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この兄をどうにかしてください!!  作者: 杮かきこ
第2章  『このお嬢様をどうにかしてください!!』
23/69

第7幕  2

序々に自分の歩むべき道と知識が明確になってきたころ。

 アーラにも、4人以外の『顔見知り』が増え、その中から『友人』と呼べる者達が出てきた。

 アーラとジンはほとんど選択した講義が一緒なので、そんな友人達も共通している。

 この日の講義数は3つ。

 1つの講義時間は1刻と半(1時間30分)。

 1つ目の講義は『精霊力学総合』。これは『精霊力学』の基礎中の基礎であり、准士に成り立ての者たちの必須講義となっている。

 講義堂には人が入りきらず、立ち見が出る中行われる。

 人酔いしそうな息苦しさの時間が終了し、半刻の休憩を挟んで、アーラとジンはここで別の講義を選択しているヴノ、クレイと別れ、2つ目の講義『綺晶魔導騎士実技学』が行われる講義堂に向かった。

 2つの講義堂の移動距離は、徒歩でも四半刻(15分)もかからないため、早く到着したアーラとジンは講義堂で残りの休憩時間を潰すことになる。

「アーラ、ジン、こっち、こっちっ!!」

 大柄の青年が2人の姿を見つけ、手を振った。

「フィールっ」

 アーラとジンはその青年の名を呼び、そちらへと向かった。

「アーラ、ジン、久しぶり」

 


横に長い講義机の席は、8人の大人が余裕で座れるほどの長さがある。

 これがひな壇状に、半円を描いて、教官の講義を聞く造りになっていた。

 講義堂の大きさは幾つかあり、前回の講義堂の規模は、300人は収容できる大きさなので『大講義堂』と呼ばれる。この講義の行われる『講義堂』はその半分程度。

 中クラスの規模の講義堂だった。



 3人の男女が座る席の真後ろにアーラたちは座った。

「久しぶりシェーヌ。里帰りはどうだった?」

 アーラよりは少し年上だろう少女に、アーラは親しそうに声を掛けた。

「なんとかね…。でも窮屈なのは変わらない。早くここに戻りたくて困ったぐらい…」

 シェーヌという少女の家は、中堅の騎士家のであったが、礼儀や作法が特にうるさいことで、少々名の知れた家柄でもあった。

 ここ1週間、親戚が来るとかで『アカデメイア』を休み、久しぶりに出てきたシェーヌの顔は――晴れ晴れとしていた。

 事情を知っているアーラたちは、シェーヌの冗談かどうかわからない返答に、アーラもジンも互いに苦笑いで答えるしかなかった。

「アーラ、ジン。どうだ?俺の誘いの返事は?」

 挨拶とは取れない、いきなりの問いかけに、アーラとジンは一瞬言葉に詰まってしまった。

「ワルドっ。失礼よ。2人とも何度も断ってるじゃない」

 ワルド――と呼ばれた少年は、アーラやジンとは同年代の少年に見えた。

 威勢が良く、戸惑う2人の様子にも少しも悪びれず、シェーヌの抗議の言葉にも少しも動じていない。

「ごめん、ワルド。シェーヌの言う通り、俺もアーラも『守護騎士団』へ入団するつもりはないよ。その余裕もないしな」

「ダーメだって!!駄目、駄目っ!!お前たちは入るべきなのっ!!今日でも俺が…」

「ワルドっ!!」

 人の良さそうなフィールが講義堂に響くほどの声で、ワルドを制止する。

「無理強いは良くないと、さっきも言っただろう。

 2人はちゃんとお前に礼儀を尽くして断っているんだ。お前がしつこくしてどうする」

「…うるせぇなぁ…年長者面するなよっ」

 フィールに強く指摘され、完全に機嫌を損ねたワルドは、感情のままフィールを睨みつけた。

「年長者だぞ。仕方ないだろう」

「1歳しか変わらないだろう?」

「でもお前よりは年上だろう?」

「……くっそーっ」

 まるで兄弟のような会話。アーラがつい失笑してしまう。

 しかも駄々っ子のようなワルドだが、根はとても素直であり、このときもフィールに言いくるめられて、悔しそうな顔をしながらも引き下がっていた。

 個性が強い連中だが、友人運はそう悪く?はないようだと、アーラはジンのことは別として、心の中で呟いた。

「ルード教官が半刻程遅れるみたい。さっき事務官から連絡があったわ」

「ふぅーん…何かあったのかな?」

 シェーヌが講義担当の教官の遅れをアーラたちに伝え、アーラは素直な感想を漏らした。

「お前、知らないのぉ?」

 待ってましたとばかりに、後ろに座ったアーラとジンに向かって、ワルドが身を乗り出してきた。

「…イオから『綺晶魔導騎士』であり、エリュシオン王国でも実力がトップクラスの6人の騎士に与えられる、『無限アビロ六芒星エクサルファ』の1人でもある、エルピス・ヘベ・ブロイ・アグノス様が、公開実技特別教官として来るんだろう?」

