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この兄をどうにかしてください!!  作者: 杮かきこ
第2章  『このお嬢様をどうにかしてください!!』
33/69

第10幕  『この顛末をどうにかしてください!!』 1

 「どうして…」

 テミスは止め処もなく流れる涙を、止めようともしなかった。

 こんなに人を好きになったことは初めてなのに――どうして?

 どうしてああも、他人から言われなければならなかったのか?

 わたくしが何をしたというのか――。

「テミス…それはきっと、その場の邪魔が多すぎたせいかもしれないね」

「…イサリ師匠?」

 柔らかい金色の髪に優しい紅い瞳。テミスはいつも自分に優しく、包み込んでくれるイサリが大好きだった。

 この5年間、失踪した父の代わりに、いつも自分を支えてくれた。

 イサリがいたからこそ、今の自分があるとも言える。

 それだけ信頼し、敬愛する師でもあった。

「…君の兄上、ログスは優しすぎる。今のグリスィナ家を支えているのは君と言っていい。

 ジン・エクリクスィ・フェンツィは、君に似て生真面目な少年だ。

 強情で…それでも芯が強い。将来、ログスに代わってきっと君を支えてくれる男性に成長するはずだ。

 それでもまだ15歳。君の美貌に魅入られて、恥ずかしくなり、どうしていいのかわからなかったのだろう。だから暴言を吐いてしまったのかもしれない。

 まぁ、その少年の育ちを疑ってしまうが、それをいちいち真に受けていたら、君の方が参ってしまうよ。テミス。

 それは君が彼を導き、悪い部分を直していってあげればいい。

 僕はいつも君の味方さ。ジンは必ず、君の最高のパートナーになってくれるはずだよ」

「イサリ師匠……」

 いつの間にか涙は止まり、テミスは頬を赤らめ、陶酔した表情でイサリの言葉を、天啓が下ったかのように疑いなく受け止めていた。

「もう一度、ジンに誠心誠意伝えてみよう。それでも駄目なら、次の方法を考えようよ」

「はい、イサリ師匠」



 イサリの屋敷をあとにし、テミスは自分の部屋がある寮へと帰宅した。



「はぁー。毎度毎度、あんな歯の浮いた台詞が吐けるもんだ…。気持ち悪くならない?」

 蝋燭1本だけが灯る闇から、1人の少年が姿を見せた。

 7~8歳程度の少年――ブーロがイサリの背後に立っていた。

「こちらとしても、もう5年は我慢してるんです。あんないってるお嬢様相手に…その苦労はわかってください。ブーロ様……」

 貴族のような風貌のイサリの姿で、子供であるブーロに敬語を使う姿は、見ている者があれば、きっと違和感を感じさせたに違いない。ブーロの姿は、このピサ島民の子供の普段着とほとんど変わらない、けして貴族の子息という姿ではないのだ。

