうとしなかった。アーラたちには、その気持ちが嫌という程よく理解できた。
「そんな…ダーリン。そんなに恥ずかしがらなくても……」
どこまで妄想で許せるのだろう。そんなことを考えてしまう。
「おはよう、テミス。…あの…大丈夫?もういいの?」
もう一泊と、アーラの家に泊まったエペは、何も語ろうとしない――否。語る気が起きないジンのフォローに、代わってテミスに聞いてみた。
「…確かに昨日は…それでもイサリ師匠のおかげで、私がいるのだもの。
そのイサリ師匠が、将来の伴侶にと選んでくださった、ダーリンとの愛を貫くことに決めたのよ」
テミスは彼女なりに悲しみと対峙し、それを乗り越えようと頑張っている。だが。
方法に問題があるっ!!ジンは心底叫びたかった。
「テミス…何度も言う。お前には興味はない」
ジンの言い方にも、棘がある。が、彼なりにその棘の大きさは調整したようだ。
「ダーリン。そんなことは些細なことよ」
些細じゃねぇっ!!ヴノがテミスに突っ込みを入れかけて、寸前で止めた。
ここで間違っても突っ込みを入れたら、絶対に飛び火が来るからだ。
「…すまない。俺の体も、心も、将来も、全部アーラのものなんだ。アーラに聞かないと、俺は決められない…」
「きさまぁぁ――っ!!」
その飛び火はアーラへと向かった。
◆◆◆
「で。あなたは、ジンとはどういう関係なの?」
「親友だ」
「心や体までも…という関係は?」
「…親友だが…。心とか体とか、そんな意味の関係じゃない」
「アーラ。あれだけ、将来を誓いあった仲なのに」
「誤解を招く発言をするんじゃねぇ――っ!!!」
テミスにねちねちと突っ込まれ、ジンに時折、ブチギレを起こさせる突っ込みを入れられ。昨日、素直にパイクの言うことを聞いておけば良かったと、心の中で激しい後悔に襲われた。
「アーラ兄ちゃんっ!!」
『アカデメイア』の敷地内に入ってすぐ、アーラは甥のアシエに呼び止められた。
「アシエ――っ!!」
本当に――それは、それは嬉しそうにアーラはアシエに駆け寄った。
「…あいつ、逃げたな……」
「それは仕方ないと思うよ…」
ヴノとクレイが、アーラとアシエに視線を向けながら囁きあっていた。
「…あれ、皆で……って…!!!!」
クーゼ、サリッサ、ペル。ケリーエにパイク。そしてアシエ。両親を抜く全員が『アカデメイア』に揃っており、アーラが驚いて家族の顔を見やり――次の瞬間、瞬間凍結する嵌めになった。
「アーくん、久しぶりねぇ…」
ぎゅーっとアーラを抱きしめる、30代後半に見える美しい女性。
「おはようございます。あの…この方は……」
まずジンが駆け寄り、アーラを抱きしめる女性の素性を尋ねた。
「私の母なの」
と、サリッサは女性を紹介した。
「初めまして皆さん。サリッサの母のオロルと言います。いつも娘たちが世話になっていてすみません」
「初めまして……」
気品のある女性――オロルに、ジンが礼儀正しく頭を垂れた。
(じょ…じょ…女王陛下っ!!なんでこんなとこにぃっ!!)
アーラはすでにパニック状態だが、ここでひとつの疑問に行き当たった。
(まさか。3日前にブレウラ門が開いていたのって!?)
「『オロル』おば様。この島にはいつ?」
オロルから開放されたアーラは、試しにその疑問をぶつけて見た。
「3日前よ。ちょっと所要で、クーゼのしろ…屋敷にいたの。なかなかアーくんに会えなくて寂しかったんだからっ」
やっぱりぃ。3日前に一度、この『アカデメイア』に来ているんだ。
しかも兄様の城に泊まっていたということか。
「それよりアーくん、聞いたわよっ」
どうしても「アーくん」を押し通す気か。ここで何故かエペに視線が移る。
エペもまた、顔色が冴えなかった。
(エルピスさんも、わかってんじゃないかっ!!)
