第7幕 『この貴族をどうにかしてください!!』 1
「ぎゃあ――――――っ!!」
この日は一段と大きな声が木霊した。
とうとう――とうとうここまで来てしまった。
『アカデメイア』入学から1ヶ月半。
ジンはこの日の朝。アーラとの関係でその一線を越えてしまった――。
「……お…おま…おま……」
あまりの出来事に、アーラの言葉は内容が定まらない。
と言うより、何が言いたいのかわからない。
「…『おはようのキス』をしただけだろう?」
ジンは思いっきりしれっと、アーラのショックのあまり戦慄く態度に呆れきった様子で答えた。
「…男同士だろう――がぁ――っ!!」
アーラはようやく言いたいことを、力いっぱい言葉にすることができたが、それはとんでもない内容だった。
その姿は毛布を右手で胸元まで手繰り寄せ、上半身を隠すかのようなポーズで、ぜぇーはーぜぇーはーと荒い呼吸を繰り返した。
「とか言う前に、俺がお前を襲ったような姿で言うのは止めろ」
確かにそう見えなくともにない。否。そう見える。
「そうだろうがっ!!」
朝起きぬけに、「おはよう」というジンの毎朝恒例になった挨拶と共に、間髪居れず、アーラの唇はジンによって奪われていた。
「…そんなに襲われたいのか…お前は…」
不機嫌そうに、ジンはアーラの居るベットの端に腰掛けた。
それと同時に、アーラの体が30センチはジンから離れる。
「……お前なぁ…」
まさに神速。そう呟いたあとのジンの体は、あっと言う間にアーラの眼前、2人の鼻と鼻は数センチもない程までに迫っていた。
「お前。強くなりたいんだろ?」
「…っ?!」
「なら『この程度』のことでその醜態。情けなくないか?」
ジンのいつにない真剣な面持ちと、その言葉のアンバランス差に、アーラの目は点になった。何が言いたいんだこいつ――と。
「強い肉体は、強い精神があってこそ成り立つもの。こんなことで、いちいちそんなに動揺していたら命が幾つあっても足らんな」
――ムカツク。こいつ本当にムカツク。
アーラの体が僅かにプルプルと震えている。
「悔しいと思うなら、いちいち動揺するな」
「…わかった。貴様がそう言うなら、今日の夜からベットは別々にしよう。
貴様のその『精神』とやらも甘えさせては、悪いからな……」
怒りを抑え、アーラもジンの迫力に負けまいと、口元に笑みを浮かべ、動揺を極限まで押さえ込み、ジンを嘲笑した。
ジンはレユアン王国に居た時期に、妹のミゲ程に大切にしていた大太刀『朱雀』を毎晩肌身離さず抱いて寝ていたのだそうだ。
だが、このエリュシオンに来る直前、その刀が折れてしまった。
現在、その大太刀を修復できる刀鍛冶は見つかっておらず、レユアンの自宅に置いてきている――のだそうだが、毎晩抱いて寝ていたせいで、『朱雀』がないと安眠できないという理由から、アーラの家に同居を始めて以来、アーラを『朱雀』の代わりに、抱き枕よろしく、しっかり抱いて寝ているのだった。
ジン曰く「抱き心地がいい」。らしい。
「…ふっ」
ジンはそう鼻で笑った。
「何が可笑しいっ!!」
アーラがまったく動じないジンの態度に苛立つように答えた。
「…それとこれとは話が別だ」
迷いのない真顔のジンと、言葉の内容がまるで合ってない。
「はぁぁ!?なんだそれっ!!めちゃくちゃかっこ悪いぞお前っ!!」
「いいさ、俺も自覚はしてる。それより朝めしできたぞ。冷める前に起きて来い」
居直ったジンの態度に、アーラは大きなため息をついた。
「ああ――っ!!オレの…ファースト…キス…ジンに奪われたぁ…」
初めは勢いよく。語尾はめいいっぱい恥ずかしそうに。再度ベットに横になりながら、アーラは訴えた。
それを聞いたジンの頬が紅く染まったことを、アーラはふて寝状態だったために見ることができなかった。
「それは光栄。でも、ミゲとカメリアのどちらを先に、ファーストキスをしなきゃいけないとか悩んでいただろう?解決したな」
