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◆第十二話『眠る遺跡②』

 めきめきと音を鳴らしながら、根の巨人は壁面から抜け出した。

 まとわりついた邪魔な根を振りほどくさまは、まるで檻から脱するかのようだ。

 巨人が祭壇を越え、地に足をつけると広間全体が揺れた。


 巨人の頭部に目や鼻らしきものはない。

 あるのは暗闇を有する口だけだ。

 その口が大きく開けられると、低いうなり声が放たれた。


 骨まで震えるようなその咆哮に、ガレンは思わず顔を歪めてしまう。

 ただ、圧倒されてばかりいられなかった。

 巨人が右手を振りかぶったのだ。


 彼我の距離は相当にある。

 いくら巨人が大きくても手を伸ばしたところで届く距離ではない。

 だが、ガレンは嫌な予感がした。


「避けろヴィオラッ!」


 ヴィオラともどもその場から弾かれるようにして飛び退いた。

 直後、突き出された巨人の右手から幾本もの根がうねるようにして伸び、ガレンとヴィオラが先ほどまで立っていた床を襲った。

 凄まじい衝突音とともに床が抉れ、破片が飛び散る。


 不意打ちを躱せたことに安堵している暇はなかった。

 床を抉った幾本もの根が息を吹き返したようにくねくねと動きだしたのだ。

 それらは先端を尖らせたのち、再び迫ってくる。


「しつけぇっ、どこまで伸びやがるっ!」


 ガレンは広間の端を全力で駆けた。

 通った近くの壁や彫像に根が突き刺さり、石の破片が辺りに四散していく。

 反対側の壁付近ではヴィオラも同様に根の追撃を躱していた。


 ふと根がぴたりと止まった。

 どうやら無限に伸び続けられるわけではないらしい。

 追撃をしかけてきた根が巨人の本体へと戻っていく。


「なんなんだ、あいつ!」

「たぶん魔導生物――ゴーレムだと思うんだけど……」


 ヴィオラが服についた埃を払いながら巨人を睨みつける。


「でも、それなら操る術者がいるはずなのよ」

「そんな奴、どこにも見当たらないな」

「ええ。そもそもあんな巨大なものを動かせる人なんて聞いたこともないわ」


 ヴィオラがそこまで言い終えたとき、巨人が低いうなり声をあげた。

 両腕を伸ばしながら交差させ、なぎ払いの一撃を繰り出してくる。


 ガレンは滑り込むようにして巨人の手を潜り抜ける。

 と、巨人の手が壁にぶつかったのか、凄まじい轟音が背後から聞こえてきた。

 前方からは同じように攻撃を回避したヴィオラが向かってきている。


「どうやら仲間外れは嫌いらしい!」

「あれの目的は侵入者の排除ってところかな!」


 ヴィオラがホルスターから魔導銃を引き抜いた。

 ガレンもベルトにはめていた木の枝を取り出したのち、しっかりと手で握れる棒程度にまで巨大化させる。


「じゃあ、やるしかねえよなッ!」


 互いに止まることなくすれ違った。

 前方の壁に埋まった巨人の手から幾本もの根が伸び、迫ってくる。


 ガレンは両手でしかと握った棒を一気に丸太まで巨大化させる。

 と、力任せに丸太を振るい、襲いくる根の群れを弾き飛ばした。


 体が引きずられないよう丸太を勢いのまま手放したのち、振り返る。

 見れば、ヴィオラは巨人の手を氷漬けにすることで動きを封じていた。


「やっぱり、やるじゃねぇか!」

「きみもね!」


 言って、ヴィオラはこちらに向かって魔導銃を撃った。

 ガレンの背後で控えていた巨人の手が氷で固められる。

 両手を解放しようと巨人がもがきはじめるが、氷はびくともしない。


 それを確認したのち、ガレンとヴィオラは巨人の手に飛び乗った。

 腕伝いに巨人本体へと向かって駆ける。


「相手がゴーレムなら心臓のところに核があるはず!」

「そこを狙えばいいんだな!」


 互いに巨人の二の腕から跳躍した。

 先にヴィオラが空中で生成した氷の剣を突き出す。

 が、接触と同時に砕け散ってしまう。


 間髪を容れずにガレンも続く。

 巨人から離れたところで枝を巨大化させるわけにはいかなかった。

 衝撃を上手く伝えられないだけではない。

 丸太の重さに耐えられずに自身も落下してしまいかねないからだ。


 限界まで接近してから枝を振りはじめる。

 最中、丸太へと変化させ、放り投げるようにして巨人の胸を叩く。

 が、鈍い音が鳴っただけに終わった。

 傷をつけるどころか巨人はよろめいてすらいない。


「くっそ、びくともしねぇッ!」

「硬すぎ……っ!」


 二人して地面に着地した瞬間、巨人が咆えた。

 なにごとかと思うや、巨人の腕が動きはじめていた。

 氷漬けにされていたはずではないのか。


 とっさに背後を窺うと、巨人の両手首が切断されていた。

 切断部のそばからは鋭い刃物のような根が伸びている。


