第四章 第一話
取り巻きたちへの指摘が終わり、会場には重い沈黙が満ちていた。アンリは騎士としての誇りを、ルイは政治家としての資質を、ジャン=マリーは魔術師としての自負を——。それぞれが、自らの立場の根幹を失っていた。
エレオノールは、ゆっくりとフィリップへと向き直る。
「王太子殿下」
その声に、会場の緊張が一層高まる。
「このような場をお選びになった理由を、お聞かせいただけますでしょうか」
フィリップの表情が強張る。しかし、エレオノールは冷静に言葉を続ける。
「卒業式後の立食パーティー。国の重鎮が揃い、諸外国の使節も列席する場で」
「一国の王太子が、婚約者への処遇を、このような形で示される」
エレオノールの声は、相変わらず落ち着いていた。その静けさが、却って言葉の重みを増す。
「これは即ち、王位継承者としての判断力を、国の内外に示されたということ」
フィリップの表情が険しくなる。しかし、エレオノールの言葉は止まらない。
「殿下は、第二王子様、第三王子様より年長であるという、それだけの理由で王位継承者の座にお着きになった」
その指摘に、会場の空気が凍る。誰もが知っていながら、誰も口にしてこなかった事実。フィリップの立場の根本的な弱点が、今、明らかにされようとしていた。
「その立場にありながら、感情のままに、このような事態を引き起こされる」
「黙れ!」
フィリップが声を荒げる。しかし、その感情的な反応こそが、エレオノールの指摘の正しさを証明していた。
第二王子が、わずかに身を乗り出す。兄の一挙手一投足を、冷静な目で見つめている。
「殿下が、この判断をなさる前に」
エレオノールは静かに続ける。
「陛下にご相談なさいましたでしょうか」
国王の表情が、一層厳しさを増す。
「いいえ。それどころか、このような重大事を、お父上である陛下の目の前で、独断で決行なさった」
フィリップの顔が蒼白になっていく。自分が何をしてしまったのか、今になって理解し始めたかのように。
「国の最高権力者となるべき方が、このような判断力しかお持ちでないとなれば」
「それは即ち、国の存亡に関わる問題となります」
その言葉の重みが、会場全体を支配する。
「王太子の資質を疑われるということは、王位継承の正当性を問われるということ」
フィリップの震えが、目に見えて強くなる。
「年長というだけの理由で、実力も判断力も持ち合わせない者が、国の舵取りを任されるなど」
第二王子の瞳が、かすかに光る。一方、フィリップは言葉を失ったまま。反論できない。反論の余地すら、エレオノールの指摘は許していない。
「王位は、国家の象徴」
エレオノールはゆっくりと続ける。
「その重みを理解できない方が、継承者としての資格をお持ちとは、誰も思わないのではないでしょうか」
国王が、ゆっくりと目を開く。
その視線は、フィリップを捉えていたが、既に王太子としてではない。ただの、未熟な息子として。
「陛下」
エレオノールは、深々と一礼する。
「王国の未来は、より賢明な判断のできる方の手に委ねられるべきかと」
その言葉に込められた意味を、誰もが理解する。第二王子の表情が、一層引き締まる。
「か、勘違いするな!」
フィリップの声が裏返る。
「余は、正当な王位継承者だ。年長者としての権利が——」
「権利、とおっしゃいますか」
エレオノールの声が、フィリップの言葉を切る。
「その権利を主張なさる前に、為政者としての責務をお考えください。今この瞬間も、殿下は感情的な判断を—」
フィリップの言葉が、完全に途切れる。
自分の立場が危うくなったことを、ようやく理解し始めたのだろう。しかし、今更どう取り繕うことも——。
「シャルロット……」
フィリップは男爵令嬢の方を見やる。しかし、彼女は既にその場に崩れ落ちたまま。取り巻きたちも、誰一人としてフィリップを支える力も意志も持ち合わせていない。
国王の視線が、第二王子へと移る。そこには、明確な意思が込められていた。
「陛下」
エレオノールは改めて深く頭を下げる。
「このような進言を申し上げ、申し訳ございません。ですが、国の行く末を案じる者として、黙ってはおれませんでした」
その言葉に、重臣たちが厳かに頷く。