「…っふざけるなぁっ!!」
バネつきの仕掛け人形のように、アーラは毛布を跳ね上げ、ジンの眼前まで状態を起こした。
「…さて」
ひょいと、アーラを抱き、ジンはベットから立ち上がった。
「…はぁっ!?おい、こらっ、ジンっ!!!」
俗に言う『お姫様抱っこ』の状態で、ジンは叫び暴れるアーラを抱き、上機嫌で部屋を出た。
「お前っ!!いい加減にしろーっ!!」
「はいはい。文句は朝めし食ったあとにいっぱい聞くよ。
それにしても、お前、相変わらず細いな」
「大きなお世話だぁっ!!」
アーラは力いっぱい叫んだ。
◆◆◆
「おはよう。今日も朝から元気だねぇ。よく聞こえたよぉー。男の子はそうでなくちゃね」
アーラとジンの住む家の左隣の家に住んでいるミラド一家のセミネおばさんは、毎朝、日課である家の前の道を掃除している途中で、アーラたちと出会う。そして明るく元気に、いつも2人に挨拶をしてくれるのだ。
今日も元気に、『アカデメイア』へと出かける2人を笑顔で送り出してくれた。
「おはようございますっ。毎朝うるさくてすみません。行って来ます」
「おはようございます。行って来ます」
ジンの満面の笑みと、アーラの引きつった愛想笑いと。
「男の子はそうでなくちゃね」って。セミネおばさん。真実はそうとう不毛なんです。
アーラは喉まで出掛かった言葉を飲み込み、颯爽と歩くジンのあとを追いかけた。
「おっはよーっ!!」
朝から元気なのはヴノも一緒だ。
この1ヶ月半。一番外見『が』変化したのは彼かもしれない。
エリュシオン王国の北に位置するキマイラ領の村が出身の彼は、初めて会ったとき、その白い肌が特徴だった。が、その面影は、今は遠く――。
ピサ島名物の強烈な日差しに、真っ黒――にまで日焼けしたその肌は、もはや現地人と見分けがつかない程、逞しく成長したことを物語っていた。それはヴノの「キマイラ領のピサ島民」と揶揄される程の順応性の高さと、社交性の高さをも証明した。
其処彼処に彼の『知り合い』は数多く存在し、「今日はあの元気な兄ちゃんはいないのかい?」と聞かれれば、それはヴノ以外の何者でもないとわかる程、彼の知名度?(認知度か?)は確実に日々上がってきていた。
そんなヴノがいつもの元気な笑顔を振りまいて、ヴノと共同生活を送るクレイの2人が住む寮の前で、アーラとジンを迎えた。
すでにピサ島民と間違われるほどのヴノの変化と真逆に、クレイの白い肌は、少し焼けた程度であまり変化はない。
が、日々ヴノに引きずり回されているクレイも、この島ではヴノにくっ付いて、人々の認知度は上がっている。
外見も中身も正反対の2人は、それが印象深いらしく、現地の人々には微笑ましく受け入れられていた。
もともと容姿も美男子であるヴノとクレイに、少女に見まごうばかりの美少年であるアーラに、凛々しい面立ちのこれも美少年であるジンたち4人は、毎日つるんでいるのだ。
何かと注目度は色んな意味で上がってしまう。
それは『アカデメイア』内ではなおさらのことだろう。
『アカデメイア』の象徴である、『エヴァエニス宮殿』の正面にある黄金に輝く『ブレウラ門』が開くのは年に4回。それ以外で開くのは、王族などの賓客を迎えるときなどで、通常は閉じたままである。
ヴノとクレイは現在一度だけ、門が開いたところを見た。
それは『アカデメイア』の入学のとき。100人もの男たちが力の限りに押し開いた。
「お前、魔法がどうだとか言ってなかったかっ?!」
責めるような口調のヴノの態度に、アーラは大笑いした。
「だから見る楽しみがあるって言ったろ?」
いつもは当然閉じたままだが、この日は――何故か門は開いていた。
「…賓客が来るってことか」
「そういうことになるだろうな」
アーラの問いを、ジンがさりげなく答えた。
確か今日は『特別教官』が来る日になったいたが――。
正直、門が開くほどの『賓客』なのだろうか?
