第四章 第三話
国内の混乱が顕在化する中、場の空気がさらに張り詰める。エレオノールは最後の、そして最も重要な指摘に進んだ。
「そして最後に、外交への影響について」
その言葉を受け、宰相の表情が一層険しくなる。
「各国の使節がご覧になる中で、王位継承者が感情的な判断を下す。それを制止できる者が誰一人としていないとは」
フィリップは、ようやくその意味を理解し始めたようだったが、既に手遅れだった。
「東との緊張が高まるこの時期に、王太子が自制を失い、側近たちはただ追従するだけ。このような国に、諸外国が信頼を寄せると思われますか?」
低く響く声が、会場の隅々に届く。
「今この瞬間にも」
言葉が静かに続く。
「各国の使節たちは、本国へ報告書を作成しているはずです」
宰相が目を閉じた。その報告書に記される内容は明白だった。
「王位継承者の感情的な独断、側近たちの軽率な追従、そして王族や重臣による制止の欠如」
ひとつひとつの指摘が、フィリップをじわじわと追い詰めていく。
「その原因が、たかが婚約破棄だとすれば、しかもそれを公の場で行うなどという最悪の選択を」
場の空気が一層重くなる。統治能力への疑念が重臣たちの表情を曇らせていくのが分かった。
「特に、東との関係において」
冷静さを増した声がさらに厳しさを帯びる。
「今後の交渉には、大きな影響を及ぼすでしょう」
宰相の顔がみるみる暗さを増していく。東との緊張は、この国が抱える最重要課題。築き上げた信頼関係が、一瞬にして崩れ去る危険があった。
「感情に任せ、独断で物事を決める指導者」
ひとことひとことが静かに、しかし確実に響く。
「そのような国と、どの国が信頼を築こうとするでしょうか」
フィリップの顔から血の気が引いていく。ようやく自らの行動がもたらす重大な結果を理解し始めたのだろう。
「外交とは信頼の積み重ねです」
エレオノールはゆっくりと続けた。
「その積み重ねを、たった一度の感情的な判断で崩してしまう。これほどの外交的失態があるでしょうか」
フィリップはもはや反論の言葉すら見つけられない。取り巻きたちも項垂れ、シャルロットはその場に崩れ落ちている。
「そして何より」
深く伏せられた瞳から、言葉が零れる。
「この事態への対処を、諸外国は注視していることでしょう」
その響きに、国王の表情がさらに厳しさを増した。
「陛下」
深々と頭を下げる。
「このような進言を重ねるのは、私の分際を超えているかもしれません」
場の視線がエレオノールに集中する。
「ですが、国の行く末を案じる者として、全てを申し上げるべきだと判断いたしました」
張り詰めた静寂が会場を支配する。
「国内の混乱。そして、外交の危機」
言葉が、確かな意志を持って会場に響いた。
「この事態を収めるには、然るべき処置が必要かと存じます」
国王はゆっくりと目を開き、その瞳には既に決意の色が宿っていた。




