第7幕 3
「大丈夫だったか?」
まだ講義中だったが、それどころではないという表情で、ヴノとクレイがアーラたちのいる講義堂まで駆けて来た。
「…まさかお前たちのところまで?」
「来た来た。『アカデメイア守護騎士団』のお方たちが。でもネロ様が来てくれて助かったぜ」
「…俺たちはフロガ様だったな」
「うん」
「僕のところはアエラス様だった。今は本物が現れたってことで、講義どころじゃないけどね」
4人はそれぞれの経緯を話し、アーラたちの講義も、クレイやヴノたちとあまり変わらないという状況に目を向けた。
「…エルピス様もいいんだが、ニキティス三兄弟の実技講義も見てみたい気がしたな…」
珍しくジンがそんな感想を漏らした。
「そこにスファラ師匠が入ったら…世も末だな」
クレイが言いかけて――すぐ口を閉じた。見たくない光景を思い浮かべたらしい。
「でも破壊活動、破壊活動って言われたけどさぁ…そんなの俺らの師匠の専売特許だろ?」
「…じゃぁ、誰が師匠を確保するんだよ?」
「……いないな、誰も」
ヴノが見も蓋もないことを訊き、アーラとジンの会話でさらに見も蓋もないオチとなったので、会話はここで途切れた。
ぼふっという鈍く何かが弾けたような音が、講義堂内に響いた。
反射的に、アーラたちが窓際へと走りよる。
「あっちは…」
数百メートル離れた別棟の建物の影から、黒煙が濛々と立ち上っていた。
「…あっちは、確かミゲとカメリアが料理講義を受けてる……」
アーラたちは、自分たちが失念していたひとつのことに気がついた。
どうしてミゲたちが、『アカデメイア守護騎士団』に絡まれる可能性があることを忘れていたのだろう。
「ちょっとっ!!」
ここは5階っとシェーヌが叫ぼうとしたときは、アーラたちはすでに窓から外に飛び出し、眼下に広がる屋根伝いに、常人とは思えぬ動きで黒煙の上がる建物へと向かっていた。
「…だからなんであいつら、『守護騎士団』に入らないんだよなぁ」
しみじみとワルドが呟くと、フィールとシェーヌは深々とため息をついた。
「ミゲっ、カメリアっ!!」
アーラが叫びながら特別実技室――調理室に入ってくると、ミゲとカメリア。そして教官のシェルクがいた。
「やだっ、なんでこんなときに来るのよ、アーラっ!!」
「本当ですっ!!」
いきなり2人の少女から、抗議の声が上がった。
心配全開で来て見れば、ミゲの失敗から、半壊した鍋から濛々と黒煙が上がっている。
そして部屋の半分をお花畑が占領し、とても『調理室』の面影を残しているとは思えなかった。
「……これでもだいぶ壊す回数は減ってきたんですけどね……」
シェルクのフォローが痛々しかったのは言うまでもない。
シェルクはアーラの兄、パイクが所要で当分ピサ島に来られないことから、2人のために特別に頼んだ、『料理専門の教官』である。
もともとは兄ジンを見て、「面白そう」という理由から、『アカデメイア』に入学したミゲは、明確な将来の希望を持っていなかった。今は「アーラのお嫁さんになる」という人生の目的ができたので、ほとんど花嫁修業のノリで通っている。
カメリアは当初の目的であった『綺晶鑑定師』の資格を、半年前に手にすることができたので、それまではこれといった目的はなかったが、今はミゲと争うようにアーラのお嫁さんを目指す彼女もまた、花嫁修業に勤しむ結果となった。
『アカデメイア』は『綺晶魔導師』を育成――表向きはそうだが、本来の目的は『アトスポロス』という『ブルゾス』を退治する『浄化者』を見つけ出し、保護、警護を目的とする機関である。
