第10幕 3
朝の通学時間帯。テミスの態度はすごく怖かった。
ブレウラ門の前で腕を組み、仁王立ちしながら、ジンだけを見つめていた。
ただでさえ、近づくことすら憚れる迫力の『お嬢様』なのだ。
テミスを見やって通り過ぎる准士たちは、距離をとり、恐々と遠くからテミスの動向を窺っている――という様子だった。
「…ダーリン。おはよう」
テミスはジンの方へと歩き出した。
ここでも呼び名は『ダーリン』か?
ジンは、うんざりという表情を浮かべてしまう。
「ダーリン。あなたの好きなものを教えてもらいに来たわ」
「サリッサさんは「学べ」と言ってなかったか?「教えてもらえ」とは言ってないだろう?」
「恥ずかしがらないで、ダーリン」
ジンはテミスを見据える。
アーラたちは周囲へと目を配り始めた。
すでに辺りは補佐役をはじめ、イロアス協会の『護衛役』もそれぞれの位置に付き、アーラたちの身を護ろうと構えているはずだ。
「いやいやいや。君が私のテミスの心を掴んだ少年、ジンくんかね?」
テミスの裏から――まったく気配もさせず。
突如、金髪の長身――やせ細った体の優男が姿を現した。
「…誰だ?お前?」
ジンは、男の愛想だけはやたらとよい態度を受け流し、素性を尋ねた。
男がにやりと笑い、口を開きかけたとき。
「イサリ師匠っ!!どうしてここへ?!」
先にテミスに言われてしまい、男――イサリはこけそうになりながら、愛想笑いは苦笑いに変わった。
「イサリ…ね。じゃ、これで」
ジンが無視して先を急ごうとする。
これには仲間たちがこけそうになった。
「…そうくるか。ジンもなかなかだな…」
何が「なかなか」なのかは知らないが、難しい顔をしてそう言ったヴノを、アーラは呆れた様子で見つめていた。
「ジンくぅーん。それはないだろう。せっかく私の教え子の、一世一代の告白タイムなのに…」
「弟子も弟子なら、師匠もうざいな。俺は、うざい奴は嫌いなんだ」
テミスはイサリの軽薄な言動と態度に、違和感と失望を覚えた。
いつもあんなに優しく、自分の味方になってくれた師匠が、まるで自分の行動を、愉快な見世物であるかのように言っている。その言葉に、その行為に、テミスの心は大きく乱れ始める。
そしてジンの露骨な拒絶に、辺りには微妙な空気が漂う。
この騒ぎに足を止め、見物する輩が増える中、優男――イサリがわざとらしいため息をついた。
「テミス…この少年は、君の真心と言うものを理解する気持ちを持ち合わせていないようだね」
「それは…きっと恥ずかしがって……」
諦めムードのイサリに、テミスの表情は焦りの色を称えている。
イサリにそんな態度を取られることが、テミスにとっては、どんな不都合なことがあるのだろうか?