「…う…ん、まぁ…そうなんだけどさ」

 ジンに出鼻を挫かれ、ワルドのテンションは駄々下がりだった。

「そんなの昨日ここについた私でも知ってるもの。『アカデメイア』でも結構話題になってるみたいだし」

「なぁなぁ。それより聞いた?」

 すでに笑顔に戻っていたワルドが、2人に話しかけてきた。

 ワルドの良さは『めげない』ところだろうな。と、これはアーラもジンも同じ感想を抱いている。

「ロイド王国。やっぱ、このエリュシオンに併合されるらしいぜ。早くからそうすればいいのになぁ。王族が馬鹿だと、国民は苦労するよな」

 


これはロイド王国の王妃と第一王子の謎の失踪から、次期王と目された第二王子のアトゥーが、突如、西の小国『ポリス王国』に亡命してしまったことから、エリュシオンでも全土に知れ渡る騒動となった。

 その後は、第三王子のケトラスがエリュシオンとの併合に向けて指揮を執ることで、騒動は何とか治まったという経緯を辿っている。

 


ワルドは知識を披露し、自慢げに語っているが、アーラとジンの胸中はかなり複雑だ。

 なによりこの場に、クレイが居なくて良かったというのが2人の思いだった。

「問題はその併合より、隣国のテバイ王国の動向が変だということだろうな。

 まるですぐにでも戦争を始めるかのような、きな臭さがあの国から漂ってるらしい。

 疲弊したロイド王国ならともかく、エリュシオン相手に勝てると考えているのだろうか?」

と、フィール。

 世界情勢に少しでも詳しい者ならば、この程度の情報は伝わっている。

 エリュシオンの王家や名だたる騎士家の者たち、政に携わる文官たちも、『戦争は起こる』と考えている。

 問題とされるのが、その『時期』になる。

 すでにエリュシオンの軍3万人が、ロイド王国に入っており、テバイ王国との国境に陣を構えていた。

 恐らくは半年後に予定されている、エリュシオン王国との併合前と予測されている。

 おかげでこの約1ヶ月。超ブラコンのアーラの兄たちはアーラのもとを訪れてはいない。

 


「場合によっては、エリュシオン王家直属騎士団『福音エヴァゲリオ騎士団』やニキティス家直属の騎士団『英霊プネウマ騎士団』も出ることになるんじゃないかって噂だね」

「おー。それこそ力の見せどころじゃんよっ。俺も早く『綺晶魔導騎士』の資格ほしいぜっ!!」

 シェーヌの心配に、ワルドは逆に高揚した気持ちを隠すことなく、興奮した様子で答えていた。

 アーラの兄たちや父も、それこそ、今シェーヌが言った騎士団に深く関わっている。

 しかし世界に名だたるその騎士団が出張ることになるということは、『ブルゾス』の関連が予想されるという事態でもある。

 いずれにせよ、まったく予断を許さない状況は確実であろう。



「で…どうしてアーラもジンも、この『アカデメイア守護騎士団』に入団する気がないんだよ」

「本当にしつこいな…ワルドは…」

 アーラたちの代わりに、フィールがため息交じりで答えてくれた。

 ワルドはこのピサ島のシャシブルが出身の、『平民』の出。今は一般国民という呼ばれ方をするが、貴族などの間ではその呼び名は根強く残る。

 実家は漁師で、そこの次男坊。長男が父親の家業を継いだため、ワルドは気楽な身分といえる。

 ずっと『アカデメイア』への入学を希望し、一般国民にもなれる『綺晶魔導騎士』になることを夢見てきた。

 


近年、『石使い(メイスン)』予備軍が増える一方で、『アカデメイア』への入学希望者も、5年前の2倍近くに増えている。

 そして『綺晶魔導騎士』はその資格を得ることさえできれば、エリュシオンの騎士団への入団資格を得ることもできるので、受講希望者は年々増加傾向にあった。

 特にワルドのような『平民出身』の准士の希望者は、数倍に跳ね上がっていた。

 が、家柄などは関係ないが、受講資格は実は高い。

 確実に『アトスポロス』となれる『綺晶魔導師』と判断されないと、受講の許可が下りない。

 『アトスポロス』を知らない准士たちも多いので、「『綺晶魔導師』として高ランクとなれる霊力のキャパシティがなければ無理」と説明している。

 そういう意味では、『綺晶魔導師』なら誰でもなれる『綺晶魔導戦士』を希望した方が、

無難とは言えるかもしれない。

 この場にいるワルド自身は、実は自分はすごいんだと考えており、本人のテンションは、少々舞い上がり気味で空回り気味であることを、アーラはそろそろ自覚させないといけないかもしれないと考えていた。

