第10幕 2
次の日。
ミゲはもう1日だけ『アカデメイア』を休み、スフェラの屋敷で預かってもらうことになった。
帰りは屋敷に寄り、ミゲの顔を見に行くことで、ミゲも納得をした。
その影にはプリムラの心理療法が大きく貢献していることは、言うまでもない。
カメリアは遠慮気味に、アーラのやや後ろを歩いてる。
奥ゆかしさもカメリアの良い部分だと、アーラはそう理解している。
昨日の話ではないが、どちらを選べということは今はできない。でもカメリアの方が、特に『妹』という感覚が強い。ミゲはそのパワーに振り回されて、妹とか異性とか、そんな感覚が吹っ飛んでいた気がする。が、昨日の出来事で、ミゲも14歳相応の女の子ということを改めて意識させられた。
ではカメリアは?そう思わずにいられない。
プリムラにはいつも通りに――と言われたのだが。
「…私は大丈夫です…アーラさん」
「何かあったら言ってくれ。オレはそういう感覚鈍いから…」
「そんなことありません。私が支えます」
13歳とは思えない言葉に、アーラは一瞬で頬が熱くなっていくことがわかった。
「だから大丈夫です」
カメリアも…本当に可愛い。ミゲが『陽』ならば、カメリアは『陰』。悪い意味ではなく、
性格上の話であり、2人の『美徳』は、あまりに対照的なのだ。
やっぱり選ぶとか――無理だと思う。それがアーラの素直な感想だった。
寧ろ選ぶ――という行為自体、アーラには強い違和感と罪悪感がある。
いくら母や兄たちが認めたとは言え、それは遊びのようなもの。
自分があの2人と関係を保つこと自体が、あの2人への冒涜のようなものなのだ。
それを変えるとなると――いずれ本当のことを、話さなければならないときがくるのだろうか――。
できればこのままに。このままにしておきたい。アーラは顔を深く俯けていた。
「…アーラさん?」
カメリアが酷く心配した様子で、アーラの顔を覗いていた。
「あ…あぁ。大丈夫。深く考えすぎてた」
カメリアはアーラの右手を優しく、包むように握った。
「私が居ますから。ずっと傍にいますから。だから…アーラさんは前だけを見ていてください」
「カメリア……」
「私は…妹でもいいです。アーラさんの傍にずっと置いていただけるなら……それでいい」
アーラの顔を見ることが辛かったのか。カメリアの顔はずっと俯いていたが、口を滑り出た呟きは、アーラの心の奥底に突き刺さっていた。
誰か昨日の話をカメリアに言ったのか?そんな考えすら浮かんだが、そんな者は居るはずもない。そう。信じられる仲間たちだからだ。
と、すれば、自分がそうカメリアやミゲに接していたのだろう。
まるで、妹と接するように。
どうすればいいか、うまい方法が浮かばない。カメリアを安心させてやれる、うまい言葉が浮かんでこない。どうすればいい?
アーラは無言で、ただただそんなことばかりを考えていた。
「アーラさん?」
「…ん…オレ…どうすればいいんだろうってさ……」
「…このままでいていいんですよ。アーラさん」
「…カメリア」
「私は傍に居ますから。アーラさんはこのままでいいんです。ミゲもそれでいいはずです。
私の言葉に、こんなに悩んでくれるアーラさんが大好きなんです。
アーラさんは前だけを向いて。私たちのことは大丈夫。自分の心配だけをしていてください。お願いします」
ああ、もう。オレ、年下の女の子をこんなにも心配させていたんだ――。
アーラは自分が情けなくなった。
それでも。だからこそ――。言いたい言葉がある。
「カメリア。オレ、君が本当に好きだ…。傍にいてほしい。オレが絶対護るから……」
「……はいっ」
カメリアは腕を絡ませて、潤ませた瞳で精一杯の笑顔をアーラに向けた。
「…同じ言葉。帰ったら、ミゲにも言うけど…いい?」
「そうしてあげてください。そうしないと、私も張り合いがないですから…」
カメリアは笑みを崩すことなく、アーラに大きく頷いた。
そんな2人の会話を、ジンは黙って聞いていた。
ジンは昨晩、ミゲが落ち着いたころを見計らって、カメリアに接触した。
ミゲの状況と共に、アーラのカメリアに対する気持ちを伝えた。
カメリアは妹と考えられている自分の立場に落ち込んだが、ジンはこう切り返した。
それでも今のアーラには精一杯の気持ちなのだろう。と。前に進むことだけに集中できたら、カメリアに対しても、余裕を持って望めるのではないか――と。
カメリアは考え、ジンのアドバイスに頷いた。