「いいじゃないの、ブーロ。それでお嬢様は使えそうなの、イサリ師匠」

 20代程の女――黒く長い髪を弄りながら、オルディナがどこか棘を含んだ言葉で、イサリをそう呼んだ。

 イサリは苦笑を浮かべながら、オルディナに答えた。

「5年間、手塩にかけて育てたんです。『第3級』レベルの能力は発現しますよ。

 先日使えなかったロイド王国の連中よりは…よほどマシでしょう」

「あれはクソだろう?」

 ブーロが嫌悪感たっぷりにイサリに言った。

「そうですね。あれはクソ。今度はまぁ…ダイヤの原石ぐらいにはなるでしょうか?」

「原石ねぇ。でも価値の無いダイヤじゃ困るのよ…イサリ」

「オルディナ様から比べれば価値の無いダイヤでしょう?オルディナ様の輝きに敵う女なんて、この世に存在しませんよ」

「あなた…脳みそまで『イサリ』になっちゃったの?」

「5年程こんな生活です。脳みそも退化してしまったのかも」

 イサリはオルディナの右手を軽く握り、その甲にキスをした。

「まぁ、イサリ様。光栄ですわ」

「全然感情が篭っていませんね。それでも見ててください。とりあえず、少年たち全員は始末してみせますよ」

「あのお嬢様も、あの少年たちなら納得して、協力してくれるかしらね」

 オルディナは薄い笑みを浮かべ、窓からテミスの消えた路地の方角を見つめた。

「でもさ。デウス様も酷いよね。僕らに、あいつらの力がどの程度か調べるだけでいいなんてさ。僕の本気なら、あのとき間違いなく殺せてたのに……」

 ブーロの愚痴を、オルディナはくすくすと笑って答えた。

「酷いよ、オルディナ」

「違うわよ、ブーロ。そうだなと思っただけ。でもデウス様にもお考えがあるのでしょうし。私たちは、それに従うだけだから……」

「まぁね」

「…私も早く、こんな退屈な役目から早く開放されたいですよ」

 ブーロに続き、イサリもため息交じりに愚痴を漏らした。

「もうすぐ大きな花火が上がるわ。そうすれば、嫌でもイサリ様が大活躍できるわよ。

 それに退屈な役割でも、あなたが齎したイロアス協会の情報は、結構役に立ったもの」

「…そう言っていただけると、我慢したかいがありますよ、オルディナ様。

 でも早く、皆さんと、その大きな花火を見たいものです」

「そうだね。僕も楽しみなんだ」

 ブーロの嬉々とした瞳が、夜空の星を映す。

 狂気に満ちた純粋なまなこは、いずれ来る大きな闇の到来を心待ちにしていた。



◆◆◆



その日の夜。

ミゲはプリムラとの会話で、かなり落ち着きを取り戻し、今は普段とまったく変わらない様子をみせている。

 そのあと、スフェラがアーラの家を訪れた。

 ヘベとの仕合のことはクーゼから話されていた、ということで不問にされた。

 スフェラからは、昨日ミゲより相談されたという内容が、アーラとジン――そしてアーラの従姉妹というエペとプリムラに伝えられた。

 プリムラは、アーラとジンが襲われたという事実と不安、アーラがライバルであるカメリアに取られるかも知れない、という常に感じていた不安定な感情が重なり、自分でもどうしていいかわからなくなったのだろう。と、分析した。

 プリムラは心理療法師のような仕事もしているという。

 それらを聞いたアーラは、ひどく落ち込んだ様子を見せたが、今までどおり普通でいること。と、プリムラはそうアドバイスした。

「ただ…」

 と付け加え、

「アーラくん自体は、ミゲちゃんをどう思っているの?」

 一度顔を俯けて、それでもアーラなりの誠意を表した表情を作った。

「好きです……でも、それは異性というより、たぶん…妹として。

 それはカメリアも一緒です。すみません。自分でも酷いことをしているという……」

「それは2人がアーラくんに好意を寄せていても、君自身がそう感じている…ということだもの。どちらかを選ぶとか…そんな段階じゃないんでしょう?」

「…はい。正直に言うと……」

 プリムラはじっとアーラを見つめた。

「…アーラくん…別に好きな人、いるでしょ?」

 プリムラに指摘され、アーラの顔が一気に紅潮した。

「……はい、います」

 これにはジンが敏感に反応し、右側に座るアーラへと顔を向けた。

「君には、すご過ぎるお兄様たちもいるけど…?」

「いいえ、兄ではありません。ちゃんとした異性です。でも…自分が6歳のときに、出会って、それ以来会ってもいないんです。でも、その人のおかげで、今の自分がいるし、命の恩人でもあります。名前もわからないけど……」

 じっとアーラだけを見つめるジン。エペはそんなジンの行動を余さず見ている。

「…純情だね。そうか…それは見つけ出すのは至難の業か」

「はい」

「でも、正直にありがとうね」

「…オレ…兄たちとは本当の兄弟じゃないんです」

 プリムラが話を締めようとしたとき、アーラからそんな話が漏れた。

「…正確には従兄弟になります。今の義理の…父の双子の兄が、どこかの村の娘に産ませた子供…それがオレなんです」

 エペもプリムラも、アーラの出生の事実に絶句し、次の言葉を繋げずにいた。

「…今の兄たちと出会ったのは5歳のときです。オレの住んでいた村が、ディアボロスに襲われたんです。『アトスポロス』だったオレの力に引き寄せられて…村は全滅しました。             