 


ワルドがアーラたちに入団をしつこく進める『アカデメイア守護騎士団』とは、『アカデメイア』自体は関わりを直接は持たない、自警団のひとつに過ぎない。

 准士有志による発足が最初で、そこに貴族の子息などが絡むようになり、それを目当てに商人の家柄の准士が入り込み、手柄を立てるようになれば、親からの融資が増えてくる。

 そうして名前だけは立派となり、それなりに有名にもなってきた。が。

 現在の団長と副団長は、エリュシオンでも有数な騎士家の人間で、しかも、副団長側が一方的に独自の主張を行うため、両者には深い溝が出来上がり、派閥さえできてしまっている。ほとんど副団長の1人舞台の様相が強いのだが、触らぬ――なので、あまり係わり合いを持ちたくないというのが、一般准士たちの感想である。



 アーラやジンたちは、入学時の騒ぎで、例の副団長から目をつけられている。

 うっとうしいことこの上ないのだが、ワルドはそんなアーラたちの事情などお構いなしに、騎士の真似事ができる『アカデメイア守護騎士団』への憧れを、アーラたちに押し付けている。すごい能力を持つアーラたちが騎士団に入り、『アカデメイア』を護るのは義務だとワルドは素直に考えている。そしてすでに有名人であるアーラたちの友人かつ、同じ騎士団の同志であるという『地位』にいる自分に陶酔したいというワルドの妄想がそこに介在していることは言うまでもない――。



 アーラは仕方なく今までの事情を説明し、あまり関わりたくないという実感も付け加えてワルドに話した。

「あの副団長はなぁ…でも、団長はすごくいい人なんだぜ。貴族なのに、ちっとも偉ぶらないし、人望あるし。なんつったって志が全然違うんだっ。アーラたちも会えば絶対気に入るってっ!!」

 かなりのワルドの願望と、それに伴う美化も入っているだろう説明に、アーラもジンも苦笑するしかない。

 


実は既にその人物には会っている。

 団長はルトゥム・アクリダ・デウブ・ラィーダといい、エリュシオン王国第一王子のフリソスの護衛役すら勤める、将来を期待される人物だった。

 すでに20歳になり、入学が遅かったため、現在は入学2年目――アーラたちの1年先輩となるが、そんな多忙の中、『アカデメイア』での勉学に励む、非の打ち所のない器の大きい青年だと感じた。

 団長となった経緯は、副団長の暴走を抑えるため――というのが、本当の理由らしく、

それはルトゥムも頭の痛いところらしい。

 そんな本音を惜しげもなく語り、アーラたちに騎士団への入団を直接進めてきたのだ。

 申し訳なく思ったが、丁重にお断りをし、ルトゥムも残念そうだったが、仕方がないとすぐに諦めてくれた。

 が、そんな事情も知らないワルドには、知り合いとなってからずっと、進められ続けてきている。

 


 アーラたちがそんな会話をしているとき、「噂をすれば――」ではないが、講義堂の出入り口付近が騒がしくなり、例の副団長レマルが2人の団員を連れ、講義堂内に入ってきた。

「講義中失礼するっ!!私は『アカデメイア守護騎士団』副団長、レマル・トロフォス・ガビー・ガリファリアであるっ。

 本日王都イオより、我等が先輩『ヘベ様』が『特別教官』としてこちらに来られる事になっている。

 最近、アミナ市内における『ブルゾス』による破壊行為など、『ブルゾス』の活動が活発と考えられる中、その上事もあろうか、『ティミ持ち准士』による、非常識な『力比べ』などという破壊活動も見受けられた。そのため、我等は『ヘベ様』の身の安全と、その実技講義が無事滞りなく行われるよう配慮するため、危険分子の確保を行うこととしたっ!!

 アーラ・アンテニーとジン・フェンツィは立てっ!!

 本日一日は我等の監視下で行動せよっ!!急げっ!!」

「…うわぁ…露骨な嫉妬だわぁ……。ティミ抜きで呼んでるぅ…」

 流暢な演説を終え、アーラとジンを名指しで呼んだ副団長ことレマルの話の直後、まるで聞こえるように(実際に聞こえた)、シェーヌが嫌味な一発を繰り出した。

「誰だっ!!今の言葉はっ!?」

「はーいっ。私、シェーヌ・サラスオス・リオンでーす」

 団員の言葉に、シェーヌは悪びれる様子もなく、はいと手を上げ起立した。

「我等の副団長を愚弄する言葉を取り消せっ!!」

「何か偉そうですけど、たかが自警団のひとつの団体が何を粋がっておられるんです?

