第五章
立食パーティーの会場には、もはや祝宴の雰囲気は残っていなかった。エレオノールの指摘が、全ての事態の本質を明らかにしたからだ。
国王は、ゆっくりと立ち上がる。
「フィリップ」
その声に、会場全体が身を引き締める。
「汝の軽率な判断は、この国の根幹を揺るがしかねないものであった」
フィリップは、もはや反論することもできない。
「よって、王太子としての資質を、改めて問い直す必要があろう」
その言葉に、第二王子の表情が引き締まる。
「重臣たちの意見を聞こう」
国王の視線が、宮廷の重鎮たちを捉える。
「王位継承者には、冷静な判断力が不可欠」宰相が口を開く。「感情に任せた独断は、国家の危機を招きかねません」
「騎士団の統率にも、信頼できる指導者が必要です」年長の騎士が続く。「部下を正しく導けない者に、国の舵取りは任せられません」
「魔術界としても」
宮廷魔術師長が言葉を重ねる。
「国の要である魔術を軽々しく扱う方には、従えないと申し上げざるを得ません」
それぞれの言葉に、フィリップの体が、少しずつ、しかし確実に崩れていく。
エレオノールは、静かにその様子を見つめていた。これは誰かの策略や陰謀の結果ではない。全ては、フィリップ自身の判断が招いた、必然の帰結なのだ。
「エレオノール」
国王の声が、彼女の名を呼ぶ。
「汝は、この場で真摯な進言をしてくれた。その冷静な判断力と、国を思う心に、深く感謝する」
エレオノールは、深々と頭を下げる。
「恐縮でございます。私は、ただ……」
「否」
国王は静かに首を振る。
「汝の指摘は、まさに為政者として在るべき姿を示していた」
その言葉に、重臣たちが頷く。彼女が示したのは、単なる婚約者としての感情ではない。国家の行く末を案じる者の、確かな意志だった。
「むしろ、我が息子より、はるかに優れた資質を見せてくれたと言えよう」
フィリップの顔が歪む。しかし、もはやそれは怒りの表情ではなかった。深い後悔と、自身の未熟さへの認識が、その表情を苦しく歪ませているのだ。
「陛下」
エレオノールは、改めて丁寧に一礼する。
「私には、もはや王太子妃としての資格はございません」
その言葉に、会場がざわめく。
「このような場で婚約破棄を宣言された以上、元には戻れないと存じます」
フィリップが顔を上げる。しかし、エレオノールの視線は、既に彼を見ていない。
「私からも、婚約の解消をお願い申し上げます」
その言葉には、いかなる感情も込められていない。ただ、国の未来を思う清らかな意志だけがあった。
「しかし」
第二王子が一歩前に出る。
「エレオノール様のような方こそ、この国に必要な——」
「いいえ」
エレオノールは、静かに言葉を遮る。
「私は、ただの公爵家の令嬢です」
その言葉には、揺るぎない意思が込められていた。
「王太子妃という立場を求めて、このような進言をしたわけではございません。国の行く末を案じる一臣下として、申し上げるべきことを申し上げただけでございます」
その姿勢に、重臣たちの敬意の色が深まる。
「エレオノール」
国王が、静かに口を開く。
「汝の判断は正しい。されど、汝がこの国にとって必要な存在であることもまた、動かぬ事実」
エレオノールは黙して聞く。
「故に、王太子妃という立場は解かれるとしても、今後は政務に携わってもらいたい」
その言葉に、宰相が深く頷く。エレオノールの冷静な判断力と洞察は、この国に必要不可欠なものとなっていた。
「お言葉、誠に光栄に存じます」
エレオノールは、深々と頭を下げる。
「ですが、その前に」彼女は静かに視線を巡らせる。「この場で、決めるべきことがございます」
国王は、わずかに頷く。
「フィリップ」
国王の声が、厳かに響く。
「汝は、即刻、王太子の地位を解かれる。今後は第二王子が、その座を継ぐものとする」
フィリップの肩が、がくりと落ちる。しかし、それは敗北の色というより、重荷から解放された安堵の色に近かった。
「また、この度の事態に関わった者たちへの処分は」国王は重臣たちを見渡す。「それぞれの家において、然るべき裁定を下すように」
伯爵、宰相、子爵が、厳かに頷く。