アーラはじっと、2人のやり取りを注意深く見ていた。
「君の精一杯の告白も、この少年は感じ取ることができないようだ」
「でも師匠は、ジンは必ず私の良いパートナーになる。と」
「確かに言ったが……私はもっと彼のことを調べておけばよかったな…」
「そんな…イサリ師匠はおっしゃったではありませんか。彼はグリスィナ家を纏めるだけの力を持っている…と。気の弱い私の兄に代わって、最強の騎士家へと導く存在だと」
こんな態度のイサリが信じられず、テミスは以前に、イサリが紡いだ言葉を繰り返した。
困惑し、狼狽し。いつものテミスを知る者からは、その姿は哀れにすら感じられた。
「…あれ。そんなこと言ったっけ?」
「い、イサリ師匠?!今…なんと?」
決定的な破滅の言葉。
テミスはそれでも、信じられないといった表情で、冷然とした態度の師匠だった男の顔を見上げた。
「そーんなこと言ったっけ?勝手にでっちあげてんのは、君じゃないの?可哀想なテミス」
「…イサ…リ師匠?」
ここで、顔面が蒼白となり、膝から崩れ落ちそうなテミスの体を、イサリは強引に抱き寄せた。
「なーんつって。言ったわ」
アーラたちが身構えた。
「おっそーいよーんっ」
あちらこちらから悲鳴が上がる。ごぅと音を立てて、突如の豪雨が、蒼天であるはずの空から降り注いだ。
「あーははは。テミスの能力、『ヴロヒ』はね、その雨に当たった者の『霊力』を奪う力があるのだよ。だからね。『ブルゾス』は一瞬で浄化されちゃうんだけどさ。
君らのばやい、この『アカデメイア』の結界の中でも、戦闘能力を奪うことぐらいはできるのよ。で、私は他人のこういう能力を操ることができるすごいやつなの。でも疲れるのはテミスだけ。すごいでしょう?って、この豪雨じゃ聞こえないか」
「……イサ…リ…師匠。どう…して?」
高らかな笑い声と、異様な陽気さを醸し出すイサリの顔には、あの優しく自分を見つめてくれた面影の微塵もない。
くぐもった声は、苦痛に耐えるテミスの今の状況を表している。
空ろになった心に入り込まれ、自身の能力の指揮権を無理やり奪われている状態なのだ。
それでもイサリに問わずにはいられなかった。
「だからさ。君は私に利用されたのよ。わかるでしょ?
5年もさぁ、君みたいな、お馬鹿なお嬢様を相手に、あんなに頑張った私の苦労をわかってよ。ようやく開放されたんだもの。どばーっと派手派手にいかないとね」
「そん…な。そんな…」
呆然と繰り返す言葉。込み上げて来る悔しさと悲しさ、侘しさ、苦しさ――愛しさ。そして哀れな道化役の自分。
5年間も利用されてたなんて――。
テミスは唇から血が滴るほど、己の唇を噛んだ。
「…言いたいことはそれだけ?イサリさん」
イサリの背後から、冷静な女性の声が聞こえ、イサリがぎょっとした。
直後、エペの剣が閃光となってイサリの左腕を切り落とす。
「…んぎゃっ」
呻きとも悲鳴とも付かない間抜けな声をあげ、イサリがテミスを離し、エペたちから距離をとった。
そしてその背後から、更にジンの大太刀がイサリの体めがけて振り下ろされる。
「ぅぎゃぁ――っ」
両腕をほぼ同時に失いながらも、イサリはこれ以上のダメージを避けるため、アトスポロスたちから離れた。
「……あり?」
イサリは自分の体に何度も衝撃を感じた。恐る恐る自分の周囲を眺めると、幾本もの槍に貫かれ――イサリの体は槍に串刺しにされ、イソギンチャクのような状態になっていた。
「お馬鹿はどちらかね?『イザリ』を『イサリ』と間違えておいて、5年間も気がつかずに、人のことを言える立場じゃないだろう?」
「あら…ナル・ドータさん?」
口から黒い液体を吐き出しながらも、イサリはその軽口を止めようとしない。
槍を手に、ナルがキートとクラッペを従えて、身動きの敵わないイサリの前に現れた。
「君たちが『アトスポロス』をこのように利用するとは驚きだね。