 『ヘベ様』の護衛なんて、この『アカデメイア』の優秀な『守衛官』がやりますよ。

 私たちはこの『アカデメイア』で学ぶ権利を与えられてここにいるんです。

 それを何の権限もなく、自分たちが気に入らないから監視するとか、確保するとか、

私から言わせると、『馬鹿みたい』にしか思えないんですがね」

 瞬間、講義堂にいた100人近い准士たちから一斉に拍手と歓声が上がった。

 当の本人たちであるアーラとジンは困惑を隠しきれないが、にっこりと微笑むシェーヌに、感謝を込めて微笑みを返した。

 しかし自分たちの周りの女性たちは、なんでこんな気のお強い方ばかりなのか?これはアーラの心の中での呟きである。

「…将来有望視されている自分たちの未知なる実力を過信しての拍手かもしれないが、今の行為、このエリュシオン十二騎士家のガリファリア一族である私がよく覚えておこう。

 危険人物に加担したという罪は、生涯消えることがない汚点として、君らについて回ることになるだろう。

 そうなることが嫌ならば、その危険分子を我等に引き出すがいい」

 どちらが自分を過信しすぎているのか――とアーラとジンは考えたが、これ以上、この場での問答は埒が明かないと、2人は立ち上がりかけたそのとき。

「いやぁ、威勢がいいな。レマル。久しぶりじゃないか」

 聞き覚えのある声に、アーラは目を見開き、気楽な態度で出入り口に寄りかかる人物を凝視した。

「プ……プロメテウス公っ!!」

「よっ」

 ピサ島民と変わらぬ普段着で微笑むフロガ・プロメテウス・スピサ・ニキティスは、このピサ島を含むピュロス領の領主でもある。

 その領主が「よっ」と気軽に片手を挙げ、自分たちに挨拶をしている姿に、仰天やら驚愕やら腰が抜けるやら。

 それぞれの対応でレマルたちは驚きを表現した。

 そしてこのとき完全に立ち上がっていたアーラとジンに向け、フロガは右手でちょいちょいと「おいで」のジャスチャーを見せ、アーラとジンは互いに顔を見合わせたあと、それに応じ、講義堂の出入り口まで降りてきた。

「君らが例の「入学早々ティミ持ちの力比べ」をした当事者かぁ。俺の耳にも入ってるぞぉ。将来有望だと、ここの学長も喜んでいたぞぉ」

 ぐりぐりと2人の頭を撫で回すフロガは実に楽しそうで、ジンは戸惑いを隠せないが、アーラは完全にフロガに対して非難の視線を向けていた。

 ヘアスタイルを滅茶苦茶にされた2人がそれを整えているとき、フロガはすぐにレマルにアーラたちとは違う、真剣さを込めた視線を移した。

 レマルたちの体はすでに硬直し、最早石像のように突っ立っているだけである。

「…君ら自警団の働きは俺も感謝をしている。だがこれは明らかな逸脱行為と考えるが。どうだろうか?」

「あ…いや。それは…」

 口調はあくまで穏やかだが、目はけして笑ってはいない。

 レマルは先ほどの流暢な演説が嘘のように、自分の主張を『声』という音にすらできずにいた。

「先ほどのシェーヌという彼女の主張の通り、君らはこの『アカデメイア』で学ぶ権利を得てここにいる。

 それを個人的理由で害するのは、何人も…この俺すら許されるものではない。

 エルピスの護衛は必要ない程、あいつは強い。君らの心配はありがたいが、それは取り越し苦労だ。

 君らの今後の活躍には期待をするが、自分たちの立場を弁えて活動をすること。

 そして君らが晴れて真の騎士と認められたときは、その騎士道精神を存分に、逸脱しない程度に発揮してくれ。

 俺が『お願い』をするのはこれぐらいだな」

「は…は、はいっ!!身に余るお言葉っ!!感謝いたしますっ!!

 アーラくん、ジンくん大変すまなかった。今後も共に精進しよう。

 これにて失礼する。プロメテウス公っ、御前を失礼申し上げますっ!!」

「…うむ」

 ぜんまい仕掛けの玩具の行進ように、ぎくしゃくと、講義堂をあとにするレマルたちに、フロガは終始笑顔で対応していた。

「邪魔して悪かったな。それじゃ、これで」

 フロガの幕引きも実に呆気なく、きょとんとしているアーラたちに、「じゃ」と爽やかに手を振り、講義堂をあとにした。

 その後ろを、「面白いものを見せてもらったわぁー」という笑顔の余韻を残し、スフェラが一言も発することなく去っていたことの方が、アーラとジンには何やら重く圧し掛かっていた。

 直後にきゃー、うわー、本物見ちゃったーという黄色い歓声が講義堂に満ちたのは言うまでもない。



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