ミゲとカメリアの行為は、そんな『アカデメイア』の目的からすれば、逸脱したことなのだが、上位ランクの『アトスポロス』と認められた2人の精神ケアの面を重要視した『アカデメイア』と運営する『イロアス協会』から特別に、それもその道のプロ中のプロが抜擢されて、この2人専任としてシェルクが派遣されてきた。
「これは派手にやったねぇ」
アーラたちの後ろから、クーゼ、ケリーエ、パイクが久しぶりに顔を見せた。
(…兄様たちも忙しいなぁ……)
アーラはそんなことを考えたが、誰に言うわけでもなく、『久しぶり』に会った兄たちの顔を見た。
「お久しぶりです。妹たちがご迷惑をかけてすみません」
ジンが3人に頭を下げた。
「どうしてこんなときに皆が顔を揃えるのぉっ!!」
ミゲやカメリアにとっては、最悪の状況だろう。
「皆、ちょっと顔借りていいかな?シェルク…片付け…その…お願いできるかな?」
クーゼが代表して、アーラたちを外に誘い、そしてそのままシェルクに声を掛けた。
「構いませんよ。いってらっしゃい」
笑顔のシェルクは、すでに『片付けの達人』ともなっていた。
こんな程度ではまるで動じてない。
(……やっぱり慣れ…なのかぁ…)
アーラはそんなシェルクの態度に、ひっそりと今朝のことを思い出していた。
◆◆◆
「しばらくまた来られなくなりそうでな…ってアーラ。露骨に喜んだ顔をするなっ」
『アカデメイア』敷地内の一角。木々に覆われた庭の一部に、幾つかのベンチが用意された憩いの場があった。
クーゼはその場にアーラたちを誘い、話を始めた。
「違いますっ!!兄さんたちを心配したんですっ!!」
アーラは怒ったように声を上げた。
隣にいたパイクがこれ見逃しに、ぎゅっとアーラを抱きしめる。
「パイク。じゃれ合いはあとにしろ」
「…わかりました」
クーゼに釘を刺され、パイクは渋々アーラから離れた。
いつもはアーラの左右に陣取るミゲとカメリアだが、久しぶりの兄弟の対面ということで、今回2人は少々離れたベンチに座っている。
先ほどの失敗の現場を見られたという少々の気まずさも、存在していたことは否めない。
「率直に言うと、アーラたちが狙われても、前のようにすぐに助けに来ることはできないかもしれない…ということなんだけどね」
「どういう意味ですか、ケリー兄さん?」
アーラは3人が来た時点であまり芳しい状況ではないことは、予想はしていた。が。
「以前お前たちを襲った『悪霊使い』が、姿を消した」
今度はパイクが口を開いた。
「例のスフェラさんを捕まえた部隊とは、無関係だったし、その後の関係者の話でも、どうも彼らが本来依頼した『悪霊使い』とは、別人だった可能性が浮上したんだ」
同席していたキートが説明を施した。
「それにその場にアーラとジンくんはいなかったけど、前回君たちを襲ったタイミングもね。クレイくんはいたけれど、白昼堂々、まるで君らの実力を試すような節も見られた。
全ては推測の域を出ないけれど、ロイド王国の王族関係者とは別の輩が影で動いている
という考えが出てきたんだ。
でも君らも知っているとは思うが、情勢は不安定だ。
テバイ王国だけじゃない。そのバックには、エプトシア王国の影すらちらついている」
「どうしてエプトシアが?」
ミゲがキートの説明を聞いていて小首を傾げた。
「テバイ王国の国王パラデイー・スス3世のフィディース王妃は、エプトシア王国の国王テールム1世の妹だったと思う。あの2つの国の王族は、親戚関係になるんだ」
「さっすがアーラっ」
「これぐらい常識だろ?」
ミゲに説明したアーラを褒めたミゲに、ヴノの冷ややかな視線が向けられた。
「うるさいわねぇ。アーラがすごいのは常識なの」
ミゲの言い分は訳がわからない。アーラは脱力したが、アーラの隣に座っていたクレイが今回慰め役に徹し、アーラの肩をぽんぽんと優しく叩いていた。