オレの母の顔は覚えてます。

 東の民のような黒い髪に、黒い瞳…堀の浅い特徴をしてました。

 とても優しくて、おおらかな女性ひとで……母も『アトスポロス』だったようです。最後までオレを護って戦ってくれてました。でも…目の前で母がディアボロスに…。

 そんなとき、駆けつけたパイク兄さんに助けてもらったんです。

 でも母や村の人を殺されたショックで、オレ1年程、話すこともできませんでした。

 あんなに優しい良い人ばかりの家にも、すぐには馴染めなくて。

 オレ、村に帰りたくて逃げ出して…そんなとき、その人と会ったんです。

話せないオレを、その人は面倒見てくれて…そのおかげでオレは言葉をもう一度話せるようになりました。1ヶ月くらい一緒に暮らしたんですけど。でも、オレが何もできないせいで、またディアボロスに襲われても、その人を助けることもできなかった…。その人はオレを庇って、右目を失うことになった……。それから…会えていないんです」

アーラの体をプリムラがぎゅっと抱きしめた。

「だから君は…強くなりたいのね。その人も、そして自分を助けてくれた、家族も、大好きな人たちを護れるように……」

「それまでは…自分に余裕がないのはわかってるんです。ミゲもカメリアも…オレにとっては、大事な大事な人であることには代わりはありません」

「ねぇ、アーラくん。でも君は1人で戦ってはいないでしょう?」

「……プリムラさん?」

「君は素敵な仲間に会えたんでしょう?なら、その仲間たちと一緒に喜んで、悲しんで。

 いっぱい楽しいことをして。君はまだ15歳なんだぞ。

 やらなきゃいけないことはたくさんあるかもしれないけど、今だからこそやれることもたくさんある。その中には恋だってあるんだよ。

 どちらを選べとか、そういうことを今決める必要はない。選べないから、酷いことをしてるなんて思わなくて良い。だから…よく考えて。一緒にたくさんの時間を過ごして。

 そうして決めてもいいんじゃない?!」

 アーラはプリムラの胸に顔を埋めた。そして自然と湧き上がる暖かな微笑み。

「…はい、ありがとうございます」

「うん。いつかその人と出会えるかもしれないけど。それでも、今の君は、君が両手に抱えられるだけのことで考えればいい。その精一杯の中で、先を見つめてみればいい。それもゆっくりとね」