君だけでは、こんな力は持ち得ないだろう?誰だい?お馬鹿な君に、そんな入れ知恵したのは…?」
アーラたちはまったく濡れていない。
イサリがテミスの能力『ヴロヒ』を操り、豪雨を降らせる直前に、アーラたちの後ろに居たエペが、その周囲に『結界』を張り巡らせた。
桶がひっくり返ったような雨の勢いは、水のカーテンとなってイサリの視界を奪い、結果、イサリは自ら墓穴を掘った状態となった。
補佐役たちの活躍もあり、アーラたちはテミスの能力などの情報を事前に得て、敵がどのような出方をしてきても対応できるよう、準備を整えていたのだ。
アーラは周囲に視線を移した。
無関係な准士たちに被害が及ばぬよう、雨のカーテンは、その境に今だに降り注ぎ、ドーナツ状にアーラたちを取り囲んでいる。その上空10メートル程の高さには、低くたちこめた雨雲が雨を降らせていた。
それはすでにテミスの能力ではなく、『警護役』にある『アトスポロス』の能力だとキートは説明した。そのキートも、今はナルの背後からイサリの様子を窺っている。
テミスは苦しそうに地べたに座り込み、プリムラに支えられていた。
その傍にはエペが控え、2人を護るように立っていた。
<ヴノさん…皆さん…聞こえますか?>
ヴノの耳に、この場にいないはずのカリディアの声が聞こえてきた。
ヴノの右耳につけた水晶は、音声拡張魔導の応用版である、遠方音声拡張魔導術をかけた『神杯』だった。その魔導術は、『神杯』に術を仕掛け、耳の形に大きさを加工し、遠く離れた場所からの相手と、声のやり取りを行うことができる代物だった。耳にその『神杯』を入れ、そのまま自身の声も、同じ魔導術をかけた『神杯』を持つ相手に送ることができる。
術をかけた『石使い(メイスン)』の力量にもよるが、大陸の隅から隅までの距離でも、会話が可能になるらしい。
だが『神杯』には、予め登録された使用者しか使うことができず、それも互いが常にその『神杯』を耳に装着していないといけないこと。使用する者も『声』を相手に届けないといけないため、多少は『霊力』を使用する。以下のような理由から、このような緊急な場合でない限り、さほど使われることはないらしい。
(それにこれ…使い心地悪いよなぁ…。付けてる耳が痛てぇし……。うまく改良してくれりゃいいのによ)
ヴノはあまり気に入ってないらしい。
このときはカリディアからヴノ、アーラ、ジン、クレイ…そしてナルたち補佐役にその声が送られていた。
<居ます。雨の外側に2人。ヴノさんたちを襲った相手だと思います。
女性の方が、何か術か自分の能力のようなもので、ヴノさんたちがいる、内側を窺っているようです…>
「わかった…。カリディア…絶対に近づくなよ。俺たちが行くまでそこにいてくれ」
<はい。わかりました>
カリディアにそう指示を出すと、ヴノの視線はアーラたちに向けられ、アーラたちは、互いの顔を見回し、無言で小さく頷きあった。
「カメリア、行ってくる」
「はい、お気をつけて…アーラさん」
アーラはカメリアに笑顔で頷き、そのままアステをカメリアに預けた。
「カメリアをお願いします。アステ」
「任せないさい。あなたもちゃんと役目を果たしなさいね」
「…はい」
アステに言い聞かされ、アーラは苦笑いを浮かべつつ、その場をあとにした。
◆◆◆
「うーん。面白くないなぁ。これは実に面白くない……」
納得がいかないように、「面白くない」とイサリは何度も繰り返した。
「それ程面白くないのは、君がお馬鹿なせいだよ、イサリ」
「ぬーん。お馬鹿はイロアス協会の奴らだと思っていたのに…ちょっと結末が早すぎないか?こういうことはもっと盛り上げてから……」
「じゃ、もっと盛り上げようか……」
ナルがいつもの調子で、何事も無いかのごとく呟いた。
突然、槍から枝のようなものが幾つも生えてくる。