「表立っての援助はないだろうが、関係はあるだろうと見ている。
しかしテバイ王国では、今大量の『綺晶魔導戦士』が集められていてな。
その中には、何十という『悪霊使い』も紛れていることも掴んでる。
と、なれば、戦場で『ブルゾス』が使われることはまず避けられまい」
クーゼの表情はより苦渋を増していた。
シェーヌが心配していた通り、事態は『福音騎士団』と『英霊騎士団』の戦闘への介入は避けられそうにない。
エリュシオンの騎士団の騎士は大半が『綺晶魔導騎士』の資格を持っている。
それはこの騎士団の戦う対象が、対『人』ではなく、対『ブルゾス』であることを意味している。
そしてエリュシオン王国の建国の本来の意味が、『ブルゾス殲滅』を目的とした『イロアス協会』も深く関与していることも、関係していた。
「それでね。敵は…と言うけど、このピサ島を狙っていることが考えられるんだ」
そう言ったケリーエの顔を、アーラはじっと見つめた。
「…敵の狙いはまさか『カコ?』」
クーゼが大きく頷いた。
「それとエリュシオン本土にある旧王都『イディア』……」
クーゼがそう呟いた言葉に、その場の空気が一瞬で凍てついた。
「50年前の『カタストロフィ』で、20万人の市民と、王をはじめとする王族のほとんど。そしてニキティス家の本家を含んだ、エリュシオン十二騎士家のほとんどがその爆発に巻き込まれ、その一帯は焦土を化し、亡くなった20万余の市民の魂は即座に『ブルゾス』に取り込まれた悲劇の場所。50年経った今でも、半径20キロは閉鎖され、何重にも張り巡らされた結界が、1メートル先も見えない程の瘴気と化した『ブルゾス』の流失を防いでる。
俺たちはその一帯を『奈落』と呼んでいるがな。
相手はその『奈落』の開放を目論んでいると考えられるんだ」
「テバイ王国は…『邪悪』と『奈落』から『ブルゾス』の開放を狙っていると……一国の野望にしちゃ、なんか壮大すぎないか?」
ヴノがごくりと唾を飲み込んだ。
「それだけじゃない。障害となる有望な『アトスポロス』の抹殺も考えられる」
パイクがクーゼの説明に付け加える。
「…それってテバイ王国だけの計画じゃないんじゃ…」
ミゲの不安は、アーラも持っていた。
いや。確信として持っている。テバイ王国の事態はその一連の流れの一部なのでは。ということだ。
「…十分に考えられる。それは『イロアス協会』が全力で情報収集に当たっているし、それが本当ならば、その敵の殲滅に全力を当然尽くす。
俺たちが言えることは、『ブルゾス』退治だけじゃない。お前たちの身の危険を助言してやることぐらいなんだ」
「それはクラッペと僕が専任で当たらせてもらうよ。シェルクも僕らと同じ『補佐役』の1人だ。だからケリーエやクーゼたちには、こちらは安心して任せてもらうようお願いしていたところなんだけどね」
キートがクーゼたちの真剣な話のあとに、タイミング良くフォローを入れる。
「本当はこんな話に、お前たちを巻き込みたくはないんだがな……」
クーゼの呟きが痛々しく感じるのは、兄として弟とその親友たちを心配している思いが滲み出ているからだろう。
「大丈夫です、クーゼ兄様っ!!」
カメリアが声を上げた。
「「アーラは私が護りますっ!!」」
カメリアとミゲの声がシンクロする。
「そうだな。アーラにはミゲとカメリアとついでにジンもいるから、俺たちは自分の身を護ることに専念しようぜ、クレイ」
「…そうだね」
ほとんど喜劇の一場面のような展開に、その場の重圧は一瞬で払拭された。
「まぁ、心配するだけ無駄らしいな」
と、クーゼが苦笑いしつつ、そう言って肩を竦めた。




