第四章 第二話
フィリップの立場が完全に揺らぎ始める中、エレオノールは次の指摘へと移る。
「ここで考えなければならないのは、内政への影響です」
その言葉に、重臣たちの表情が引き締まる。
「まず、騎士団の分裂の危機。伝統ある騎士道の根幹を揺るがす事態となりました」
エレオノールの視線が、アンリの父である伯爵を捉える。
「次に、宰相家の威信の失墜。政治の要である宰相の立場すら、危うくなりかねません」
宰相は沈黙を保ったまま。しかし、その表情には深い陰りが見えた。
「そして、魔術界の混乱。筆頭魔術師候補による虚偽の判定は、魔術への信頼そのものを損なうことに」
「この三つの柱が同時に揺らぐということは」
エレオノールの声が、静かに響く。
「即ち、国家の統治機構そのものが危機に瀕するということです」
重臣たちの間で、小さなささやきが広がる。騎士団による治安、宰相による政務、魔術による守護。その全てが、一度に揺らぐことの意味を、彼らは痛いほど理解していた。
「しかも、これは単なる各組織の問題ではありません」
エレオノールは言葉を継ぐ。
「伯爵家、宰相家、子爵家。名門である三家が、同時に後継者問題を抱えることになった。この事態が、貴族社会全体に及ぼす影響は」
フィリップの表情が強張る。自分の一度の感情的な行動が、これほどまでの波紋を広げることになるとは。
「さらに」
エレオノールは、一瞬だけ目を伏せる。
「民の動揺を、どうお考えでしょうか」
その言葉に、宮廷の空気が変わる。
「王太子による婚約破棄。護衛騎士による忠誠の混乱。宰相家の混迷。魔術師の虚偽。このような事態を、民はどのように受け止めるでしょう」
重臣たちの表情が、一層厳しさを増す。統治者への信頼。それは一度失えば、容易には取り戻せないもの。
「民にとって、王族と貴族は憧れであり、誇りであるはず。その信頼を、一瞬にして失うことになりかねません」
フィリップが、今度こそ完全に言葉を失う。自分の軽率な行動が、ここまでの影響を及ぼすとは、想像すらしていなかったのだろう。
「そして、もう一つ」
エレオノールは、静かに扇子を閉じる。
「シャルロット様への影響も、見過ごすことはできません」
その言葉に、男爵令嬢が小さく震える。
「王太子に寵愛を受けた令嬢として、その名が広まってしまった今、どなたが正式な縁談を持ちかけてくださるでしょうか」
シャルロットの顔から血の気が失せる。フィリップもまた、自分が彼女の将来を台無しにしてしまったことを、今になって理解したかのように、顔を青ざめさせる。
「貴族社会は、一度ついた噂を簡単には忘れません。令嬢の、そしてご家族の今後を、殿下はどうお考えですか」
その問いに、誰も答えることができない。
「国の根幹を揺るがし」
エレオノールは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「貴族社会の秩序を乱し」
重臣たちが、固唾を呑んで聞いている。
「民の信頼を失い」
フィリップの震えが、さらに増す。
「そして、罪のない令嬢の人生まで危うくする」
エレオノールは、深々と一礼する。
「このような判断を下された方が、国の舵取りを任されるなど。陛下、申し訳ございませんが、それは到底、容認できることではございません」
国王の表情に、決意の色が浮かぶ。第二王子は、背筋を一層伸ばす。