アーラが自分を好きになってくれるなら、妹という立場でも今は構わない――。
ジンはその気持ちを、アーラに直接伝えてみるべきだとも言った。
俺も協力する。ミゲはもう少し落ち着いてから、同じことを伝えるつもりだ。と。
カメリアもそれがいいと言った。
全てはアーラの気持ちも、自分の手の中に収めるため。
ミゲもカメリアも、アーラを困らせるようなことは考えていないだろう。ならば、俺が2人の気持ちを橋渡しすればいい。
アーラの思いが余計な方向へ向かないように。『向かせない』ように。
俺の目の届く範囲で、自由にさせるために――。
お前は俺が護るよ、アーラ。お前の大好きな人たちも俺が護るから。お前は余計なことは考えず、まっすぐに、素直に、楽しみながら、日々の生活を謳歌すればいい。厄介なことは全部俺が引き受けるから――。
だから俺の傍にいて、お前は安心して日々の生活のことだけを考えていればいい。
お前が『好きだ』と言ってくれた――。それだけで俺は十分だよ、アーラ。
ジンは口元に微かな笑みを浮かべ、安堵のため息をついた。
ジンにはもうひとつの問題がある。
テミスだ。ジンの気持ちがどう転ぼうと、テミスに向くことはない。断言できる。
しかしあの様子では、伝えようにも本人が究極の妄想女だし、おまけに敵に利用されているとなると、どう伝えようと、聞く耳も持てなくなってはいないだろうか?
なんだか想像するだけでも、どっと疲れが沸いて出そうだった。
いずれにしても、狙われるのは俺だろう――。
どうせなら自分だけを狙ってくれると、一番理想なのだが。
と、いう考えはクレイに読まれているらしく、ジンの傍にはヴノとクレイが控えていた。
クーゼには叱られたが、女だろうと、容赦できないかもしれない。と、ジンは考えていた。元々女だろうと、容赦していないのだろう――という声が飛んできそうだが、本人は、あれでもそうとう手加減している方なのだ。
ただ――アーラのことが絡んだら、自分でもそれを抑えることはしないつもりだ。
と、いうよりできはしないだろう。
「来るかねぇ……」
アーラとカメリアの微笑ましい一場面を遠くに望みつつ、ヴノが呟いた。
「来ると思う。このままで諦るとも思えない相手だったし…」
クレイの口調ははっきりとしている。
かなり高い確率で、再び自分たちの前に姿を現すと、確信しているようだった。
「だんだん『王導師』として、らしくなってきてるな」
これはジン。クレイは自嘲の笑みを浮かべ
「まだ、卵にもなってないけどね…」
と、これはため息混じりに、歯切れ悪く言うしかなかった。
「で、クレイがそこまではっきりと言い切る理由はいかに?」
ヴノが人の悪そうな笑みを称え、クレイを困らせようと問いかけた。
「補佐役さんたちが、気が付き始めたからだよ」
「キートさんとかクラッペさんが?」
「そう」
「それだけじゃないんだろ?」
ジンはもう一歩踏み込んだ理由に気が付いているようだ。
「もう補佐役の振りはしていられない。この狭いピサ島で、いつまでも隠れているということも難しいとなると、早々に目的を遂げにくると考えた方がいいと思う。
それもたぶん…人目に付きやすい場所で、派手に。僕らが戦いにくい状況を選択してくるはずだよ…こんな通学時とかね」
説明の後半。それは推測というより、事実となった出来事の解説となっていた。
この日は閉じているブレウラ門の正面。堂々と立っているテミスを確認したからである。
「…来たわね」
アーラの背負っていたリュックから、アステが顔を覗かせた。
「狭いところに長いことごめんね」
「いいわ。今回は我慢してあげる。その代わり、帰ったら私の毛を梳かしなさい」
「承知しました」
定位置のように、アーラの肩に駆け上ると、アステは凛とした姿でテミスを見据えた。
「私も手伝う」
「よくってよ、カメリア」
名乗りでたカメリアにも、アステは相変わらずの『上から目線』であった。
「…という理由で、カリディア。頼むぜ…」
「はい。任せてください」
ヴノの声を合図に、カリディアは小さく頷いた。
そして仲間たちから、2~3歩離れた位置に待機した。
それを確認したヴノは、アステを見やりつつ、はぁと大きなため息をついた。
「…こちらにも、お嬢様はいたなぁ…」
「頼りになるお嬢様だけどね」
「それは言える」
アステの様子を見て呆れていたヴノは、クレイの突っ込みに、そこは納得いった様子でしっかりと頷いた。




