↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/14

第三章 第三話

ルイの後悔が深まる中、エレオノールの視線は最後の対象へと向けられた。

子爵子息ジャン=マリー・ド・コリニー。魔術の才のみを頼みとし、筆頭宮廷魔術師候補の座を約束された男。しかし今、彼は教本から目を上げようともしない。

「ジャン=マリー様」

エレオノールの声に、会場の空気が変わる。宮廷魔術師長が、わずかに身を乗り出した。

「魔術師として、重大な過ちを二つ」

その言葉に、ようやくジャン=マリーが教本から顔を上げる。しかし、その表情には不遜な色が残ったままだった。

「一つは、許可のない魔法増幅」

エレオノールの指摘に、宮廷魔術師たちが身を強くする。王太子の声を増幅した魔法。それは単なる規律違反以上の意味を持つ。

「王宮内での魔法行使には、厳格な規定があります。特に、この晴れの場で」

ジャン=マリーの表情が、わずかに強張る。下級貴族の出である彼が、この地位まで上り詰めてこられたのは、魔術の才によるもの。その自負が、逆に規律を軽んじさせていた。

「宮廷魔術師は、王族や貴族の安全を守るもの」エレオノールは静かに続ける。「ですが、あなた様は王太子殿下の声を増幅することで、この場の秩序を乱す手助けをなさった」

宮廷魔術師長の表情が、一層厳しさを増す。魔術師としての最も基本的な心得。それを、筆頭候補が踏み外すとは。

「そして、もう一つの過ち」

エレオノールの声が、一層冷静さを増す。

「痕跡魔力の判別について、虚偽の発言をなさいました」

ジャン=マリーの表情が、初めて崩れる。

「シャルロット様の杖に残された魔力が、私のものだとおっしゃいました。しかし、痕跡魔力の判別は、筆頭宮廷魔術師ですら慎重を期す難題。それを、まだ候補者の身でありながら、確定的な判断を下すなど」

宮廷魔術師たちの間で、厳しいささやきが広がる。魔術師にとって、真実への誠実さは何より重要な徳目。その根本を、彼は軽々と踏み外したのだ。

「い、いえ、それは……」

ジャン=マリーの声が、明らかな動揺を帯びる。魔術の才だけを頼りに上り詰めてきた彼の中で、何かが崩れ始めていた。

「宮廷魔術師という立場は、王族や貴族の信頼の上に成り立つもの」

エレオノールの言葉が、静かに響く。

「その信頼を裏切る行為を、あなた様は重ねてなさった。魔法の不正使用。虚偽の判定結果。いずれも、魔術師としての資質を根本から疑わせる過ちです」

宮廷魔術師長が立ち上がる。その仕草には、もはや裁定を下す者の威厳が漂っていた。

「しかも」

エレオノールは続ける。

「それは筆頭魔術師を目指す方の行為。民にとって、魔術師は畏怖と憧れの対象。その地位を汚すことは、許されることではありません」

ジャン=マリーの手から、教本が落ちる。魔術の才のみを誇りとしてきた彼の心に、深い亀裂が入り始めていた。

「申し開きを」

ジャン=マリーの声が震える。

「申し開きをさせていただけないでしょうか」

「申し開きの必要はございません」

エレオノールの声は、冷静さを保ったまま。

「あなた様の行為は、既に多くの証人の前で明らかです。王太子殿下の声を増幅した魔法。シャルロット様の杖についての虚偽の判定。そして何より——」

一瞬の間。

「魔術という神聖な力を、個人の野心のために利用なさった」

その言葉に、宮廷魔術師たちの表情が一層厳しさを増す。

「魔術は王国の要。その秩序を乱すことは、即ち国の根幹を揺るがすこと」

宮廷魔術師長が、静かに言葉を重ねる。

「筆頭魔術師など、到底望める立場ではありますまい」

その言葉が、ジャン=マリーの全てを打ち砕く。

魔術の才。それだけを頼りに、ここまで上り詰めてきた。他に何も持たない自分だからこそ、魔術への自負だけは誰にも負けないと信じていた。しかし今、その誇りさえも—。

教本は床に落ちたまま。かつては常に手放さなかったその本に、もう手を伸ばすことはできない。今の自分にその資格はない。そう、痛感していた。

「申し訳……ございません」

その言葉が、ジャン=マリーの中の最後の砦を崩していく。魔術師としての誇り、野心、全てが音を立てて崩れ落ちる。

そして、この場に居合わせた全ての者が理解していた。筆頭宮廷魔術師の座など、もはや望むべくもないということを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。