それでも、普段味わうことができない王族や上流貴族などの気分を味わうためか、多くの准士がこの門を通り、アーラたちもご多分に漏れず、この門を通って『エヴァエニス宮殿』の敷地内に入った。
ここでアーラたちが足を止めた。
「…お前の知り合い?」
「違うよ」
「あとをずっと付けられてたとか?」
「うるさい、黙れ」
ヴノからアーラ。またヴノから今度はジンへ。そんなやり取りを経て、クレイがため息をついた。
「彼女は確か「銀の乙女」と言われる、入学から僅か3ヶ月で『名持ち』の『神杯』を見つけて話題になったとかいう、『テミス』さんじゃなかったっけ?」
「じゃ、なんでその『テミス』さんが、俺らをあんなに睨んでいるんだ?」
ヴノは直視を避けながら、クレイに言った。クレイはさぁ?と小首を傾げた。
1人の少女が数メートル離れた位置から、アーラたち4人を凝視――というよりこちらを睨みつけている。
彼女の名はテミス。銀色の長髪に、碧眼。まるで御伽噺にでも登場しそうな『精霊』を思わせる容姿から『銀の乙女』の異名があった。
「アーラへの告白か?」
「いい加減にしろ、ヴノ。もし違ったら、昼めしおごれよ」
「…いや、止めておく。違うと思う」
真顔で馬鹿な会話を続けているうちに、テミスはアーラたちから視線を外し、ふいと踵を返すと宮殿へと歩みだした。
「…なんだったんだ?」
ジンが呟いた。
「あっぶねぇ。危うく、アーラに昼めしおごらないといけなかったぜ」
「やっぱりおごれ」
「なんでだよっ!!」
相変わらず馬鹿な会話を続ける2人に、クレイは肩を竦め、ジンは軽くため息をついた。
◆◆◆
『アカデメイア』では『第1期~第4期』まで1年を区切り、それを『学期』として講義等の、選択の変更の時期としている。
約3ヶ月に1回。その機会がやってくるということになる。資格試験等もその時期に行われる。
普通の『学宮』にある、季節ごとの長期の休暇などは、この『アカデメイア』はその学期の合間に1~2週間程度入る慣わしになっている。
では普段の1週間の間にどれほどの休日があるのかというと、それは『准士 (じゅんしと読む。アカデメイアでの学生の呼び名)』の選択した講義や実技の量などで変わってくる。休みが週1回の者もいれば、週に3~4日も休む者すらいる。
『自主性』。それが『アカデメイア』での学びの基本となる。
アーラとジン、ヴノとクレイは『綺晶魔導騎士』を目指し、学科に関しては必要な講義を選択している。
ヴノは他に『綺晶判別師』を、クレイは『綺晶王導師』の道を合わせて選択し、学科の講義もアーラとジンよりは多い。
その分、アーラとジンは実技の時間を増やしている。
彼らの実技とは――対『ブルゾス』が基本である。
ピサ島西にある『ブルゾス』を溜め置く不浄の地、『カコ』へ遠征し、スフェラの指導の元、対『ブルゾス』実技講義(ようは実戦)を行っている。
そして対人実技の時間も増やし、これもスフェラが担当し、時折、キートやクラッペも参加して剣技や体術の実技を行っている。
スフェラは最初の3ヶ月、『アカデメイア』の准士同士の実技講義及び、決闘などの模擬を含んだ『仕合』も一切禁止した。
准士でなくとも、すでに騎士や戦士の称号を得ている者との仕合も同様であった。
但し、「不意に襲われたときなど、身を護る危険性があるときは応じて良し。それは相手の生命を奪うことになったとしても、防衛の意味から仕方のないこととする」
と、言われている。
その後の3ヶ月は、アーラたちの成長度合いを見て、順次方針を変えていくと言う。
(そこら辺は妙に師匠らしいよな)
と、アーラはスフェラへの感想を持っていた。
失礼なことではあるのだが――。
1ヶ月半が経過し、アーラもジンも、もとより剣術などは『達人』クラスとスフェラに言わせるだけあって、技術などを含め、ほとんど何も問題なくこなしている。
問題があるとすれば、10代という若さからくる精神面の未熟さであり、それは数多くの経験をしていくしかない。
それが朝の騒ぎに通じていく――のかどうかは知らないが、アーラもジンも感じている自身の弱さでもある。
そのための実技の時間であるが、もう3ヶ月、現在の状況を維持し、何事にも『動揺』をしない強靭な精神を鍛え、全体の半年を過ぎたら、アーラは『綺晶魔導医術師』の講義もとろうと考えていた。