「…はい」

 プリムラから離れたアーラの満足そうな顔に、プリムラも納得したような笑みを浮かべていた。

「それからジンくん…君もアーラくんに負けず劣らず抱えているものは大きいでしょ?」

「……俺のは…自分でなんとかできます。それより、俺の大切な親友の…妹の心を救っていただいて本当にありがとうございます」

 ジンは誠意を込めて、プリムラに頭を下げた。

「アーラくんも、良い親友を持ったね」

「真面目すぎるんですよ、こいつ。ミゲとオレ、両方護るって言って聞かないんですから」

 呆れ顔のアーラの様子は、どこか照れ隠しにも見える。

「ジンくん。苦しくなったら、いつでも相談に来ていいんだよ。君もまだ15歳なんだから。君の場合は思い込みが強すぎるようだから。無理は絶対にしないでね」

「自覚してます。でも、俺は今が一番充実しているかもしれません。やりたいことをやってますし、アーラだけじゃない、ヴノやクレイ…楽しい仲間たちにも出会えました。

 それにプリムラさんやエペさんのような、素敵な人たちとの出会いもここではあります。

 まだまだ大丈夫です」

 プリムラはうーんと、まだ納得のいかない様子だったが、無理強いはせず、とりあえずここは引き下がることにした。

「こいつは無理だよプリムラ。大人の汚い面を知っていて、達観しているところがあるからな。寧ろ、アーラやヴノ、クレイなんかの仲間の方が、吐露しやすいときもあるだろ」

「スフェラ師匠…率直すぎますよ。そういうのは俺たちのいないところで話してください」

「そうか?」

 苦笑しながらも、戸惑うジンに、スフェラは開き直っていた。

「スフェラ師匠。私もこの子たちに協力させてください。

 直接戦闘には加われませんけど、大きすぎる力はときに、精神に多大な負担をかけるときがあります。それを聞いて、負担を減らすことぐらいはできると思いますから…」

「それはありがたいよ。仲間は多い方が良い。エペは戦闘に入れるんだろ?」

「それは。アーくんも頑張ってますし、従姉妹としてほっておけませんから」

 だから、ねぇ。と、アーラはエペに色々言いたいことを、胸にしまい、小さなため息をついた。

「エペは戦闘の経験も豊富だ。お前らの良い先輩になるだろ。

 これで私の負担も減ってくれるわぁ」

「師匠はそれが狙いですか?」

 ジンの突っ込みに、スフェラは「他にある?」と、あっけらかんとした態度で接した。



 ドアの外にはヴノとクレイ。スフェラの言いつけで、部屋の中の会話を一部始終聞かされていた。

 気配は、スフェラの魔導術で消している。

 感覚の鋭いジンやアーラが気付いた様子もなく、とりあえず2人は、会話が終了したことに安堵した。

「…ねぇ」

 ヴノの苦笑いがクレイに向かう。

「…僕らは運命共同体…らしいね」

「…ねぇ。そうらしい」

 クレイの言葉の意味を、ヴノも嫌がらず、素直に受け止めたようだった。

「でもさ…1人よりはいいよね」

「それは言えるだろ。でも、2人よりは3人…4人の方が良いだろ?」

「それも言える」

 クレイは納得し、ヴノも笑顔で頷いた。



◆◆◆



 特別塔、補佐室。

 日付はすでに翌日。深夜にも関わらず、部屋からは灯りが漏れていた。

「5年も前から?!嘘だろう?」

 クラッペの告げた事実に、さすがのキートも声を張り上げた。

「本当らしいです。5年前から、『イザリ』が『イサリ』とサインされているそうです。

 筆跡はまったく一緒ですが、事務官たちも、気が付いた者もいたらしいですが、大した間違いでもないから、そのまま放置されていた……と」

 クラッペの報告に、キートは顔を両手で覆った。

「そうだとしたら…どれだけイロアス協会の情報が駄々漏れになったと思うんだ」

「ナル室長が調べたら、同じ5年前から、『アトスポロス』への被害が大きくなったと。その前の年から比べて、3割増しになり。その頃から、『ピラフティリ』という名も、出てくるようになったそうです」

「……最悪だ」

 キートの呟きが、キート自身、そしてクラッペの胸中を物語っていた。

「協会は、補佐役全員の再調査を始めるそうです。

 私たちは、ナル室長の計らいで、それが免除されるとのことで……」

「…それでは全員ではないだろうが」

「私たちの補佐する対象の多感な年齢を考慮して……ということと、ナル室長全幅の信頼だとか。ナル室長のそれは冗談でしょうけど…それ以上のことは私も……」

 俯くクラッペの様子に、ようやくキートは、混乱している自分に気が付いた。

「そうだったな…ごめん、悪かった」

「それからこれはアーラくんたちには…」

「わかってる。ただ、ニキティス本家には……」

「ナル室長が直々に報告済みです。本家も了承し、現状維持で頼むと」

「…優しいな。優しすぎるだろう」

 キートの繰り返される呟きが、クラッペの耳には痛い。

「信頼している。と…そう言われたそうです」

「…『フォス』を預かっているんだぞ。それでいいのか?」

「キートさん、それは…」

 憔悴気味のキートへ、クラッペが自制を求める発言をする。

「ん、すまない。僕がこれでは駄目だね。わかってる…了解したよ」

「私…頑張りますから。あいつらなんかに負けないですから……」

 眼鏡の越し。クラッペの瞳が、涙で溢れそうになっている。

 声も微かに震え、書類を持つ手も僅かに震えていた。

「うん、頑張ろう。僕らが彼らの盾にならないとね」

「…はい」

 クラッペを胸に引き寄せて、キートはそう呟き、クラッペはキートになんとか聞こえる声で返事をした。




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