そして背後の兄たち――クーゼ、ケリーエ、パイクは笑いを堪えるのに必死になっており、不自然に顔が引きつっていた。
(おのれぇぇ―――っ!!『私』の周りの男どもはぁっ!!)
アーラは今にも兄たちに拳を振り上げそうになる。あ、ジンにもか。
「どうしたのアーくん?」
「い…いいえ。何でもないですっ」
「そう言えば、アーくん、将来は、お嫁さんとお婿さんを迎えるんですって?」
「……はっ!?」
アーラは一瞬、呆然とした。オロルが何言っているのか理解ができなかった。
「お婿さんはここにいるジンくんなんでしょ?お嫁さんは?ミゲさんとカメリアさんのどっち?だったら両方にしなさいな。どちらかなんて可哀想よ」
真顔で何を言ってらっしゃるんですか――女王。
アーラは全ての思考が停止した。
ヴノはアーラを見ていて、気の毒で、気の毒で仕方なかった。
頑張れアーラ。俺はいつでもお前の味方だぞ。――影で。
そんなヴノの思惑はさておき、喜劇のような展開は目の前でどんどん進んでいた。
「おはようございます、オロル様。私はテミスと申します。ちょっとアーラさんをお借りしますね」
「え…えぇ」
虚脱状態のアーラは、難なくテミスに奪われた。
「あなた…不潔よっ!!不潔だわっ!!」
いきなり浴びせかけられる怒声。
「不潔すぎよっ!!女性と男性?嫁と婿?女性だけになさいっ!!ジンは私が貰いますから!!」
そういう問題なのかっ!?
「あら。ペルの『先視』は百発百中よ。アーくんはジンくんを婿にするらしいわ」
あぁ――もう誰か助けて――。
「あの…これ以上アーくんをいじめると…どうにかなっちゃいますよ……」
エペが女神に見える。アーラの縋るような視線に苦笑しながら、エペが助けに回ってくれた。
「…あなたも色々苦労してるのね……私以上かも。今まで知らなくてごめんね」
「…いいえ。もういいです」
「…諦めちゃ駄目よ」
耳元でエペが話しかけてきた。「私以上」に引っかかりを覚えるが、エペはアーラの味方になってくれるようだ。
「そうそう諦めちゃ駄目だぞ、アーラ。明日でも一度イオの家に帰って、出直したらどうだ?」
と、パイクが2人の間に入ってきた。
「いや、それは。アーラは昨日、ここに残ると言ってますから」
アーラとパイクの間に入り込み、ジンがこの機を狙っていたであろうパイクに向かって言った。
「お前は関係ないだろう!?」
「俺は親友です。アーラの考えに味方したいと思います」
味方してねぇだろうっ!!と叫びたかったが、アーラはジンの背中を見ていて、少し頬が熱くなった思いがしていた。
「アーくんはジンくんが好きなの?」
再び耳元でエペの声がした。
「えっ…えっ!?ええっ!??」
「大丈夫、私は応援するからっ」
そういう味方ですか、エペさんっ!!?