それは針のように先端が尖っており、イサリの体内へと突き刺さっていく。
「いったぁ――いっ!!なんちゃって。ナルさんってば、ドSなんだねぇ……」
「君のような輩を見ると、こうしたくなるんだよ。ドSの上に、私は意外と短気でね。
早く私の質問に答えてくれないかなぁ……君、5年は経ってるはずなのに、まだ体の『限界』はそこまで迎えていないようだしね。痛み…少しは感じるんでしょ?」
見ていて気持ちのいい光景ではない。
これは一種の拷問だ。その上、イサリの表情は、恍惚に溺れる笑みを称え、その異様な姿に、思わず目を逸らしたくなる情景を作り出していた。
「いたい、いたい、いた――いっ!!テミス助けてぇっ!!」
テミスがイサリの声に反応し、反射的に顔を上げた。
それをプリムラが隠すように、頭を抱え抱きしめた。
「見なくていい。聞かなくていいのよ。あなたには関係の無いことだから……」
「でも…」
関係ない?イサリ師匠が呼んでいるように聞こえたのに――。
「いいの。あれはあなたを呼んでいるわけではないから」
「そう…なの?」
「そう。あなたは関係ないのよ」
関係ないんだ。イサリ師匠ではないんだ――。
混濁する意識の奥――無意識との境で、テミスはそんな言葉を聞いた気がした。
イサリ師匠ではない。私には関係のないこと――。
プリムラが語りかける言葉に、テミスはほぅとため息をついた。
それが安堵の吐息のようにも見えたが、すでにテミスの意識はそこで途切れいていた。
「どう?」
エペがテミスの様子をプリムラに問いかけた。
「眠ったわ。この結界の中で、これ程の能力を発現『させられた』。
5年間も師匠として信頼してきた人物に利用されていたという、ショックもあるもの。混乱して、自分の意識も保つ力は持てていないのかもね…」
そう分析するプリムラの表情は、本気でテミスの心配をしている。
「…テミスをお願い。このあとは私たちがケリをつける」
「お願いね…」
そう力強く頷くエペの顔は、怒りに満ちていた。
◆◆◆
「…使えない男…」
「オルディネの言う通りだね。様子を見に来てよかったよ」
不可解に降り続く雨から濡れることを避けながら、遠巻きに雨の中側を窺おうという人垣の中、オルディネとブーロの姿があった。
オルディネの『千里眼』の能力で、雨の内側の出来事を、2人は窺い知ることができた。
「何が『第3級』レベルよ。この結界の中でそれだけの能力が発現できるわけないじゃない。イサリの馬鹿は、自分が他人の能力を操ることができるからって、場所のチョイスも馬鹿なら、イロアス協会の『護衛役』がこんなにわんさかいるところで、私がアドバイスしたからって、堂々と仕掛ける大馬鹿なんだもの。正直にやれば、捕まるに決まっているわ。本当にお馬鹿さん…」
オルディネの呆れた様子に、このブレウラ門の前で、意表をついて仕掛けてみてはとアドバイスしたところを見ていたブーロは、イサリを『馬鹿』扱いするオルディネの言葉に、何とも言えない気持ちになった。
「でもさ…どうするの?」
「それも計算の内よ。都合よく、相手は雨を結界代わりにして、見物人をこの戦いに巻き込まないつもりでしょうけど。それこそ『袋の鼠』よ」
「作戦でもあるんだ」
「あいつは元々『悪霊使い』よ。でも自分にも、悪霊が取り憑いているとは思ってもいないでしょうけど…」
オルディネの右手の手のひらに、小さな漆黒の球体が出現した。
「…それは?」
「デウス様から預かった代物よ。イサリが失敗したときは、ディアボロス化させるための、制御装置…とでも言うのかしら?」
「ふうん、まぁ、派手好きのあいつなら、怪獣みたいに暴れるのも派手でいいかもね」
ブーロはそう言って、オルディネの右手に視線を落とした。
「…それは困るぜ……」
ブーロたちの背後から、突如聞こえた年若い男の声。