「こいつ自分の腕をやりやがったのか……!」

「ちょっと再生までするの!?」


 うじゃうじゃと伸びた無数の根によって巨人の手は元通りになっている。

 その光景に気を引かれていると、巨人が自由になった手を槌のようにして振り下ろしてきた。ヴィオラとともにガレンは慌てて距離をとる。


 動き自体は速くないが、敵は巨大だ。

 攻撃範囲が広いために大げさな回避行動をとらねばならなかった。

 巨人の攻撃はなおも続くが、明らかに初めよりも攻撃が激しくなっている。


「できれば使いたくはなかったんだけど……っ!」


 幾度目かの攻撃を躱したのち、ヴィオラが険しい顔でそう漏らした。


「ガレン、下がってて!」


 なにか策があるに違いない。

 ガレンは指示通りに後方まで下がった。

 それを認めたヴィオラが右手を胸の前へと持っていく。


「我、刻印の主が命ず。結び解け……限りを払い、その力を見せよ」


 つらつらと言葉が紡がれた、その直後――。

 ヴィオラの魔甲印からとてつもない量の光が溢れ出た。

 幾本もの青白い光の線がうねるようにして虚空を舞いはじめる。


 その正体がなんなのかはわからない。

 ただ、間違いなく想像を絶する力が秘められている。

 そうガレンは感覚的に悟った。


 どうやら制御が相当に困難らしい。

 ヴィオラは右手を震わしながら動かし、魔導銃を握った。

 砲口を巨人へと向ける。


「――刻印解放。永久に眠りなさい」


 きぃんと耳鳴りのような音が響く。

 一瞬の静寂ののち、魔導銃から青白い光が放たれた。

 初めは糸のように細かったそれは瞬く間に大木を呑みこむほどの太さを持ち、荒々しい棘を生やした氷柱へと変貌する。


 周囲を凍らせながら、氷柱は凄まじい速度で突き進んでいく。

 こちらに向かって突撃せんとしていた巨人の胴体へと激突する。

 が、その勢いはまったく弱まることはなかった。


 氷柱は広間最奥の壁へと巨人の体を轟音とともに押しつけた。

 さらに巨人の全身を氷漬けにしてしまう。

 いや、違う。

 気づけばヴィオラより前の空間すべてが凍っていた。


 どれだけ攻撃を加えようともこれまで巨人はびくともしなかった。

 それがこの有様だ。

 ガレンは思わず唖然としてしまう。


 ふいに氷柱が弾け飛んだ。

 途端、ヴィオラがふらついた。

 ガレンは慌てて駆け寄り、彼女を抱きとめる。


「おい、大丈夫かっ?」

「え、ええ。ごめんね。これ、《刻印解放》って言ってね。魔力をほぼ使っちゃうのよ」


 すべてを投げ打った一手ということか。

 どうりであの威力だ。

 それに彼女が使いたくないと言っていたのも頷ける。

 魔力がなくなれば監視対象であるガレンを逃す可能性があるからだ。


 ふとヴィオラの手に握られた魔導銃が目についた。

 まるで猛獣に噛み千切られたかのように砲身が荒々しく破損している。


「壊れてるじゃねえか」

「あぁ、これじゃ耐えられないの。こんなことならアレ持ってくるんだったなぁ」

「アレ……?」

「さっきの攻撃を撃つための専用武器よ。ま、ちょっと大きすぎて持ち運びが面倒なんだけどね」


 言って、ヴィオラは盛大にため息をついた。


「アッポたちに怒られちゃうなぁ。なにか美味しいもの作ってあげないと」


 魔導銃はテュッポ姉弟が製造したと聞いている。

 壊れれば彼らが直すことになるのだから嘆くのは当然だろう。


「あんなデカブツを相手にしたんだ。アッポたちも許してくれるだろ」

「そうね。もう二度と戦いたくない相手だったわ」


 二人して氷漬けになった巨人を見やる。

 さすがに活動を停止したのだろう。

 巨人は氷の中で固まったままだった。


 ヴィオラがいなければ間違いなく殺されていた。

 あらためて事実を認めると、ガレンは怖気のようなものを感じた。


「もう大丈夫。ありがとう」


 ヴィオラが体を離した途端、寒さを感じた。

 きっと周囲に満ちた氷のせいだろう。

 彼女の吐息から白い靄が生まれていた。

 それが、ふっとかき消えた、そのとき。


 揺れを感じた。

 始まりは小さかったが、一気に大きくなる。

 いやな予感がした。


 目を背けたくなる思いを封じて広間最奥を見やる。

 巨人を閉じ込めた氷に亀裂が入り、広がっていた。


 ガレンは息を呑んだ。

 瞬間、巨人が氷の檻から荒々しく飛び出した。

 腹の底にまで響くような咆哮をあげる。


 それにより広間の氷がすべて消し飛んだ。

 ヴィオラが乾いた笑いを零す。


「真面目に考えたほうがいいかも」

「死後のこととか言うなよ」

「よくわかったね、その通りよ」



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