エペの笑顔に、アーラは答える術を全部見失っていた。
「あなたはイオに実家があるの?ならばお帰りなさい、永久に。私がジンの世話をしますから」
テミスの態度と言葉に、アーラのイラつきは頂点に達した。
「あのねぇ。悪いけど帰らないよっ!!オレはここでやらなきゃいけないことがたくさんあるんだっ。それに、婿とか嫁とかオレにはまだ早いっ。それと、テミスさんっ。ジンを追い回すのは止めろ。それはジンが嫌がっている。ジンの嫌なことをするのが、あなたの愛情表現なのかっ!?ジンの喜ぶことをするんじゃなかったのかっ!?」
テミスを前にはっきりと言い切ったアーラを待っていたのは、周囲の「おおっ」というどよめきと、直後の賞賛の拍手だった。
「な、なんですの?」
戸惑うテミスの肩を、穏やかな笑みを称えたオロルが優しく触れた。
「テミスさん、アーくんの言う通りよ。好きな人に嫌がらせをしても仕方ないわ。
喜んでもらえることをしないとね」
女王――オレさっきから、全力で嫌がっているんですが――。そんなアーラの思いを余所に、オロルの言葉に、テミスは瞳を潤ませ頷いた。
こういうときのオロルの威厳は、本当に大したもので、あのテミスさえ黙らせた。
「アーくん、大したものだわ。私感動しちゃった」
オロルは――態度を反転、今度は唖然としているアーラに矛先を向けた。
「たくさんやらないといけないことがある。確かにその通りだわ」
背中に悪寒が走る。何だ。すごく嫌な予感がする。自分でも何だが、こういうときのアーラの予感も百発百中だった。
「ここの学長さんがね、今度『アカデメイア』専属の、騎士団を結成することになったらしいのよ。それも『綺晶魔導騎士』を目指す准士たちから選抜するらしいの。
そこにアーくんとジンくん、ヴノくんに、クレイくんが内定しているらしいわ。
たぶん、ミゲさんやカメリアさん、カリディアさんにも、声がかかるかもしれないわね。
昨日の活躍もあって、近いうちに、もしかすると騎士の称号の授与もあるかもしれないから――。今から心の準備。お願いね」
「……はっ?」
「最近、昨日みたいなことが続いて、ちょっと物騒でしょ?『アカデメイア』もね。専属の自衛騎士団を結成しようということになったみたい。
『アカデメイア』はエリュシオンでも重要拠点でもあるから、その騎士団はもちろん女王の許可を得た、本格的な騎士団になるらしいわ」
名指しされたアーラをはじめ、ジン、ヴノ、クレイはただ呆然とオロルを見つめるだけだった。
「あ…あのっ!!私はっ!?私もティミを持っていますっ!!」
テミスがずいと、オロルへ進み出た。
「そうねぇ。話は聞いていないけど、ただティミさえ持っていればいいというわけではないと思うのよ。あなたはもう少し…頑張らないとね。
まずは好きな人に喜んでもらうことを学ばないとね」
さすがは母娘というべきか。言うことがまったく一緒とは。
と、感心したいところだったが、だんだん冷静になるにつれ、とんでもないことをオロルから言われたことに、アーラは気が付きはじめた。
「エペ。あなたもその騎士団には入団することになりそうよ。本格的に、このピサ島の守護役になりそうね」
「…そうですね。頑張ります、私も」
エペの緊張した表情が全てを物語っている気がした。
これはオロルが語ったことが、ただの「学長から聞いた話」ではないことは、少なくとも、エペやアーラにはわかっている。その前に、これほど詳しく教える学長とオロルの関係って一体どんな?と問いただしたいが、今はそんな問題は脇に置きっぱなしで、しかも、騎士階級最高位『無限』の位を持つエペが入ることになるというのなら、それはエリュシオン王家直属の騎士団の地位とほとんど変わらないものとなるのではないか。
その予感はそう遠くない未来に、混乱を引き連れて実現することになる。
そして『カタフ』の存在と、その背後にある敵の正体。
戦争の色を深めていくロイド王国の将来――。
ピサ島に残ると言った、アーラの『アカデメイア』での生活は、ますます騒動と混迷を深めていくことになる――。色んな意味で。
「まずは…とにかく頑張ろうな、アーラ」
「お前に言われたくないっ!!」
肩を軽く叩き、そう言ったジンの笑顔に頬を紅く染めながら、アーラは叫ぶしかなかった。
負けてたまるか!!そう実感して――。