カリディアを連れたヴノが、不敵な笑みを浮かべて、振り返った2人の後ろに立っていた。周囲の人垣からざわめきが漏れる。
対峙する2組の男女――母子のような組み合わせと、兄妹のような組み合わせ。
不可思議な構図に、見物人の興味は尽きない様子だった。
「あなたたちの気配は、ずっとわかってたんですよ。観念してください」
カリディアがヴノの隣に陣取り、オルディネとブーロに逃げられないことを遠まわしに告げた。
「この間の礼を言い忘れてたよな…。是非、再戦といこうぜ。ブーロくん」
ヴノの緑色の双眸は、玩具を見つけ、無邪気な喜びに浸るブーロへと向けられた。
「いいねぇ。この間はお前ら駄目駄目だったからさぁ。すごく残念だったんだよね」
「いいの?仲間をほっといて…。私がこうすると…」
何の迷いもなく、オルディネは黒球を地面に叩きつけた。
パリンとガラスが地面に叩きつけられ、割れたような音が耳を刺激した。
「…んんぎゃあああぁっ!!」
直後。悲鳴なのか、咆哮なのか。奇妙な叫び声が、雨の降り続く中心から辺りに響き渡った。ヴノたちの見物を決め込んでいた周辺の人々も、その奇声に再び雨の中心へと視線を移す。
「情けねぇ声」
ヴノがぽつりと呟いた。
「…不本意だけど、同感ね」
オルディネもヴノの感想に同意した。
「けど、あいつ強いわよ。仲間がやられてなきゃいいわね。私たちはもっと強いけど」
「…俺らを甘くみてるのはお前らだろ?お前らの『強い』の程度がどのぐらいなのか、見せてもらおうじゃんよ」
「言うね、ヴノお兄ちゃん…」
何の前触れもなく。ブーロの右腕が急に伸びた。
すかさず、ヴノは砂の盾でそれを防ぐ。
このとき突如始まった戦闘に、一斉に見物人から悲鳴や叫び声が上がった。
これには、ヴノやブーロはまったく反応せず、戦いに集中している。
そしてイアロス協会の『護衛役』が、『アカデメイア』の関係者を名乗り、見物人の非難を開始した。
その間も、ヴノとブーロの戦闘は続いている。
「お前『砂使い』だったんだっ。でも、意味はないね」
ブーロの右腕が勢いを殺すことなく、砂の盾を貫いた。
「意味がないのはどっちだよっ!?」
盾の一部が割れ、ヴノとカリディアが顔を見せる。
「…あれっ」
右腕がまったく動かない。
ブーロは手ごたえがないことを悟り、右腕を盾から引き抜こうとしたのだが、砂の壁に埋まってしまったように、まるで反応しなかった。
「知ってるか?砂は固まるんだぜ」
ヴノは悔しそうなブーロの態度を、冷ややかな笑みを浮かべて見据えていた。
「…抜けないなら、切ればいいのよ。待ってなさい」
ヴノとカリディアを、右腕を特大のハンマーと化したオルディネがけん制し、ブーロから引き離すと、今度は右腕を剣状へと瞬時に変化させた。
「えーっ!!痛いよぉっ!!」
「我慢なさ……っ!!」
オルディネの語尾に覆いかぶさる様に、突然の爆音と閃光。ブーロとオルディネは、思わず振り返った。
それは雷鳴だった。すでに稲光は消え、雨を降らしている高さ10メートル程度の低い位置にあった雨雲の下から、濛々と煙が立ち上り、その雨雲を越えていくという摩訶不思議な景色がそこにはあった。
その異様な光景に、オルディネとブーロはひとつの答えに辿りついた。
「…イサリのやつ」
ちっとオルディネが舌打ちした。
◆◆◆
「……まぁ、こんなものよね」
アステが得意げにふんと鼻を鳴らした。
イサリだった大きな炭化した塊は、ぼろりと頭だった部分が地面に落下した。
一回り大きくなったその体と繋がる、黒く――炭となった幾本もの触手だったものも、一緒にぼろぼろと崩れ始めている。
奇声と共にイサリの体中から、幾本もの『触手』が発生し、その体も大きくなっていった。
その姿に気持ち悪がったアステが、誰にも有無も言わさず、突如稲妻を叩き落したのであった。
これは予定外の行動で、両手で耳を塞いだ姿のまま、エペは今だに心臓がばくばくしている。
まだ耳の機能が回復していないプリムラに抱かれていたテミスさえ、その目を覚ましてしまった。
「…一体何事なのかしら?」
すぐ近くに居るのに、まるで少し離れた場所からテミスの声が聞こえている感覚に襲われながら、呆然としている頭の中を何とか動かして、プリムラは何事かと目を瞬いているテミスに事実を告げた。
「今、ちょっと…ここに落雷があったのよ……」
直後に爆発が2回、起こった。
1度目はブーロの右腕を、2度目はオルディネの腰を。それぞれ吹き飛ばした。
そして間髪入れず、雷が2人の『カタフ』の四肢を焼き焦がし、虹色の矢が、残った胴体に幾本も突き刺さった。
呻き声すら立てる暇もなく。2人は地面に転がり、虹の矢が身動きすら許さず、身体を貫通し、地面に突き立っていた。
『カタフ』の体からの出血はない。一度死んだ者の体を使用しているということは、その体自体、生命機能を終えているため、意思だけの力で動いている。しかし、脳と身体機能はしっかりと動いていることで、血液の流れがない『カタフ』がどのように活動しているのかは、今だ謎な部分が多く残されている。
『カタフ』は、そう考えられていた――。
アーラ、ジン、ヴノ、クレイ。 4人が足元に転がるオルディネとブーロの体を見下ろした。
「…なんだよ。何、見てんだよ」
「お前らは強いかもしれないけど、僕らが力を合わせれば敵ではない」
憎まれ口を叩いたブーロに、クレイが止めの言葉を吐き捨てる。
「ふっ。勝った気でいるんだ…。ぼーやたちは……」
オルディネは、すでに開き直った様子で4人に問いかけた。
「……そうでもないさ」
ジンは心の存在を感じさせない冷たい面のような表情で、足元の四肢のない2人の『カタフ』を眺めていた。
「お疲れ。再戦は快勝だね」
ナルが歩きながら右手を上げて、笑みを称えていた。
その様子はいつもの穏やかで――どこか胡散臭い笑顔だった。
「…そんなことないですよ……」
アーラはずっと冴えない顔をしている。
「謙遜だね。まぁ…気持ち良い戦いではなかったか……」
ナルはアーラの気持ちを思いやる発言をしたが、その顔はオルディネに向いている。
直後に。それは何の躊躇もない動きだった。
ナルはオルディネの頭側に座り込むと、オルディネの頭をわし掴みにし、彼からは考えられないすごい力で、一気に首からその顔を捥ぎ取った。
ヴノは右にいたカリディアを背後に隠し、クレイは顔を背ける。
ジンはアーラを抱きしめ、その行為から視線を外させた。
「な…何やってんだよ、あんたっ!!」
ヴノが叫んだ。
「…こいつらの『こと』をね。こいつの脳みそから直接聞くために、『これ』が必要でね」
ナルは右手に掴んだオルディネの頭部に視線を移した。
「その『ブーロ』という子供は、まだ『痛み』を感じるようだから、再生を考えてみるよ。
『このまま』じゃ…確かに救いはないからね」
ブーロは仲間だったオルディネへの行為に、言葉を無くし、ナルをぶるぶると振るえながら見上げている。
オルディネはすでに事切れており、その黒い双眸は見開かれたまま、視点は定まってはいなかった。
「…どうしたんですか、ヴノさん?」
「何でもないんだ。何でもないから……」
ヴノは青ざめた顔で、そう心配するカリディアに言い聞かせる。
「…ジン……」
「ちょっと…な。心配しないでいい」
ジンはアーラの栗色の髪を撫で、引きつった笑みを浮かべていた。
「…ナル室長……今のはやり過ぎでは……」
クラッペからも抗議の質問が出た。ナルは苦笑を浮かべ、
「…これから、彼らはもっと厳しい現実に晒される。これは…ほんの小手調べかもしれないよ」
キートは『護衛役』に指示を出し、ブーロとオルディネの身体の回収に当たっていた。
それを眺めながらも、ナルの視線はもっと遠くへ向けられているような気が――クラッペにはしていた。




